国葬垂れ流しの大手新聞<本澤二郎の「日本の風景」(4516)

<内心の自由・基本的人権・憲法尊重擁護義務の憲法違反国葬スルー>より、転載させて頂きました。

元にほとんど読んだことがない読売新聞を、最近まとめて自宅に郵送してくれる正義の市民がいる。開いてみると、確かに読むところがない。政府広報紙に違いない。国民は「犯罪首相を国葬にする岸田内閣は、安倍内閣よりもひどい。主権者を冒涜している」と強く憤慨しているが、読売の1面のトップ記事には、国民の怒りや思いは全くと言っていいほど反映されていない。

 

 安倍国葬は、憲法の基本的人権の根幹である「内心の自由」を侵害するもので、戦前の国葬令は新憲法下、即失効した。本来、国葬法令の制定を憲法は容認していない。いわんや閣議決定という安倍好みの手口で強行した岸田文雄も悪党に違いない。断固として認めることは出来ない。天に唾する行為であろう。注視すべきだ。弔問外交?誰が来る?

 憲法は「公務員に対して憲法を尊重し、擁護する義務」を厳しく課している。これを破った国葬の強行である。それだけではない。対象者の安倍晋三の内閣は、史上最低最悪の内閣だった。1%財閥向けの政策を強行し、憲法が禁じる「戦争三法」を強行した。これは絶対許されない。いずれ撤回廃止される運命にある。また民衆から吸い上げた消費増税などで、結果的に法人税を引き下げて、軍拡予算を強行した最悪の極右内閣だった。民衆にとっては最悪の内閣だ。しかも、次々と犯罪を引き起こし、法務検察を抑え込んで逃げまくり、国会で嘘を連発してきた。国葬など論外である。

 

 違憲違法な国葬に対して反対する論陣を張ろうとしない大手の新聞は、もはや死んでしまった、と断罪するほかない。

 

<統一教会・勝共連合と政府自民党の政教一致にメス入れない犯罪新聞>

 新聞は社会の木鐸である。国民の声を反映する反骨のジャーナリズムが、その使命である。ところが、どうだろうか。

 安倍銃撃事件の犯人の動機となった統一教会・勝共連合について、全く報道していない。霊感商法など犯罪的被害者が、いまも存在しているというのに、この韓国のイカサマのカルト教団にメスを入れる報道をしていない。

 あまつさえ自民党と一体化している現状についての報道も避けているではないか。韓国のカルト教団に操られている自民党と日本政府である。安倍国葬は、カルト教団の意向が反映しているのかもしれないとの疑惑も浮上している。

 

 「日本政府が犯罪首相を国葬にすることの政治的意味は、すこぶる重大で、これからの日本亡国を象徴している」との識者の指摘は重いものがあろう。そうした当たり前の世論を活字に反映できない大手の新聞は、人によっては「犯罪新聞」と怒りでこき下ろしている。

 

<政教分離違反に切り込まないジャーナリズム不在の言論界>

 今回の安倍銃撃事件の本質は、政教分離に違反する点にある。宗教と政治は分離するという近代法の大原則に抵触している。

 公明党創価学会がこの原則に違反してることは、いうまでもないが、自民党もまた神社神道と統一教会と一体であるため、より悪質な政教分離違反政党である、という事実を安倍銃撃事件は国民に突き付けている。

 日本の新聞テレビは、この重大事から逃げまくって、ひたすら孤児のように金を懐に入れている。そこにはジャーナリズムが存在していない。情けないことおびただしい。

 

 読売だけかと思っていたら、先ほど電話をくれた御仁は「朝日も同じだ。朝日も世論を代表していない。いづれ潰れる」と予告したものだ。

 彼は都内の中古の高層住宅に住んでいる。一つの階に30軒、うち新聞購読は2軒。朝日は彼の家1軒のみ。朝日新聞も墜落している、というのだ。「今の朝日記者は、不勉強でいい加減な女性記者ばかり。政府の広報垂れ流し専門。特ダネはとらない。朝日は不動産で生きているだけの情けない新聞」とも決めつける。外国特派員協会の特派員が「日本に高級紙はない。日刊ゲンダイのみだ」と語っているのは、確かに真実味を帯びている。

 そういえば先日、高知市の友人から電話が入った。「元気にやってますね」という意外な連絡。理由を聞いたら「日刊ゲンダイをコンビニで買って読んでいる」とのことだった。彼は元自民党議員秘書をしていた。

 

 日本沈没は、新聞の沈没に比例している。思い出せば、生前の宇都宮徳馬さんは議員会館や事務所では、東京タイムズと日刊ゲンダイを購読、配達させていたものだ。

2022年7月26日記(東芝製品不買運動の会代表・政治評論家・日本記者クラブ会員)
国葬について宮間純一中央大教授が東京新聞で「内閣主導なら内閣葬と呼ぶ方が正確だ。国葬ならばあり方や対象者の基準などを国会で議論すべきだ」と述べられた。国会こそが民意に基づく国権の最高機関なのであり、正論だと思う。心からの弔意がある外国要人は内閣葬であっても来てくださるはずだろう。(鳩山由紀夫)