09.7/17 448回
三十五帖【若菜下(わかな下)の巻】 その(2)
「自らも、大臣を見奉るに、気恐ろしく眩く、かかる心はあるべきものか、斜ならむにてだに、けしからず、人に点つかるべきふるまひはせじ、と思ふものを、ましておほけなき事」
――(柏木は)自分自身も、源氏を拝しますと何となく恐ろしく、気恥ずかしく、このような料簡を持って良いか、ちょっとしたことでも決して人に非難されるような行動は取るまいと思っていますのに、ましてこんな大それた事を――
と、思い悩まれたその果てに、
「かのありし猫をだに得てしがな、思ふこと語らふべくはあらねど、傍ら寂しきなぐさめにもなつけむ」
――あの時の唐猫でもせめて手に入れたいものだ。猫に心の思いを話しても仕方がないが、独り寝のなぐさめに懐に抱いてなつけたい――
と、思い始めますと、もの狂おしいまでに猫が恋しくなって、どうして盗みだそうかと考えますが、それこそ難事だと思うのでした。
ある日、柏木が参内しました折、宮中の飼い猫が子猫をたくさん産んで、あちこちに分かれていて、東宮のところにも可愛い猫が一匹来ております。柏木はあの日を思い出し、
「六条の院の姫君の御方に侍ふ猫こそ、いと見えぬやうなる顔して、をかしうはべしか。わづかにてなむ見給へし」
――六条院の女三宮の御殿にいます猫こそ実に稀に見る良い顔で可愛らしゅうございました。ちょっと見ただけでしたが――
東宮は特に猫を愛されるご性分ですので、詳しくお聞きになります。
「唐猫の、ここのに違へるさましてなむ侍りし。(……)」
――唐猫で、こちらのとは違って可愛い様子をしていました。(猫はどちらも同じように見えますが、性質がよくて、人に馴れているのは稀なほどで、心に惹かれるものです)――
と、東宮があの唐猫にご興味を持たれますように、柏木は上手に申し上げるのでした。
ではまた。
三十五帖【若菜下(わかな下)の巻】 その(2)
「自らも、大臣を見奉るに、気恐ろしく眩く、かかる心はあるべきものか、斜ならむにてだに、けしからず、人に点つかるべきふるまひはせじ、と思ふものを、ましておほけなき事」
――(柏木は)自分自身も、源氏を拝しますと何となく恐ろしく、気恥ずかしく、このような料簡を持って良いか、ちょっとしたことでも決して人に非難されるような行動は取るまいと思っていますのに、ましてこんな大それた事を――
と、思い悩まれたその果てに、
「かのありし猫をだに得てしがな、思ふこと語らふべくはあらねど、傍ら寂しきなぐさめにもなつけむ」
――あの時の唐猫でもせめて手に入れたいものだ。猫に心の思いを話しても仕方がないが、独り寝のなぐさめに懐に抱いてなつけたい――
と、思い始めますと、もの狂おしいまでに猫が恋しくなって、どうして盗みだそうかと考えますが、それこそ難事だと思うのでした。
ある日、柏木が参内しました折、宮中の飼い猫が子猫をたくさん産んで、あちこちに分かれていて、東宮のところにも可愛い猫が一匹来ております。柏木はあの日を思い出し、
「六条の院の姫君の御方に侍ふ猫こそ、いと見えぬやうなる顔して、をかしうはべしか。わづかにてなむ見給へし」
――六条院の女三宮の御殿にいます猫こそ実に稀に見る良い顔で可愛らしゅうございました。ちょっと見ただけでしたが――
東宮は特に猫を愛されるご性分ですので、詳しくお聞きになります。
「唐猫の、ここのに違へるさましてなむ侍りし。(……)」
――唐猫で、こちらのとは違って可愛い様子をしていました。(猫はどちらも同じように見えますが、性質がよくて、人に馴れているのは稀なほどで、心に惹かれるものです)――
と、東宮があの唐猫にご興味を持たれますように、柏木は上手に申し上げるのでした。
ではまた。