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時に末日聖徒/モルモン教への私見含むメモ帳にて御座候 ほな毎度どんもにて 御きげんよろしゅうで御座候

ロッキー山脈帝国 その2  

2013-07-19 08:23:54 | ジョセフ // 語録・予言・示現・夢等

「23 それゆえ、欺かれてはならない。引き続き確固としていて、天が震え、地が揺れ動いて酔った者のようにあちらこちらとよろめくのを、またもろもろの谷が高くなるのを、また山々が低くなるのを、また起伏の激しい所が平らになるのを待ち望みなさい。これはすべて、天使がラッパを吹き鳴らすときに起こるであろう。
24 しかし、主の大いなる日が来る前に、ヤコブは荒れ野に栄え、レーマン人はばらのように花咲くであろう。
25 シオンはもろもろの丘の上で栄え、山々の上で喜び、わたしが指定した場所に集められるであろう。」
」(教義と聖約49章)

うぅぅんん、やはり、”シオンはもろもろの丘の上で栄え、山々の上で喜び”は、教会が世界中(もろもろの丘)にあり、”山々”は、ロッキー山中を意味するということなのかぁ???

”ヤコブは荒れ野に栄え、レーマン人はばらのように花咲く”は、同じ意味を繰り返した表現で、ヤコブ=レーマン人、先住民のことと思えたんでしたが、

教会発行の、インスティチュート・テキスト『教義と聖約 宗教コース324-5 生徒用資料』の49章24-5節の解説では、

"""「ヤコブ(つまり現代のイスラエル)は荒れ野に栄え・・・シオンはもろもろの丘の上で栄え」・・・・この預言は、聖徒たちがイリノイ州ノーブーを追われ、ロッキー山中に定住したときに成就した。・・・・「レーマン人はばらのように花咲くであろう」・・・・今日、教会に加入するレーマン人の子孫の数は、加速度的な伸びを見せている。そして福音の光という温かな光の中で花を咲かせつつある。
"""
とあるわけで・・・・これは、どうなのかぁ??

末日聖典で、ヤコブといった場合、ヤコブの子孫としてのアメリカ・インディアン/先住民のことを指す場合のほうが多いのでは??、それ以外の教会員のことは(ヤコブ/イスラエルに対し)異邦人と呼んでて・・・・例えば、

「57 あなたの僕であるわたしたちがあなたの御声を聞き、あなたがわたしたちを遣わされたことを、地の果てに至るすべての者が知りますように。
58 これらすべての中から、ヤコブの子らであるあなたの僕たちが義人を集めて、あなたから命じられたように、あなたの御名のために聖なる都を築くことができますように。
59 何とぞ、あなたが定められたこのステークのほかに、シオンのために他のステークも定めてくださり、それによって、あなたの民の集合が大いなる力と尊厳をもって進んで、あなたの業が義にかなって短くされますように。
60 おお、主よ、異邦人と見なされているわたしたちにあなたが与えてくださった啓示や戒めについて、今これらの言葉を、わたしたちはあなたの御前に語ってきました。
61 あなたは、曇った暗い日に長い間山々の上に散らされていたヤコブの子らに対して、御自分が大いなる愛をお持ちであることを御存じです。
62 それゆえ、何とぞ、ヤコブの子らを憐れんで、この時点からエルサレムが贖われ始めるようにしてくださいますように。
」(教義と聖約109章)

「23 そこでモロナイは、彼らに言った。「見よ、わたしたちはヤコブの子孫の残りの者である。
」(アルマ46章)

「10 またあなたがたは、自分がヤコブの子孫の残りの者であり、そのために最初の聖約の民の中に数えられるということも知るようになるであろう。
」(モルモン7章)


教会で、中南米の国々の教会員が多いということは、メスチーソといって、白人と先住民の混血の人たちが多い(人口の7,8割?)ということで、その意味からして、レーマン人の子孫が多い(教会員数の増加、すなわち、荒れ野に栄え、ばらのように花咲く)んだと、そういうことなんでは??

         メスティーソ
         http://search.yahoo.co.jp/search?p=%E3%83%A1%E3%82%B9%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%BC%E3%82%BD&aq=-1&oq=&ei=UTF-8&fr=top_ga1_sa&x=wrt
         「中南米のほとんどの地域では16世紀のスペイン侵略以降、混血が進んだ。初期にはスペインから来る女性はほとんどいなかったので、スペイン人男性とインディオ女性の結婚は普通のことであった。コンキスタドール(征服者)がインディオの首長の娘と結婚し、その息子が父の後継者になることも可能であった[1]。しかし、征服が一段落し安定的な社会制度が形成された16世紀後半になると、人種を基準にした身分社会が形成された[2]。メスティーソはスペイン人を父とする者と母とする者とはっきり区別され、スペイン人の親が持つ特権を受け継ぐことはできなかった。ただしスペイン人を父とする者の場合父親が認知すれば財産の相続も可能であった。(もっともスペイン人を母とする者の数は少数であった。)この点、少しでも黒人の血が混ざれば法的権利が認められない北米の厳格な人種差別(One drop rule)とは一線を画すものである。スペイン政府はインディオとスペイン人の生活を分離しようと努めたので、メスティーソは中間の身分として様々な職業についた。スペイン人とインディオの結婚は制限されたが、現実にはメスティーソの比率が増加の一途をたどった。なお、黒人と白人の混血児はムラート、黒人とインディオの混血はサンボと呼ばれた。植民地時代には、メスティソ男性と白人女性の子をカスティソというなど、細かな混血にそれぞれ呼び名があった。メスティーソの比率が高くなり、インディオ旧来の社会が崩れてくると、非特権層としてのインディオとメスティーソの違いは曖昧になってきた。白人は特権を保持するために家系を重視したが、特権を持たないインディオとメスティーソにとって、何代も前の先祖のことはわからない。両人種の特徴を併せ持っている人はメスティーソでしか有り得ないが、片方の特徴が濃く出る場合にメスティーソか「純血」かは外見から判別できないのである。・・・・

薔薇って、園芸家なら常識なんでしょうけど、他の草花と異なって、つぼみがふくらんで開花するまでの期間が、とても長いんだそうな・・・・

"欺かれてはならない"と警告されてるわけで、ここん所辺に、大いなる”欺き”の力が及んでて欺かれちゃう???・・・・

ご訪問、ありがとうで御座候。


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