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Trapped in me.

韓国漫画「Cheese in the trap」の解釈ブログです。
*ネタバレ含みます&二次使用と転載禁止*

密会

2013-10-11 01:00:00 | 雪3年2部(密会~再会)
雪と淳が新たな関係を築き始めようとしている頃、

とある二人が居酒屋にてサシで飲んでいた。



焼酎を煽りながら、並べられた料理の数々を見て柳瀬健太が言った。

「おいおい横山、お前最近気前良すぎるんじゃねーか? 悪ぃなぁ」



テーブルに並べられた酒と料理全部、横山の奢りなのだ。向かいに座る横山は、いいんですと言って笑って見せた。

「周りの奴らに迷惑掛けたのもあるし、

健太先輩にも黙って休学しちゃって申し訳ないと思ってのことっスから‥」




そうへりくだって言う横山に、健太は去年のことを言及した。

一年前と少し前の球技大会のことだ。



横山と太一の大立ち回りのせいで、ぶち壊しになったあの球技大会。

あれが直接的な原因となって、横山は去年一年間休学することになったのであった。



「復学したらあの球技大会の件で、また何かと言われるだろうな」



健太の言葉に、横山は決まり悪そうに頭を掻く。

そして申し訳無さそうな表情で、健太が今日自分に会ってくれたことへの礼を述べた。

「けど先輩が会ってくれて良かったッス。先輩にも無視されるんじゃないかって思ってたんスよ」



そう言った横山に、俺はそんな冷たいやつじゃないと、健太は胸を叩いて見せた。

横山は下を向き、ことごとく皆に無視されたと悲しそうに呟いた。

そして若干言いづらそうに口ごもりながら、あの男の名前を出した。

それは彼が健太に仕掛けたトラップだった。

「青田先輩も‥未だに根に持ってるのか連絡も取れないし‥」



健太は青田淳の名前が出たことで、思わず顰め面をした。

そして俯く横山に向かって、強い口調でこう言った。

「もう青田のことは忘れろ。あいつはお前が思ってるようなヤツじゃねーんだよ!」



今みたいにフォローが必要な時に連絡も取れず、しかも度々人を無視しやがると健太は不満そうに言った。

後から後から、青田淳に対する不信が口をついて出た。

横山はそんな健太を、観察するような目つきで眺めた。



健太は話を続ける。

「赤山にデレデレしてるかと思えばその友達にもちょっかい出しやがって!

皆それも知らずにほいほい騙されてやがるんだぜ?もどかしいったらないぜ!

けど赤山も青田に似て性格が悪いのなんのって!この前のグルワの時に俺がどれだけ無視されたか‥。

先輩に対して怒鳴り散らしたりするんだぜ?」




ペラペラと、健太は二人への不満を口にした。酒を勢い良く飲み干し、その無礼を憂いてもう一本焼酎を追加した。

横山がニヤリと笑う。トラップは成功だ。

「そうだったんスね~」



健太は皆が青田の見た目に騙されていることを嘆いた。近頃の奴らはどうかしてる、そう言ってまた酒を煽った。









そう言やぁ、と健太が口を開いたのは赤山雪についてのことだった。

「お前休学前、あいつにしつこく付きまとってたらしいな?迷惑だって俺らに文句言いに来てたぞ?」



横山はそれを聞いて眉を寄せ、健太に向かって身を乗り出した。

「先輩、赤山の奴マジで酷すぎると思いません?!

オレはマジで心からあいつのことが好きだったんスよ?」




横山は去年の夏休み、雪への好意から告白をしたり高価なプレゼントをしたりと、甲斐甲斐しく尽くした旨を健太に話した。

しかし赤山雪はそのプレゼントの数々はちゃっかりもらっておいて、実は他に男が居たと横山は告白した。

「赤山が?おいおいあいつに限ってそんなはず‥」



当然健太は笑い飛ばそうとした。今まで男っ気ゼロだった雪に限って、そんなはずあるわけないと。

しかし横山は神妙な顔で言葉を続けた。

「この目でハッキリ見たんスよ、福井とのデート現場を」



横山の脳裏には、去年二人が仲良くハンバーガーショップでデートをしていた場面が浮かんだ。



自分と付き合っている(と彼は思っている)最中にそんな真似をされたことに、横山は煮えたぎる思いをしていたのだ。

元々福井太一を嫌悪していたため、その憎しみは尚の事燃え滾った。



しかし健太はその横山の発言をあまり信じられないでいた。

なぜなら太一はどちらかというと伊吹聡美の方に好意を寄せているのが見て取れたし、

三人でいつもつるんでいる姿はどう見ても、ただの仲の良い友人という風にしか見えなかったからだ。

健太が懐疑的な表情をする。



そんな健太に対して、横山は分かってないと言わんばかりに自分の意見を主張した。

あのハンバーガーショップでのデート現場目撃の後、夜道で雪をなじった際、太一から凄まれたことも話題に出した。



球技大会の時は伊吹聡美に手を出すなと言われ、夜道では雪に何するんだと凄まれたことを見て、

横山は太一が二人を脇にはべらせたいがために、いつも女とつるんでいるのだと主張した。

「人気をモノにしようとして球技大会の時だって先輩を殴るし、正直オレは被害者っすよ」



憎しみの対象が、雪から太一へとシフトする。

あの球技大会での太一の振る舞いについて立腹を口にする横山に、健太は頷いて見せた。

「まぁ‥確かに皆が見てる前で手から出るのは良くなかったな。ましてや先輩を相手に‥」



でしょでしょ?!と横山は憤慨しながら相槌を打つ。

健太も横山も、愚痴を肴に酒がすすんでいく。








すっかり料理も空になる頃、健太は大分酔っ払っていたが、横山は酒を意識的にセーブしていた。

そして健太は横山が休学していた間に、青田淳へ感じた不満を再び口に出し始めたので、横山は続きを促した。



健太が話し始める。

「それがよぉ、青田の野郎今学期になって急に赤山と一緒の授業聴いたり飯食ったりってモーションかけまくっててよー。

去年は平井和美、今年は赤山とその友達まで‥。しかしその友達ってのも、明らかに俺が気になってるってこと知っておきながらだぜ?」




ヒドイッスね、と相槌を打つ横山に、健太はため息を吐きながら「青田がそんな奴だったとは俺も知らなかった」と落胆を見せた。

横山は憂いを帯びた表情で、まったくこの世の中には信じられない人ばかりだと哀しげに言った。

青田先輩がそんな人だということも知らずに、いつもやられてばかりだったと。



そんな横山を見て、健太はアドバイスするように力強く言った。

「これからはお前ももっと利口に生きなくちゃダメだぞ!俺みたいに目ざとくな!」



そう言った健太に対して、横山は大仰に褒めちぎった。

さすが先輩だ、年長者だと崇めるような態度の横山に、健太は見事乗せられ嬉しそうに照れ笑いした。



しかし次の瞬間横山は、哀しげに目を伏せ口を開いた。

「でも‥正直復学したところで誰も相手にしてくれないんじゃないかって心配で‥」



そんな横山に、健太は「心配すんな!」と強く言葉を掛けた。

「俺を信じろ!二学期はお前のことガンガン後押ししてやっからよぉ!」



ほろ酔い気分の健太は胸を張り、俺を頼れと気持ちよさそうに言った。



トラップは見事成功、横山は帰りの道すがらも、笑いが止まらなかった。



そしてヤレヤレというように頭を振りながら、バカにしたような独り言を口に出した。

「あ~ 単純すぎんだろ~~?」



青田淳がしていたように、横山翔も柳瀬健太を手のひらで転がすことを試み、成功した夜だった。

横山は一人口笛を吹きながら、夜の街へ消えていった。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<密会>でした。

特記すべきこと‥特にありません!笑

次回は<夢の中で<白い服>>です。

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告白

2013-10-10 01:00:00 | 雪3年2部(塾にて~告白)


雪と先輩は、暗い夜道を互いに口を噤んだまま並んで歩いた。

しかしだんだんと、二人の距離が開いていく。

先ほどからずっと先輩は黙ったままだ。



チラとその横顔を窺うと、先輩は何かを考え込んでいるような険しい表情をしている。

雪は無意識とはいえ、それまでの温かい空気を壊してしまったことに自責の念を感じ、俯いた。




「去年」



不意に発せられた先輩の一言に、雪は目を見開いた。

顔を上げると、先輩の背中が見える。彼は振り返ることなく言葉を続けた。

「確かに去年は、自分がこんな行動に出るとは思いもしなかったよ。

だけど実は今も、完全に理解してるわけじゃない」




彼は厳しい表情を変えること無く、その淡々とした口調も変えること無く言葉を続けた。

「雪ちゃんの目に映る俺が、去年と違うってことも分かってる」




二人は、互いに悪感情を感じていた去年を思い出していた。



彼らは背中合わせの対と対。

決して振り返ることは無かった。



今年になるまで、淳が雪を振り返るまでは。


「それを雪ちゃんが変に思うのも無理はないと思う。だけど、それももう一年前のことだよね。

それは既に過ぎ去った、過去に過ぎないよ」





彼はそれまで背中を向けていた。

しかしその言葉を境に、雪のほうへ向き直る。

先ほどの厳しかった表情に、多少の憂いが滲んでいる。

「なのに雪ちゃんは、未だにそんな書類一枚に身を竦める」



雪は目を見開いた。

先輩から次々と言及される去年の忌むべき記憶。



頭を整理しようとしても、ついていかなかった。




二人は暫し互いに向き合ったまま静かに佇んでいたが、

やがて淳の方から雪に向かって、手を伸ばした。



ぎゅっとその手を握る。



雪はハッと息を呑んだ。

淳は雪の手を握りながら、静かに言葉を紡ぎ始める。

「雪ちゃんの邪魔にならないように努力して、何か手伝えることはないか、

解決してやれることはないかって、いくら手を差し伸べたところで」




「結局、去年と何も変わらない」



彼は目を伏せて、その憂いを帯びた瞳でじっと雪のことを見ていた。

雪は先輩から紡がれる言葉を受け止めるのに精一杯で、彼の秘めたる思いにまで気が回らない。



淳は握った手を見つめながら、静かに言葉を続けた。

「俺は雪ちゃんと、去年とは別の付き合いがしたいのに、一向に答えが見えない」



何も変わらない、答えが見えない、と淡々と嘆く彼の言葉に雪は顔を上げ、言葉を返そうとした。

「でも私は去年‥!」



しかしそれにかぶせるように、彼は幾分強い口調で言った。

「俺は、」



そしてなおさら強く、雪の手を握った。

「胸に秘めてきた言葉より、これからの言葉が聞きたい」




「‥‥‥‥」


「雪ちゃん」





「俺と付き合わない?」

   











暗い夜道は静けさに沈んでいた。

世界は何一つ変わっていない。変わっていないのに、雪と淳の間には今確かに、新しい何かが生まれていた。

握り合う手の中に、見つめ合う瞳の中に、まだ形作るのにはあまりにも未熟なそれが、産声を上げていた。



雪は何が起こったのかまるで理解出来ずに、ただその目を丸くした。

ポカンと口を開け、瞬きも忘れてその場で固まった。



そんな雪の表情を見て、淳は幾分困ったように眉を寄せる。

「何て顔してんの。もう分かってただろう?」



当然のようにそう言う先輩に、雪は狼狽した。

そして又当然のように告白の返事を求められ、雪は思わず下を向いた。汗が止まらない。

「あの‥私にも考える時間を‥」



そう言った雪に先輩は、尚も返事を急いだ。

「受け入れられない?」



雪は戸惑い、たどたどしいながらも今の自分の気持ちを口に出す。

「‥わ、私は‥大学に入ってから彼氏とか考えたことなくって‥

そういう余裕も無いし‥その‥」




とにかく様々な理由はあれど、今は動揺してしまってちゃんと考えられないと雪は説明した。

しかしそんな雪の言葉を聞いて、先輩は静かに口を開いた。

「分かったよ」



先輩が若干屈めていた背を正す。

そして、握った手の力を弱めた。



雪はその手の行方を追った。

するとゆっくりと静かに、彼の手が離れていく。









心の中が大きくざわめいた。

離れていく彼の手を見て、言いようのない寂しさに襲われた。

暗く孤独な闇が、胸の中にじわじわと広がっていく‥。






次の瞬間、考えるより早く身体が動いていた。

「ま、待って下さい‥!」



ガシッと音が聞こえるくらい、雪は淳の手を強く掴んだ。

淳が予想外の彼女の行動に目を見開く。雪は感情のままに、手に力を込めた。

「先輩が嫌いとかじゃなくって‥!そうじゃなくって‥!その‥」



そうは言ったものの、何と続けて良いのか分からない。

俯いて言葉に詰まった雪に、淳は「じゃあ付き合おうよ」と言って微笑んだ。



「な?問題無いと思うけど」と言葉を続ける先輩に、雪は赤面してモゴモゴと口ごもった。

先輩がまた雪の手を強く握り返してくる。

「俺、雪ちゃんの勉強の邪魔にならないようにするから」



雪の脳内パニックメーターが、今にも振り切れようとしていた。

なんとか言葉を紡ごうとするが、思考回路がつながらない。

「な?」



先輩が微笑みかけてくる。早く返事をしなければならない。自分の気持ち、先輩の気持ち、大学生活、これからのこと‥。

雪は全てのファクターが頭の中に雪崩れ込んでくるのを感じた。

そして様々なそれらが思考回路をショートさせメーターが振り切れたら、シンプルな答えが雪の口から出た。

「はい‥‥」



そして暫しの間、二人の間に沈黙が落ちた。





雪はおそるおそる、顔を上げた。

先輩がどんな表情をしているのかと思いながら。



先輩は微笑んでいた。

そして雪と目が合うと、ニッコリと笑ってこう言った。

「そっか」



その笑顔は、凍てついた先ほどの空気を溶かすほど眩しかった。

その後言われた「ああ、良かった」と安堵したような彼の言葉にも、雪は赤面した。





先輩はすぐそこにある雪のアパートを見やって、口を開いた。

「今日はもう遅いから、これで失礼するね」



雪は自分でも知らぬ間に、先輩の手を強く握りしめていたようだ。

彼が丁寧にその手を解くと、雪はやはり心にポッカリと穴が空いたような気分になった。



けれど先輩は雪に向かって笑いかけ、疲れただろうから早く上がって休むといいと言って彼女を気遣った。

「後でメールする」



そう言ってゆっくりと帰路を歩き出した先輩に、

雪は「送って頂いてありがとうございました」と声を掛けた。先輩が笑って手を振る‥。

  


「‥‥‥‥」



先輩の小さくなっていく後ろ姿を見送りながら、雪はぼんやりと佇んでいた。



なんだか夢だったみたいだ。



色々なことが起こりすぎて、未だ脳の末端まで情報がいきわたっていない。







雪はそのままアパートの階段を昇ると、鍵を開けて部屋の中に入った。

靴を脱ぎ、電気を点ける。



肩に背負っていたカバンを床に置くと、書類の束がガサッと音を立てた。




見慣れた自分の部屋に帰ってきて、いつもの行動をしてみると、脳がようやく動き始めた。

ようやく事態を把握した雪は、みるみる顔面蒼白になっていった。





うわあああああああああっ?!



パニックな雪が思わず絶叫すると、我知らず隣の秀紀は驚きのあまり飲みかけの缶を取り落とした。


雪は思わずうずくまり、頭を抱えた。

先ほどの出来事が、脳裏にフラッシュバックする。

私ってば何やってんの?!なんつーことを!!!



いつかはこうなるって分かってはいたけど‥でも‥でも‥



脳内グルグル状態の雪は、髪の毛をグシャグシャしながら考えを巡らせていた。

隣の部屋から壁を叩く音が聞こえ、雪のことを心配している秀紀の声がしていたが、雪はそれどころじゃなく、

また絶叫した。



今度は秀紀の怒鳴る声がしているが、やはり雪はそれどころじゃない。

その日は夜遅くまで、秀紀は情緒不安定な雪に付き合わされることになった‥。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<告白>でした。

遂に!二人が付き合い始めました~!

‥と手放しに喜ぶような告白ではありませんが、ひとまず二人の関係に一区切りですね。

さて次回は<密会>です。おそらく大半の方がツマラナイと思うだろうな、というメンバーの密会です。。

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フラッシュバック

2013-10-09 01:00:00 | 雪3年2部(塾にて~告白)
二人は、雪の家へと続く道を歩いていた。

この角を曲がれば、家はもうすぐそこだ。



角を曲がる直前のところでふと、

建物と建物の間の小さな路地が、雪の気に留まった。



色々な物が乱雑に置いてあるそこが、微かに動いた気がしたのだ。

雪は首を傾げる。



しかし目を凝らして見ても、ゴミが雑然と置いてあるだけだ。

気のせいだろうか‥。





先輩が歩きながら、「こっちで合ってる?」と道を聞いてくる。



この辺りは道が複雑で、一度や二度訪れただけでは大抵の人は覚えきれない。

雪は先輩に道を教えつつ、やはり先程の建物の間が気になっていた。

チラ、と振り返る。













雪の叫びが、夜の道に轟いた。

キャアアアア!!



突然の絶叫に、先輩が咄嗟に雪の方を振り向く。

勢いで両手に持っていた資料が舞い、腰を抜かした雪はその場で思わずしゃがみ込んだ。

確かに今、あの隙間に人間の手が見えた。

震えながらそこを指差す。



先輩はすぐに路地を覗き、誰が居るのかどうか確認したが、



そこには誰も居なかった。

先輩は何度も路地を見回したが、何も確認することは出来なかった。

「い‥いないですか?」「うん。猫か何かと見間違えたんじゃない?」



そんなわけない。確かに人の手が見えたのだ。

雪は改めて路地を覗き込んだが、そこにはゴミしか置かれていなかった。




「暑さでおかしくなってたのかも‥」と言う雪に、

先輩は「暗いからそういうときもあるよ」とフォローする。

そして二人は、地面に散らばった資料を集め始めた。



先輩が笑いながら、「雪ちゃんってなんだかんだよく転ぶよな?」

とその派手な転び方を茶化すので、雪は恥ずかしさと決まり悪さで、下を向いて赤面した。



先輩が、「去年も何度か見かけたし」と言葉を続ける。

雪は弁解しようと口を開きかけたのだが、ふと目に留まったものがあった。





散らばった書類、

先輩の靴‥。





沈めてあった、しかし消して拭えなかった記憶が鮮明に蘇ってくる。



ぶちまけた書類を必死に掻き集めている雪の向こうで、

彼は佇んでいた。



散らばった書類が彼の足元にあった。

君は度々間違いを犯すね



そう言って書類を蹴った。

その高そうな靴で。



俯いたまま固まった雪に、先輩が声を掛ける。

「雪ちゃん?」




あの時は、顔が上げられなかった。

言葉から伝わってくる嫌悪感に気圧されて、

ただ視線を彷徨わせることしか出来なかった。












顔を上げた。

あの時と違い、今は目の前に先輩の顔がある。



目を見開いて、雪のことを見ている彼。



雪は掠れた声で、恐る恐るこう言った。

「先輩の足元にある書類‥取ってもらってもいいですか?」



脳裏には書類から遠ざかって行く靴の映像が蘇る。

雪は瞬きも出来ないまま、彼の出方を窺った。



淳はその怯えた表情とその言葉で、彼女が何を思い出しているのかを悟った。



緩やかに振り返ると地面に散らばった書類に目を落とし、それに手を伸ばす。



淳が動くと、彼女はビクッと身を震わせた。

二人の間の空気が緊張する。

   


淳は彼女に書類を手渡した。

短く「はい、」と声を掛けながら。





淳の表情は険しかった。

落胆とも苛立ちとも取れる、厳しい顔。




ツゥ、と背中を伝う冷たい汗。

あの時感じた屈辱感とは、また違った感情が彼女の胸を騒がせていた。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<フラッシュバック>でした。

盛り上がってまいりました!そして次回はついに‥!

<告白>でございます。。


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もう一人の自分

2013-10-08 01:00:00 | 雪3年2部(塾にて~告白)


すっかり空も暗くなり、今日は曇り空のため星も見えない夜だ。

淳は改めて雪の家の近所の道路を見て、車が入るには細すぎるし街灯も少なく暗い道だとその感想を述べた。

夜、女の子が一人で歩く場所としては少々危険が伴いそうだ。

「ことあるごとに送ってやらないと心配だな」



淳はそう言ってから、雪が持っている大量の資料にふと目を留めた。

何かと聞くと、彼女は顔を顰めながら遠藤さんから押し付けられた仕事です、と答えた。



「ええ?勉強する時間があると思ってたけど、思ったより無いみたいだな?」



淳が、これじゃあ他のアルバイトの方が効率が良かったかもしれないと言うと、雪は首を横に振った。

「そ、そんなことないです!他のバイトより断然いいです!」



確かに条件は申し分ない。

涼しい室内で座っていられるし、仕事量だって基本はそんなに多くもない。塾だって近い。

ただ、たまに遠藤が持ち帰りの仕事を持たせるので、それがなければ凄く楽なのに‥と雪は不満そうに資料を見つめた。

「遠藤さんと何かあったの?」



そう言った先輩に、雪は頭を掻いてみせた。

特に何かあったわけではないが、自分とはどうにも反りが合わないみたいだと。



始めから遠藤とは険悪だったが、だからといっておおごとになったり大喧嘩したわけじゃないですと言って、笑って見せた。

そして雪は、日頃考えていた遠藤修という人間についての見解を述べ始めた。

「んー‥遠藤さんって、すごく繊細っぽいんですよね。

ファイルなんかもすごく細かく整理されるし‥。

けど常に不満だらけって言うか‥重度の完璧主義者なんですかね。

だから私のちょっとしたミスも許せないみたいで‥」




だけど、と雪は言葉を続けた。

まだ彼女自身が確証を持っているわけではないが、雪の鋭敏さがその真意のところを実は汲み取っていた。

「それが必ずしも全部性格のせいではないような気もして‥うーん‥」



考え込んだ雪だが、次の瞬間パッと顔を上げ、だからといってそれがいけないという意味ではなく、

ただ性格が合わないだけだと頭を掻いた。

そんな彼女を見て、淳は「以前から気になってたんだけど、」という前置きをしてから口を開いた。

「雪ちゃんって、他人を意識しすぎなとこあるよな?」



雪はその言葉に、思わず目を丸くした。



そして下を向いた雪に、淳はフォローするように「悪い意味じゃないんだけど‥」と言葉を続けた。

「ただちょっと‥考え過ぎなんじゃないかなって」



雪は幾分戸惑い、「そうなんですかね‥?」と少々その言葉に疑問を持った。

自分を看破されたきまり悪さから、”元々人間は常に何かを考えている”という理論を持ち出し、

”我思う故に我あり”というデカルトの言葉も引用した。



けれど先輩は率直な感想を述べる。

「だからって周りをいちいち気にして考え過ぎるのも、疲れるんじゃないかな」



雪はタハハ、と自虐的に笑いながら、

「‥確かに、自分でもちょっと考え過ぎる方だと思います‥」とその意見を認めた。



夏の盆にあたる時期、親戚一同が集まる場に行ってもまず叔父や叔母の目から始まり、

沢山の人の目が気になってしまう。

「ちょっと疲れるタイプ」と雪が自分のことを言うと、先輩は「大分疲れるタイプ」と言い直し、

ガーンと雪はショックを受けた。




思えば高校の時だって、友人達からさんざん言われてきたのだ。「生きるのに疲れるタイプ」だと。

先生の仕草一つだって気になって、皆が居眠りしたり欠伸したりする中でも、一人背筋を正していた。



三つ子の魂百までとも言うが、とにかく雪の敏感さは今も健在だ。



雪は一つ溜息を吐いてから、開き直って客観的に自分というものを語ってみた。

「正直な話今まで、私って運が悪いなぁって思うことも沢山あったんですけど、

本当のところ自分でも何が問題なのか、大体分かってはいるんです」




淳はそんな彼女を静かに見つめていた。

そして次に続けられた彼女の言葉に、目を見開いた。

「ちょっと前までだって、

どうして私は何もしてないのに周りは私をこんなに困らせるんだろうって、

そう考えてばかりいたんです」










淳の頭の中に、あの日の彼女が思い浮かんだ。

自分と同じような瞳をした彼女が。



そして思い出した。

人々の間に沈み込んだ自分が、暗い世界で見たもう一人の自分を。





今彼女が紡いだ言葉は、常日頃から彼の心の中にも揺蕩っていたものだった。

見開いた淳の目の中には、深い闇が広がっている。


彼女は言葉を続けた。

「でも大学に入って色々なこと経験して、なんか分かったんです。

周りのせいもあるかもしれないけど、私自身も自らを疲れさせてたんだなぁって」





その言葉に、淳は少し違和感を感じた。

続けられた彼女の言葉に、そのズレは一層大きくなる。

「周りを責めるだけじゃなくて、間違いなく自分にも問題があったはずなのに」









重なった二つの影の片方が動き、幻影のようにもう一つの影を作る。

もう一人の自分が、自分の意図した方向でないベクトルを指す。




淳は信じられないものでも見るような目つきで、彼女を眺めていた。



雪は「自分の間違いを認めるのは難しく、まして直すのは尚難しい」と軽い調子で頭を掻いて笑ったのだが、

彼の視線に気がついて口を噤んだ。



雪は変な話をしてしまったことに先輩が戸惑っているのだと感じて、自分のきまり悪さを嘆いた。

先輩はそんな雪の気分を察して、大丈夫と返事をする。




雪は幾分自らを慰めるような気持ちで、空を見上げて口を開いた。

「‥私も今よりもっとのんびりと生きてみたいですよ。

これから社会に出たら今よりももっと色々な人達に揉まれるだろうに‥。

世渡り上手な子たちを見てると羨ましいです」




そう言って雪は、抱えた沢山の資料を改めて眺めた。

きっと世渡り上手な友人達は、のらりくらりと交わしてこんなものも持って帰らなくて良い様に振る舞うのだろう。


すると先輩が、静かに口を開いた。

「大丈夫だよ」と。



彼は雪の方を向くと、腕組みをしながら自信ある態度で言葉を続けた。

「あまり心配することないと思うよ?深刻な問題があるわけでもないんだし、

俺がさっき言ったことだって、結局は俺の主観に過ぎないんだしね。

責めるつもりじゃなくて、雪ちゃんが疲れるんじゃないかと思って言ってみただけだから」





いつになく饒舌な彼が言葉を紡ぎ続ける。

二人とも気づいていないが、それは彼の自己弁護に似た慰めだった。


「雪ちゃんのそういう部分が人に迷惑をかけてるわけでもないんだし、

俺は特に問題ないと思うけどな」




自分とは異なった動きに揺らめいた影が、彼のその言葉でまた重なる。

淳はそう思っていた。


彼女に掛けた言葉は一見優しい姿をしていたため、雪は嬉しそうに照れ笑いをした。

自分を認めてくれたようで、心の中がくすぐったかった。



しかしその反面、愚痴のようになってしまったことに若干気が咎めた。

なぜこんな話になったのか思い出せないが、これから気をつけなければいけない。




雪は先輩の隣で、一人気を引き締めた。


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<もう一人の自分>でした。

問題の中に、自分にも非があると考える雪と考えない先輩。

先輩の考え方は横暴にも見えますが、自分を肯定してくれる人が自分しか居なかった過去を思い出すと、寂しい感じがします。


次回は<フラッシュバック>です。



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知らないふりをして

2013-10-07 01:00:00 | 雪3年2部(塾にて~告白)
西日が二人を照らす頃、雪と淳は買い物リストを持って大学構内を歩いていた。

紙が陽を反射して眩しい。淳は手で囲いを作りながらメモを覗き込んだ。

雪がリストを読み上げる。

「品川さんがドーナツとピザと果汁100%のオレンジジュースにお菓子適当に‥。

‥木口さんもなんかゴチャゴチャ書いてありますね」




遠慮無くズラズラと書かれたリクエストは、数だけでも膨大だ。

しかも遠藤さんからの要望は、「XX屋限定手作りチョコレート、苺入り」という限定されたものだった。ここから結構遠い。

先輩が車を出してくれるというので、雪はその言葉に甘えて先輩について歩いた。

「あれ? 前と車が違うような‥」



駐車場で先輩が解錠した車は、以前と違うものだった。

「うん。別の車」と言う先輩の言葉に、雪は貧富の差をシミジミと感じたのだった‥。





車に乗った雪の髪の毛を、淳はじっと眺めていた。



そしてまず、一つ目のトラップを仕掛けた。彼女は引っかかるだろうか?

「俺があげた髪留め、何で付けないの?気に入らなかった?」



雪は先輩に向き直ると、「昨日まではつけていたんです」と言った。先輩がこの頃来ないので見せられなかったけど、とも。

淳は「昨日まで」という言葉を確かに聞いた。そして昨日見たあの画像を思い出す。



一つ目のトラップは実証された。

淳は自分の推測が当たっていたことも含め、笑顔で彼女に「そっか」と答えた。














車は走り出し、窓の外の景色は飛ぶように流れて行く。

大人しく座っている雪に対して、淳は二つ目のトラップを仕掛けることにした。

「最近塾の方はどう?何か変わったことはない?」



雪は真っ直ぐ前を見て運転する彼の横顔を見た。

先輩が紹介してくれた塾だ。彼は雪の身に何か困ったことはないかと心配してくれている。



お陰様で、と答えかけたが、脳裏にあの男の姿が浮かんだ。

ケケケケ おいおい無視すんじゃねーよ ケケケケケ‥



雪は河村亮のことを先輩に言うかどうかということを、暫し考えた。

今までの彼らの反応を見ていると、互いに関わり合いたくないようだし、決して愉快な話では無さそうだった‥。

亮が言った、あの言葉が脳裏を掠める。

これ、淳のせいなんだ



知りたくないといえば嘘になる。

しかし今の自分の立場では、下手に口出しするような問題でも無い気がしている。

雪は暫し黙り込みながら、どうしたものかと思案していた。




一方淳は、雪の口から河村亮の名が出て来ないことを受けて、質問を変えた。

ネズミ捕りに仕掛けた餌を、サラミからチーズに替えるように。

「雪ちゃんってモテそうだよね。塾で気になってる子とかいないの?」



予想通り、彼女は幾分慌てた。

「?!え?!そんなこと無いです!それに気になるも何も‥」



変な人達ばかりだし、と雪は答えた。脳裏には、亮の顔が浮かんでいた。








河村亮の名が出るか?

淳は彼女が言葉を続けるのを待った。



雪は何の気なしに見た先輩の瞳の前で、凍りつくように固まった。



全てを見透かすようなあの瞳。深い闇が見え隠れする。

冷たい汗が頬を伝い、雪は思わず俯いた。「い‥ません‥」と、小さく答えるのが精一杯だった。



ふぅん‥と淳は曖昧なニュアンスの相槌を打った。

言わないか‥。



淳はそれならばと、彼女に釘を刺すことに決めた。

「そっか。もし何かあったら必ず俺に言うんだよ」






「‥はい‥」



彼の発するそれは優しい言葉のはずなのに、その口調は警告にも似ていた。

雪の第六感が、どこかおかしいと反応しているが、雪はそれ以上は考えず言葉通りの意味で受け取り、返事をした。

「心配して下さって、どうもありがとうございます‥」



「いいえ」



それ以来車中には沈黙が落ち、唸るエンジンの音だけが聞こえている。

雪は心がざわめくのを感じた。



いつか彼に肩を掴まれた時に感じたそれと、

似たようなざわめきだった。










その後の二人は、変わった様子もなく買い物に勤しんだ。

大きなカートを押しながら二人は歩き、



共にお菓子を選んだりした。



(先輩の選んだにんじんタルトは、雪には不評で却下となった)

試食をしたり、

  

(先輩はポンテギに続き、イカの塩辛も食べられないことが発覚した)

店内をにこやかに歩く二人の姿は、傍目から見れば新婚夫婦のようにも見えるようだが、どうであろうか?











事務室に戻り、買ってきたものをテーブルに並べると、その美味しそうな料理の数々に品川さんがはしゃいだ。



遠藤は気まずい顔をしていたが、品川さんと木口さんの勧めもあって雪と淳もテーブルを囲んだ。

特に雪はこき使われた分、たらふく食べてやると意気込んで色々つまみはじめた。



遠藤のリクエストで買ってきた手作りチョコレートは、テーブルに並べられることなく彼のカバンに仕舞われた。

それを見て品川さんが彼女へのプレゼントかとまたはしゃいだが、遠藤は「ほっとけ!」とツレなかった。



エクセル対決前とは考えられないほど賑やかに、事務室での時間は流れていった。







就業が終わる頃、夕方の空は曇っているせいかいつもより暗い色をしていた。

そんな中、明るい別れの挨拶をしながら品川さんが雪と淳に手を振る。遠藤はムッツリとしながら、足早に帰って行った。



今日は塾のない日。

今日先輩が来たら、今日こそ夜ご飯をご馳走しようと思っていた雪だが‥。

「‥‥‥‥」



先輩はお腹をさすりながら、「お腹いっぱいで吐きそう」とまで言っている。

実は雪も同じだった。二人して食べ過ぎてしまったようだ。



なぜだか笑いがこみ上げてくる。雪と先輩はその場で自虐的に笑い合った。


淳は夕食の約束を雪が律儀に果たそうとしているところを感じて、彼女を見やった。



生真面目な彼女が自分との夕食のために、一生懸命場所だとか価格だとかを悩んでいる姿が、淳は嫌いじゃなかった。

「そろそろ帰ろうか。一緒に行こう」



そう言って淳は彼女の方を見た。

脳裏にはあの画像がまた浮かんでくる。



あの時感じたあの不愉快を、淳は持て余したまま今日を迎えた。

胸の中で燻ぶっている熱が、彼女の隣に淳を立たせる。

「送ってくよ」



彼女の隣に居るのは自分だ。

燻るそれが、胸の内に熱く火をつけた。

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<知らないふりをして>でした。

さて先輩の車が代わりましたね!以前のプジョーから、今回はポルシェ、カイエンだそうです。



また高級車を次々と‥。雪ちゃん絶対値段知らずに乗ってるんだろうな‥。

買い物の場面で、またウサギ出て来ましたね!にんじんタルト‥。却下!!


次回は<もう一人の自分>です。

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