待ち合わせはコンビニの前だった。
雪は植え込みの端の方に座りながら、建物の中にいる先輩を見ていた。

何かを買い、女性店員に手のひらをかざして振る。”袋はいらない”のサインだろうか?
女性店員の頬が染まっている。

”青田淳”の周りに広がるいつもの風景。
雪はそんな彼を少しこそばゆい気持ちで見ていた。

コンビニから出て来た先輩が、雪の方へ真っ直ぐ歩いてくる。
「どっちがいい?」と飲み物を二つ見せた。

雪はイチゴ味を選び、二人並んで座った。
先ほどの女性店員がコンビニの中からそれを見ていたなら、今頃彼女がいることを知って舌打ちしていることだろう。
雪は先輩に、いくつか質問をすることにした。自分なりに考えた、「彼女」としての前提だ。
「あの、先輩ってどこに住んでるんですか?」

先輩の答えは、ここから少し離れている区の名称だった。一般的にお金持ちが多く住むと知られている土地だ。
しかし場所を思い浮かべてみると、ここ正門側からは逆方向ということに思い当たった。
それを先輩に聞いてみると、彼はニコッと微笑んだ。
「そうだけど、雪ちゃんを思い出してこっちに寄ったんだ」

照れもせずサラリと出る彼の言葉は、なんだか気持ちをぎこちなくさせる。
雪は取り繕う様にハハハと笑ったが、先輩は特に気にしていない。(ジュースが美味しいことに気を取られてもいるようだ)

しばし思考が停止した雪だったが、もう一度先輩に向き直って質問を続けた。
「ご両親と一緒に住んでるんですか?」

「いや、一人暮らし。実家はまた別の場所にあるんだ」
先輩は大学に入学してからずっと一人暮らしをしているらしい。
雪は「そうだったんですか~」と言いながら笑ったが、やはりどこかぎこちない。

笑い声が途切れると、頭の中でモヤモヤと色々なことが浮かんでくる。
あと何聞こう?誕生日?血液型?趣味?特技?いやいや警察の取り調べじゃあるまいし‥。
でも付き合い始めたんだから、これくらいは基本知っておくべきだよね‥

難しい顔をして考え込んでいる雪を、先輩は不思議そうな顔で眺めている。
そして今度は、先輩の方から質問を投げかけてきた。
「雪ちゃんって週末は何してるの?バイトと塾は無いだろうし、家でゆっくりしてるの?」

雪はいつもの週末の過ごし方を答えた。
家でネット講義を受けていること、中でもマーケティングや営業は自分に合わないと思ったので、
自己紹介書の特講と財務管理系の外部講義を選択したことを話した。

先輩にも同じ質問を返すと、彼も普段の過ごし方を答えてくれた。
「週末は皆とボランティアに行ってるんだ。平日に家の仕事も少し教わったりしながらね」

そして先輩は、雪にもボランティアを勧めてきた。
なぜかというと就職活動の際、ボランティアやインターンなど社会経験の豊富さも重要視されるからである。

雪は休学中に少しボランティアをやっていたものの、
いざ学校が始まると日々の暮らしに追われて、全く行けていないのだと言った。
就活のことを考えるとサークルにも入っておくべきだったのに、ついつい機会を逃して今日まで来てしまった。
すると先輩が、一つ提案をした。
「もし時間があるなら、雪ちゃんも一緒にやらない?
障がい児童施設で掃除したり子供達を教えたりするんだけど‥」

雪はそれを聞いて、二つ返事で承知した。
先輩にお礼を言うと、ニッコリ笑って頷いた。

まさに渡りに船‥。
その幸運に雪はしばし心をほころばせていたが、ふと良心がチクリと痛む気がした。
‥にしても一体何度チャンスを恵んでもらってるのやら‥。
あまりにも一方的に世話になり過ぎているような‥。

けど私がこの青田先輩にしてあげられることなんて無いしなぁ‥。ご飯とか以外に‥
お金だって機会だって成績だって、青田先輩は雪より遥かに多くのものを持っている。
先輩後輩の間柄ならまだ成り立っていたが、彼氏彼女となるとまた話は別だ。そこが雪を悩ませた。
しかし先輩は全く意に介さない様子で、またニコリと微笑んで雪に話しかけた。
「付き合って初日なのに、勉強ばかりで寂しかった?」

雪は「あ‥そんなことないですけど‥」と返した。

しかし心の中で今日一日を反芻すると、少し微妙な気分になった。
確かに今日は付き合って初めての日。けれどトキメキだとかドキドキだとかそういうものは無かった‥。

だからといって寂しいとも感じなかったが、そもそも付き合うっていったって何から始めれば、
どうすればいいのか分からない‥。
雪がしばし考え込んでいると、先輩が彼女の顔を覗き込むようにして笑顔を浮かべる。いつもの笑顔だ。
「あまり緊張してもやりにくいだろう?
今まで通り過ごしながら、お互いをもっと知っていけたらいいな」

先ほどの雪の質問攻撃を受けて、先輩が出した答え。
彼は雪の瞳を見ながら、普段通りのトーンで話す。
「今度映画観にいこっか。課題用じゃなくってさ」

それを受けて、雪も気安い調子で返した。
「はい!行きましょう行きましょう!面白いやつ見たいです!」

一瞬盛り上がった二人だったが、雪は再び口をつぐんで考え込んだ。
そしてオズオズと口を開くと、再び彼に質問をした。
「えーと‥その‥先輩の誕生日っていつですか?」

先輩が目を丸くする。

淳は一応答えようとしたが、雪のあまりにも生真面目すぎる性格に思わず吹き出した。

夕飯の約束の時も、そして付き合い始めてからの今も、雪はいつも真面目で物事を真剣に考える。
それが淳には面白く、そしていじらしく、いつもツボにハマってしまうのだ。

淳が大きな声で笑う時、いつもポカンとして自分を見つめる彼女。
そんな雪の無意識なところが、淳は気に入っていた。
しばらく夜の歩道にて、彼の笑い声と雪の戸惑う声が交じり合った‥。


あの時感じた不愉快を、そして追い立てられる焦燥感を、
淳は彼女の隣に立つことで打ち消そうとした。

一つずつ不安を潰していくように、彼女との接点を増やしていく。
告白、呼び出し、ボランティア、デートの誘い‥。
点と点は繋がって線となり、彼女の周りを囲い込む。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<互いの接点>でした。
本家版は漫画のコマが左から右なので、「今度映画行かない?」のコマで雪と先輩が向かい合っていて好きです。
日本語版だと右から左なので、どうしても逆を向いちゃうんですよね。もどかしい感じがしますね~
そして個人的に気になった先輩のセリフ「実家はまた別の場所にあるんだ」。
これは単なる一人暮らしの家という説明よりは、「今住んでいるところは家の一つだけど本家じゃない」という意味に聞こえますがどうでしょうか?
持ちマンションなのかな~。
次回は<不穏な影>です。
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雪は植え込みの端の方に座りながら、建物の中にいる先輩を見ていた。

何かを買い、女性店員に手のひらをかざして振る。”袋はいらない”のサインだろうか?
女性店員の頬が染まっている。

”青田淳”の周りに広がるいつもの風景。
雪はそんな彼を少しこそばゆい気持ちで見ていた。

コンビニから出て来た先輩が、雪の方へ真っ直ぐ歩いてくる。
「どっちがいい?」と飲み物を二つ見せた。

雪はイチゴ味を選び、二人並んで座った。
先ほどの女性店員がコンビニの中からそれを見ていたなら、今頃彼女がいることを知って舌打ちしていることだろう。
雪は先輩に、いくつか質問をすることにした。自分なりに考えた、「彼女」としての前提だ。
「あの、先輩ってどこに住んでるんですか?」

先輩の答えは、ここから少し離れている区の名称だった。一般的にお金持ちが多く住むと知られている土地だ。
しかし場所を思い浮かべてみると、ここ正門側からは逆方向ということに思い当たった。
それを先輩に聞いてみると、彼はニコッと微笑んだ。
「そうだけど、雪ちゃんを思い出してこっちに寄ったんだ」

照れもせずサラリと出る彼の言葉は、なんだか気持ちをぎこちなくさせる。
雪は取り繕う様にハハハと笑ったが、先輩は特に気にしていない。(ジュースが美味しいことに気を取られてもいるようだ)

しばし思考が停止した雪だったが、もう一度先輩に向き直って質問を続けた。
「ご両親と一緒に住んでるんですか?」

「いや、一人暮らし。実家はまた別の場所にあるんだ」
先輩は大学に入学してからずっと一人暮らしをしているらしい。
雪は「そうだったんですか~」と言いながら笑ったが、やはりどこかぎこちない。

笑い声が途切れると、頭の中でモヤモヤと色々なことが浮かんでくる。
あと何聞こう?誕生日?血液型?趣味?特技?いやいや警察の取り調べじゃあるまいし‥。
でも付き合い始めたんだから、これくらいは基本知っておくべきだよね‥

難しい顔をして考え込んでいる雪を、先輩は不思議そうな顔で眺めている。
そして今度は、先輩の方から質問を投げかけてきた。
「雪ちゃんって週末は何してるの?バイトと塾は無いだろうし、家でゆっくりしてるの?」

雪はいつもの週末の過ごし方を答えた。
家でネット講義を受けていること、中でもマーケティングや営業は自分に合わないと思ったので、
自己紹介書の特講と財務管理系の外部講義を選択したことを話した。

先輩にも同じ質問を返すと、彼も普段の過ごし方を答えてくれた。
「週末は皆とボランティアに行ってるんだ。平日に家の仕事も少し教わったりしながらね」

そして先輩は、雪にもボランティアを勧めてきた。
なぜかというと就職活動の際、ボランティアやインターンなど社会経験の豊富さも重要視されるからである。

雪は休学中に少しボランティアをやっていたものの、
いざ学校が始まると日々の暮らしに追われて、全く行けていないのだと言った。
就活のことを考えるとサークルにも入っておくべきだったのに、ついつい機会を逃して今日まで来てしまった。
すると先輩が、一つ提案をした。
「もし時間があるなら、雪ちゃんも一緒にやらない?
障がい児童施設で掃除したり子供達を教えたりするんだけど‥」

雪はそれを聞いて、二つ返事で承知した。
先輩にお礼を言うと、ニッコリ笑って頷いた。

まさに渡りに船‥。
その幸運に雪はしばし心をほころばせていたが、ふと良心がチクリと痛む気がした。
‥にしても一体何度チャンスを恵んでもらってるのやら‥。
あまりにも一方的に世話になり過ぎているような‥。

けど私がこの青田先輩にしてあげられることなんて無いしなぁ‥。ご飯とか以外に‥
お金だって機会だって成績だって、青田先輩は雪より遥かに多くのものを持っている。
先輩後輩の間柄ならまだ成り立っていたが、彼氏彼女となるとまた話は別だ。そこが雪を悩ませた。
しかし先輩は全く意に介さない様子で、またニコリと微笑んで雪に話しかけた。
「付き合って初日なのに、勉強ばかりで寂しかった?」

雪は「あ‥そんなことないですけど‥」と返した。

しかし心の中で今日一日を反芻すると、少し微妙な気分になった。
確かに今日は付き合って初めての日。けれどトキメキだとかドキドキだとかそういうものは無かった‥。

だからといって寂しいとも感じなかったが、そもそも付き合うっていったって何から始めれば、
どうすればいいのか分からない‥。
雪がしばし考え込んでいると、先輩が彼女の顔を覗き込むようにして笑顔を浮かべる。いつもの笑顔だ。
「あまり緊張してもやりにくいだろう?
今まで通り過ごしながら、お互いをもっと知っていけたらいいな」

先ほどの雪の質問攻撃を受けて、先輩が出した答え。
彼は雪の瞳を見ながら、普段通りのトーンで話す。
「今度映画観にいこっか。課題用じゃなくってさ」

それを受けて、雪も気安い調子で返した。
「はい!行きましょう行きましょう!面白いやつ見たいです!」

一瞬盛り上がった二人だったが、雪は再び口をつぐんで考え込んだ。
そしてオズオズと口を開くと、再び彼に質問をした。
「えーと‥その‥先輩の誕生日っていつですか?」

先輩が目を丸くする。

淳は一応答えようとしたが、雪のあまりにも生真面目すぎる性格に思わず吹き出した。

夕飯の約束の時も、そして付き合い始めてからの今も、雪はいつも真面目で物事を真剣に考える。
それが淳には面白く、そしていじらしく、いつもツボにハマってしまうのだ。


淳が大きな声で笑う時、いつもポカンとして自分を見つめる彼女。
そんな雪の無意識なところが、淳は気に入っていた。
しばらく夜の歩道にて、彼の笑い声と雪の戸惑う声が交じり合った‥。


あの時感じた不愉快を、そして追い立てられる焦燥感を、
淳は彼女の隣に立つことで打ち消そうとした。

一つずつ不安を潰していくように、彼女との接点を増やしていく。
告白、呼び出し、ボランティア、デートの誘い‥。
点と点は繋がって線となり、彼女の周りを囲い込む。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<互いの接点>でした。
本家版は漫画のコマが左から右なので、「今度映画行かない?」のコマで雪と先輩が向かい合っていて好きです。
日本語版だと右から左なので、どうしても逆を向いちゃうんですよね。もどかしい感じがしますね~
そして個人的に気になった先輩のセリフ「実家はまた別の場所にあるんだ」。
これは単なる一人暮らしの家という説明よりは、「今住んでいるところは家の一つだけど本家じゃない」という意味に聞こえますがどうでしょうか?
持ちマンションなのかな~。
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