永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(440)

2009年07月09日 | Weblog
09.7/9   440回

三十四帖【若菜上(わかな上)の巻】 その(49)

 夕霧と柏木も庭に降り、桜の花の下陰で鞠に戯れるお姿は、夕ばえにたいそう美しく絵のようです。このようなちょっとした遊戯にも上手下手があって、競っている中でも、
柏木の足使いは見事で、並ぶ者はいないようです。

「容貌いと清げに、なまめきたるさましたる人の、用意いたくして、さすがに乱りがはしき、をかしく見ゆ。御階の間にあたれる桜の陰に寄りて、人々、花の上も忘れて心に入れたるを、大臣も宮も、隅の勾欄に出でて御覧ず」
――(柏木の)姿形の清らかに整って奥ゆかしい人が、充分な心遣いをしながら、軽妙に毬を蹴っておられるお姿が、何とも言えずお見事です。御階(みはし)の間の方に向いた桜の陰で、人々は花のことも忘れて鞠に夢中になっているのを、源氏も蛍兵部卿の宮も、隅の勾欄に寄りかかられてご覧になっています――

 夕霧もご自分の身分を考えますと、少し騒ぎ過ぎとは思うものの、他の高官の人々も夢中になって毬を蹴っていらっしゃって、あまりの夢中さに冠の額際がゆがんでさえおいでなのを、面白いものとおうように思うのでした。

やがて、柏木と夕霧は階段の中半あたりに腰掛けられて、柏木が、

「『花乱りがはしく散るめりや。桜は避きてこそ』など宣ひつつ、宮の御前の方を後目に見れば、例のことにをさまらぬけはひどもして、色色こぼれ出でたる、御簾のつま、透き影など、春の手向けの幣袋にやと覚ゆ。」
――「花がしきりに散りますね。風も桜だけは避けて吹けば良いものを……」と古歌を口ずさみつつ、女三宮のお部屋の方をちらっと横目でご覧になりますと、例の通り、お部屋全体の落ち着かぬご様子がありありと見えて、女房たちの衣の端端がさまざまな色で御簾の下からこぼれ出たり、透き影がちらちらしているご様子など、まるで春の旅で道祖神に手向ける幣の袋から小切れが色とりどりこぼれ出るようで派手派手しいご様子です――

「御几帳どもしどけなく引き遣りつつ、人げ近く世づきてぞ見ゆるに、唐猫のいとちひさくをかしげなるを、すこしおほきなる猫追ひ続きて、にはかに御簾のつまより走り出づるに、人々おびえ騒ぎて、そよそよと身じろきさまよふけはひども、衣の音なひ、耳かしがましき心地す」
――(女三宮付きの女房たちは)几帳などをしどけなく片隅に除けてあって、人なつこく男馴れして見えますその時に、唐猫でほんの小さく可愛らしいのを、それより少し大きな猫が追ってきて、急に御簾の端から走り出て来ましたので、中の女房たちは怯え騒いで、ざわざわと立ち動く様子や衣ずれの音が、喧しいほど聞こえてきます――

◆出だし衣(いだしぎぬ)=東の対の西側の簀子には、女房達が御簾際に居並んで色とりどりの袖口や裾をこぼれ出させています。
 
◆唐猫(からねこ)=支那や朝鮮からの舶来の猫

◆写真:蹴鞠に興じる若き公達。左上には源氏と蛍兵部卿の宮がご覧になっています。

ではまた。