ふろむ播州山麓

京都山麓から、ブログ名を播州山麓に変更しました。本文はほとんど更新もせず、タイトルだけをたびたび変えていますが……

片瀬五郎という名前

2008-02-10 | Weblog
 「片瀬五郎って、変な名前ですね」。よくいわれます。これはペンネームというよりは、Webネームといった方が、しっくりします。
 ペンネームはいくつか持っていますが、どこかから寄稿依頼されるたびに、新しい名を付けるクセがわたしにはあります。源氏名・芸名・筆名・雅号を数え切れないくらい使い捨てしてきましたので、いくつかはとっくに忘れてしまっています。
 たとえば、京都の情報誌には「蛸錦四郎」の名で連載しました。前任の畏敬するコラムニスト「柳東馬」(柳馬場東入ル)さんにあやかって、通り名の蛸薬師通・錦通・四条通を短縮したのです。
 岩倉某という名も用いて、亡くなった前川さんのために仲間と追悼の本を出版したこともありました。京都在住の哲学者・鶴見俊輔先生のお住まい、洛北の岩倉をもじったのです。しかし先生に話しても、「はぁ?」といっておられたのが面白かった。だいたいが、鶴見先生は自分の子どもに「ポチ」と本気で名づけようとして奥さんと大激論大喧嘩になり、折れて「太郎」に変更された。鶴見太郎さんはいま、早稲田大の先生のはずです。
 ふざけた芸名はさて置き、仮名「片瀬五郎」ですが、よく本名は? と聞かれます。わたしはいつも思うのですが、人間ひとりひとりにはいろんな名があるものです。ただひとつの本名など、ありえません。
 まず戸籍名。わたしの祖母は故人ですが、「ゑ」と書くべきところが戸籍名は誤って「を」表記なのです。当然ですが祖母は一生涯、ゑで通しました。父母が名づけた名と、戸籍名は異なることがあります。
 わたしの自動車運転免許証の氏名にも問題があります。漢和辞典にもない字が、刻字されています。なぜこのような字が印刷されているのか不思議ですが、どうも行政漢字とでもいうべき、特殊な字体があるようです。
 先日、ささいな交通違反でパトカーに「ウー!」と止められてしまいました。署名しましたが、免許証通りの違和感のある異字で、あえてサインしました。そうしないと「この字は間違っていませんか?」と、お巡りさんに追求されるからです。長いものには、つい巻かれてしまう気弱なわたし……。
 パソコンを使って入力していても、自分が望む字がなかなか出てきません。手書きパッドで描いても、反映してくれないことがままあります。イライラ、いつもするのですが、やはりアメリカのマイクロソフトです。漢字に対する想いが足りない。そんな時、故白川静先生の声が聞こえてきます。「こころを冷静に、おしずかに。」
 話しがまた脱線してしまいました。「片瀬五郎」という名は、種を明かせば友人三人の名を一字ずつ拝借したものです。
 昨年の九月、このブログ連載をはじめるに当たって、「今度はどんな名前にしようかな」と思案しました。別にわたしが、犯罪者や逃亡者だから、ころころ変名を使うのではありません。連載開始を前に、別人に変身するごとく気分を一新したいだけなのです。いわばクセなのです。
 わたしのインターネット仲間に、片山・川瀬・三郎という三人の友人がいます。彼らの名を一文字ずつもらって付けたのが片瀬五郎。実にふざけているのです。
 それとこのブログ連載をはじめたのは、昨年の九月十六日。愛犬の葬式の日の夜でした。前日十五日、愛犬は十五歳の誕生日を目前に、急逝してしまいました。翌日のお葬式は火葬で送り、遺骨はすべて自宅に持ち帰りました。「骨を残したら、捨てられてしまう」という子どもの意見を尊重したのです。食卓で新聞紙のうえに拡げた骨はみなの手で砕かれ、ふたつの骨壷に収まりました。いまもピアノの横に、彼女の写真とともに並んでいます。この犬は拾ってきた雑種でしたが、実に賢い犬でした。
 パソコンの初期画面には、微笑する愛犬の姿がいつもあります。彼女は話しかけてくれます。「今度は何を書くの? ちょっとはまともな文を書いてね。お父さん」。片瀬五郎は愛犬の死とともに生まれ、キーボードを叩いているのです。
<2008年2月10日 京都全白、雪の日に>
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