中爺通信

酒と音楽をこよなく愛します。

厄除け

2012-11-29 22:57:21 | 雑記
 そういえば先日、東京で車のタイヤ交換をした時に、若干の待ち時間がありました。一時間半ほどでしょうか。

 カー用品というものに全く興味の無い私にとって、店内は婦人服売場と同じぐらいにつまらない。こんなところをフラフラして、人生を90分もすり減らすことはできない。せっかく神様が与え給うた貴重な時間を・・・

・・・と考えた時に、天啓にうたれました。

「そうだ。厄祓いに行こう!」


 かねてから、神社というものをこよなく愛し日常的に参詣する私ですが(思想的な偏りはありませんよ)、その度にとても気分を害する物を目にします。・・・「厄年早見表」です。

 偉大なる「やおよろずの神々」が、いたいけな信者に対して、こんなチンケな脅迫をするわけがない。神社の維持費を確保しなければならないのは理解するが、聖職者たる者が神々の品位を貶めるような看板を立てるとは何たることか。

 しかし・・・自分が「本厄」に入ってから、その看板が各地で大きくなってきてるような気がして仕方がない。特に実家の母親の具合が悪化したりすると、尚のこと威圧感を持って迫ってくる。「早見表」とは、本来、見る者に利便性を提供するはずのものなのに、「さあ、よく見るんだっ!お前だよお前!」と言わんばかりのこの凶暴性は・・・。

 もはや最近では、「・・・私がやりました。」と、うつろな目で無実の罪を自白する容疑者のような心境になっていたのでした。


 雨の中を神社へと急ぎ、境内にある記帳所のテントに置いてある雨漏りに塗れた鉛筆で、一心不乱に厄除けの申込書を記入・・・あやつられているかのように即、料金を添えて窓口へ提出。

「今日はすいてますから、すぐにできます。中の待合室でお待ち下さい。」
・・・という俗っぽい応対で、ふと我に返るも、もう遅い。

 七五三の家族づれから放たれる不審そうな視線を、やや痛く感じながらも、完遂。お祓いの祈祷は滞りなく終わって、小心者の一丁あがりでございます。

 何だか「負けた」気がしないでもないが、でも、これでいい・・・。私は「小心者」の謗りを甘んじて受けますから、家族を災厄からお守り下さい・・・離れていると、祈ることぐらいしかできない時がありますからね。


 帰りに渡された、お守り・絵馬・お札などが入った、引出物のような手提げを下げて、憑き物が取れたような虚脱感をまといつつ、カー用品店へと戻って行ったのでした。
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つかの間の

2012-11-28 13:39:40 | 危機管理
 ついに昨日、雪が降りました。町なかではこの冬初めてなので、まだ新鮮です。これが積もり始めるとうんざりしてくるのですが、今のうちはまだ、地面に落ちると消えてしまう紙吹雪をばらまいたようで、見ていて楽しんでいられます。シャボン玉のようなものですね。シャボン玉だって、地面にブクブク増えていったら公害になってしまいます。後くされなく消えるから「きれいだ」と言っていられるのです。

 
 リハーサルを終えて帰宅すると、学校から帰っていた息子が清々した顔をしています。試験が終わったのです。

・・・よほど上手くいったのか?
「知らない。そんなことわからないよ。」
わからないのに、なんでそんなに嬉しそうなの?
「試験が終わったけど、まだ結果が帰って来ない今が、一番うれしいに決まってんじゃん。」

・・・一理ある。
 
 わりと「刹那」を大事にするタイプらしい。勉強に関しては、あまり賞賛できる姿勢ではないようにも思えるが、緊張というストレスから解放される喜びはよくわかるので良しとしましょう。

 
 じゃあ、今のうちに「打ち上げ」しておきますか。
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後記

2012-11-27 09:13:50 | 音楽
 「今日の『ねじれ』は根性ありますね~」
昨日は朝から整体へ。オランダ人から受けた暴力によって・・・ではなくて、二回に渡る「さまよえるオランダ人」の公演で、すっかりねじれてしまった背骨を、元に戻してもらうためです。狭いステージで、あちこち緊張したり力んだりしながら長時間弾くと、体がゆがんでしまうのは仕方がない。

 
 やれやれ、ワーグナーにはひどい目にあわされた・・・

・・・とは思いますが、良い経験でした。「序曲」とか「前奏曲」しか弾いたことがなかったので、はじめてワーグナーと、ちらっと触れ合った気がしました。やはり、好き嫌いを超えた「もの凄さ」がありますね。


 はじめ、長大なパート譜を練習しながら感じたのは、恐ろしく難しいところとひどく簡単なところが、ずいぶんハッキリと分かれていることでした。しかも、その「簡単なところ」は没個性的で、ワーグナーらしさが無い。「この作品はまだ初期のものだし、さすがのワーグナーも最初から最後まで気合い入れて書くことはできなかったのかな・・・」などと軽くあなどりつつ、親しみをおぼえたりしておりました。

 しかし、ストーリーやキャラクターを知るにつれて、ようやく私にもわかってきました。全部「わざと」なんですね。やっぱりワーグナーはとんでもない。そうとうイヤな奴です。

 その、ワーグナーらしくなくて、すっきりしてるけれど没個性的な、ありがちなイタリアオペラを思わせるような部分は全部、劇中で凡庸な役どころの登場人物の語りの所なのです。オランダ人の財宝に目がくらんで娘をひきわたそうとする父親だったり、ヒロインに思いを寄せる、若くて純粋なだけが取り柄の男のアリアが、わざとありきたりな音で書かれているんです。

 観ている人には、ダークヒーロー的なオランダ人が、どうしたって「カッコ良く」思われてくる。言っている事自体は意味不明で独りよがりなのに、観ている方がそこから勝手に「深さ」を感じ取ってしまう。

 「オランダ人」のポジションはまさに、ワーグナー自身なわけですね。凡庸な中にあって、今まで見たこともない異質な吸引力を見せる、この世のものとは思われないような恐ろしい魅力。


 たしかに凄い・・・でも、一緒にいると疲れます。さて、背骨を治してもらったところで、新たな気持ちで今週も頑張ります。
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君の名は

2012-11-25 12:00:21 | 山形交響楽団
 さてさて、今日も元気に「オランダ人」です。昨日の「感謝デー」をはさんだ、山響定期の二日目。さすがに疲れてきましたが、世の中のオペラハウスの人たちは、年中こんなことをしているのかと思うと、頭が下がります。神に罰せられて永遠に海を漂い続ける「オランダ人」よりハードだと思うのですが。


 ところで、オランダ人オランダ人と言ってますが、考えてみれば変な言い方ですよね。オペラの物語の中でも、「オランダ人」としか呼ばない。本当はきちんとした個人名を持っているはずだと思うのですが、名前は出てこないんです。この物語のもとになった伝説その他の、背景を私がきちんと知らないせいだと思いますが、違和感があって仕方がない。

 ヒロインも「永遠の貞節を誓う」ほどなのに、名前も知らなくて良いんでしょうか?


 私が子供の頃は、道ばたで外国人(白人や黒人)を見かけることがまだ少なくて、ついついジロジロ見てしまったものです。小学校の低学年で社会の時間に、「わたしたちの町の様子を見てみよう」みたいな授業で、先生につれられて学校の周りを歩いたことがありました。するとそこへ、たまたま大きな黒人が向こうから歩いて来ました。

「うわぁっ!ガイジンだっ!」
「でっけえ・・・」
その人はアメリカンなノリで、私たちクソガキどもに、にこやかに手を振ってくれました。
「へえぇ・・・手はのひらは白いんだ。」

 もちろん教室に戻ってから、長時間にわたり、先生にお説教されました。
「人にはそれぞれ、みんなお父さんお母さんから頂いた名前というものがあります。それなのに『ガイジン』などとひとまとめにして呼ぶだけでもいけないのに、さらに動物でも見るように指をさしたりするなんて、絶対にしてはいけないことです」

 ・・・まあ、子供の反応も、先生のお説教も当然のものではありますね。


 ヨーロッパでは「オランダ人」に何か特定の良いイメージがあるのかも知れません。勇敢な海の男のイメージとか。悪いものだったら、オランダからクレームが来るでしょう。いかにもさまよってそうな感じとか、財宝に物言わせそうな感じとか。


 今回は舞台の両側に字幕が出ます。ゆっくり見て、この物語についてじっくり考えてみたいところですが・・・まあそんな余裕はありませんね。
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感謝の日々

2012-11-24 09:54:53 | 山形交響楽団
 昨日の山響定期「オランダ人」の初日は無事に(多分)終わりました。・・・勤労感謝の日でしたが、よく勤労しました。


 勤労感謝の日の翌日の今日こそ休日・・・ではなく、山響の「ファン感謝デー」。毎日感謝の日々でございます。

 内容は、アンサンブル演奏や、交流会などのイベントです。しかし、聴きに来てくださるお客様には、日頃から本当に感謝しています。

 昨日もワーグナーの大曲を演奏して、魂が抜けたような疲れに襲われましたが、それでも、客席からの熱い拍手を受けると、報われるような気がしました。しかも終演後に「お疲れさま」と、手作りのクッキーを頂いたりして、そういうのは本当に嬉しいですね。


 ところで、今回は東京から音楽ジャーナリストが取材に来ています。それがなんと、大学時代に一緒に学生オケをやっていた同期の男。雑誌の連載で、地方オケを回っているとか。彼も、やっぱりこの業界に入ってしまった一人です。インタヴューということで、本番前にお茶を飲みながら話をしました。

 その話の中でも出ましたが、山響の良いところは、何と言っても、お客さんとの距離が近いこと。山形は小さい町ですから、必然的に折に触れて顔を合わせることになるせいでもありますが、人の雰囲気、町の雰囲気がやはり温かい。それが良くて山形に居ついて、もう15年目にもなったのかと、話していて自分でも再認識しました。


 さまざまな人や出会いに、今日も感謝しつつ、演奏することにします。
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勤労感謝と象

2012-11-23 14:05:03 | 雑記
 息子の国語の試験範囲に、宮沢賢治の「オツベルと象」が入っています。・・・懐かしい。中学国語では定番のひとつです。覚えてますか?

 オツベルは、大きな工場で百姓たちと機械を使って莫大な利益を上げている資本家です。そこへ突然、森から白い象がやってきます。オツベルは象を騙してこき使い、さらに儲けます。その使い方がだんだんひどくなっていき、象は弱っていきます。象が死を覚悟して神に祈っていると、ふと現れた童子が森の仲間の象たちに、助けを求めに行ってくれます。象がオツベルのせいで死にかけていることを知った仲間たちは、大群で押し寄せて、銃で応戦するオツベルを踏み殺して、その白い象を助けるのです。

 悪い奴をやっつけて、めでたしめでたし・・・と、なっても良さそうなものですが、今一つすっきりした読後感がない話です。


 仲間の象たちは、森の中で毎日楽しく暮らしています。「楽しく」木陰で碁を打ったりしてしているのです。白い象は多分、遊んでばかりの暮らしがいやになって、「働く」ということをしてみたくて、森から出てきたのでしょう。実際、白い象はこき使われても「ああ、稼ぐのは愉快だねえ、さっぱりするねえ。」と言っています。

 しかし休みも食事も減らされて、仕事がどんどんハードになると、疲れて弱っていきます。「ああ、疲れたな、うれしいな、サンタマリア。」さらに何日か経つと、「苦しいです。サンタマリア。」

 最後に仲間に助け出された白象は、「ありがとう」と言いつつも、寂しく笑います。

 いろんな読み方があるでしょうが、これは「会社でお給料をもらって働くこと」の本質がよく表れている話だと思います。仕事がしたくないわけではない。仕事は楽しいし、社長や上司だって、やっつけてやりたいほど悪い人ではない。ただ、「この待遇でこれ以上こき使われると弱ってしまいます」というのが本音のところなのではないかと。

 もちろん中学生には、授業でこんなこと言いませんけどね。


 さて、今日は「勤労感謝の日」です。日頃、会社で頑張っている人たちをねぎらいましょう。

 ・・・私はこれから定期の「オランダ人」の本番です。頑張って勤労いたします。
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機関車とその燃料

2012-11-22 12:10:13 | 山形交響楽団
 こういう寒い朝は、まず温泉から。

 昔、息子と一緒に観ていた「機関車トーマス」で朝、機関車たちが石炭をくべてもらって火を入れて、少しずつ目覚めていくシーンがありました。はじめは眠くてだるそうな目をしていた機関車たちの表情が、だんだん元気になっていく。・・・あんな、はれぼったい顔のついている機関車は不気味ですが、でも、実際に機関車に心があったら、ああいう表情をするのではないかと思うほど、丁寧でリアルなのがけっこう好きな番組でした。

  
 行きつけの温泉の熱い湯の中で、そんなシーンを思い出しているうちに温まってくると、体の中で特に疲れているところがジンジンしてきます。ギュッと押さえつけられるような感じ。今朝はあちこちやられてる。

 まず首と肩。・・・やっぱり「さまよえるオランダ人」は長いから仕方がない。パート譜にして50ページ以上。疲れてて当然です。

 そして手首から先。・・・やっぱり「オランダ人」は、とにかく音の数が多いから仕方がない。トレモロ多すぎ。しかも左手も難しい。

 さらに目。・・・これも当然「オランダ人」のせいです。楽譜が細かくてぐちゃぐちゃしてるのを必死に追っているわけですから無理もない。


 まったく、なんて人づかいの荒いオランダ人なんでしょう。うろついて乱暴をはたらいくために「さまよって」いるのかと思うほど。恐ろしいですね。もちろんそういうストーリーではありません。


 毎日リハーサルから帰るとくたくたです。石炭の代わりに、燃料のアルコールを補給しなくては。

 燃料を入れたとたん、あっと言う間に眠くなって寝てしまうところが機関車と人間の違いです。
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寒さとオランダ人と試験

2012-11-20 10:29:54 | 山形交響楽団
 結局、山形への道のりは雪も降らず雨も降らず、まったく順調でした。歳をとって心配性になってしまったような気がして、少し悔しく、「備えあれば憂いなし」などと負け惜しみをつぶやきながら無事に帰りつきました。

 しかし寒い。千葉の暖かい陽射しに、中途半端に体が慣れてしまっているせいか、びっくりするほど山形が寒く感じます。まだ10度近くもあるのに・・・これでは先が思いやられる。もう少しすれば、天気予報を見て「おっ、今日は最低気温がプラスか・・・過ごしやすそうだ。」という日々がやってくるというのに。(そしてさらにその後、「やった!今日はプラスまで気温が上がるらしいぞ。」となります。)


 さて、今週の山響はひたすら、定期でのオペラ「さまよえるオランダ人」。難曲です。そして重労働です。まさに、呪いをかけられて海をさまようオランダ人の祟り受けて、怒濤の半音階の荒波に浮きつ沈みつ、息も絶え絶え。

 
 かと思えば家に帰ると、長い旅行で放置していた息子の定期試験がもう一週間後・・・。こっちも少しは見てやらないと、沈没してしまいます。

 
 ・・・寒がってなどいる場合ではありません。風邪などひかないように気をつけて頑張ります。
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帰宅準備

2012-11-18 14:22:55 | 旅の空
 千葉から東京へ向かい、週末は実家で過ごしました。こちらは昨日は天気が悪く、冷たい雨が降っていました。
「このぶんだと、山形はもうすっかり寒くなってるだろうな・・・」
と思い、天気予報を見てみると、なんと日曜日に雪マーク。少し留守にしている間に、こんなに急に冬が来ているとは・・・。

 日曜日に車で山形に戻りますが、所用のため、到着は夜の予定です。ということは、宮城と山形の境の峠を越える頃には、結構ヤバいかも知れない。万が一、チェーン規制でもかかると帰れなくなってしまいます。

 私一人なら途中であきらめて、温泉にでも寄って翌朝なんとかするとか、何か方法があるとは思いますが、今回は東京で家族と合流して一緒に帰らなくてはならない。

 ・・・仕方ない。東京でタイヤを付け換えるか。


 ということで、昨日は世田谷のカー用品チェーン店へ。

 今頃、山形の店ではきっと、急いでタイヤ交換をする人が殺到して、どこでも混んでいることでしょうが、やはり東京。雪の心配などしている人はいなくて、店内は比較的すいています。「すぐできますよ」とのこと。

 問題は出費。いつも思いますが、タイヤは高い。しかし必需品だから仕方がない。
「こちらが当店でお勧めしている冬タイヤです」
覚悟して値段を訊くと・・・えっ、なんでそんなに安いの?どこのメーカーですか?聞いたこと無いけど。

 「ヨーロッパの信頼あるメーカーですから大丈夫ですよ。ここのは日本製と違って、高速走行でも抵抗が少なくて乗り心地が良いのがウリです。」

 高速走行?乗り心地?そんなことより、止まりたいときに止まれるとか、曲がりたいときに曲がれるとか、それが大事でしょ?

 ・・・なるほど。私が東京の人だと思っているらしい。寒いところに遊びに行くときに、ちょっと心配だからタイヤを換えようとしていると思っているんですね。雪国での日常生活のことを、この店員さんはよくわかっていないのでしょう。低速でも信号で全然止まれないような、「うちの近所の冬」のことを知らないのです。

「あっ、いいです。こっちの日本製のやつでお願いします。」


 さて、冬の山形へ、安全運転で帰ることにします。
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旅の終わり

2012-11-16 09:42:32 | 旅の空
 朝の九十九里浜。

 夜明け前からここを訪れるのは、もちろんサーフィンのため。堤に乗り付けたバンのバックハッチを開けたまま、その陰でウエットスーツに身を包み、愛用のサーフボードを取り出します。砂に立てた専用の台の上に丁寧にボードを裏返しに乗せて、いたわるようにロウを塗る。優しくそしてしっかりと。女の背にサンオイルを塗ってやる時だって、これほど愛情を込めることないな。

 ひっきりになしに誘ってくるゴキゲンな波音にせかされて、水平線から顔を出し始めた朝日の方へ、ボードに乗って沖へ向かって漕ぎだせば、陸上のすべての束縛から解放された自由な自分がいる。後は気が済むまで、波になり風になり魚になるだけ・・・。


 ・・・こんな感じなのでしょうか?もちろん私はサーフィンなどしたことがありませんが、ここ九十九里浜の北の端、旭市の海岸には、夜明け前からサーファーが集まっていました。

 面白いのは、サーフボードにロウ(たぶん)を塗っているときの、嬉しそうな、わくわくした雰囲気。「たからもの」の手入れをしている子供そのままです。・・・世の中には、私の知らない、いろんな愉しみがあるものですね。まあ、縁はなさそうですが。


 さて、今日はこれからこの旭市で公演をして、今週の旅行は終了。そして年内の旅行も終了。

 テレビの天気予報を見ると、この先の山形に、もう雪マークがつきはじめました。旅行の秋が終わります。
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養老渓谷

2012-11-15 09:13:57 | 旅の空
 早くも海に飽きて今度は山奥の渓谷へ・・・というわけでもありませんが、養老渓谷へやってきました。山間の渓谷はまだ朝陽が顔を出す前で、しんとして湿った空気が満ちています。爽やか・・・と言うには、ちょっと寒すぎ。

 ここは勝浦と市原の中間ぐらいにあって、房総半島の中央の山の中です。距離的には南房総とそれほど離れていないのですが、気候は全然違います。やはり海より山の空気の方が肌になじむ感じがするのは、山形暮らしが長くなったせいでしょうか。


 この赤い「観音橋」のさきにあるのは「出世観音」。ここはしっかり拝んで出世しておくか。観音堂まで急な石段を上り始めます。

 と、上り始めたのはいいのですが、曲がりくねった石段は、なかなか終わらない。出世の道は思ったよりだいぶ険しい。「着いたか?」と思うと、暗いトンネルがあったりして、ようやくお堂までたどり着いたときには、息がゼーゼー白い。出世よりもこの運動不足をどうにかしなさい、という神の教えなのかも知れません。

 呼吸が落ち着くまで、金色の観音さまと一緒に、少しずつ明るくなっていく「山ぎわ」を見ていました。なるほど、ちょっと出世したような気分。(・・・こんなことだから出世できない)。

  


 さて、今日は市原での公演のあと、銚子の方まで向かいます。
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海の夜明け

2012-11-14 09:28:33 | 旅の空
 水平線の向こうから来る波が、少しずつ赤みを帯びた金色に変わっていき、そして新しい一日が始まる。この、太平洋の日の出がどうしても見たくて、ひたすら7時間、車をとばして南房総まで来てしまいました。


 ・・・というわけではありませんで、またしても演奏旅行の始まりです。今週は千葉。しかも一番下の方からのスタートです。山形から600キロ弱の道のりは、やっぱり遠かった・・・。


 ここは南房総市の「千倉海岸」。波の音が聞こえる宿で、いつも通り6時に目を覚ますと、まだ日の出前。せっかくなので出てみると、昨日はただの暗いひろがりだった所は広々とした一面の海。そして山形では見ることのできない、まっさらな朝陽が、
「はあ・・・なんでまた千葉なの?」
という気分を払拭してくれました。

 次第に輝きをましていく朝陽に情趣を感じて、しばし見とれていると、気づいた時には結構なまぶしさ。目がいたたた・・・。この季節でも、山形よりずいぶん陽射しが強いんですね。


 同じ関東ながら実は、千葉はほとんど知りません。この3日間、じっくりと千葉を堪能したいと思います。
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白ばくれん

2012-11-13 09:00:54 | お酒の話し(山形県)
 すっきりしない天気が続いてますね。強い風と冷たい雨で、街なかの木もだいぶ葉が落ちてしまいました。暑い暑いと言っていると思ったら、気づくともう冬一歩前。はやいものですね・・・。


 ・・・というしみじみした観点でも、もちろん季節は感じてはいるのですが、

「わっ、もう『白』出てる!」

こっちの方が、体にズバッと衝撃が走ります。一年ぶりの再会を喜ぶ気持ちと、一年が流れてしまったという喪失感を生々しく感じるわけです。

 酒屋のショーケースには、そういうドラマがあるようなないような。


 ということで、晩秋の顔のひとつ、「白ばくれん」です。庄内の銘酒「くどき上手」の辛口銘柄「ばくれん」の季節限定ものです。

 「ばくれん」とは古い言葉で、「あばずれ女」というような意味です。甘口が売りの「くどき」の中にあって、異質な辛口酒というポジションを表しているのでしょう。

 「季節もの」ということで、毎年1本だけ飲んでいますが、今年のものは本当に出来がよくて、びっくりしました。もともとシャープな酒ですが、例年よりも硬さがなくて品がある。キツさが目立たず、透明感のある仕上がりだと思います。軽快な白ワインの「極上もの」のような・・・(そんなものは飲んだことありませんが)。これを「あばずれ」よばわりするのは失礼な出来ばえです。

 ちなみに「ばくれん」には、赤・白・黒の三種類があります。私が一番好きな「黒」が出る頃は、「たのむからそろそろ春が来てくれ!」という時期です。楽しみでもあり、そうでなくもあり・・・。 


 秋の山形にいる貴重な時間を堪能しました。
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田園の苦悩と浄化

2012-11-12 00:40:28 | 山形交響楽団
 いわきでの演奏会のプログラムは「田園」「運命」。

 久しぶりに「田園」を弾きました。やはり「運命」や「第九」ほどの頻度はありません。穏やかでドラマ性に欠けるからでしょうか。


 ご存知のようにこの曲は、田舎に着いた時の楽しい気分や、小川のせせらぎ、鳥の声、雷鳴などの自然の描写が印象的で、美しくて平和な感じがします。聴いているお客さんも、のどかな気持ちになって、ウトウトしたりするものです。そして嵐の部分まで出番が無い、トロンボーンやティンパニー奏者も、ステージ上で睡魔と闘います。

 ・・・しかしこの牧歌的な曲が、弦楽器にとっては息つく間もない、怒濤のような大仕事。実は「運命」などより、体力的にも技術的にもずっとハードです。ウトウトはもちろんのこと、「楽しい気分」などと言ってる余裕は無し。小川のせせらぎも、楽譜上は濁流・激流のような音符の波。しかも長い。テンポがゆっくりな楽章ほど譜面が真っ黒なのはベートーヴェンの特徴ですが、これは特にすごい。

 雷鳴とどろく嵐も、それが過ぎ去った祈りの終楽章も、もちろん真っ黒。とにかくよく働かされる曲です。


 しかし、だからこそ、終楽章は感動的です。「運命」の終楽章の勝利の雄叫びよりも、実は「田園」の方が達成感が大きい。「いろいろあって大変だったけど、それでも人生は素晴らしい」というような、キャパの広い心で、そのスケールの大きさを感じることができます。おそらく、聴いているよりも弾いている方が、長いドラマの果てに「浄化」される曲です。


 そして終演後、200キロ超の道のりを経て、ようやく山形に帰ってきましたが、さすがにやや疲れました。山形の酒で「浄化」されて寝ることにします。
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旅の達人

2012-11-10 09:32:19 | 旅の空
 福島からもどったばかりですが、これからまた、福島のいわきへ向かいます。

 これほど泊まりがけの仕事が多いと、ずいぶん旅慣れてきます。旅の支度も「ちょちょいのちょい」です。(死語?)


 ということで、すばやく「旅行セット」(歯ブラシやひげ剃りその他もろもろセット)を用意しようと思ったら、見あたらない。

 あちこち探してから、ようやく気がつきました。

 ・・・まだカバンから出してなかった。

 
 「達人」の域に入ってきたようです。
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