カフェに移動した雪と和美は、ぎこちない雰囲気のまま向かい合って座った。
コーヒーが苦く感じられる。
最初に口を開いたのは和美の方だった。
皮肉に唇の端を歪め、嘲笑うかのような表情を浮かべながら。
「なによ、散々しらばっくれといて結局付き合ってるなんてね」
その和美の言葉に、雪は憤慨した。
そんな嫌味を言うためにこんな所までわざわざ呼び出したのかと。
それを受けて、和美はビクッと身を震わせて俯いた。
ただビックリして‥と口ごもる。
雪はその反応に違和感を感じた。
去年までの彼女なら、叩き返すかのように反論してくるところだ。
下を向いた和美を見て、いつもの覇気の無さを雪は意外に思った。
雪はそんな和美に、落ち着いた口調で話を続ける。
「‥あのとにかくそういうことだから、あまり落ち込んだり怒ったりしないでほしい」
雪の言葉に和美は下を向いたまま、「別にあたしが口出しすることじゃないから」と言った。
その表情は苦悶に歪んでいるようにも見える。
去年あれだけ雪に嫌がらせや口出しをした彼女が、今まるで反対の反応をすることに雪は疑問を持った。
和美は意を決したように目を瞑ると、重たい口を開き始めた。
「休学してから‥ずっと‥あなたに謝りたいと思ってたの」
雪の脳裏に、あの出来事が蘇ってくる。
「あぁ‥薬物混入したことなら、もうとっくに忘れたから‥」
しかし和美は、そのことを言っているのではないと言った。
あなたに言わなきゃならないことがあるの、と続ける。
「実は‥」
事の顛末は、青田淳との出会いの話から始まった。
容姿端麗、頭脳明晰な彼女は県内トップのA大学経営学科に、首席で入学した。
合格発表の直後、和美は休学直前の青田淳と会うことになる。
あ、どうぞよろしく
一目惚れだった。
同じく首席‥更に格上の全体首席だという彼を前に、和美は頬を染めた。
その後すぐ休学してしまった彼と、それ以来和美は会うこともなかったが、
彼の印象は心の中に強く残った。
二年の時を経てもなお、彼を忘れることは出来なかった。
去年の新歓飲みで再会した時、彼は和美の名前を覚えてくれていた。
本当に嬉しかった。
和美は大学の構内で彼を見かける度、惹かれていくのを自覚した。
先輩がすごい人だということも分かっていた。だから自分なりに彼に近づこうと努力した‥。
首席カップル、と周りからからかわれるのも内心鼻が高かった。
先輩もまんざらでもなさそうに見えたのも、また嬉しかった。
そんな折、和美のトップの座を揺るがす存在が現れた。
青田先輩と時を同じくして復学してきた、赤山雪である。
彼女は優秀だったが(和美はそれを認めようとはしなかったが)、その学期の全体首席も青田先輩の手に渡った。
赤山雪がそれを意識している場面を見たことがある。
闘争心を感じているような内容で、赤山雪とその友人は青田先輩についての話をしていた。
和美はいけ好かないものを感じ、舌打ちした。
‥何様のつもり? 笑わせないでよね。目障りな女‥
そこまで喋った所で、「それとこれも知ってたでしょうけど」と和美は前置きをして雪に言った。
「あたしあなたのことあまり好きじゃなかったわ」
雪は心の中で大きく頷いた。そんなこと、もうとっくに知っている。
和美は始めから雪に対して敵対心を持ち、何かと嫌味な態度で接して来たのだが、
なんのことはない、成績に対する嫉妬だったのだ。雪は白けた気分になった。
溜息を吐く雪を前に、俯いた和美は言葉を続ける。
「ただでさえ目障りだったのに、いつの日からか先輩があなたの話をよくするようになった。
それでもっと、嫌いになったわ‥」
また和美の記憶は、去年の先輩の姿を辿る。
先輩は赤山雪が次席だったということに感心し、彼女は礼儀正しく要領も良いと、あまつさえ雪を褒める言動さえあった。
おまけに他の学生達からの赤山雪の評判は、良いものが多かった。
彼女は難しい課題を学科で一番上手くこなし、教授に褒められることもあった。
ノートを嫌な顔一つせず人に貸し、他人に迷惑もかけなくて偉いと同期たちが話していることもあった。
赤山雪に対する良い噂を聞く度に、心の中に毒が溜まっていくようだった。
和美はある日先輩の前で、思わず毒が口を吐いて出た。
皆口をそろえて褒めているが、自分にはとても理解できないと。
性格も謎だし、服装もダサい。
そして‥
「いつも疲れきった顔をして、見てるこっちが憂鬱になってくるじゃないですか」
平井和美も、そして実のところ青田淳本人も気がついてなかっただろうが、その言葉は彼の心に小さな敵意を与えた。
赤山雪の悪口を続ける和美に、青田淳の対応は結果雪を庇う形になった。
たしなめられた和美は「平井のことを思って」という言葉の前に、気をつけますと言う他なかった。
心の中に溜まっていく毒。
先輩が赤山雪を庇ったという事実は耐え難いものだったが、
それでも自分と先輩との仲は、格別なものだとその時まで和美は思っていた。
しかし和美が開いた英会話の自主ゼミに、青田先輩は来てくれなかった。
他の女子達に自分たちの仲は特別だと見せつけたかったのに、先輩は他の人のゼミに行ってしまったのだ。
そして先輩から直接、それについての注意を受けた。
そこで和美は、赤山雪が青田先輩の居るゼミに在籍しているという事実を知る。
わざとらしくヘラヘラと笑いながら、自分のゼミを抜けて彼のゼミに行く赤山雪の姿が思い浮かんだ。
後日ミスプリントをわざと彼女に寄越し、和美はそのことを問い詰めた。
誤解だと弁解する彼女を見て、ますます和美は赤山雪への不信を募らせていく。
青田先輩の前でへつらうような笑みを浮かべる彼女を見て、ハッキリとした敵意を感じた。
先輩に気に入られたくて、先輩と特別仲のいい自分を出し抜こうとしていると、和美は確信していた。
心の中に溜まった毒は、憎しみとなって彼女を燃やし始める。
そこから和美は、陰湿な嫌がらせをするようになった。
授業時間が変更になったと故意の間違いメールを送ったり、赤山が横山に好意を持っているとけしかけたりもした。
ホームレスと言い争った時も、偉そうに説教する雪が許せなくて、薬物混入まで仕組んだ。
憎しみが燃えていく。
毒を吐き出しても吐き出しても、心の奥底から溢れてくるだけだというのに。
去年あった色々なことの顛末が、段々と明かされていく。
二人は向かい合いながら、長い時間を旅しているようだった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<明かされる顛末(1)>でした。
今回は時系列整理ブログとしては少し変えまして、和美目線の話を入れたかったので去年の話も書きました。
淳目線の記事はこちら→<淳>手のひらの上の災難
久しぶりのセピア感‥懐かしい感じしました^^
次回は<明かされる顛末(2)>です。
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コーヒーが苦く感じられる。
最初に口を開いたのは和美の方だった。
皮肉に唇の端を歪め、嘲笑うかのような表情を浮かべながら。
「なによ、散々しらばっくれといて結局付き合ってるなんてね」
その和美の言葉に、雪は憤慨した。
そんな嫌味を言うためにこんな所までわざわざ呼び出したのかと。
それを受けて、和美はビクッと身を震わせて俯いた。
ただビックリして‥と口ごもる。
雪はその反応に違和感を感じた。
去年までの彼女なら、叩き返すかのように反論してくるところだ。
下を向いた和美を見て、いつもの覇気の無さを雪は意外に思った。
雪はそんな和美に、落ち着いた口調で話を続ける。
「‥あのとにかくそういうことだから、あまり落ち込んだり怒ったりしないでほしい」
雪の言葉に和美は下を向いたまま、「別にあたしが口出しすることじゃないから」と言った。
その表情は苦悶に歪んでいるようにも見える。
去年あれだけ雪に嫌がらせや口出しをした彼女が、今まるで反対の反応をすることに雪は疑問を持った。
和美は意を決したように目を瞑ると、重たい口を開き始めた。
「休学してから‥ずっと‥あなたに謝りたいと思ってたの」
雪の脳裏に、あの出来事が蘇ってくる。
「あぁ‥薬物混入したことなら、もうとっくに忘れたから‥」
しかし和美は、そのことを言っているのではないと言った。
あなたに言わなきゃならないことがあるの、と続ける。
「実は‥」
事の顛末は、青田淳との出会いの話から始まった。
容姿端麗、頭脳明晰な彼女は県内トップのA大学経営学科に、首席で入学した。
合格発表の直後、和美は休学直前の青田淳と会うことになる。
あ、どうぞよろしく
一目惚れだった。
同じく首席‥更に格上の全体首席だという彼を前に、和美は頬を染めた。
その後すぐ休学してしまった彼と、それ以来和美は会うこともなかったが、
彼の印象は心の中に強く残った。
二年の時を経てもなお、彼を忘れることは出来なかった。
去年の新歓飲みで再会した時、彼は和美の名前を覚えてくれていた。
本当に嬉しかった。
和美は大学の構内で彼を見かける度、惹かれていくのを自覚した。
先輩がすごい人だということも分かっていた。だから自分なりに彼に近づこうと努力した‥。
首席カップル、と周りからからかわれるのも内心鼻が高かった。
先輩もまんざらでもなさそうに見えたのも、また嬉しかった。
そんな折、和美のトップの座を揺るがす存在が現れた。
青田先輩と時を同じくして復学してきた、赤山雪である。
彼女は優秀だったが(和美はそれを認めようとはしなかったが)、その学期の全体首席も青田先輩の手に渡った。
赤山雪がそれを意識している場面を見たことがある。
闘争心を感じているような内容で、赤山雪とその友人は青田先輩についての話をしていた。
和美はいけ好かないものを感じ、舌打ちした。
‥何様のつもり? 笑わせないでよね。目障りな女‥
そこまで喋った所で、「それとこれも知ってたでしょうけど」と和美は前置きをして雪に言った。
「あたしあなたのことあまり好きじゃなかったわ」
雪は心の中で大きく頷いた。そんなこと、もうとっくに知っている。
和美は始めから雪に対して敵対心を持ち、何かと嫌味な態度で接して来たのだが、
なんのことはない、成績に対する嫉妬だったのだ。雪は白けた気分になった。
溜息を吐く雪を前に、俯いた和美は言葉を続ける。
「ただでさえ目障りだったのに、いつの日からか先輩があなたの話をよくするようになった。
それでもっと、嫌いになったわ‥」
また和美の記憶は、去年の先輩の姿を辿る。
先輩は赤山雪が次席だったということに感心し、彼女は礼儀正しく要領も良いと、あまつさえ雪を褒める言動さえあった。
おまけに他の学生達からの赤山雪の評判は、良いものが多かった。
彼女は難しい課題を学科で一番上手くこなし、教授に褒められることもあった。
ノートを嫌な顔一つせず人に貸し、他人に迷惑もかけなくて偉いと同期たちが話していることもあった。
赤山雪に対する良い噂を聞く度に、心の中に毒が溜まっていくようだった。
和美はある日先輩の前で、思わず毒が口を吐いて出た。
皆口をそろえて褒めているが、自分にはとても理解できないと。
性格も謎だし、服装もダサい。
そして‥
「いつも疲れきった顔をして、見てるこっちが憂鬱になってくるじゃないですか」
平井和美も、そして実のところ青田淳本人も気がついてなかっただろうが、その言葉は彼の心に小さな敵意を与えた。
赤山雪の悪口を続ける和美に、青田淳の対応は結果雪を庇う形になった。
たしなめられた和美は「平井のことを思って」という言葉の前に、気をつけますと言う他なかった。
心の中に溜まっていく毒。
先輩が赤山雪を庇ったという事実は耐え難いものだったが、
それでも自分と先輩との仲は、格別なものだとその時まで和美は思っていた。
しかし和美が開いた英会話の自主ゼミに、青田先輩は来てくれなかった。
他の女子達に自分たちの仲は特別だと見せつけたかったのに、先輩は他の人のゼミに行ってしまったのだ。
そして先輩から直接、それについての注意を受けた。
そこで和美は、赤山雪が青田先輩の居るゼミに在籍しているという事実を知る。
わざとらしくヘラヘラと笑いながら、自分のゼミを抜けて彼のゼミに行く赤山雪の姿が思い浮かんだ。
後日ミスプリントをわざと彼女に寄越し、和美はそのことを問い詰めた。
誤解だと弁解する彼女を見て、ますます和美は赤山雪への不信を募らせていく。
青田先輩の前でへつらうような笑みを浮かべる彼女を見て、ハッキリとした敵意を感じた。
先輩に気に入られたくて、先輩と特別仲のいい自分を出し抜こうとしていると、和美は確信していた。
心の中に溜まった毒は、憎しみとなって彼女を燃やし始める。
そこから和美は、陰湿な嫌がらせをするようになった。
授業時間が変更になったと故意の間違いメールを送ったり、赤山が横山に好意を持っているとけしかけたりもした。
ホームレスと言い争った時も、偉そうに説教する雪が許せなくて、薬物混入まで仕組んだ。
憎しみが燃えていく。
毒を吐き出しても吐き出しても、心の奥底から溢れてくるだけだというのに。
去年あった色々なことの顛末が、段々と明かされていく。
二人は向かい合いながら、長い時間を旅しているようだった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<明かされる顛末(1)>でした。
今回は時系列整理ブログとしては少し変えまして、和美目線の話を入れたかったので去年の話も書きました。
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