中爺通信

酒と音楽をこよなく愛します。

解釈の自由

2014-07-30 21:29:56 | 音楽
 本日は、夏の「アフィニス音楽祭」に向けたプレ・イベントとしての、山響コンサート。シューベルトの「交響曲第5番」をメインに、文翔館にて。


 シューベルトを演奏するときに必ず問題になるのが、あいまいな楽譜表記です。これはアクセントなのかディミヌエンドなのか、同じフレーズが一回目と二回目で微妙に違うのはわざとなのかミスなのか・・・などなど。

「どっちでもいいじゃんそんなの・・・大差ないし」

 というわけにはいきません。クラシックの演奏家は、過去の偉大な作曲家の魂を、楽譜に隠された手がかりを頼りにして、少しでも正確に、そして忠実に再現しようと腐心します。どこの馬の骨ともわからない破片(「馬のどこの骨」というべきか?)を発掘しては、あれこれ想像しつつ組み合わせる考古学者のように、または、聖書に記された不可解なたとえ話の根拠を探し、決して答えのわからない神の言葉に近づこうとする神学者のように、汚くて見えにくいだけの自筆譜を、ありがたく解読しようとするわけです。


 作曲家が生きていたら、自分の楽譜を穴があくほど研究してくれている、演奏家のその真剣な姿を見て、どれほど感激することか・・・。

 ・・・と思うと、これがそうでもない。存命中の現代作曲家が練習を見に来てくれたときに、ここぞとばかり、

「この音形なんですが、126小節目の時と386小節目の時ではスラーのかかり方が違うのですが、弾き分けた方が良いでしょうか?」

みたいなことを訊く。こちらとしては、
「そうっ、よくぞ気がついてくれた!君こそ理解者だ、ありがとう!」
的な反応を期待しているわけです。

 しかし、たいていの場合、作曲家は眉をしかめ、いかにもかったるい動作で老眼鏡を取り出し、面倒くさそうに指をなめてスコアをパラパラやって、しかもなかなかその箇所をみつけられない。ようやく探しあてても、身に覚えのない過失をとがめられている人のように、迷惑そうにするのです。軽くいらだつ人さえいる。そして言葉は違えど結論は、

「・・・そんなこと自分で考えてよ」。


 こうして、「解釈の自由」が演奏家に賦与されるのでした。
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外注

2014-07-29 17:44:47 | 危機管理
 うちの子供たちも、すでに夏休みに入っていますが、今年はどこにも行きません。そんな金ないから・・・というのも嘘ではないのですが、そうではなくて、息子が受験生だからです。


 「受験生の夏休みというものは、雌雄を決する天王山ともいうべきもの。ここでの頑張りですべてが決まるのです。」

・・・と熱く語って、塾講師時代は、夏期講習への参加呼びかけをしたものです。「自分の限界を超えること・・・そういう充実した夏を過ごすことが、受験だけでなく、一生の自信になるのです!」

 
 18年後の今、ふと我が家を見ると、のんびり朝寝坊してから、貴族のようにゆったりと朝食をとったあげく、まったり妹とたわむれている息子の姿が。まあ、いいか・・・。

 いや・・・いくらなんでも、これはいかん。かといって、一日中、勉強をみてやる時間的余裕は、最近の私のスケジュールにはない。しかし、遠くから「勉強しろ」と言うだけでは、典型的な「ダメな親」になってしまう。


 ということで、観念して、塾の夏期講習に行かせることにしました。一日5時間。とりあえず家でボンヤリしているよりはいいか。あとは塾の先生、よろしく。適当にうまいことアレしといて。(・・・父兄ってこの程度の意識なのかと、軽くゾッとする)
 
 暑いなか頑張っている、世の中の塾講師に申し訳なく思うのでした。
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ローマにて

2014-07-26 18:36:40 | 山形交響楽団
 ただ今、山響・仙台フィル合同オーケストラによる「ローマ三部作」演奏会の一日目、仙台公演から帰ってきました。まだ、さっきまでの大音量が耳に残っています。

 
 とにかくスケールの大きい作品です。それも、常軌を逸した巨大さ。ローマに行ったことの無い私などは「ローマのものは何でも大きいのか」と怖くなってしまいます。

 噴水は洪水みたいだし、祭りは盛り上がりすぎて暴徒化しそうだし、松も「大玉転がし」みたいな松ぼっくりが落ちてきそうです。


 それはさておき、やはり大編成には大編成にしかない良さが確実にあります。こんなにたくさんの演奏家を集めて、その全員に死にものぐるいで音を出させるということ自体に、常軌を逸した「贅沢さ」があります。

 そして、その瞬間に出現するエネルギーの固まりは、それこそ巨大な建造物のように、人を圧倒します。目の前の仏像が、感情を吸い込んでぐんぐん膨れ上がり、しまいにいは仙台の観音さまぐらいになって、ビルをなぎ倒し、雄叫びを上げて動き回るような・・・ウルトラマンに助けに来てもらわないと。

 こういう迫力は、ボリュームのつまみをどれだけひねっても、絶対に出ません。


 ということで、明日は山形公演。なかなか無い貴重な機会ですので、多くの人に聴いてもらいたいと思います。
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ローマへ

2014-07-23 21:10:56 | 山形交響楽団
 山響定期、そして山形Qの定期が終わって、中年の私の体にちょうど疲れが押し寄せるこのタイミングですが、夏休みはまだまだおあずけ。


 ということで、今日から今週末の山響・仙台フィル合同演奏会に向けたリハーサル。一昨年はマーラー「復活」でしたが今回はレスピーギの「ローマ三部作」。山響ではありえない大編成のゴージャスサウンドをこの機会にぜひ、お楽しみいただきたいと思います。

 
 編成がデカすぎるこの三部作、いろんな楽器群が入り乱れて、一日のリハーサルでは仕上がらない。今日から三日間、練習のため仙台へ通います。
・・・(ローマは一日にして成らず)。


 学校は夏休みが始まっています。夏休み最初の週末、山形に住む人は、たまには都会の仙台へ出て、買い物などを楽しみたいかも知れません。しかし、その帰りには土曜日の宮城県民会館でこの「ローマ三部作」を聴いてはいかがでしょう。
 また仙台に住む人は、たまには山形みたいな田舎へ行って、自然を満喫したいかも知れません。しかし、その帰りには日曜日の山形市民会館でこの「ローマ三部作」を聴いてはいかがでしょう。
・・・(すべての道はローマに通ず)。


 以上、宣伝でした。とにかく、良い演奏会になりそうです。
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山形弦楽四重奏団第52回定期演奏会終了

2014-07-22 21:44:59 | 山形弦楽四重奏団
 昨日は、さすが「海の日」だけあって、海にでも行きたくなるような天気。

・・・ああ、真夏のビーチの風が私を呼んでいる!

 などと思わずに、山形Qの演奏会に足を運んで下さったお客様たちに感謝いたします。


 ということで、山形弦楽四重奏団第52回定期演奏会が、無事に終了しました。本来はこの3連休ではなくて別の日を予約していたのですが、残念ながら山響の演奏会が重なってしまい、日をずらしての開催となりました。


 今回のメインはメンデルスゾーン。・・・ではありますが、やはり、山形出身の戦没作曲家、紺野陽吉の二重奏がひときわ光っていたのではないかと思います。Vnの今井嬢、Vc茂木ともに、曲に込められた切迫感、それも生きるか死ぬかのギリギリの中での創作だからこそ散った火花のようなこの音楽を、体当たりで演奏したことの価値は、決して小さくないはず。お客さん方の評判も良かったようです。

 個人的には、今回のハイドンとメンデルスゾーンの調性であるDーdurの持つ、健康的な明るさが好きでした。

 さらに・・・正直にいうと、やっぱり一曲休みだと楽です。デュオの二人を心から讃えることにいたしましょう。


 さて、次回は10月1日。モーツァルトの「ハイドンセット」のvol.2です。山響の都合により平日ですが、また是非お越しいただきたいと思います。ありがとうございました!
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明日のために

2014-07-20 22:18:53 | 山形弦楽四重奏団
 二日間の山響定期が終わり、いよいよ明日は山形Qの第52回定期演奏会です。

 
 昨日と今日の、ワーグナー・リスト・バルトーク・ストラヴィンスキーのプログラムで、疲労困憊・・・を予想していましたが、無駄のないリハーサルのおかげでストレスがなく、意外と疲れていません。オーケストラプレイヤーを生かすも殺すも指揮者次第なのだということがよくわかります。


 さて今夜は酒を控えめにして、明日の打ち上げに備え・・・ではなくて本番で良い演奏ができるよう、ゆっくり休むことにします。
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あら玉「月山丸」

2014-07-19 22:20:05 | お酒の話し(山形県)
 じめじめして、不快指数が高い今日この頃です…こういう時の厭な気分を断ち切るには、これしかない。

 山形は河北町の銘酒、あら玉の大吟醸「月山丸」です。「名刀」と書かれていますが、その味は確かにキレ味抜群。まさに伝家の宝刀です。

 薄暗い地下のBARの扉をきしませて、紫煙にけぶるカウンターに、物憂げに腰掛ける。白いものの混じったヒゲ面のバーテンが、「いつものでよろしいですか?」。静かにうなずくとスッと出てくるのが、冷えたウイスキーグラスに「月山丸」…こんなシチュエーションでもしっくりくるような、ハードボイルドなキレ。わかりますかね?


 研ぎ澄まされた山田錦35%は、変な硬さもなく、まるで五右衛門の斬鉄剣のようです。真っ二つに斬られた物が、その断面があまりに綺麗なのでしばらく離れない。ワンテンポ遅れてから「やられたっ!」的な。わかりますかね?

 とにかく…一瞬にしてスパッと洗い流されるような飲み口はさすがです。


 さて、ただ今山響定期の一日目が終わって帰宅したところ。月山丸で明日への英気を養おうと思います。
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奥様に捧ぐ

2014-07-17 22:28:48 | 音楽
 今週は、この土日にある山響の定期演奏会のリハーサル。指揮はドヴォジンスキ氏です。その知的で明解な指揮は、良い意味で「若さを感じさせない」。きっとこの先、ますます有名になることでしょう。


 さて、プログラムの一曲目は、ワーグナーの「ジークフリート牧歌」。ワーグナーがそれほど好きでない私には大した感興はありませんが、素晴らしい曲なのでしょう。


 何年か前、といってももう20年ぐらい前か。三上博史が主人公のドラマで、テーマソングのように使われていましたね。わがままで独りよがりの指揮者が、中央の業界で干されて、地方の高校のオーケストラを指揮することになるという話だったように思います。

 人数がそろわないオーケストラでこの曲を指揮するうちに、「自分に合わない者は排除する」という専制的なキャラから、プレーヤーそれぞれのことを思いやる人間に成長していく。まあ、ありそうで絶対にない話ですが、それなりに面白かった。今思い出しましたが、タイトルは「それが答えだ!」。


 その他でも、ワーグナーの生涯を題材にした映画で、初演の時の様子が描かれていたのが記憶に残っています。

 コジマの誕生日の朝、玄関ホールから二階の寝室につながるカーブした階段に、そおっと奏者を配置して、起きてきたコジマが部屋から出てきたとたんにこの曲をプレゼントとして演奏するシーン。感動するコジマ。ガウン姿で意気揚々と指揮をするワーグナー。心温まる場面です。

 しかし、テレビで放送されたこの映画を見たのは私が学生の頃でしたが、その頃でも「楽隊というものは、なんと苦労が多いものだろう・・・」と気の毒に思ったものです。指揮者が個人的にカミさんの機嫌を取るためのイベントに駆り出される・・・涙なくしては見られない。

 楽士の皆さんだって、それぞれに家庭があり、怖いカミさんがいるのに、出勤前のヒゲ剃りの音で起こしてしまい、
「ねえ・・・今日は休みのはずでしょ!な~んでこんな早くに出てくのよ。」
「仕事だよ、いろいろあるんだよ」
「いろいろ?大して給料ももってこないくせに・・・ちょっとどこ行く気っ?」
とか言われて来たはず。それなのに、人のカミさんが目を覚ますまで静かに部屋の前で楽器を持って、サプライズのためにスタンバイし続けるとは・・・(号泣)。


 なんだかグチっぽいニュアンスになってしまいましたが、とにかく、愛にあふれた素晴らしい曲です。良い演奏になるよう、頑張ります。
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文化の危機

2014-07-15 23:30:50 | 雑記
 暑さが体にこたえる今日この頃。「こんな時には鰻で冷酒など」・・・とも思いますが、もう少し安くなったらと何年も我慢しているうちに「絶滅危惧種」に指定されたらしいですね。日本の大切な食文化もまた、消滅の危機に瀕しているということです。

 ひと昔前には、パーティーのBGMに四重奏で呼ばれて、控え室で出された弁当が鰻重だったことがありました。それも、重厚なお重に入った、結構ちゃんとしたモノ。「なんと豪勢なお座敷・・・いつもよりちょっと良い音出しちゃおうかな」などと思ったり。・・・もう何年もそういうことはありませんが、この先はさらに無いでしょうね。


 ところで「食文化」とは何でしょう?一言でいうなら、それは「想い出」だと思います。

 鰻は寿司と並んで、おめでたい時にふるまわれる、ありがたい食べ物です。家族や親戚の集まりなら、大人達はみんな機嫌がいい。「こんな時だから、ちょっと贅沢しちゃおうか」みたいなウキウキした空気があるので、すごく楽しくおいしく感じるのです。「あの時は、おじいちゃんもおばあちゃんも、嬉しそうに鰻重を食べてた・・・みんなまだ元気だったなあ」みたいな。それが記憶に刷り込まれているから、実際の味以上に、好きになる。

 昔話でもケチな男が、鰻屋の前に来て、蒲焼きの匂いでご飯を食べるとか、そういう話がたくさんありました。誰もが「美味しい」「食べたい」と思うはずのものとして、絵本にも出てきます。「天才バカボン」のお巡りさんが、「ウナギ犬」をなんとか捕まえて食べたがるのを、見ている私たちは違和感を感じない。「ウナギなら食べたがるのも無理はない」と子供ながらに思うのです。


 しかし、そういう「想い出」がないと理解もない。昔見た鳥の図鑑に、「すでに絶滅した鳥」のページがありました。ダチョウより大きくて、人が背中に乗れそうな鳥が「肉が美味しく、人間による乱獲により絶滅した」と書かれている。「・・・なんて野蛮な人たちなんだろう!許せない!」読んでこう思ったわけですが、ずいぶん勝手な言いぐさです。その人たちも、神に感謝して、部族勢ぞろいの祝いの席でめでたく、嬉しく食べたのかも知れない。それを一方的に責めるのは間違いです。

 
 さて。我が家でも、まだ買える今のうちに、ケチケチせずにしっかりと次世代に鰻の味を教えておくかな。

 よし、奮発して、今日はみんなでうなぎ屋さんに行こうか!

「え~、うなぎきらーい」
「骨が刺さるからやだ」

いつもは好みが分かれる兄妹ですが、鰻だけは一致して嫌いなのです。(・・・中島家の鰻文化ここに途絶える。)
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お忘れなく

2014-07-13 23:42:00 | 山形弦楽四重奏団
 (あれっ、何を取りに来たんだっけな・・・)

・・・近ごろ多くなってきました、この現象が。困ったものです。たたずんだまま、あてのないゲネラルパウゼの後、結局思い出せず、元の部屋へ戻っていく悲しさ。

 そして、実行不可能な頃に思い出す。そこで再び気にとめておくも、また忘れるというスパイラル。これすなわち老化。


 さて、今日はどの酒の話を書きましょうか・・・すでに飲んだ、頂きものの銘酒が順番待ち状態だし・・・

 ・・・その時、めずらしく思い出しました。そろそろこのページの本来の目的である、山形Qの宣伝をするべきでしょう。


 ということで、いよいよ近づいてきました山形Qの「第52回定期演奏会」。7月21日(海の日)です。

 今回はメンデルスゾーンの第3番をメインにおなじみのハイドン・シリーズ、そして白鷹町の戦没作曲家、紺野陽吉の「弦楽二重奏曲」。このデュオはVnとVc。今井嬢とVc茂木による熱演が期待されます。私は魅惑の「降り番」。楽屋で、気持ちだけ、ワールドカップのサポーターのように応援することにします。


 このメンデルスゾーン。聴けば聴くほど、弾けば弾くほど、明るくて素晴らしい曲です。その、ぴちぴちした躍動感は、ハトヤのCMの魚に勝るとも劣らない。我々も、日頃の疲れにかまけて、あの青いハッピの男の子のように取り逃がしてしまわぬよう、心してかかりたいと思います。


 まずは、たくさんのお客様のご来場をお待ちしております。

(・・・そうだ、爪切りを取りに来たんだった)
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気のせい

2014-07-11 22:25:40 | 危機管理
 人の集まるところには、何らかの「気」が集まるものです。同じ満員電車でも、朝は殺気を含んだ「だり~な~」、金曜の帰宅時には「どこ行くよ?」みたいなワクワク感が充満しています。サラリーマンでなくても、その場にいるとそのパワーに巻き込まれてしまう。

 人はとくに、所在無くしているときに、その「気」を発するものらしい。たとえいやいやでも、忙しく活動している時には、たいした「気」は出ないものです。問題は「待たされてる時」。これはイライラやらワクワクやらモンモンやら・・・いろんなモノが飛び交ってます。

 開演前の客席は、やはりワクワク感があるもの。これがステージに出る側にはまたプレッシャーになるのですが、悪い気はしない。まさに良い「気」だからでしょう。これを味方にできる人が、才能のある人です。


 一方、良くないのはやはり「待合室」。海外線の航空機の待合室でもない限り、イライラやウンザリが漂いやすい。それにもまたいろいろな種類があり・・・。

 
 さて今日は夕方、病院の待合室にいました。整形外科。なんと左手の指を骨折したのです・・・・・・私だったら長期休暇になるところだが、骨折したのは息子。学校の体育でバスケをした時らしい。その付き添いです。

 患者さん達はそれなりに大変でしょうが、整形外科の待合室の「気」を客観的に見ると、明るい。息子のようにスポーツでケガをした若者もいるせいもあって、「早く治して、あんなこともしたい、こんなこともしたい」というような、「前向きの気」にあふれています。基本的に、病気ではなくてケガだからでしょう。「色」としては、「歯医者」と大して変わらない。

 緩和ケア病棟を包む「気」と、えらい違いです。当たり前ですが、あれは健康な人間でも、あっという間に「金縛り」。思い出すだけでも、心がシャーベット状になってしまいます。

 
 ということで、息子はきわめて軽い骨折。「ちょっと欠けた程度」(指の骨だけに、聞くと怖いが)だそうです。全治に、ひと月もかからないでしょう。

 しかし左手なので、しばらくヴァイオリンはお休み。勉強に専念しろという「お告げ」なのかも知れません(・・・明るい「気」に影響されています)。

 
 ちなみに、これで骨折未経験者は家族で私だけ。しばらく休むのも魅力的ですが、そういうわけにもいきません。気をつけることにします。
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八海山(大吟醸)

2014-07-10 21:28:47 | お酒の話(県外)
 Let's dope! (一緒にドーピングしましょう)。

 
 ということで、ついに真打ち登場。いわずと知れた新潟の銘酒「八海山」の大吟醸です。先月の「さくらんぼコンサート」を聴きに来てくれた親戚からの差し入れで、八海山の中でも最高レベル、山田錦40%精米。まさに「鉄板」の一品です。

 「端麗辛口」・・・いわゆる「すっきりしてて飲みやす~い」系の代表格である八海山は、私の日本酒バカの「はじめの一歩」でした。オールドとかリザーブをがぶがぶ飲んで調子に乗っていた学生時代、たまに入った「ちゃんとした居酒屋」で適当に注文したら出てきた酒。

 口にしたとたん、スッと跡形もなく消える感覚に、まず驚く。日本酒のイメージが変わりました。こんなに爽やかな、ほのかな酒があったとは・・・。それまでは安チェーン居酒屋のコンパで飲んだセメダイン風味の日本酒しか知らなかったわけですから、当然といえば当然。

 
 それから時は流れて・・・山形の酒を片っ端から飲んで、すっかり舌が肥えてしまった最近では、本場新潟で飲む八海山も今一つ感動が無い。「あれっ、こんなもんだっけ・・・」などと増長も甚だしい。私のせいではなく、山形の酒が安くて旨すぎるのです。

 ところが・・・さすがは大吟醸。今回、久しぶりに、昔の感動が甦りました。

 ひと口飲んだ瞬間、魚沼の美しい田園を見下ろす八海山から吹いてくる心地よい風に包まれる。
・・・これこれ、この味。VIVA、新潟!

 「ああ・・・空気がおいしい」という時の、味覚とは違う、解放されるような心地よさ。「スキンケアクリーム」のCMのように、心のささくれが「つるつる」になってゆく(使用感は、あくまで個人の感想です)。


 昔の感動を、ふたたび堪能しました。
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DNAの音色

2014-07-08 23:53:00 | 雑記
 声にも「音色」というものがあり、それはDNAの影響を強く受けています。ヴァイオリンだって作家ごとにあれだけ特徴があるわけですから、声帯の形が似てれば、声が似るのは当然のことです。しかし、不思議なのは、電話を通すとそれがもっとハッキリわかることです。



 ところで、人格上のどのような欠点のせいかわかりませんが、小学生の頃から学級委員を押しつけられることの多かった私は、現在、山響でも組合の代表をしています。

 折しも世間では夏のボーナス時期。増えたとかいう話も聞きますが、アベノミクス効果はこの業界には無縁。当然、交渉や話し合いも、道なき道を進むがごとく・・・。 


 先日、いつものように、鉄条網の藪をさまよったような心で帰宅すると、留守中に伯母から電話があったらしい。こちらから電話をかけ直して、久しぶりに話しました。入院したりしていたこともあって、電話で声を聞いたのは、母の葬儀以来になります。

 母の生前は感じなかったことですが、さすがは実の姉。声の音色に同じ成分が含まれているのがよくわかりました。ハッとした警察犬が匂いに食いつくように、その音色を聴いていました。

「良いところに住んで、良い仕事ができて、本当に良かったねえ・・・」
・・・そうでもないよ、儲からないし。
「良い仕事は儲かるわけないわよ。その代わりに幸せなんだから・・・本当に良かったねえ。」
・・・そうかな・・・ありがとう。


 さて、これからジメジメする季節ですが、体調に気をつけて頑張ります。
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トリップ(後編)

2014-07-06 23:56:26 | 雑記
 「20年」という歳月は、思った以上に世の中を変えるものです。私が大学生だった頃には、携帯電話もなかったわけですし。人の暮らしも、街も、すっかり様子が変わるのに充分な月日なのです。

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  トリップ


 さて、卒業して「20周年」ということで、初めて大学オーケストラの「OB会」に参加しました。池袋の駅の構内も、大学方面に向かう地下道も、様子が一変していて、「通いなれた道」がすっかりなくなってるのには驚きました。

 途中の街並みも、見覚えのある建物やテナントがほとんど姿を消して、どこを歩いているのかわからない。懐かしさが無い状態で客観的に見ると、池袋という街は、あまり快適な街ではないですね。こんなに狭苦しくて、ごちゃごちゃしてたとは・・・まあそれが若い頃には、ワクワクするような、おもちゃ箱みたいに感じられたのかも知れません。

 ようやくたどりついた大学構内も、校舎が軒並み改築されてきれいになり、近代的でよそよそしい。蔦のからまるあの「本館」も、妙に小ぎれいになって、結婚式場のようになってる。昔はもっと暗くてミシミシして、トイレも古くて汚くて、個室の壁は世紀末らしい落書きで埋め尽くされていたのに・・・。


 ということでよそ者のように緊張し、会場へ入るのがためらわれ、入り口の喫煙所でぐずぐずしていると、歩いてきた女性にどこか見覚えがある・・・と同時に静電気がピリッとくるような感覚とともに、20年の年月を飛び越えて「うわっ、久しぶり~」。このフラッシュバックは、わりと心地よい。

 思ったほどには人数が集まっていませんでしたが、みんな仕事が忙しくなってきている世代だから仕方がない。それでも、懐かしい顔にたくさん会うことができました。

 客観的に見れば、お互い20年の年輪がばっちり刻まれているのでしょうが、人の中身は、ほとんど変わらないものですね。いや、自然と昔のキャラに戻るのかも知れません。私も、職場などでいつの間にか顔にへばりついていた「良識派」みたいなつまらない仮面がはがれて、深呼吸できたような解放感を味わいました。


 空間的な旅行には疲れ気味でしたが、ちょっとした時間的な旅行を楽しんだ週末でした。
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トリップ

2014-07-05 23:22:36 | 音楽
 只今ふたたび、東京から山形に向かう新幹線に乗っています。

 本日は我が母校、立教大学のオーケストラのOB総会でした。考えてみると今年は「卒業20周年」。私のような音信不通の者にも、「たまには行ってみるか」と思わせるような「年月の重み」があります。

 
 ・・・東京でここまで書いて意識を失い、ふと気づくともう「かみのやま温泉」。少々、飲み過ぎたようです。楽器がないとここまで無防備か・・・と思える寝相をしてしまっていました。

 今日はもう使いものにならないので、続きはまた明日。
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