09.7/6 437回
三十四帖【若菜上(わかな上)の巻】 その(46)
明石の御方は「承るまでもなく、あり難い御好意を拝しております。紫の上が私を心外な者とお思いなら、これ程お目にかけては下さらないでしょう。恐縮なほど良くしてくださいますので、却って恥ずかしい気がいたします」と、神妙にもうしあげます。
加えてさらにこう言われます。
「数ならぬ身の、さすがに消えぬは、世の聞き耳もいと苦しく、つつましく思う給へらるるを、罪なきさまに、もて隠され奉りつつのみこそ」
――私のような詰まらぬ身がともかく生きていますのは、世間体も悪く気が引けますが、
紫の上のお陰様でこのように過ごしておりますので――
源氏は、明石の御方の言葉を引き取られて、
「その御為には、何の志かはあらむ。ただこの御有様を、うち添ひてもえ見奉らぬおぼつかなさに、ゆづり聞こえらるるなめり。(……)はかなき事にて、物の心得ずひがひがしき人は、たち交らふにつけて、人の為さへからきことありかし。(……)」
――(紫の上は)別にあなたの為にということではないでしょう。ただ姫君を附き切りでお世話できないのが不安なために、あなたにお任せしているのでしょう。(あなたも目立って親らしい振る舞いをなさらないので、万事穏やかで、私は心配せずに済んでうれしいのです)ちょっとしたことでも、物分かりが悪くて、拗ねるような人は付き合っていても面白くない上に、他の人まで辛い目に合わせるのでね。(二人ともこのように欠点が無いので安心なのですよ)
と、おっしゃるのを、明石の御方はお心の内で、
「さりや、よくこそ卑下しにけれ」
――そのとおり、本当に良く自分は謙遜し通してきたことよ――
それにしても、と明石の御方は思います。「源氏の紫の上への後寵愛は、あれほど優れていらっしゃる方なのですからもっともなこと。女三宮方への陰口に、表面の御待遇ばかりご立派でも、源氏がお渡になることもまれなのは、お気の毒などと聞こえて参りますにつけても」
「わが宿世はいとたけくぞ覚え給ひける」
――私の宿世は大したものよ、と感じられるのでした(正妻の方でも御子がお出来にならないなど、思い通りにならない世なのに)――
◆たけく(ぞ)=猛し=勢いが盛ん
ぞ=強調
◆写真:女三宮のお部屋の一部
ではまた。
三十四帖【若菜上(わかな上)の巻】 その(46)
明石の御方は「承るまでもなく、あり難い御好意を拝しております。紫の上が私を心外な者とお思いなら、これ程お目にかけては下さらないでしょう。恐縮なほど良くしてくださいますので、却って恥ずかしい気がいたします」と、神妙にもうしあげます。
加えてさらにこう言われます。
「数ならぬ身の、さすがに消えぬは、世の聞き耳もいと苦しく、つつましく思う給へらるるを、罪なきさまに、もて隠され奉りつつのみこそ」
――私のような詰まらぬ身がともかく生きていますのは、世間体も悪く気が引けますが、
紫の上のお陰様でこのように過ごしておりますので――
源氏は、明石の御方の言葉を引き取られて、
「その御為には、何の志かはあらむ。ただこの御有様を、うち添ひてもえ見奉らぬおぼつかなさに、ゆづり聞こえらるるなめり。(……)はかなき事にて、物の心得ずひがひがしき人は、たち交らふにつけて、人の為さへからきことありかし。(……)」
――(紫の上は)別にあなたの為にということではないでしょう。ただ姫君を附き切りでお世話できないのが不安なために、あなたにお任せしているのでしょう。(あなたも目立って親らしい振る舞いをなさらないので、万事穏やかで、私は心配せずに済んでうれしいのです)ちょっとしたことでも、物分かりが悪くて、拗ねるような人は付き合っていても面白くない上に、他の人まで辛い目に合わせるのでね。(二人ともこのように欠点が無いので安心なのですよ)
と、おっしゃるのを、明石の御方はお心の内で、
「さりや、よくこそ卑下しにけれ」
――そのとおり、本当に良く自分は謙遜し通してきたことよ――
それにしても、と明石の御方は思います。「源氏の紫の上への後寵愛は、あれほど優れていらっしゃる方なのですからもっともなこと。女三宮方への陰口に、表面の御待遇ばかりご立派でも、源氏がお渡になることもまれなのは、お気の毒などと聞こえて参りますにつけても」
「わが宿世はいとたけくぞ覚え給ひける」
――私の宿世は大したものよ、と感じられるのでした(正妻の方でも御子がお出来にならないなど、思い通りにならない世なのに)――
◆たけく(ぞ)=猛し=勢いが盛ん
ぞ=強調
◆写真:女三宮のお部屋の一部
ではまた。