メンデルスゾーンの姉、ファニー・メンデルスゾーンの若い頃の肖像です。今度山形Qの定期で演奏する「弦楽四重奏曲第6番」は、このファニーの死の直後に書かれたもので、ファニーへのレクイエムであると言われています。メンデルスゾーン自身も姉の死の悲しみから癒えることなく、半年後に亡くなってしまったことは、以前に書いた通りです。「仲の良い兄弟」という以上のつながりがあったんでしょうね。
ところで、「電子メールというものができた」と聞いた時、これほど普及するとは思ってませんでした。だって、電子とか言っても手紙でしょ?手紙なんて書く機会ありますか?年賀状と御礼状ぐらいを「仕方なく書く」程度が普通なんじゃないですか?僕はそれでも億劫なのに、世の中の人がそんなに手紙好きだとは思えませんでした。
「手紙」といっても作文であることには変わりないですよね。個人的には、上手下手は別として、作文に苦手意識はありませんが、「作文が好きです」という人は今まで見たことがありません。みんなどうして「電子~」だとできるようになるんですかね?僕はこのブログだって、コンピューターで入力するのと原稿用紙に手書きするのと、労力もかかる時間もたいして違わないのに。マイナスの意味で。
「ゲーテのところへ行ったら、目と耳を全開にするんですよ。そう忠告しておくわ。それからあなたが帰ってきてゲーテが言ったことを一言残らず話してくれなかったら、私達の間柄もこれっきりだと思いなさい。どうか忘れずにゲーテの家をスケッチするのよ。私も楽しめるから。それが実物そっくりに上手に描けたら、それを私の音楽の記念帳にきれいに写してくれなければだめよ。…
…さようなら、私のハムレットちゃん。私が十六になる時に、私のことを思い出してよ。もう一つ、心の中で私の回復を祈ってワインを一口飲まなくてはだめよ。くれぐれもお願いよ。」
メンデルスゾーンが、師のツェルターに連れられてゲーテに会うために旅に出た時に、旅先に宛ててファニーが描いた手紙です。この時メンデルスゾーンは12歳、ファニーは文面からもうすぐ16歳なんでしょうね。まさに内容的には封書の手紙よりも「メール」にぴったりのような文面です。演奏旅行が多かった弟に宛てた手紙は生涯で279通、姉を含む家族へのメンデルスゾーンからの返信は900通以上もあるそうです。こういうのを今の世の中では「メル友」って言うんですか?(使い方合ってますか?)「家族割」が必要でしょうね。
電話が無い時代、仲の良い家族はこんなに手紙をやりとりしていたんですね。逆に「家族割」がある今以上なんじゃないでしょうか。
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レクイエム
ところで、「電子メールというものができた」と聞いた時、これほど普及するとは思ってませんでした。だって、電子とか言っても手紙でしょ?手紙なんて書く機会ありますか?年賀状と御礼状ぐらいを「仕方なく書く」程度が普通なんじゃないですか?僕はそれでも億劫なのに、世の中の人がそんなに手紙好きだとは思えませんでした。
「手紙」といっても作文であることには変わりないですよね。個人的には、上手下手は別として、作文に苦手意識はありませんが、「作文が好きです」という人は今まで見たことがありません。みんなどうして「電子~」だとできるようになるんですかね?僕はこのブログだって、コンピューターで入力するのと原稿用紙に手書きするのと、労力もかかる時間もたいして違わないのに。マイナスの意味で。
「ゲーテのところへ行ったら、目と耳を全開にするんですよ。そう忠告しておくわ。それからあなたが帰ってきてゲーテが言ったことを一言残らず話してくれなかったら、私達の間柄もこれっきりだと思いなさい。どうか忘れずにゲーテの家をスケッチするのよ。私も楽しめるから。それが実物そっくりに上手に描けたら、それを私の音楽の記念帳にきれいに写してくれなければだめよ。…
…さようなら、私のハムレットちゃん。私が十六になる時に、私のことを思い出してよ。もう一つ、心の中で私の回復を祈ってワインを一口飲まなくてはだめよ。くれぐれもお願いよ。」
メンデルスゾーンが、師のツェルターに連れられてゲーテに会うために旅に出た時に、旅先に宛ててファニーが描いた手紙です。この時メンデルスゾーンは12歳、ファニーは文面からもうすぐ16歳なんでしょうね。まさに内容的には封書の手紙よりも「メール」にぴったりのような文面です。演奏旅行が多かった弟に宛てた手紙は生涯で279通、姉を含む家族へのメンデルスゾーンからの返信は900通以上もあるそうです。こういうのを今の世の中では「メル友」って言うんですか?(使い方合ってますか?)「家族割」が必要でしょうね。
電話が無い時代、仲の良い家族はこんなに手紙をやりとりしていたんですね。逆に「家族割」がある今以上なんじゃないでしょうか。
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