創価学会・公明党が日本を亡ぼす

  政教一体で憲法(20条・89条)違反だ!-打首獄門・所払い(=解散)せよ!

サヨナラ.私の池田大作-40

2016-11-18 08:51:20 | Weblog

『サヨナラ 私の池田大作』--女たちの決別--
  創価学会・公明党を糺すOB有志の会 編著
              2013/7/3 人間の科学新社

15.難来るを安楽と心うベし           山口 和美
     西大宣寺信徒
     出身地 鹿児島県
     人信 昭和三十三年四月二十八日
     元の学会役職 女子部区長
     婦人部副本部長
     法華講役職 元支部婦人部長
    ------(P215)---(以下、本文)-------
<3-2>
◆ 創価公明党より、市議選候補に推薦される
昭和三十五年、主人は創価学会より公明党市議に推薦されました。議員としての戦いは「大衆と共に生きて大衆の中で死んで行く」理想のスロ-ガンを昼夜にわたり、夢に向かって、闘いに挑みました。
  また、自分の選挙はもちろんのこと、国政選挙や地方選挙、そして市町村のすべての選挙活動に全身全霊捧げて闘いました。御書に「妻子眷属思う事なかれ」とあるように、家庭をかえりみずに全力投球で議員活動をしていました。私から見ても主人は、一本気で不器用な性格であり、しかも正義感の強い人でした。

◆ 理由なき“公認しない”旨の処置に反発
 市議五期、県議一期も終え、県議二期になる頃、党より公認はしないとのこと。主人は、公認しないという理由を、公明党本部に聞きましたが、その答えは、「理由は別にない、ただやめてくれ」との一方的な話しでした。党の幹部が我家に来て、「頼むからやめてくれ!」と何度も頭をさげられ、最後には現金の入っている様な封筒を主人の懐に入れようとしました。
 主人は「そんなあいまいな金は受け取れない」と拒否しました。
 草創期の時から全国で共に戦って来た立場の人がいることを知り連絡を取り合ってみると、皆同じような状態であることを知りました。
  主人はもう一度、信仰の原点に戻り、教学を真摯に学び、そして学会関係の出版物を勉強しなおしました。そこで良くわかったことは、草創期の教学と、現在の学会教学の違ってきている点や、聖教新聞に掲載された過去の池田大作の指導や幹部のいっている話のくい違いなどでした。

◆ 学会を退会し法華講員となる
 早速、二人で総本山大石寺にお登山いたしました。「今の創価学会は正しい日蓮正宗ではない、学会の路線が変わったのか」それを知るために、信仰の根本である総本山に行ってみて、はっきりと確認できたのです。
 総本山大石寺の何と清浄な佇まいかは、一目瞭然としていました。
 学会の言うように、荒れ果てた境内ではなく、清々しい雰囲気は登山すれば誰でもわかります。学会は私たちに嘘をついていたのです。
 戸田第二代会長も指導集の中で、「苦悩の世の中を救うには、仏教の真髄を世に広める以外に方法はない。仏教の真髄とは、日蓮正宗を除いては真の仏教はない。我々は、日蓮大聖入様に随順して大聖人の文底秘沈の妙法を、個人の救いのために、国土、民族いな全宇宙の衆生を救わんがために、説かなくてはならない」と指導されているのに、今の学会は、その尊い使命を忘れ、逆に日蓮正宗を誹謗中傷していることは、絶対にあってはならないのに…。
  私たちは創価公明党の無惨な実態を思いながら、総本山を後にしたのでした。
  平成三年四月に正式に学会を退会し、法華講に入講いたしました。

◆ 謗法禁断、一凶退治への闘い
 腹が決まった時の主人は、毅然としていました。創価の誇法路線を理路整然と破折し、その勢いに太刀打ちできる幹部は一人もいませんでした。いつしか鹿児島県内はおろか九州全体の創価公明党から恐れられる存在になり、誘謗中傷はエスカレートしていくばかりでした。
 主人は鹿児島県議選の二期目に無所属候補として、「立正安国論」の正義を掲げ、理想社会の建設を目指し、出馬しましたが、残念ながら落選してしまいました。立候補したときの学会の凄まじい顛末を述べて行きます。
 全九州の創価公明党は、山口優をどんなことがあっても当選させてはならないとの異常な圧力をかけてきました。選挙の戦いなのに、山口優と創価学会の戦いとなりました。選挙というものは、国民が自由・平等に政策を論じたり活動できる場であるはずが、何で宗教団体が個人を攻撃したりするのでしようか。
 この鹿児島県議選は、創価学会が組織を上げて山口優個人に襲いかかってきたのです。
 この創価学会の実態は、政教分離を侵す憲法違反です。

◆ 歴史に刻まれるファッショ体質を露呈
 その間のいやがらせは今でも思い出したくもありません。地域の中でも、“昨日の友は今日の敵”とは良くいわれたもので、組織的に徹底して妨害工作や目に余る行為など、およそ信仰者としてのあるまじき行動には正直いって驚きの連続でした。
 こんなこともありました。当時、中東イラクのサダムフセインのニュースが毎日のよう報道されていましたが、選挙期間中、簡書で「反逆者山口優落選おめでとう」と送られてきました。差出人は“サダムフセインから”と書かれていたり、また、「山口優の位牌」とか「山口優の墓」とかをティシュペイパ-の使い捨てのダンボ-ルに書いたものを作り、念入りにも送りつけて来ました。
 また、夜中の〇時~二時にかけて毎晩のように無言電話をかけて来ました。
 今のように留守番機能のついていない電話だったので、毎日、睡眠不足の状態で選挙を戦っていました。
  更に、近所の商店街を動員された他県ナンパーの車が、狭い地域内を横行し、ローラ作戦で、山口優の中傷・悪口をいいまくり、「山口優だけは入れないように」と、それはそれはひどい選挙戦だったのです。
 この異様な創価公明党の横暴に対して、市民の人たちは、「触らぬ神に祟りなし」とばかりに、恐ろしげに見ていました。この非常識な創価公明党の行動には、かなりの不信感を抱いたようで、学会に対し相当な嫌悪感を持ったようです。学会をイメージダウンさせてまで、山口優を落選させたかったようです。
 極めつけは、学会員宅の仏壇には「祈る 打倒山口優 反逆者山口優」と書かれた用紙に、毎日、学会員は怨念の題目を上げさせられていたといいます。
 また、それぞれの拠点には、白紙に大きく「打倒山口優」と書かかれていました。創価学会がカルト団体と言われる由縁が、よく理解できると思います。
 肌寒くなるような、こうした学会の「山口憎し」の徹底したやり方を見て、創価公明党が嫌になり、学会をやめた人もいました。
 私は、かって共に頑張って来た人達が、特に幹部がここまでするのかと、何ともいえない思いでしたが、逆に脱会できて本当に良かったと思います。
       ---------(220P)-------つづく--

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