おじさんの映画三昧

旧作を含めほぼ毎日映画を見ております。
それらの映画評(ほとんど感想文ですが)を掲載していきます。

近松物語

2019-10-29 08:25:34 | 映画
「近松物語」 1954 日本


監督 溝口健二
出演 長谷川一夫 香川京子 南田洋子
   進藤英太郎 小沢栄  菅井一郎
   田中春男  石黒達也 十朱久雄
   荒木忍 東良之助 浪花千栄子

ストーリー
京烏丸四条の大経師内匠は、宮中の経巻表装を職とし、町人ながら名字帯刀も許され、御所の役人と同じ格式を持っていて、毎年の暦の刊行権の収入も大きく、当代の以春(進藤英太郎)は財力を鼻にかけていた。
その二度目の若い妻おさん(香川京子)は、外見幸福そうだったが何か物足らぬ気持で日を送っていた。
おさんの兄道喜(田中春男)は借金の利子の支払いに困って、遂にその始末をおさんに泣きついた。
金銭に関してはきびしい以春には冷く断わられ、止むなくおさんは手代の茂兵衛(長谷川一夫)に相談した。
彼は内証で主人の印判を用い、取引先から暫く借りておこうとしたが、主手代の助右衛門(小沢栄、現・小沢栄太郎)に見つかってしまい、彼はおさんのことは口に出さず、いさぎよく以春にわびたが厳しく追及された。
ところがかねがね茂兵衛に思いを寄せていた女中のお玉(南田洋子)が罪を買って出た。
だが以前からお玉を口説いていた以春の怒りは倍加して、茂兵衛を空屋に檻禁した。
お玉はおさんに以春が夜になると寝所へ通ってくることを打明けた。
憤慨したおさんは、一策を案じて、その夜お玉と寝所をとりかえて寝た。
ところが意外にもその夜、その部屋にやって来たのは茂兵衛であった。
彼はお玉へ一言礼を云いにきたのだが、思いも寄らずそこにおさんを見出し、而も運悪く助右衛門に見つけられて不義よ密通よと騒がれ、遂に二人はそこを逃げ出した。
琵琶湖畔で茂兵衛はおさんに激しい思慕を打明け、ここに二人は強く結ばれ、以後役人の手を逃れつつも愛情を深めて行ったが、以春は大経師の家を傷つけることを恐れて懸命におさんを求めた。
大経師の家は、不義者を出したかどで取りつぶしになった。
一方、捕らえられたおさんと茂兵衛は罪に問われて刑場へと連れていかれることになった。
しかしその表情の何と幸福そうなこと…。 

寸評
茂兵衛がとった行動は明らかに業務上横領罪で非難されて当然の所業なのだが、動機のこともあって同情を寄せてしまい、むしろその罪を咎める以春に嫌悪感を抱いてしまうのが映画の面白いところ。
ちょっとした偶然や勘違いによって、物事があらぬ方向に進んでしまい、弁明すればするほど事実とは違う方向へと流れができてしまうという世上のアヤを上手く描いている。
依田義賢の脚本がいいのか、そもそも近松門左衛門の着想が素晴らしいのかは不明だが、悲劇に向かう筋立てには違和感がない。

冒頭で別件の不義密通の罪で磔の刑に処せられるふたりが描かれ、はやくもこの映画が封建社会の身分制度の悲劇と、それに対する恋人たちの愛の不滅を歌い上げるものであることが暗示される。
主演の長谷川一夫はこのような役が良く似合い、彼の中でも最高の演技に属するものではないかと思う。
僕にとっての長谷川一夫は銭形平次であったり、生涯の当たり役のひとつとなったNHKの大河ドラマ『赤穂浪士』の大石内蔵助だったりしたのだが、かれが出演する何作かを再見すると、ちょっとなよっとした女性っぽい匂いを残す男を演じたほうが持ち味を出せていたような気がする。
その中でも本作は溝口健二によって、その魅力がいかんなく引き出された作品だと感じる。

目を見張るのは、大経師以春が取り仕切っている店のセットの素晴らしさだ。
どっしりとしたセットで、それが暦の利権を一手に握る大店であることを無言のうちに物語っている。
店内で働く使用人たちの姿を背景に写し込んで、店の様子が一望のもとに分かるようにしているものだ。
その店内をカメラは縦横無尽に動き回る。
レールに乗ったカメラが横にスライドして行ったかと思えば、奥へ奥へと進んでいき、時には二階へと登っていく。
そのような動きが出来るカメラスペースがあり、しかも家屋の様子を途切れなく見せる本格的構造を持つものだ。
調度品も含めて、モノトーンの画面に映し出されるそのセットに当時の職人技術の質の高さを感じる。

話の展開で面白いのは、夫の浮気を知った妻のおさんが、それまでの弱い立場の人間から急に強くなることだ。
実家の困窮や女としての立場の弱さから、以春に対しても自分自身に対しても毅然とした態度が取れないおさんなのだが、お玉から以春の仕打ちを聞かされてからは態度を豹変させる。
その後、茂兵衛から思慕の気持ちを打ち明けられ、さらに強い女に成長して死ぬことなどきっぱりと否定する。
この長谷川一夫と香川京子の濡れ場はしっとりとしていい。
琵琶湖畔にふたりの乗った船が静かに登場する。
運命に翻弄されたようなふたりは共に死ぬことを覚悟するが、裾を乱さにように足元を縛られたおさんに茂兵衛が秘めていた愛を告白する。
その前に、おさんを抱えて茂兵衛が水たまりを渡る場面があるのだが、その抱き方がまた色気のある所作であったので、ことさらこのシーンが生きてきた。
その後、茂兵衛の生家に逃げ延びたり、おさんの実家で再会したりと、二人の逃亡劇が描かれる中で愛の情念が燃え上がっていくのだが、誰がなんと言おうと離れられなくなってしまった二人を、長谷川一夫、香川京子が日本の古典音楽に乗せて情感豊かに演じていた。


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2 コメント

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実は小学校で見ているのです (指田文夫)
2023-08-04 20:16:25
大田区民会館の上映会で見ているのですが、暗い嫌な映画だと思っていました。
ところが、40近くになって銀座の並木座で見て、最後の「裸馬のシーン」でびっくりしました。
あの嫌な感じの映画は、「これだったのか・・・」と。

これは、本当にすごい映画だと思う。
始まって30分も過ぎると悲劇に突入してゆく。全員が悲劇になるが、長谷川と香川だけは勝者という、本当の悲劇ですね。
それに長谷川が非常に良いと思う。
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白塗り役者 (館長)
2023-08-05 08:04:54
私は長谷川一夫を旗本退屈男の市川右太衛門のような白塗り役者だと思っていたのですが、その印象を変えた作品でした。
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