ふろむ播州山麓

京都山麓から、ブログ名を播州山麓に変更しました。本文はほとんど更新もせず、タイトルだけをたびたび変えていますが……

河合寸翁と酒井抱一(4)ケリ

2024-08-04 | Weblog

 画家文人の酒井抱一は、たくさんの名前を持っていました。

 幼名善次、通称栄八に善次から改名。実名酒井忠因(ただなお)。字喗真(きしん)。俳号は白鳧(はくふ)。濤花(とうか)、杜綾(とりょう)、杜陵、鶯邨(おうそん)。狂歌は尻焼猿人。そして軽挙道人、屠龍、狗禅。庭拍子、楓窓、雨華、冥々居、冥々……。そしてもっとも有名な酒井抱一。こんなに名があると、使い分けで間違うのではないかと、ひとごとですが、心配になりそうです。それらのうちに、気になる名がいくつかあります。ひとつが「白鳧」(はくふ)です。

 

 抱一の兄、姫路藩主酒井忠似(ただざね)の『玄武日記』は詳細な記録で有名です。安永5年1772年正月から寛政2年1790 年6月にいたるまで、「15年間の長期にわたって、丹念にその日常・交友などを記録した貴重な資料である」(城郭研究室年報)。同年7月17日、忠似急逝、享年36歳。

 

 『玄武日記』には、兄の忠似と、弟抱一が手紙をやり取りした記載が、細かく記録されています。たとえば

「白鳧ヘ手紙遣ス事」、「白鳧ヘ返事遣ス事」、「白鳧より返事一通」

 

 忠似が姫路に居り、抱一が江戸在住の時、数えきれないほどの手紙がやり取りされています。その送受信が事細かく、日記に記されているのです。日記には抱一の名は、白鳧以外には栄八も散見されます。使用された名は白鳧と栄八のふたつのみです。

 差出は日々、だいたい複数者宛。忠似は相当の筆まめ殿でした。また参勤途上、宿泊の地へも、飛脚が行き来していました。そのような特殊配達や速達の芸当ができたのは、姫路藩が自前の飛脚制度を持っていたからです。この飛脚の件、どの本で読んだのか、わからなくなってしまいました。詳細はいつか、発見しましたら報告します。

 

 ところで鳧は鳥「ケリ」で、チドリ目チドリ科の野鳥。地上にいるとあまり目立たない地味な鳥ですが、飛んでいるときには翼が表裏ともに白く、その先端が三角形に黒い。腹と背も白い。飛行時に見える白色が鮮やかで目立つ。シラサギの全身真白な羽毛とは異なりますが、立ち姿は地味な色だけに、一度飛び立つと見事な白色に感動してしまいます。抱一の「白鳧」の号は、シラサギよりも白色が眩しい「ケリ」の姿から選ばれたのではないか、思ってしまいます。

 

 鳥ケリはほぼ留鳥で、生活域は水田、畑、河原、湿地など。田起こし前から水を引くまでの水田、耕す前の畑などに巣を作る。繁殖を終えると小群をつくって生活し、そのまま越冬する。

 野鳥カメラマンの叶内拓哉氏が、ケリの話を書いておられる。

 ケリは早春、田おこしをする前に卵を産み、ヒナを育てる。ときどき、遅れて繁殖したものは、田起こしの時期にぶつかってしまい、巣もろとも壊されてしまうものもいる。4月中旬のこと、双眼鏡で探すと、田の中にケリの巣を発見。写真撮影にいい場所を見つけカメラを構えた。ところがその時、農家の人が来て、これから田起こしを始めるという。叶内さんはあわてて、田の中にはケリの巣があり、そこで親鳥が卵を抱いている、と話した。その人は事情をわかってくれて、その時は了解してくれたかに見えた。ところがしばらくすると、突然田んぼに耕運機を入れて耕し始めたのである。私はがっかりすると同時に、多少腹立たしくさえなった。わかってくれたと思ったのに……。それでも農家の人にしてみればしかたがないか……、心を残しながらも帰ることにした。帰りの道すがら、先刻巣のあった田に「それでも……」と思って寄ってみた。田んぼはきれいに耕されていた。ところがその田の中ほど、ちょうど巣のあったあたりは手つかずで残っているではないか。私は歓声をあげて走った。巣はあった。中には三つの卵があった。ケリの親は巣を放棄したのだろうか。いやチドリ科の鳥はふつう四卵を産む。きっともう一卵を産むはずだ。しかしここにいつまでもおれば、親は巣を放棄してしまう可能性がある。/叶内氏は現地を去った。きっと元気に、四羽が巣立つと信じながら。『日本の野鳥100』

 

 筆者の自宅近くに、ケリの集住地があります。水田一枚ですが、地主は稲作など農業はせず、彼らが生活しやすいように、いつも水を張っておられる。ケリたちを愛するやさしさを感じます。

 わたしはこの田の近くを通るとき、いつも立ち寄り、ケリの様子を確認しています。6月には12羽を見ることが多かった。1家族6羽なので、きっと2家族なのだろうと思う。そして近ごろ、群れは多い日には40羽ほどに増えました。これだけたくさんのケリが元気に育つことができるのは、田の地主さんと、近隣の住民のみなさんの温かい眼差しのおかげだろうと感謝しています。

 

 次回もケリですが、杜甫の詩「白鳧行」を紹介しようと思っています。ただ解釈に難題が生じてしまいました。解決に向けて、奮闘中です。

 

『玄武日記』姫路市立城郭研究室年報所集 1999・2003~2012

小林桂助著『エコロン自然シリーズ 鳥』保育社1996

叶内拓哉著『日本の野鳥100①水辺の鳥』新潮社1986

叶内拓哉他著『日本の野鳥 山渓ハンディ図鑑7』山と渓谷社2014

 

<2024年8月4日 南浦邦仁>

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