未だ激しく降る雨が、古い家の屋根に当たって大きな音を立てる。
遠藤修は恋人の部屋で横たわりながら、一人その雨音を聴いていた。
時たま吹き荒ぶ風が、立て付けの悪い窓枠を揺らす。
遠藤は机の上に置かれた時計を見た。
8時14分。
ここでこうして横たわったまま、もう三時間が経つ。
傍に置かれた携帯には、”発信 秀紀”の履歴が並ぶ。
もうずっと秀紀とは、音信不通だ。
遠藤はこの部屋で、押入れに隠してあった重箱を見つけていた。
見たことのないYシャツを目にしていた。
自分の知らない彼が、分かち合えない時間が、彼の心を孤独にする。
遠藤は以前秀紀から言われた留守の理由、”急な同窓会”を思い出していた。
今回は一体どんな言い訳が出てくるのやら‥。
皮肉に似た気持ちが心を意地悪く揺らす。
遠藤はのっそりと起き上がり、秀紀にメールを打った。
まだ帰らないみたいだから、もう俺は帰るよ。これ見たら連絡‥
こんな文面を、もう何度打っただろう。
こんな気持ちを、もう何度味わっただろう。
遠藤は虚ろな気持ちのまま、一人空を見つめた。
身体が鉛のように重い。
心が錆びついた鎖のように、ギシギシと音を立てて軋む。
「は‥」
声にならない溜息が、口から漏れる。
彼は疲れていた。
ただ横になっていただけなのに。
それだけなのに。
否、と遠藤は思う。
この虚無を孕んだ疲弊は、今に始まったことではない。
この暮らしが始まってから、ずっとまとわりついていたものだ。
秀紀がここに住むようになってから、一日も疲れない日なんて無かった
一日も‥
街は、未だに激しく降る雨で煙る。
一人の部屋で聴く雨音に別れを告げて、遠藤は秀紀の部屋を出た。
するとアパートを出た所で、一人の男とすれ違った。
俯いていた遠藤は気が付かなかったが、男の方が遠藤に気づき、振り向いた。
「こんばんは」
またお会いしましたね、と男は遠藤の顔を見て言った。
目立たないように目深に帽子を被っていた遠藤だったが、すぐに顔が割れたことに抵抗を感じた。
男は尚も遠藤に話しかけてくる。
「お友達に会いに来たんですか? けどあいにく会えなかったのかな?」
「おじさんは留守みたいですねぇ?」
遠藤の表情に不審の色が浮かぶ。
全て把握しているようなこの男に、何か不穏なものを感じた。
男は更に秀紀の動向を言及する。
「近頃よく外出されてるみたいですよ?夜も遅いみたいだし。
浪人生って聞きましたけど、何をなさっているのやら。ご存知ですか?」
男の細い目が、何かを探るような視線で遠藤を射た。
しかし遠藤は男を睨み、「あんたに何の関係がある?」と言い捨てて背を向けた。
背後で男が謝罪の言葉を口にするが、遠藤はそれに構わず早足でその場から去った。
激しい雨の中を、一人帰っていく。
男はしばしその後姿を眉根を寄せて見ていたが、じきにまた元行く道を歩き出した。
暗い雨が、遠藤の心を濡らす。
疲弊した精神にその雨は、冷たく染み渡っていく‥。
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<霧煙る関係>でした。
切ない回でした。無気力な遠藤さんが、悲しいですね。。
さて次回は、久しぶりのあの人が!
<再会>です。
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