中爺通信

酒と音楽をこよなく愛します。

村山定期

2009-02-28 06:08:57 | 山形交響楽団
 昨日は山響の「村山定期」でした。最近「秋のバラ祭り」で山形Qを呼んでくれている、東沢バラ公園のふもとにある村山市民会館が会場です。村山市は村川千秋先生の出身地だけあって、昔から山響に好意的で毎年この時期に演奏会を後援してくれています。個人的には山形に来て初めて、「冬の山形」を体感した場所です。

 7月に入団して初めての冬。確かに雪は降るし寒いのですが、まだまだ何もかも新鮮で、観光気分が抜けないまま「広々した雪景色もいいもんだな」などと浮かれながら年末年始の休みを迎えました。実はその時点まではかなり雪が少なかったようです。年が明けて山形に戻ると結構な積雪。それでも山形市内は「やっぱり雪国の冬はなかなか厳しいな」ぐらいで過ごせました。しかし山響のバスで初めて村山市民会館の前に降り立った時は呆然としました。「これは自然災害だ!」

 まず普通の演奏会用の黒靴で来たことを深く後悔。それしか持ってなかったのがいけないんですが、バスのステップの下はまだ誰も足跡をつけてないふわふわの雪がこんもり。意を決して踏み出すとズボッと。燕尾服のズボンをはいて来るんじゃなかった…。こっちの人はもちろん普通に歩いていますが、東京から来たばかりの軟弱者に言わせれば「ここはスキー場ですか?」。なんとか会館に入ると、雪にまみれた普通の黒靴のよくすべること…。

 こんな大雪でお客さんなんかホントにくるのかな…。自分だったらすべての予定をキャンセルしてひきこもるけど、その前に学校も会社も休みになるでしょ…と思っていると平然と来る来る。そしてすべらない…。今はわかりますけど、大雪とも言えない「ちょっとしっかり降った」ぐらいの感じでしたから、当たり前なんですね。

 そしていつも思うことですが、村山のお客さんたちは温かいですね。スタッフをしてくれる村山市の職員の方々も。雪にはもう慣れましたが、それでもやっぱり今年は少なくてよかった…。
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あがすけ

2009-02-27 07:22:44 | クァルテット
 「私の母も祖母も曾祖母もみんな山形盆地の人間であり、私の身体の中には、その血が色濃く流れている。それに私は、零歳からばっちり祖母の手で育てられた、ばあさんっ子であるから、私の吹き込まれた原思想?は、ばっちり山形女のそれであり、さらに申すなら正統派明治山形女の思想こそそれである。この思想の根本は何と言っても山形独特の方言を用いれば『非あがすけ性』であろう。その思想においてお先ばしり、ひけらかし、はねっかえり、おっちょこちょい…などを否定し、絶対回避するのはまだ良いとして、ついには進取の気性、先見性までも否定するかに見えるのがこの思想の特色でもある。長い封建主義体制下の貧しいみちのくの生活をささえる女には、この種の考え方、ないしは生活信条が必要だったのであろう。
 
 祖母は教室で先生の質問に一番先に手を上げるような『あがすけ』をするなとよく言ったものだ。もし一番先に答えて、それがもしまちがっていたら大変な不名誉だと言い、それより、もしはじめから答がわかっていても、一番目『はずれ』の次の二番目に手を上げて『当り』の回答をした方がはるかにかっこいい、という論理であった。」        服部公一著 「いつだってミュージック」より

 山形Qで今度取り上げる作曲家、服部公一氏に関する資料の一つとして、彼の著作を読んでみることに。我が家の近くの県立図書館で検索してみると、「該当する資料は38件です」…えっ、そんなにあるんですか?これだけの著作が図書館に収められているというのは、そうとう有名な作家と比較してもひけをとりません。しかも作曲家なのに。

 ジャンルとしては、エッセイがほとんど。あとは音楽療法(これも専門なんでした)と音楽教育についてです。とりあえず軽いタイトルのものを借りて帰りました。読んでみると、彼の創作の源となっている人生観やそれからくる作曲家としての信条などが書かれている…のを期待したのですが、全然違いました。彼特有の飄々とした、はぐらかすようなユーモアにあふれた、読みやすくて楽しい本でした。決して「マジメに」なってしまわない、というのが彼のサービス精神であり、ポリシーなんでしょう。

 「あがすけ」という山形弁は知りませんでした。辞書を見てももちろん載ってないので、正確な定義はわかりませんが、確かに山形人はそういうのを嫌いますね。今の世の中はひたすら「あがすけ」が賞賛される感じがしますけど、そういう「非あがすけ性」は山形の良さでもあると思います。積極的なのと無神経は違いますからね。でも、控えめな中で実は「二番目に正解するカッコよさ」を狙っているような所があったとは知りませんでした。その美学はわかりますが、そのせいで「できるのに後手に回りやすい」のも、山形人の特性であるような気もします。

 結局、面白く読みましたが、あまり作曲家を知る資料にはなりませんでした。他のも借りて読んでみるかな…。

 

 
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よみ人しらず

2009-02-26 07:48:46 | 読書
 「そゑにとて とすればかかり かくすれば あな言ひしらず あふさきるさに」  (古今集 よみ人しらず)
 (そうは言っても、こうすればああだし、ああすればこう…、ああなんて言ったらいいのか、合うかと思えばそうはならず、切るかと思えばこうはならず…)

 「万葉集」や「古今集」の面白さは、なんと言っても「よみ人しらず」です。中には有名な人の歌もあるんでしょうが、一般人の「ぼやき」みたいな歌がたくさんあります。そんな愚痴としか言いようの無い気持ちが、千年以上「作品」として遺っているんですから、他のジャンルでは考えられない事です。

 上の歌なんか「和歌」と言えるのか、さらに「作品」と言えるのかもわかりません。「いったいどうしろって言うんだよ!」という、パニック状態のような、逆ギレに近いような生々しさがあって、実は古今集の中でも個人的にはかなり好きな歌です。ぜんぜん風流じゃないです。でも、「千年前の人もこんなこと思ってたんだな…」と深く共感します。平安時代だからって、いつもみんなが「まったり」していたわけではないんです。

 特別にもう一つ紹介しましょう。もちろん「よみ人しらず」でございます。

 「まめなれど 何ぞはよけく 刈萱の 乱れてあれど あしけくもなし」
 (真面目にやっているんだけど、それがなんで良い事なんだ。刈り取ったかやが乱れて置いてあるように、乱れて勝手なことをしても、悪いことも特にないよ)

 さらに簡単に訳すと「あーあ、真面目にやってんのがバカバカしい」という事ですね。「よみ人しらず」つまり「だれが言ったかしらないけど」ですが、それは「誰の心の中にもある」という事でもあるような気がします。
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健康シーズン

2009-02-25 06:49:45 | 音楽
そろそろ健康ブームです。…いや、ただ健康診断が近づいて来ているというだけなんですけどね。ひっかからないための「体づくり」をしていかないと…という気持ちにだけは、なります。今ごろ。

 「健康は大事だな」と、この間鶴岡音楽祭でヴェルディの「椿姫」(ハイライトですが)を弾きながら思いました。椿姫こと主人公のヴィオレッタは、肺結核で死んでしまいますが、もしバリバリの健康体だったら幸せになれたかも知れませんよね。二人の間を引き裂いたお父さんのジェルモンも、ラストシーンになると「私が間違っていた、美しい心を持つあなたを娘として迎えたい」みたいなことを言うわけですから、ピンピンしてればハッピーエンドになったはずです。

 しかしもちろんそうなれば、ヴェルディが付けた「トラヴィアータ」というタイトルの意味も無くなってしまいます。「道を踏み外した女」が幸せになるのであれば、道なんていりませんから。まさに映画の、「プリティ・ウーマン」になるわけですね。ジュリア・ロバーツとヴィオレッタの大きな違いは、健康状態だけです。それだけで、こんなにも違うテーマの物語になってしまうのが面白いところです。

 しかし文学の世界では、結核は「薄幸」イメージに欠かせないものです。痩せて、色が白くなっていく。へんなブツブツができたりしない。「白い椿」が似合うイメージに「いろどりを添える」と言ってもいい。ただの病気なのに。

 ヴェルディの「椿姫」の初演が大失敗に終わった大きな原因のひとつは、ヴィオレッタ役のソプラノ歌手が、およそ結核とは縁が無いような立派な体格をしていた事らしいです。歌手にとっても、もちろんヴィオレッタにとっても健康は大切なはずなのに、うまくいかないもんですね。

 

 
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祝受賞

2009-02-24 07:30:35 | 雑記
 すごいですね、「アカデミー賞」ですか。「おくりびと」は映画史に残る作品になったんですね。「おめでとうございますっ!」と言われました。僕に言われても困るのですが、山形の、庄内の美しい自然が世界の多くの人の目にとまるのは、山形県人としては嬉しいことです。山形を訪れる人が増えるかも知れません。

 さっきテレビでもやってましたが、納棺師の人も喜んでましたね。「今まで以上に自分の仕事に誇りが持てる」と。そうでしょうね。日本人の多くも知らなかった職業が、世界に評価されたような感じがしますもんね。納棺師になりたいという人が増えるかも知れません。それぞれの人が、それぞれの立場で、それぞれの喜び方ができる久々の「良いニュース」だと思います。

 観た人はわかると思いますが、映画自体が「いしぶみ」みたいな作品なのだと思います。「わからせる」のではなく、気持ちを伝えるというか「たくす」みたいな、ソフトなメッセージ性が良さなのだろうと思います。「衝撃の問題作!」系は疲れますし、インパクトはあっても軽いストレスを残すことがありますからね。「いしぶみ」のように、受け取った人がその人なりに、じっくりと噛みしめていくような伝わり方が、逆に新鮮なのではないでしょうか。

 とにかくこの受賞は、「経営難で解散してしまうオーケストラ」のメンバーとして、嬉しく思います。
 
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山形Q練習31-vol.4

2009-02-23 21:42:03 | 山形弦楽四重奏団
 いつもの公民館の一室、研修室です。こういう場所でも「響きに慣れる」もので、なんか落ち着きます。「住めば都」ですな…ちょっと違いますか。

 今日は服部公一氏の作品に、ようやく手をつけてみました。「弦楽四重奏のための二楽章」。昔に山響で弦合奏で演奏したことがあります。その時のことは、よく覚えておりません…失礼。

 あらためて四重奏で音を出してみると、不協和音のきつい現代音楽ではなく、民俗音楽のような響きで新鮮さを感じました。楽譜にも「as the sound of Japanese speech」と書いてあります。「能」とか「狂言」みたいな感じでしょうか?山形弁ではなさそうです。

 ところで、この曲は1974年の作品です。服部氏の生年を調べてみると1933年。ということは41歳の時に書いたものなんですね。…えっ、服部さんって昭和ひとケタ生まれだったんですか。もっと若いのかと思ってました。(若く見えるって言ってるんだから失礼ではないですよね。)

 昭和的なテイストも必要かな…。

 
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冬の味覚

2009-02-22 08:46:10 | 旅の空
 「芋煮」とならぶ山形の名物料理、「どんがら汁」でございます。ちょっと写真が下手くそで伝わりにくいのですが、鱈がふんだんに入った冬の庄内の味覚です。別で出てきた「きくわた(白子)」も、美味しかった。

 昨日の月山道路は、途中吹雪で前が真っ白になるなど、スリリングでしたが何とか無事に鶴岡に到着。日頃の行いはともかく、まだ運は残ってたみたいですな。

 リハーサル後の冷えた体に、どんがら汁で熱燗を。…苦労して来る甲斐があります。
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移動中

2009-02-21 13:47:03 | 山形交響楽団
 吹雪の中、月山を越えようと向かっております。うーん、やっぱり日頃の行いが良くないのかな…。月山道でも前が見えますように。運転してくれてる委員長の運の強さに期待。

 今日は山響の「鶴岡音楽祭」のために、庄内は鶴岡へ。毎年この時期なので、雪道での運を試される機会になります。

 さあ、今年はどうなりますことやら…。
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山形Q練習31-vol.3

2009-02-20 17:20:44 | 山形弦楽四重奏団
 「親の小言と冷酒は後からきいてくる」と言いますが、それがいいんですよね。親の小言も冷酒も。酒の方はともかくとして年長者の、経験に基づいた言葉は、その時は決してわからないものです。「好き嫌いせず何でも食べなさい」とは、「目の前にある物を何でも食べろ」という事ではなく、栄養のバランスを考える事は健康を維持する上で大切な事だということですよね。出かけるときに「気をつけてね」というのは「事故を防止しろ」という事ではなく、あなたのことを思っている家族がいる事を忘れないで行動してほしいという事なのだと思います。こういうことは、言われたその時は絶対にわかりません。

 楽器の「師匠」の言葉もそれと似ているような気がします。伝えようとしている事が「知識」ではないからでしょう。小学生の時に先生から言われた事の意味が、最近になってようやくわかった、みたいな体験はよくあります。

 昨日は山形Qとしては初めて、レッスンをして頂きました。先生はニューアーツ弦楽四重奏団のメンバーとして、長年第一線で活動してきた平尾真伸先生でございます。弦楽四重奏を知り尽くしていると言ってもいい、豊富な経験から出る言葉は本当に勉強になります。

 と言っても、その言葉の本当の価値は、これから時間をかけて体得していかなければいけない事でしょう。よくいますが、その場で「よくわかりました、目からうろこが落ちる思いです」みたいな反応をする人は、それを活かせない事が多いような気がします。「知識」で終わらせてはもったいないですよね。

 後からジワジワときいてきますように…。
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収録

2009-02-19 07:07:22 | 山形交響楽団
 少し大きめの飲み屋とかレストランで、向こうでウエイトレスの一人がお皿かなんかを落として「ガチャン」と大きな音をたててしまったとします。そういう時に、それぞれの場所にいる他の店員が近くのお客さんに「失礼致しました」と、自然に言うような店は間違いなく「良い店」です。形式的な号令のような「はい、よろこんでー」みたいなのとは違います。自分じゃない他の店員が皿を割って騒音をたてたとしても、「お店側の者」として客に詫びる。その辺の自覚が「自然に」できるのは、それぞれのスタッフがまさに「そこのスタッフであることに誇りを持っている」からでしょう。それ程良い店なんです。

 昨日は山響でNHKの音楽番組の公開収録でした。こういう収録の時はいつもですが、監督を中心とした撮影スタッフのチームワークの良さと、完成された役割分担の見事さには、感動すらおぼえます。「おくりびと」の撮影の時もそうでした。「言われた事だけを怒られない程度にしている人」や「わたしが何とかしなきゃ、とでしゃばる人」はいません。

 そんな中で、その役割のよくわからない人がいました。フラフラとしょっちゅう舞台に出てくるのですが、進行をつかさどるわけでもなければ、道具を用意するわけでもない。出演者にどうでもいい事を話しかけたりしてる。何の人なんだろう?

 しかし、何かの変更やらで間が空いた時にすかさず「ただ今、カメラの打ち合わせ中です。少々お待ち下さい。」と言ったり、マイクの接触のせいでしょうか「ボツッ!」と騒音が出た時に間髪いれず「失礼しましたっ!」など。顔が隠れてしまっている出演者には「恐れ入ります、譜面台をもう少し下げて頂けますか?」

 なるほど、撮影チーム全体と出演者との「つなぎ役」なんですね。確かにその人がいるおかげで、円滑に進みます。ちょっとした事ばかりなんですが、出演者側にとってはその人が「NHKの代表」になりますから、「さすがNHKは気が利くなあ」ということになるわけです。これはカメラや音声の「技術者」だけではできない事でしょう。出演者に話しかけるのも、リラックスして気持ちよくできるようにという気遣いなんですね。

 そういう「プロ意識」はいいもんです。きっとNHKの撮影スタッフであるという事に誇りを持っているんでしょう。それを見た人は「NHKって良い会社なんだろうな」と思ってしまうものです。

 仕方ない、ちゃんと受信料払うかな…。(もちろん、昔からきちんと納めております)

 
 

 
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飲めや歌えや

2009-02-18 07:35:50 | ヴァイオリン
 酔った状態でヴァイオリンを弾くのが苦手です。別に得意である必要も無いのですが、パーティーなんかで「せっかくだから何か弾いてよ」みたいに言われると困ります。酔いにまかせてサラサラッと華麗に弾ければカッコいいだろうな、とは思うのですが、自分の場合本当に「へたくそ」になってしまうので、残念ながら丁重にお断りすることが多いのです。

 「やっぱりプロだから、こんな所では弾いてくれないのね」みたいに言われるとつらいんです。「もう飲んでダメになっちゃってる」からなんですが、なかなか分かってもらえませんね。やっぱり人前で「ろれつ」が回らないのは、良くないでしょう?

 仕方が無いので、弾かされる確率が高い時にはあらかじめ飲まないようにしておきます。これもかなりつらいんですけどね。

 合唱の人達は、酔ってから歌うのが好きですよね。以前「合唱団じゃがいも」に呼んで頂いた時に、林光先生の作品(ヴァイオリン付き)を演奏しました。その時は林先生もいらっしゃったので、「打ち上げでは多分いろいろやるから、先生が書いたこのヴァイオリンのオブリガートやって欲しいなあ」と事前に言われていました。林先生は、飲んだ席でピアノを弾くのが好きなのです。

 とりあえずその楽譜を見てみると…何これ…カデンツァみたいなのもあって、めちゃめちゃ難しい…。せっかくの打ち上げなのに、酒はおあずけか…。それどころか本番終了後、歌の人達が「おつかれー」みたいに盛り上がりつつ着替えたりしてる時に、隣の楽屋で着替えもせずに黙々と練習…。

 打ち上げ会場ではビールを舐めながら「早くやってくれないかなぁ」。みんなが少しでも早く酔いがまわって歌いだしたくなるようにと、お酒をついで回ったり…。早く飲みたいんですよっ!

 どうにも始まらないので、林先生に直談判。
「すみません!そろそろ先生と一緒に演奏したいのですがっ!」
「うーん、まだのって来ないなあ…」

 あきらめて事情を説明して懇願。飲むと弾けないんです早く飲みたいんです早く弾きたいんです……。

 「ヴァイオリニストはそういう事あるよね。昔、親友の渡辺曉雄と飲んでから一緒に弾いた事があるけど、酔ってからの彼のヴァイオリンはひどかった…。わかったわかった、やろうか。」

 ようやく弾き終えて「打ち上げ」に参加できました。しかし、飲んでも全然普通にピアノを弾く林先生はすごい。そのことを、ではなく尊敬しております。
 

 

 
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山形Q練習31-vol.2

2009-02-17 07:10:53 | 山形弦楽四重奏団
 またすっかり雪景色になってしまいました。気温の変化がやたらと激しいですね。借りている駐車場も、ようやく雪が無くなって、「今年はついに一度も雪かきをしないでのりきった!」と思っていましたのに。

 さて、二回目の練習はハイドンの「冗談」から。作品33ー2です。これは今回の定期の曲目ではありませんが、4月に仙台で演奏することになっています。明るくて軽やかな名曲です。難しさを感じさせない演奏をしなくては。

 ところで四重奏の四つの楽器の並び方は、ここしばらくヴィオラが外側でやって来ましたが、少し変えてみることに。チェロを外側に出すスタイルです。

 「いつも同じだと飽きてしまう」という理由もありますが、楽器の配置には正解というものが無いので、いろいろ試してみる価値があります。曲目の傾向によって変わるべきものであるかも知れませんし、会場によってもそうかも知れません。こればかりは、聴く人の意見もきいてみないといけないでしょうね。

 次回の定期やその他の演奏会でも、バランスについて客席からの感想を知りたいと思っています。
 「チェリストの体がデカすぎるから奥に行って欲しい」とか。
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酒を酌もう

2009-02-16 07:39:56 | 音楽
「酒を酌もう、美しい人が花をそえるよろこびの杯に、はかないこの時が、快楽に酔いしれるように。
 酒を酌もう、愛の誘う甘いときめきの中に、あの全能のまなざしがこの心を打つから。
 酒を酌もう、愛は杯とともにひとしお熱い口づけを受けよう。

 皆さんとうれしいこの時を分かち合うことができるのよ。
 この世界でよろこびでないものはみんなおろかしいもの。
 楽しみましょう、愛の歓びははかなくてつかの間のもの、咲いてしおれる花なのよ、もう二度と楽しむことはできないの。
 楽しみましょう!心をそそる熱い言葉があたしたちを招いてるわ。」      (ヴェルディ「椿姫」乾杯の歌より)

 遊佐町でのオペラ「小鶴」が終わりました。自分が演奏したのは、初演を含めてたしか4回目ですが正直な話、弾く度に「ああなるほど、だからここでこういう事を言ってるのか」「だからここでこのメロディーが、さっきとはちょっと変えて出てくるのか」など、ようやくわかってくる事がたくさんあります。不勉強なのは素直に認めますが、やはりオペラというものは、1度や2度触れただけではわからないものですね。

 どうしても初めは「いったい、どんな話なんだろう?」という所に関心が行ってしまいますから、ストーリーを追う事に夢中になって「それからどうなんの?」ばかりになってしまい、最悪の場合「もうそれはわかったから…いつまで声張り上げてんの?もう死にそうなはずだったでしょ!」という感じになってしまいます。これではオペラを観る価値が無くてただ、あらすじなり、原作を読めば良いのです。

 例えば、オペラの有名なワンシーンとして、「椿姫」の「乾杯の歌」を挙げるとすれば、あらすじ的には「カンパーイ!」でも済むわけです。3分以上大勢で歌う必要も無いです。「歌ってないで早く飲めばいいのに…見てる方が落ち着かない」(ここまで思う人はいないか…もちろん私も違いますよ)

 でもそれが、話のおおまかな流れがわかっていれば、アルフレードとヴィオレッタの出会いと恋のはじまりとして、その華やかな雰囲気とそれを盛り上げる楽しげな音楽を味わうことができるでしょう。

 しかしそれがもう少し進むと、もうこの時点で「愛の歓びのはかなさ」が歌われていることに、このオペラの悲劇性をより感じることができるでしょうし、この場面の音楽の華やかさが逆にそれを一層引き立てているように感じるでしょう。

 さらに言えば「よろこびでないものは、すべておろかしい」と言っていたヴィオレッタが「つかの間のよろこび」以上の愛に生きて死ぬことになる運命に、深いものを感じることになるかも知れませんし、もうこの辺まで来れば、ひとそれぞれの人生観によって見え方が変わってくるでしょうね。

 要するに、観る度に違った楽しみを与えてくれるのが、傑作オペラなんですね。あらすじさえもよく知らずに、有名なアリアなんかの伴奏をすることがよくある自分を棚に上げつつ…。
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山居倉庫

2009-02-15 09:15:46 | 山形
 久しぶりに酒田に泊まりました。山形県内も高速道路などが整備されてきて、雪のシーズン以外は、どこへ行っても日帰りが多くなりましたから。私が入団した頃は、酒田や鶴岡はよく宿泊になったものです。と言っても、特に観光したわけではなくて、もっぱら飲みに行っただけですが。だから、県内でも行った事のない観光名所がたくさんあります。

 今朝早くに目が覚めたので、天気の様子を見ようとホテルの部屋のカーテンを開けると、人通りもほとんど無い前の道路に、カメラを構えた人が何人か。驚いてカーテンを狭めてよく見ると、みんな向こう側を向いてる。「山居倉庫」の写真を撮っているんですね。

 「山居倉庫」の事には詳しくないので、うんちくはございませんが、昔の木造に瓦屋根の倉庫が、河口近い川べりに立ち並んでいるのはきれいですし、名所としての価値があるでしょうね。けど、日曜の早朝から写真を撮りに来るとは。

 せっかくなので、降りて行って、負けじと一枚。…我ながらイマイチ。まあ携帯だしね…。天気もよくないし。

 付近を歩いてみると風も強くなく、かすかな潮の香がして気持ちが良い。海のにおいをかぐと、旅行に来たような気分になるものです。よく来るホールの近くなのに、ゆっくり歩いた事はありませんでした。もったいないですよね。

 これからはゲネプロと本番の間とか、だらだらチェーンスモーキングしてないで、いろいろ見て回るようにしようかな、健康的に。
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朝のひととき

2009-02-14 10:48:34 | 雑記
 「目覚めてからシャワーを浴びるまでの時間は、たとえれば『百メートルの全力疾走』のようなものである。前日の授業や講演の音声ファイルをパソコンに入力し、ブログをアップする。その合間にも論文などを読むのだが、主体的に使えるこの『起きたて』の時間は、脳の中でもあらゆる情報が整理されていて、明快な思考をつかみやすい。ブログを書き終えると、顔を洗う。顔を洗いながら、洗面所にある科学雑誌に目を通す。
 次にシャワーへと向かうタイミングで、ワーグナーのオペラ《トリスタンとイゾルデ》のCDをかけて、一気に気分を高める。シャワータイムは、目覚めてから整理した自分の思考を自由に飛躍させる大切な時間である。この時に新たなアイディアが湧き、構想が固まってくる。」   
 茂木健一郎「すべては音楽から生まれる」より引用でした。

 カッコいいですね…。私も朝型ではございますが随分違います。

 まず目が覚めたら、とりあえずダラダラとタバコに火をつける…。「あー、昨日もだいぶ飲んじゃったなー」などと反省ともなんともつかない調子でしばしボーッと…。

 平日はこのあと息子を起こしたり、ゴミの日だったらゴミを出したりなど。

 このブログに関しても、夜は酔った頭でいろいろ考えると時間ばかりかかるので最近は午前中にしようと心掛けてはいるのですが、何せ機械に弱いもので無駄な時間がとにかくかかる。とても人に言えるような様ではございません。「ああっ、また変なとこ押しちゃった…」「さっきせっかく入力したの、どこ行っちゃったんだろ?」

 こんな調子でもう家を出る時間が近づいて来ているので、急いでバタバタとシャワーを浴びて、ひげを剃らないと(ひげが濃いのでこれもまた結構な時間が…しかも集中しないとケガします。とても雑誌など…。)

 と、いうことでこれからオペラ「小鶴」のために遊佐へ行ってまいります。うわっ、もうこんな時間!
  
 
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