中爺通信

酒と音楽をこよなく愛します。

理容を評論する

2012-05-30 11:03:13 | 雑記
 ようやく時間に余裕ができたので、床屋へ行きました。・・・無精なので、すぐに理由をつけては先延ばしにしていただけでもあります。要するに、床屋はあまり好きじゃないんです。

 
 ということで、こだわらない私の行きつけは「カットのみ千円」の店。理容学校を出たばかりなんじゃないかと思われるような若者をたくさん使っている、薄利多売系のお店です。


 若者たちは、確かに慣れてはいないものの熱心で、「千円だから・・・」と、手を抜くことはありません。そういう真摯な態度を見て、爽やかな気持ちになることもあります。

 一方「店長」はいつも店内をブラブラしている感じで、まかせっきり。ほとんどハサミを持たない。よほど混んだときだけ、しぶしぶ出てきます。そして、力の抜けきった「必要最小限」の仕事をするのです。


 さて、仕上がりはどちらの方が良いかというと・・・

 私は多少残念な気持ちで、軍配を店長に上げてしまうのです。

 すごい腕を持っているわけではありません。古い基礎と長年の経験のみ。しかし「無駄な張り切り」が無い分だけ、わずかに上なんです。

 「お客様とは一期一会。入れるハサミの一つ一つに、持てる力すべてを注ぎ込んで切るべしっ!」
みたいな若者は客の立場から言わせると、残念ながら鬱陶しい。しかも、時間がかかるし切りすぎる。「安心して、ふつうのサービスを受けたかっただけなんですけど」という気になってしまう結果に終わることが多いんです。

 もちろん、やる気ない方がいいとは思いません。


 力まず、しかし誠実に・・・難しいところですね。そして、千円しか払わないくせに偉そうな事を申しました。
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楯野川「激流」

2012-05-29 09:33:48 | お酒の話し(山形県)
 いろいろ飲んでも、やっぱり「楯野川」に帰ってきます。もっともらしい理由はありません。「好きだから好き」ということですね。・・・語彙が貧困になってしまいます。やっぱり「酒好き」はソムリエにはなれないのかも知れません。


 ということで、新しい「激流」。昔は出羽燦々使用でアルコール添加でしたが、新生「楯野川」はすべて純米大吟醸。米も山田錦にグレードアップしました。お値段の方も・・・いやいや、これだけ質が向上した割には、頑張って抑えてくれていると思います。


 蔵元も言っていたことですが、「楯野川」は開栓直後は味が硬い。「あれっ?」とがっかりしてしまうことがあります。しかし2日目以降はグングン透明感が増して味が澄み渡ってくるのです。

 ・・・それはわかっているのですが、初日から美味しく飲みたい。そういう時はどうすればいいのか?

 このたび、ついにそれがわかりました。長年の研究の成果を発表いたします。

「飲みたい数時間前に冷蔵庫から出して室内に置いておく。」

・・・以上。つまらなくて申し訳ない。要するに、「常温一歩手前」だと、こなれて旨くなってきた時の味わいに一番近づくのです。「温度の問題」だけではなくて、「ゆるんできた」ところがポイントです。完全に常温だと、硬さはなくなるものの、すっきり感がやや損なわれる。「一歩手前」が肝心です。・・・まあ、この辺は完全に「好みの問題」でもありますけどね。ソムリエがやる「デキャンタージュ」のような、説得力のある根拠は何もございません。 

 「今回はベストなタイミングだった」と小さな満足を味わいつつ、心の沈殿物が澄んだ激流で洗い流されるようなひとときを堪能しました。
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食育

2012-05-27 14:56:21 | 危機管理
 ああ・・・すっかりカレーライスが食べたくなってしまいました。


 昨晩は娘が「眠れない」と言うので、本を読んでやることにしました。「読み聞かせ」は教育の基本ですから・・・というわけでもありませんが、私も元国語教師でしたから、朗読は好きなのです。

 さて、どんな名作を読んでやろうかな・・・イソップかグリムか、それとやはり日本の昔話かな・・・。

 しかし、提案するものはすべて却下されました。だったら好きなの持ってきてよ。

 すると・・・持ってきたのは「食育絵本 カレーライス」だと。幼稚園で買ってきたのか。別に良いけど・・・やっぱり女性はフィクションよりこういう現実的・実用的なのを好むんでしょうか?


 どれどれ・・・いきなり出てきた登場人物「ミス・スパイス」と「カレーめいたんてい」。食育絵本だけに、キャラクターづくりには力を入れない方針らしい。

 ということで、スパイスの依頼で、「めいたんてい」がカレーライスに関する様々な事を調べて報告する。やはりストーリーにも力を入れない方針らしい。


 しかし、世界のカレーライスの写真は充実してて美味しそうだし、様々なスパイスの数々も写真入りで紹介してあって興味深い。マトンカレーに、かなり惹かれました。

 面白かったのは「カレーライスのれきし」。インドで臭い消しとして使われたスパイスが、イギリスに渡って「カレー粉」の発明につながり、さらに日本に入って「ルウ」が発明される。その本によれば、ルウの発明は「いまからやく、ごじゅうねんくらいまえ」。そんなもんなのか・・・知らなかった。

 しかしそれより、いかにも大昔の、歴史上の事件のように「50年前」が語られているのを見て、ややショックを受けました。挿し絵も昔風のタッチになってるし。・・・たしかに、私にとっては「生まれるちょっと前」でも、幼稚園生にとって「半世紀」は途方もない昔。これは仕方がない。


 さあ、なんだかお腹がすいてきちゃいそうだから、もう寝よう。
「やだ・・・もういっさつだけ。」
はいはい、あと一冊だけだよ。次はなに?

・・・「食育絵本 たけのこ」。

 まったく・・・。

(おおっ!この「やきたけのこ」の写真・・・お父さんやっぱりこっちの方がいいな~)
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How beautiful

2012-05-26 13:06:33 | 山形交響楽団
 山響は昨日から、日曜日の仙台「メサイア」公演のためのリハーサル。「季節はずれ」な感じもしますが、それは「第九」と同じように、勝手な習慣によるものなのでしょう。「初夏のメサイア」というのも貴重な体験です。


 さて「メサイア」と言えば以前も書いたように、大学時代に毎年演奏していましたから、想い出深い・・・というより、私にとっては学生時代と切っても切り離せない曲です。「ハレルヤ」だけでなくて、タイトル(歌詞の冒頭)を見ただけで、曲が思い浮かびますし、逆にパート譜を見ただけで歌詞が連想されます。「伝統」として毎年毎年、長い時間をかけて練習しましたからね。

「But who may abide」とか「For unto us a child is born」とか「His yoke is easy」とか「Since by man came death」とか・・・ほら、こう書いただけでメロディが懐かしく思い出されます。二つ目の「child is born」などは、合唱団の歌が「Chinese bone」と聞こえて、「私達のための中国の骨」?・・・などと訳す冗談が流行ったりしたのを思い出します。


 当時から一番好きだった曲は、アリア「How beautiful are the feet」。べつに「きれいな脚」が好きだったわけではありません。「主がやってくるその『足音』は、なんと喜ばしく聞こえるものでしょう」みたいな歌詞だったと思います。シチリアーナ風の美しい曲なのですが、もの悲しい。「なんと美しい!」ではなくて、「きっとさぞ美しく聞こえるだろう」とか、「そんな日が本当に来たらどんなにか喜ばしいだろう」というような、内面の心情を思わせます。心から神様に祈る気持ちは、こういう切ないものなのかも知れないな、などと当時、感じたのを覚えています。


 ところで、今回は「モーツァルト版」。私は初めてです。いろんな所で、聞こえてくる音に違和感があります。歌詞もドイツ語なので、聞き慣れない。モーツァルトの仕業だとわかっていなければ、許されない所もあるような気がします。しかし・・・新鮮な気持ちで、楽しみたいと思います。
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名曲とともに

2012-05-24 09:42:24 | 山形弦楽四重奏団
 昨日は山形Qの練習。6月2日に迫った、藤島町でのコンサートの準備です。ということで、ハイドン「皇帝」、モーツァルト「クラリネット五重奏」を中心に。


 どちらも言わずと知れた名曲ですが、山形Qでは以前に2~3回、演奏したことがあります。

 ・・・それだけやっていれば、もはやレパートリー。微塵の堅さも無く、自由闊達、天衣無縫、縦横無尽に名曲の世界が、公民館の「研修室」につむぎ出されます。ごく当たり前に、まるで呼吸をするかのごとく、美しい調べが目の前で踊り始め・・・

 ・・・とは、いきませんね。何度弾いても、難しいものは難しい。だからこそ、味わいが尽きないわけです。それでも少しずつ、「手を触れられるようになってきた」感じはします。


 名曲が持つ美しさは、「自然の美」に似たところがあります。簡単には人の手を寄せ付けない。まるで野生の猛獣のように感じられることもあります。

 いくら毛並みが美しくても、肌触りが良さそうでも、例えば野生の虎を「なでなで」するのは容易な事ではありません。一方的な親しみだけで「おーよしよし」とばかりに馴れ馴れしく抱きつけば、ムツゴロウさんといえども無事ではいられますまい。

 じっと観察しつつ、時間をかけて少しずつ距離をつめていくというか、しばらく一緒に暮らしてみなければ、近寄ることすら難しいでしょう。


 名曲とも「時間を共有する」ことが必要だと思います。そういう意味で、今回も我々にとって貴重な機会ですし、「良い時間」を過ごしていることを、嬉しく感じます。そしてコンサートでは、お客さんと一緒に、それを楽しみたい。

 練習はあと2回。頑張りましょう。
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健全都市

2012-05-23 21:07:10 | 山形
 薄暗い店内には、スローテンポなジャズが流れています。奥のテーブルには、ヒソヒソ話しては大声でゲラゲラ笑うのを繰り返している、怪しげな男女。静かな脇のテーブルには、傾いて寝込んでしまった、疲れた初老のサラリーマン。そして後ろの席では、学生のカップルが勉強していて、時々目を合わせては微笑み合っている。そして、私の目の前のアイスコーヒーの氷は、すっかり融けてしまっています。


 ・・・この状況はどう考えても、さんざん飲んだ後に始発電車を待つ、真夜中のファーストフードの店内ですよね。学生の頃によく体験しました。


 しかし、ここは現在の山形。さすがですね・・・まだ9時前なのにこの、真夜中としか思えないような、やさぐれた雰囲気。妙なところで懐かしくなってしまいました。それにしても、山形は健全で素晴らしい。


 ということで、今日は休肝日なのでただ今、息子の英語教室の送り迎えの間の時間に、近くでコーヒーを飲んでいたところでした。さて、そろそろ迎えに行くかな・・・。
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日食

2012-05-22 09:53:10 | 山形
 昨日は待ちに待った「金環日食」。無限に広がる大宇宙の神秘がつむぎ出す奇跡のハーモニー。その世紀の瞬間にこの世で生きて立ち会うことのできる幸せを噛みしめつつ、観測用グラスを握りしめて、今か今かと・・・

 ・・・というような事もなく、なんとなく過ぎていきました。山形ではきちんと「金環」になるわけでもないし。でも、もちろん寝ていたわけではありません。息子と一緒に「基礎英語」もちゃんと聴きました。


「ん?そういえば、アレって今日じゃなかった?」
「なに、あれって。尿検査?もう学校に出したけど。」
「ちがうっ、日食だよ。」
「あっ・・・そうだ。つーかでも何時なの?」
「朝だろ。もう始まってんのかな?」

 ・・・とまあ、こんな感じで緊張感なく過ごしておりましたが、テレビをつけると「あと○○分!」と、どこのチャンネルでも大騒ぎ。少し早く家を出れば、学校でちょうど「ピーク」を見られるということで、一本前のバスで出かけて行きました。

 
 私が予約してあった整体に向かうために家を出た時に、ちょうどピークのあたりだったようでした。

 肉眼でしたから、太陽はいつもと同じようにまぶしくて見られません。でも、不思議にすこし光に力がない。天気が良い朝なのに、目に見える物の赤みが薄くなって、辺りは青ざめているような感じでした。この時期の陽射しは、すでに肌に熱く感じるものですが、なんだかヒンヤリ。

 昔の人が日食を、不吉なものに感じた気持ちがよくわかりました。たしかに「天変地異」の一種です。知らなければ不安になるのが当然です。


 「天体ショー」にロマンを感じるも良し、「天変地異」に厳粛な畏れを感じるも良し。次に本州でこの現象が見られるのはかなり先で、今の私達にはもう縁がないようですが、その頃も平和に観測できる世の中であることを祈ります。

(関係ないですが、漢字で書くと「日食」と「甘食」って似てますね。小さい頃おやつでよく食べさせられましたが、今もあるんでしょうか?)
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神童

2012-05-21 10:14:47 | 山形交響楽団
 3日間にわたる山響定期もやっと終わりました。

 今回はなんと言っても、若き天才ピアニストの快演に尽きるでしょう。さすがはチャイコフスキー・コンクール優勝者。演奏が体から自然に出てくるのは、天性のものでしょう。チラシの写真を見て「若いんだな」とは思っていましたが、実際に見ると少年のようです。「神童」と言った方がピッタリくる。


 コンチェルトは「対向配置」だったので、演奏しているソリストを「ああ、神童ってこういう感じだよな・・・」と思いつつ、正面から見ておりました。

 厳しい修行で得た勘と経験に裏打ちされた「職人の芸」みたいなものとは違うんです。もちろん凄まじい練習量だろうと思いますが、それは凡人が想像する「練習」・・・繰り返しの「稽古」や「トレーニング」・・・と違うはずです。神童はただ、大好きな「おもちゃ」で夢中に遊んでいるだけなんです。

 表情を見ていても、何かを「心がけている」感じがしない。強い精神力で何かを「自分に強いている」感じがしない。野生の動物の、本能的な動きに近いかも知れません。

 いずれにしても、凡人には真似できませんね。(それをすると、「迷惑な素人」になってしまいます。)

 ・・・来月の東京公演でも、非凡な演奏を聴かせてくれることでしょう。



 さてと・・・私は今日も、さまざまな事を心がけて演奏することにします。
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米鶴「F‐1」

2012-05-19 11:11:45 | お酒の話し(山形県)
 ワインと同じボトルですが、ワインではありません。高畠の銘酒「米鶴」の純米大吟醸「Fー1」です。見た目の通り、なかなかの高級酒です・・・そう、もちろん戴き物です。


 これはもともと米鶴が市販のためではなく、コンテストのためだけに造った趣味的な酒で、もちろん山田錦の35%。「酒造技術の限界に挑戦する」・・・職人のプライドをかけた戦いですね。

 ところで、なぜ「Fー1」なのか?

 Fー1というものも、まさにマシンの「技術の限界」に挑戦して、それを競うものです。「車なんて安全に乗れて、安くて低燃費ならそれでいい」ものでもありますが、やっぱり技術者としては、それでは飽き足らない。「どこまで速いものを作れるのか?」・・・実用なんか度外視して、行けるところまで行ってみたい・・・そういう欲望がムラムラッと起こってくるものなのでしょう。

 「酒造り」の世界でも、そういう欲望はあるようです。そして「米鶴」は、ホンダのFー1にかける意気込みに、自分のところと共通する情熱を感じて、出来たこの酒に「Fー1」と名付けて、本田社長に献呈したと。・・・そういう職人の心意気がつまった酒なわけです。

 その後、噂がひろまって米鶴「Fー1」を求めるファンが多くなり、現在では市販されています。ということで、当初のものよりは、いくぶん「ふつう仕様」にはなっているでしょう。べらぼうに高いわけでもないですし。


 さて、コルクの栓を抜いて味見を・・・う~ん、華やかな香り。このボトルの風情通りの、豪奢な感じの口当たりです。喉越しは、さすが35%だけあって美しい、シルキーななめらかさ。やはり高級洋酒をイメージしているのでしょう。海外に出しても恥ずかしくない、というような。

 たしかにすごい。でも「これを毎日飲めたらいいなあ」とは思いませんね。キャラが強くて、合わせる料理にも苦労します。「Fー1」が好きでも、あのレーシングカーに乗って通勤したいとは思わないのと、同じかも知れません。


 ・・・でも、そんなちっぽけな事はどうでも良いのでしょう。「職人のロマン」を、じっくりと堪能しました。
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初日

2012-05-18 17:44:00 | 山形交響楽団
 今日から3日連続で、山響定期本番です。来月の東京公演「さくらんぼコンサート」と同じプログラムで、委嘱新作、チャイコフスキーのピアノ協奏曲、ブラームスの交響曲2番。

 今年は「さくらんぼ」の前日に大阪でも公演をするので、全部で5回、このプログラムで演奏会をするわけです。・・・長い道のりですね。


 さて、これから一回目の本番。どうなりますことやら…頑張ります。
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基礎的幻想

2012-05-16 11:28:32 | 雑記
 最近、息子が聴いている朝のラジオ「基礎英語」に、横で聴いている私がハマってきました。もっと真面目で辛気くさい、「放送大学」のようなものかと(失礼・・・念のため言っておきますが私は「放送大学」大好きです)思っていましたが、全然違う。


 とくに「ファンタジー」のコーナーがワクワクものです。連続したストーリーのある物語が展開するのです(もちろん英語で)。その展開がまた強引で面白い。私は初回からきちんと聴いているわけではないのですが、SFあり冒険ありの、まさにファンタジーです。

 ある日、11歳の主人公の家に、道を間違えた「お姫様」と家来の「大魔王」がやってきます。お姫様が家の人に事情を説明していると、大魔王がクシャミをしてしまい、その衝撃で主人公の両親は、時空のかなたに吹き飛ばされてしまい、行方不明になってしまいます。主人公は両親を助けるべく、お姫様と大魔王、そして妹と共に、時空を超えた冒険の旅に出るのでした。

 ・・・おそらくこんな内容ですが、若干の「なおざり感」がかもし出すシュールな雰囲気がたまらない。タイムスリップした先で主人公がだしぬけに、「あなたは生徒ですか?」と質問されたり、海底で大ダコから「あなたの誕生日はいつですか?」などと、唐突に訊かれたりする。そして大魔王はなぜか、みんなの「発音」を常に厳しくチェック。


 まったく今後の展開に目が離せません。

明日はどうなっちゃうんだろう・・・楽しみだね。
「・・・は?全然。」
 
・・・部活の疲れで朝眠いのはわかるけど、まあ、そう言うなって。
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絶え間なく

2012-05-15 10:05:27 | 山形弦楽四重奏団
 昨日も山形Qの練習。ひとつ終わったらすぐ次へ向かいます。こういうときは、単純に気持ちが良い。前進しているような気がするからでしょうか。

 さて次の標的は半月後の6月2日、藤島町の「明治ホール」での演奏会です。文翔館に似てもう少し小さい、古い建築の建物で、木造の「記念館」の中のホールです。町の主催のコンサートですが、声をかけていただくのは数年前に続いて、2回目です。

 主催者側からは、「また有名な曲を入れて欲しい」という、至極もっともながら、難しい注文を頂きました。弦楽四重奏曲で「有名」とは、どのあたりまでなのか?いつも悩むところでもあります。前回は「アイネク」「アメリカ」で行ったんだっけ・・・。


 かなり昔ですが、定期演奏会で「今後演奏して欲しい曲」のアンケートをとったことがりますが、回収した用紙を打ち上げの時に読んで、困ってしまったことがあります。
「白鳥の湖」「新世界」・・・・・・やっぱりそうですよね。
(最近の山形Qのお客様だったら、逆にマニアックすぎる回答がありそうで、それはそれで困ってしまうかも知れませんが。)


 ということで、ハイドン「皇帝」、東北民謡、おなじみ郷津氏をゲストに入れてモーツァルト「クラリネット五重奏」。

「こんなところで、どうでしょう?」
責任者の方に、おそるおそる訊いてみると、
「おお・・・これなら充分充分。」
(・・・この感じだと、もうちょっとマイナーな感じでも良かったか。「次の機会」に備えて、どれか温存しとくべきだったかな。)
・・・いろいろと、気をつかいます。


 しかし「次」があるかどうかは、「今」次第。先のことはともかく、今回も良い演奏会になるうように頑張ります。
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サロンにて

2012-05-14 08:34:17 | 山形弦楽四重奏団
 ヘンケル。ドイツのスパークリングワインですね。「ドイツ」ときくと「甘口か」と思いますが、「トロッケン」と書いてありますからちょっと楽しみです。こういうものには詳しくないのですが、「花より団子」です。本当の団子は花より嫌いですけど(ややこしい)。


 そう、今回は酒の話ではありません。これは昨日の山形Qのサロンコンサートで、弾き終わった時に、お花の代わりに頂いたものです。リアルに嬉しそうな顔になってしまうのが困ります・・・いや、もちろんお花もありがたいんですよ。ただ、演奏を終えて気がゆるんだまさにその瞬間に、大好物を手にすると、取り乱してしまうんですね。


 ということで、昨日の鶴岡でのコンサートは和やかに終了しました。格調高い、私邸のサロンに集まったお客さんは30人ほど。こういう「文化的な集い」があるんですね。皆さん、「高尚な趣味を気取っている」のではなくて、精神的に豊かな時間を心から楽しんでいることが、聴いている雰囲気でわかりました。

 ここのお宅では、年に2回定期的に、県内外から奏者を招いてこのようにコンサートを開いているそうです。明るくて広い部屋がコンサートにちょうど良く、終わるとテーブルを並べて「お茶会」ができます。昨日も、上質なお茶とお菓子(私のようなその方面に不調法な者にもわかる)で、楽しいひと時をすごしました。


 考えてみれば、カルテットなどの室内楽は、もともとこういうところで発祥したものですから、これが「正しいあり方」だと言えます。こういう集まりがもっといろんな所にあると良いと思いますし、それが増えれば本当の意味で文化レベルが上がると思います。ここのサロンにも、今後末永くコンサートを続けてほしい。


 良い一日と、すべての縁に感謝。そして乾杯!
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柱の傷は

2012-05-12 19:05:53 | 山形弦楽四重奏団
 本日は山形Qの練習。明日のサロンコンサートのプログラムの確認です。良いコンサートになりますように。


 いつものコミュニティーセンターが使えなかったため、久しぶりに別の公民館で練習しました。山形Q初期の頃に、よくお世話になった、古い公民館です。ここを使っていたのは、山形Qの最初の二年ぐらいでしょうか。ということは、もうメンバーも半分違うんですね。しかし、部屋に入ると、その頃の様子がフッと頭によみがえってきます。

 ・・・あの頃は若かったなあ。解釈の違いから殴り合いのケンカになって、ここの部屋の窓ガラスが割れたこともあったっけ・・・

 ・・・うそです。でも懐かしい。あの頃と比べれば、今の山形Qは少し成長したと言えるんじゃないかと思います。確かに、いろんな意味で若かった。


 さて明日も、山形Qの歴史の1ページを飾る、良い演奏会にしなくては。

・・・ああ、懐かしいな。あの時はまだ中爺が生きてた頃だったよね。酒のことしか考えてなかったみたいだけど、奴はなかなか良い演奏をしてた・・・

 ・・・と言ってもらえるように頑張ることにします。
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残雪

2012-05-11 13:16:49 | 雑記
 昨日までの三日間は、スクールコンサートで毎日、酒田へ。月山を越えて行くわけですが、昨冬はやっぱり雪がものすごく多かったことがわかります。新緑の柔らかい緑がきれいではありますが、山肌にはまだ充分な雪が残っています。白と薄緑のコントラストが美しい・・・と言いたいところではありますが、この時期の残雪は、結構きたない。「雪見だいふく」を落っことして土まみれになっちゃった・・・みたいな、残念な姿で、少しずつ小さくなっていきます。


 ところで「残雪」と言えば、思い出すのは「大造じいさんとガン」です。小学校の国語の教科書に載っていた、椋鳩十の童話です。今の小学校でも教えているんでしょうか?

 羽に一部白い模様があることから「残雪」と猟師たちにあだ名をつけられていた、ガンの群を率いる賢い親分と、猟師の大造じいさんとの対決の話ですが、大好きでした。日本人が忘れかけている「日本的な美意識」みたいなものを、むしろ動物から教えられるという、椋鳩十らしい話ですね。


 大造じいさんが残雪をしとめるために、卑怯にも「おとり」として放したガンが、ハヤブサに狙われてしまう。それを助けたために傷ついた残雪。名シーンです。

「残雪は、胸のあたりを、くれないにそめて、ぐったりとしていました。しかし、第二のおそろしい敵が近づいたのを感じると、残りの力をふりしぼって、ぐっと、長い首を持ち上げました。そして、じいさんを、正面からにらみつけました。
 それは、鳥とはいえ、いかにも頭領らしい、堂々たる態度でありました。大造じいさんが手をのばしても、残雪は、もうじたばたさわぎませんでした。最期の時を感じて、せめて、頭領としての威厳を傷つけまいと、努力しているようでもありました。大造じいさんは、強く心をうたれて、ただの鳥に対しているような気がしませんでした。」

・・・懐かしいですね。もちろん、じいさんはこの後、残雪を食べてしまうようなことはせず、介抱してやります。そして春、「また、正々堂々と戦おうじゃないか」と言って元気になった残雪を放してやる。・・・男らしい。


 この記憶があったので、「残雪」というものは、気高いような美しさのあるものだろうと思っていましたが、実際の融けかかった雪はあまり美しくない。「大造じいさん」も、結局はひと冬の収入をフイにしてしまった。奥さんでもいたら、ひどく怒られるところでしょう。男らしいだけでは食っていけないわけです。現実は童話のようには美しくないということでしょうか・・・残念。
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