--いま、なぜこの悪質な組織の欺瞞性を問題にするか--
創価学会・公明党による言論出版妨害事件を風化させてはならない
(本文中の色文字・下線・太線=兼ブログ主編)
<この日本をどうする 2> --言論出版妨害事件--
創価学会を斬る 藤原弘達 著 日新報道出版部 昭和44年(1969年)
--目次は第2回目に掲載--
------(P.66)---(以下、本文)-------
◆ “立身出世欲”を最大限に利用、刺激する
もし、創価学会に折伏行なるものがなかったとしたら、戦後の混迷と虚脱の社会環境の激変という条件があったとしても、おそらくこのような巨大な組織への成長をなし遂げることは不可能であったといわなければなるまい。その意味において、折伏行は最大の武器になっており、その武器の使い方ないしは磨き方は、彼等が座談会と称する特訓の場において、日夜しこまれているものなのである。
座談会方式は、班または組を単位として構成され、運営されている。ここでは会員の信心の向上をはかり、日蓮正宗が幸福生活の根本であることを再認識させる、いわばダメ押し機関であるといってもよいであろう。新人には参加することを通じて、一種の共同体意識ないしは同族意識のようなものをうえつける道場、という意味をもつことにもなるのである。
また、座談会は、会員に日蓮正宗を徹底的に叩きこみ、折伏のための実践部隊を養成する教育機関でもあるようだ。かって戸田会長も、座談会の重要性を指摘し、自ら座談会に臨み折伏訓練を率先指導している。座談会は創価学会にとって、大発展の源泉であると同時に、一つの伝統でもあり、ますます盛んに行なわれているようである。
さらに創価学会の中で注目されるのは、教学部の存在であろう。教学部員は、教授、助教授、講師、助師の四階級からなっている。一見して大学の名称を借用していることは明瞭である。会員にとって教学部員になることは、それなりの出世を意味する。したがって学会員の大半は教学部員になることにあこがれをもっているといってよい。教学部員になることは、幹部への登竜門でもあるから、学会員は競って教学部員への道を驀進することになる。もっともそれにはかなり厳しい任用試験があって、まずこれに合格しなければならない。合格するためには、座談会で訓練を積むことはもちろんのこと、常にブロックの講義に出席し、日蓮の遺文や折伏教典等々をマスターしなければならない。いうならば教学コースをたどらなければならないということである。
この間、学会員は学会のあらゆる出版物に目を通さなければならず、また日蓮正宗の教学をマスターすることに努力しなければならない。これに要する時間と労力と費用はまことにバ力にならないものになっている。学会の出版物、池田会長の著書等が大へんな売れゆきを示しているのも、こうした任用試験を背景にした、一種の教科書販売組織が大きくものをいっているといえよう。ともかく、試験制度によって上へあがるシステムに基準をおく、教科書出版の大型版であるといっても過言ではない。
教学部員任用試験は年一回行なわれているが、会員に、助師、講師、助教授、教授への道が開かれていることはそれなりに魅力である。日蓮正宗をマスターすることによって、大学の教授、助教授、講師の称号と同じようなものが与えられるわけであるから、これまで大学等にもっともゆかりのなかったものほど、この種のタイトルに対して魅力をもつことも当然のことである。
これが会員相互の激しい競争をあおり、日蓮正宗のマスターに巨大なエネルギーを凝集させるわけで、このやり方はまことに巧妙な予備校システムのようである。受験雑誌や予備校システムにも似た巧妙なエネルギー利用だということである。
なお、座談会について、池田会長は次のように述べているので引用しておこう。
「学会の歴史を通じて、そこに一貫して行なわれてきた活動は、折伏であり、座談会である。初代会長の時代においては、国家神道に強く支配された時であり、座談会は、しばしば特高警察の監視下において、また、灯火管制下の不自由なところにおいておこなわれたと聞く。しかし、牧口会長はじめ幾多の先輩はこれに屈せず、座談会を法戦場として最後まで戦われてきたのである。
第二代戸田会長も、学会再建にあたって、まず座談会の復活が根本であると叫ばれ、つねに座談会について指導されるとともに、みずから先頭に立って座談会に臨まれ、折伏に指導に、多大の感銘を与えたのである。じつに座談会こそ、学会の伝統であり、今日の大発展の源泉であると言っても過言ではあるまい。
座談会は、まことに地道ないき方ではあるが、大衆のなかにそのまま溶けこんでいる、民主主義の縮図であり、そのまま、生きている学会の姿である。」(一九六二年一一月一日、「座談会について」、笠原、既掲書による)
いかに創価学会が、折伏実践の場としての座談会を重視しているかということがわかるであろう。学会員は、そういう座談会を通じてきたえられ、まさに話し合いという言葉の中に、民主主義の縮図をみいだし、相互の人間的接触の場としているということなのである。われわれが普通に考えているところの対等な人間同士の間における座談会と、学会のこの種の座談会の雰囲気と、それがどのように違うものであるかということは、実際にその座談会に出た人々の言を借りれば、「学会の座談会はあくまでも信心測定のための座談会なのであり、戦争中によく行なわれた“精神訓話座談会”ないしは旧右翼勢力が行なった塾の座談会等と非常に類似した雰囲気のものである」ということである。
そこでは、自由な発想による自由な議論がどれだけ許されているのか、むしろそういうことができない雰囲気になっている、ということもやはり付記しておいていい問題点の一つではないかと思う次第である。
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