……というわけで、昨日のエル=バシャは、私にとって、
ちゃんと聴けたとは言えない公演になってしまったのだが、
それでも感銘を受けた箇所はたくさんあった。
やはりエル=バシャは、実に見事なピアニストだと思ったし、
彼のエレガンスはほかに類を見ないもので、
こういう演奏家の、充実期の実演に接することができるのは、
聴き手としての私には、本当に素晴らしい幸運だと感じた。
アブデル・ラーマン・エル=バシャ ピアノ・リサイタル
2012年10月7日(日)午後2時開演 ザ・シンフォニーホール
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第8番ハ短調作品13「悲愴」
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第17番ニ短調作品31-2「テンペスト」
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ショパン:バラード第1番ト短調作品23
ショパン:バラード第4番ヘ短調作品52
ショパン:ポロネーズ第6番変イ長調作品53「英雄」
ショパン:ピアノ・ソナタ第2番変ロ短調作品35「葬送」
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アンコール
ラフマニノフ:10の前奏曲 作品23より第4番
ラフマニノフ:10の前奏曲 作品23より第5番
エル=バシャ:レバノンの歌
プログラム冊子を見ると、この大阪公演が日本ツアー初日で、
そのためか、ベートーヴェンはやや固い演奏だったと思った。
エル=バシャらしくないミスも、小さいものだがいくつかあり、
使用楽器の響かせ方についても、エル=バシャにはまだ、
試行錯誤が少し続いていたのではないか、という印象だった。
良かったのは、やはり楽器を把握した後半からで、
ショパンはいずれもほかではなかなか聴けない名演だったと思う。
バラード4番が終わったとき客席から、BRAVO!の声がかかったのも
当然という気がした。
エル=バシャはバラード2曲を続けて弾くつもりだっただろうと
私は感じたのだが、しかし熱狂的な拍手が起こったので、
1番と4番の間にも、きちんと立って、客席に応えていた。
総じて、前半も後半も一度も途中で袖に入ることはなく、
一礼してもすぐそのまま座って次の曲を弾いていたので、
エル=バシャが集中を維持しようとしていることが伝わって来た。
ショパンの葬送は、今のエル=バシャの到達点を表すような、
研ぎ澄まされた演奏で、また、私の知っている楽譜とは
微妙に違う箇所も途中にあり、研究の成果を問う内容でもあったと思う。
今年は既に様々な演奏家の弾くショパンを聴いたが、
エル=バシャもまた、ショパンの奥の扉を開け得た人のひとりで、
そこで彼の見たものが何であったかを、聴かせてくれる演奏だった。
アンコールは三曲あり、CDにもなっているラフマニノフの前奏曲からと、
最後は、自作のレバノンの歌が演奏された。
チケットを見直してみて驚愕したのだが、なんとこの公演、3000円だった。
興行の仕組みは、私など素人の理解が及ぶところではないが、
私にとってこの公演の手応えや充実度は、
たった3000円で済まされるものでは、到底なかった。
S席1万円設定などがあっても、全くおかしくない内容だった。
しかし、何より会場の反応が熱かったので、
演奏会全体としては完全な成功だったと満足している。
今から二十年以上前、私がエル=バシャの名を知った頃、
彼は日本ではまだ全くの無名で、かのU女史が、
どうやって彼を日本によぼうかと苦心なさっていた時期を
私は今でもよく覚えているので、
昨日は、華やかなシンフォニーホールで演奏するエル=バシャを聴き、
また大勢の聴衆から万雷の拍手とブラボーで讃えられる彼の姿を見て、
ついに、ここまで来ることができた、
ようやく、この人に相応しい評価が得られるようになって来たのだと、
心から嬉しく思った。
U女史もきっと、一緒に聴いて下さっていたと思う。
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