より一層の知識と光を求めて・・・・

時に末日聖徒/モルモン教への私見含むメモ帳にて御座候 ほな毎度どんもにて 御きげんよろしゅうで御座候

ブリガムの正体見えたり?! その3  3/3

2013-03-30 20:56:48 | 世の権力、秘密結社、教会、富

「ブリガムが、万が一にでも、この教会を導くようになれば、彼は教会を地獄/悪魔へと導くであろう。」と1843年頃、ジョセフが話すのを聞いたという、数人の記録があるんですねぇぇ・・・・ジョセフの母ルーシー・マック・スミス(1775-1856)も、そのような記憶があると話したということだぁぁ・・・・うぅぅんん、地獄へ通じるよう、何かを仕組んだんでしょうかねぇぇ???やはり、秘密結社と関係してるんでしょうかぁぁ???

まずは、その聞いたというの、来週、ちゃんと、訳しましてですね、まぁ、ちらりと見てみますと、そう話すのを聞いたというだけで、どんな話の最中でとか、詳しい内容とかは無しだなぁぁ、でも、訳しましょう、兎も角・・・・ほな、どなた様もお元気で、お休み・・・・

     http://search.yahoo.co.jp/search?p=%22lead+it+to+hell%22++brigham&search.x=1&fr=top_ga1_sa&tid=top_ga1_sa&ei=UTF-8&aq=&oq=


果糖ブドウ糖避けれたらいいんだけどね・・・

2013-03-29 20:49:38 | 知恵の言葉、健康生活の向上

果糖ぶどう糖が、老化を加速・・・・果糖で病気体質に・・・・

      「非アルコール性肝脂肪、非アルコール性脂肪性肝炎」
       http://ameblo.jp/dr-oz/entry-11484672123.html

       果糖ぶどう糖  老化
       http://search.yahoo.co.jp/search?p=%E6%9E%9C%E7%B3%96%E3%81%B6%E3%81%A9%E3%81%86%E7%B3%96++%E8%80%81%E5%8C%96&aq=-1&oq=&ei=UTF-8&fr=top_ga1_sa&x=wrt


什分の一の教会歴史  その2 

2013-03-28 21:15:42 | 教会の歴史 

ジョセフの時は、改宗して教会員になる場合、什分の一は、総資産(まぁ、負債があったらそれは差し引くんでしょうけど)、持てるものすべての10%を納めて、それからは、毎年、剰余の10%を払っていく、ということだったようです・・・・ということは、例えば、子供の時に教会員になったような場合、資産は無いみたいなものだから、生涯、剰余の10%ということになるんでしょう・・・・資産家であればあるほど、信仰が試されると・・・・

教義と聖約119:4にある""その後、このように什分の一を納めた者は、毎年彼らの得る全利益の10分の1を納めるのである。"" の啓示なんだけどぉ、この”彼らの得る全利益の10分の1”は、英語で、”one-tenth of all their interest ”でありまして、”利益”は、”interest”の訳でござるりますが、この”interest”とは、何ぞやということになるわけですが、これはですねぇ、余剰(生活費、必要経費などを除いた分)ということになると、ところが、それをですね、教会幹部では、総合指導手引き/ハンド・ブックかなんかで、”(総)収入”[(gross)income]に変えてしまってるというのが、どうやら、真相のようですねぇぇ・・・・つまりぃ、教会員は、払い過ぎってことに・・・・    
        LDS Freedom Forum › Principles of Liberty/Summary of all Tithing threads? (Long)
        http://www.ldsfreedomforum.com/viewtopic.php?f=19&t=28207&start=180

1828年版のウェブスター辞典によると、”interest”の意味では、”any surplus advantage”としっかり出ているということです。訳語としては、”advantage”は、利得、恵まれたもの、得られた利益、”surplus”は余剰の、黒字の、余りの、”any”は、すべての、あらゆるとなりますかぁぁ・・・・何でなんでしょうねぇ、例えば、知恵の言葉では、聖文には原則とあって、戒めとはなってないのに、戒めにしてる、什分の一では、余剰からとあるのに、総収入からとして、厳しく取り立てるみたいなぁぁ、それでいて、どのように使われたきたのか公表しない、秘密主義、一般ヒラ会員は知らなくていい・・・・教会に加入するにあたってわざと難しくしてるんでしょうか???どうも、不可解・・・・教会幹部たちは、末日聖徒の貴族、特権階級なんでしょうか??

         http://search.yahoo.co.jp/search?p=%22shall+pay+one-tenth+of+all+their+interest+annually%22&search.x=1&fr=top_ga1_sa&tid=top_ga1_sa&ei=UTF-8&aq=&oq=

               ウェブスター辞典          http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%82%A7%E3%83%96%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%BC%E8%BE%9E%E5%85%B8


ソルト・レーク神殿外壁の装飾なんですが・・・・  その5

2013-03-27 17:56:58 | 先祖、系図、臨死、あの世、神殿

(前回  ソルト・レーク神殿外壁・・・・  その4  2013-03-26 21:27:43 )

うぅぅんんとですね、もう一つありました、ソルト・レーク神殿にあって、ノーブー神殿にはなかったシンボルが・・・・まぁ、本当とすれば、例によって、悲観的、妄想的たまWEBとしては、”やはり、そうなのかぁぁ、あな、怖ろしや”みたいな感じになってしまうのか??

えぇとですね、ブリガムが示現で見たという六つの塔(タワー・tower)なんですが、(ブリガムは、その時の説教で、ジョセフの時には、神殿の塔は一つだけだったが、と話してます)まずは、この写真ですけど、

     この: http://www.moroni10.com/lds/temple_tour/symbols/tower-spires.html

ソルトレーク神殿の屋根(屋上ではなく屋根ですか、平面じゃなく南北に真ん中から傾斜してますから)の東西の端に三つずつ塔があります。で、それぞれの塔の上方には、尖塔がありますね。四角錐の、ピラミッド型の、てっぺんを高く伸ばしたようなの、これをゴシック建築様式に合わせれば、尖塔(spire)にあたるということです。んで、尖塔を支えてる塔の下方部分は、四角柱が三層に積み上げられてると見まして、それぞれの層の、角には、小尖塔(pinnacle)があるわけです。

     せんとう【尖塔】 細長く先がとがった形の屋根をもつ建物。ゴシック建築の教会などに多く見られる。(大辞林 第三版の解説)
     http://en.wikipedia.org/wiki/Spire
     http://en.wikipedia.org/wiki/Pinnacle
     http://www.moroni10.com/lds/temple_tour/symbols/pinnacles.html

一つの塔に、小尖塔は12個あるわけですがぁ、さてと、じゃじゃ~んん、この小尖塔の頂端にある飾り(finial 建築頂華 小尖塔などの頂上の飾り 先端装飾)は何を表してるんでしょうか???ということなんですよねぇぇ・・・・

     http://www.moroni10.com/lds/temple_tour/symbols/acanthus-buds.html

ネットでは、ほとんど、まぁ、LDSの誰かが書いた本にもあるそうですが、アカンサスの芽、つぼみなんだそうです。もう一つの解釈だと、教会機関紙、ニュー・エラ(New Era 若人向けの雑誌 1978年6月号)の記事にあったということで、それは、炎を出しているトーチ・松明(たいまつ)だということです。

     「Temple Study   There is an article this morning in the Mormon Times about the symbolism in the architecture of the Salt Lake Temple.  It is written by Lynn Arave who used as a reference Dean R. Zimmerman’s article in the New Era entitled “The Salt Lake Temple” from June 1978.・・・・This article claims:“Turrets ? On the corner tower are single spire stones, representing flaming torches”」

     http://www.templestudy.com/2008/11/27/salt-lake-temple-symbols/
     http://search.yahoo.co.jp/search?p=temple+%22acanthus+buds%22&aq=-1&oq=&ei=UTF-8&fr=top_ga1_sa&x=wrt

ぎゃぁぁ、たいまつがメイソンのシンボルといったことは、これまで、ブログで何度か書いてましたんね。(トーチで、検索)例えば、

「ジェファーソン聖書   2013-01-07 | 教会 VS 富、世の権力、秘密結社     ヒューマニスト(ユマニスト)協会他一連のグループの中心は、”ザ・ヒューマニスト・インスティチュート”でしょうか(下の欄 真ん中のロゴ・マークに注目)、ロゴ・マークは、’握手の上にたいまつ’ですかぁぁ・・・・たいまつロゴは、教会関連では、若い女性、そして、デジタル・ミッションに使われてまんな・・・
」   http://blog.goo.ne.jp/yoriissouno/e/6188d62863f116d2e92d8a91a63e724b

アカンサス(植物 日本名 ハアザミ)というはですね、古代ギリシア建築の柱頭にある装飾ということです。

     「美しい雄大な花穂、落ち着いた色彩  アカンサス」
      http://yasashi.info/a_00031.htm
     「アカンサスの装飾性・・・コリント式・コンポジット式  アカンサスとは」
      http://mphot.exblog.jp/14948087/
      アカンサス  コリント式
      http://search.yahoo.co.jp/search?p=%E3%82%A2%E3%82%AB%E3%83%B3%E3%82%B5%E3%82%B9%E3%80%80%E3%80%80%E3%82%B3%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%83%88%E5%BC%8F&search.x=1&fr=top_ga1_sa&tid=top_ga1_sa&ei=UTF-8&aq=&oq=

でもねぇぇ、ネットである程度サーチしましたけど、アカンサスの芽・つぼみが建築の装飾に使われてるといった事例は、見つけられない感じなんですよねぇぇ・・・・コリント式の柱頭の飾りはアカンサスの葉っぱでありましてぇ、しかも柱頭だったら天井を支えてるわけでしてぇ、尖塔のてっぺんの装飾には、無いですよ~、そんなの~・・・・アカンサスの芽・つぼみだなんてぇ、誰が何の意図で・・・・何か嘘くさいのでは、取ってつけたような・・・・

     
     https://byustudies.byu.edu/PDFLibrary/36.4OmanExterior-be179c67-49fc-4bb6-bf21-2ef39ec72019.pdf
     このBYUスタディーズ(研究紀要 36巻4号 1996-7  ’ソルトレーク神殿の外面に見られるシンボル’)の論文でも、最初の写真は小尖塔ですが(Fig 1/図1)、その説明文に、小尖塔の先端の飾りは何かについて推測している説に、聖霊を表しているたいまつ、又は、コリント式柱頭にあるアカンサスの葉という二つがある、とありますなぁ・・・・他に、この論文にある写真図で、興味を引くのを挙げるとすれば、p62にある、あのブリガムの説教の翌年になりますかぁ、1854年に描かれた、神殿の側面図の部分が見えます。まぁ、塔はまだ第一層だけのようですが、小尖塔の先端部、しっかと出てますねぇぇ・・・・一年の差を置いたけど、もっと早くからデザイン出来てたんでは、兎も角、この時点でほぼ完了、わざと塔ははずした・・・・

やっぱり、たいまつなのでは、夜間、神殿をライト・アップするみたいな意味にもなるだろうし・・・・

     http://www.deseretnews.com/top/1179/0/Mormon-temple-Christmas-light-displays-around-the-world.html

ジョセフは、教会建築家となる人を、描画を携えてもらって募集した時、ウィリアム・ウィークス(1813-1900)を見つけた時、感激して彼を抱きしめ、あなたこそ、私の求めてた人だと言ったということです。そのウィークスの下で、トルーマン・O・エンジェルは、ノーブー神殿建築に携わり、働いてたわけですが、ブリガムは、ウィークスにあれこれ難癖をつけて、追い出したんでしょうか?? 結局、何がどうだったのか、ブリガムと合わなくて、彼は去ってしまうんですよねぇぇ・・・・(ウィークスについては、このシリーズ1、2で書いてました。 ウィークスで検索)

     http://en.wikipedia.org/wiki/William_Weeks

     啓明   松明
     http://search.yahoo.co.jp/search?p=%E5%95%93%E6%98%8E%E3%80%80%E3%80%80%E3%80%80%E6%9D%BE%E6%98%8E&aq=-1&oq=&ei=UTF-8&fr=top_ga1_sa&x=wrt

     フリーメイソン  松明
     http://search.yahoo.co.jp/search?p=%E3%83%95%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%A1%E3%82%A4%E3%82%BD%E3%83%B3++%E6%9D%BE%E6%98%8E&aq=-1&oq=&ei=UTF-8&fr=top_ga1_sa&x=wrt


ソルト・レーク神殿外壁の装飾なんですが・・・・  その4 

2013-03-26 21:27:43 | 先祖、系図、臨死、あの世、神殿

(前回    ソルト・レーク神殿外壁・・・・  その3  2013-03-21 21:39:59 )

ソルト・レーク神殿外壁にあって、ノーブー神殿外壁にはなかった、シンボルは、なぁ~んだ??

たまWEB的には、ですねぇぇ・・・・他にもあるかもですが、次の二つが気になるところで御座候。

1.握手(ハンド・クラスプ・・・・handclasp)
2.ビー・ハイヴ(蜜蜂の養蜂箱)---- ドア・ノブ(ドアの取っ手)にありやすな。

       http://image.search.yahoo.co.jp/search?ei=UTF-8&fr=top_ga1_sa&p=handclasp+++lds+temple

       http://search.yahoo.co.jp/search?p=handshake++lds+president&aq=-1&oq=&ei=UTF-8&fr=top_ga1_sa&x=wrt
       世の権力者との握手だったりしてな・・・・

       http://en.wikipedia.org/wiki/File:SL_Temple_doornob.jpg
            http://en.wikipedia.org/wiki/Salt_Lake_Temple
       ビーハイブの下のシンボルは、何なんでしょう?? 花弁、貝殻、羽毛?? 単なる模様、はてまた、あれでしょうか??
        

       http://en.wikipedia.org/wiki/Temple_architecture_(LDS_Church)
       神殿の大きさが・・・・


性愛とは???  その15 (書きかけ・・・・

2013-03-25 20:48:17 | その他

「女性の皆さん、処女でないと結婚するのは嫌だというような男とは・・・・処女性なんて見えるもんでなし、ここ百年ほどで作られた観念に過ぎない。江戸時代の武士の貞操観念を近代に入って庶民が受け入れたにすぎないのだ。庶民はごく最近まで、現代のような処女を尊重するという道徳をもたず、娘の性は、村の男たちが組織する若者組(近代では青年団)の共有財であり、その掟に従い管理された。娘が初潮を見ると、娘の親は、娘の歯を黒く染め(おはぐろ)成人したことを示した。そして、親戚や近隣に小豆飯を配って娘の性交渉が可能になったことを宣言したのである。

・・・新潟県中頚城郡杉野沢では、出稼ぎに出ていた男子が四月八日に薬師堂に集団で戻り、その夜に娘を集めて一年だけの夫婦を決めた。毎年相手を改選するという。・・・・村の娘が外部や特定の男性との婚姻を決めてもなお、村の若者組には性の共有権があった。例えば、宮城県石巻市稲井の一部では「おはぐろつけ」といい、娘が嫁入りなり婿入りをすると決まったその前夜に、娘は若衆連のなかで平素目星をつけていた青年に身を任せ、家族がこれを平然と黙認する習俗があったという。・・・・千葉県の房総半島の山間部で聞いた話によると親は娘を連れて酒一升をもって若者組の頭の家に行き「ムスメにしてほしい」と依頼したという。この辺りではキムスメをもらうと恐ろしいと言われていた。ムスメという語には結婚準備完了、すなわち非処女という意味がある。処女で結婚するのは異常なことなので、もしキムスメのままだと結婚するのに都合が悪い。若者組にお願いしてムスメにしてもらう必要があったのだ。・・・・親からキムスメをムスメ(一人前に性的経験のある女性)にするのを依頼される若者組の頭を『エビス様』と呼ぶ。

・・・島根県東部では、13歳の娘がゴケジイサンにオセ(大人)にしてもらう習俗があった。耕地が少ない地方では、兄弟で分割して土地を相続すると、土地が細分され、生きていけない。兄弟のどちらか一方にだけ土地を相続させて相続人以外の男は結婚できなかった。このように結婚できない男を、東北地方ではダメオジ、島根ではゴケジイと呼ぶ。ダメオジ・ゴケジイは一生を相続人の家で居候として世話になり、囲炉裏の火の番や労役をして暮らした。結婚できぬゴケジイに与えられた性は、村の義務としての処女破りであった。ゴケジイは、一人前の女を与えられず、仕方なくキムスメの処女破りだけ、村の仕事としての性を許されたのである。これをスケワリと呼ぶ地方もある。福井県や熊本県天草では「穴鉢をわる」ともいった。破られた女性は若者組に知らされ一人前と認知された。一人前になって青年の夜這いの対象となり嫁入り可能と認められた。

・・・盆綱引きや盆踊りの夜には村外の若者との交渉が娘に公認された。これらの祭りや踊りは、村外の男女が交流できるように村ごとに一日ずらして実施された。私が調査した京都府のある町でも盆踊りの夜は若者は自転車で走り回って各地でアソビをした人もいたという。・・・・Kでは、昭和14年(1939)からK小学校で青年団の盆踊りを開いた。盆踊りの最中に男女が連れ添って茶畑や藪に消えていった。いつしか盆踊りがとだえたが、昭和30(1955)年に、小学校の校庭で盆踊りが復活したが、教室へ男女が入り込み、(性交後の処理の)紙が散乱してしまった。それで風紀上の問題となり、盆踊りは再び廃止になった。・・・・大阪府東端

(『性と子育ての民俗学』森栗 茂一 明石書店 2000 p12~)

           「2009年07月30日 中山太郎の『日本婚姻史」から~団体婚~☆2☆新婚初夜にお連れ様」
           http://bbs.jinruisi.net/blog/2009/07/000627.html

           初夜権
           http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%88%9D%E5%A4%9C%E6%A8%A9#cite_note-i-14
           ”山梨県南巨摩郡鰍沢町  1959年の報道。結婚間近い女性が、仲人役の男から「お礼」を強要されていると甲府警察署に相談。同署では、仲人役がお礼として婚前に花嫁と関係を結んだ古い因習が残されていた・・・・”


性愛とは???  その14

2013-03-23 12:30:48 | その他

性は生なりとは申しまするが、畢竟、たまWEB、今日こうしてあり得るのも、ご先祖様たちが、男女の営みにがんばって頂いたおかげで御座候。感謝感激。
       性は生なり
       http://search.yahoo.co.jp/search?p=%E6%80%A7%E3%81%AF%E7%94%9F%E3%81%AA%E3%82%8A&aq=-1&oq=&ei=UTF-8&fr=top_ga1_sa&x=wrt

んで、日本人の遠い先祖、人種といったことになりますと、その基層には、ポリネシア、メラネシア等の南方系があるんでしょうと・・・・

       ポリネシア  基層 日本人
       http://search.yahoo.co.jp/search?p=%E3%83%9D%E3%83%AA%E3%83%8D%E3%82%B7%E3%82%A2%E3%80%80%E3%80%80%E5%9F%BA%E5%B1%A4%E3%80%80%E6%97%A5%E6%9C%AC%E4%BA%BA&search.x=1&fr=top_ga1_sa&tid=top_ga1_sa&ei=UTF-8&aq=&oq=

       飛鳥昭雄  列島回転説
       http://search.yahoo.co.jp/search?p=%E9%A3%9B%E9%B3%A5%E6%98%AD%E9%9B%84++%E5%88%97%E5%B3%B6%E5%9B%9E%E8%BB%A2%E8%AA%AC&aq=-1&oq=&ei=UTF-8&fr=top_ga1_sa&x=wrt
       http://blog.goo.ne.jp/yoriissouno/e/021a26ded1d3ba78c1c71e40824942f6

で、彼らの性習俗なんかみますと、女系なんですかね・・・・

「トロブリアント諸島民は,ポリネシア系とメラネシア系の混血であり社会構造は、母権・母系制で女性上位の社会である。子供の頃から男女はsexの真似事をして遊び、子供はSEXによってではなく女性が神様から授かるという考えをもつ。父親は自身の子供の親権はなく友人のような関係である。この島ではタロイモの収穫祭で未婚の女性ばかりが民族衣装を着て踊る。男性は檳榔樹のがくへんを乾かしたもので男根を覆い、女性はバナナの葉の繊維でつくった短い腰みのを着用する。そして、この島ではヤム芋の収穫祭の時期に狂気が吹き荒れる。それは女性達が男性を輪姦するという村の長から許された古くからの儀式である。女性が成人男性に対し行うものをヤウサと言い、少女が少年に対し行うものをカツヤウシと言う。実際に多いのは思春期の少女たちによるカツヤウシである。女性は獲物を狙うように低木地などで集団で男性を待ち伏せ、襲いかかる。襲う相手は必ず他の部族であり、観光人男性もこれに含まれる。女達が集団で男性を取り囲み、よってたかって身包みを剥がしたあと、露出した男の下腹部みんなで・・・・男性器を侮辱する言葉を発しながら、女たちが上に乗り・・・・輪姦され続ける。そしてついに性交が不可能な状態となると侮辱されながら解放されるという。」
       http://tama5kake.tumblr.com/post/10694153662

       ”未開人の性生活”
       http://search.yahoo.co.jp/search?p=%E2%80%9D%E6%9C%AA%E9%96%8B%E4%BA%BA%E3%81%AE%E6%80%A7%E7%94%9F%E6%B4%BB%E2%80%9D&aq=-1&oq=&ei=UTF-8&fr=top_ga1_sa&x=wrt

"""・・・古代ペルーでは、祭りの日、一族男女が集まり、かなたの丘まで、まず女群が先発し、ついで男たちが駆け上って行く。かねて目をつけていた女をつかまえるのだ。捕獲された女はその場であらゆる格好の性交を許す。ニュージーランドのマオリ族は、体中に花を着飾った娘たちが、小舟をあやつって沖へ漕ぎ出し、そのあとから、男たちが「用意ドン」の合図で追って、好きなのを女獲る結婚風習があった。また、ヒンズー教の男女は、司祭の保管した神前の箱へ、娘たちも人妻も、めいめいの下着を入れる。それを男たちがつかみ出す。選び出された下着の持ち主は、たとえ妹でも、その夜の野外乱交の相手になるという。文化人類学者、マリノウスキーは、世界各地を調査旅行し数々の研究報告を著したが、そのうちの『未開人の性生活』には、トロブリアンド島の原住民の乱交風習を報告している。そこの男女は、真っ裸で群をなし、手に手を握りながら輪を縮めていく。だんだん押し合って男女とも汗みどろになる。そうして自然に一対ができる。また、同族の男女が、広場から散って「かくれんぼ」をし、見つけた者と見つけられた者が、性交する行事もある。ひどいのは、共同除草の日である。同族以外の男を見つけたら、女たちは、その男を取り囲んで「性器覆い」をはぎとり、次々にのしかかって男を輪姦してしまうのだ。そして男がくたくたになるまで、男の顔や全身へ彼女たちのホトをこすりつけ、尿を浴びせたりする。

・・・神話時代からはるか後、奈良時代になっても「歌垣」とか「嬥歌会(かがい 掛け合いの意味)」とか称し、男女が集まって謡い踊り、乱交する行事を万葉歌人たちが歌に残している・・・・京都の大原では節分の夜、氏神の社殿へ男女参篭し雑魚寝し、てんでに取り組む風習があった。・・・・私の家に近い東京の板橋では、毎年二月になると「田遊び」の神事というのが二ヶ所の神社で行われる。集まった群集の前で、男女がいろいろに性交の演技を見せ、田の神をなぐさめ、五穀豊穣を祈るもので、「無形文化財」に指定されている・・・・子供たちの遊びである「かくれんぼ」「押しくら饅頭」「鬼ごっこ」など・・・・野外でのおおっぴらな求婚風習のなごりなのだ・・・・「ちゃつぼにおわれてとっぴんしゃん」「ぬけたぁらどんどこしょ」「井戸の周りでお茶碗かいたのだぁれ」という個所は、はっきりセックスを表している。「おっとさんが呼んでも、おっかさんが呼んでも、行きっこなしよ」という歌詞や歌いながら、手のこぶしを人指し指でつついていく遊び方は、乱交を想起させ・・・・あの子がほしい、この子がほしいと奪い合う「花いちもんめ」「かんかん坊主くそ坊主」「かごめかごめ」なども同じような意味合いを持っている。
""" (『日本の神話』 高橋鉄(1907-71)河出書房 97   p132~)


ソルト・レーク神殿外壁の装飾なんですが・・・・  その3

2013-03-21 21:39:59 | 先祖、系図、臨死、あの世、神殿

(前回  ソルト・レーク神殿外壁・・・・  その2  2011-10-18 06:05:33 )

うぅぅんん・・・・教会建築家トルーマン・O・エンジェル(1810-87)は、ブリガムの妻マリ・アン・エンジェルの弟なんだね・・・・

ブリガム・ヤング(1801 –1877 35使徒 47管長)
    1823年 メソジスト派に洗礼、入信。
    1824年 ミリアム・エンジェリン・ワークス(1806-1832.9.8)と結婚。
    1830年 モルモン書を読む。
    1832年 バプテスマを受け、教会員に(1832.4.14) 同年長老に。カナダで伝道。
    1834.2.18 マリ・アン・エンジェル(1803-1882)と結婚

ブリガムは、1853年4月の総大会(この時、ソルトレーク神殿の鍬入れ式/定礎式も行われた)の説教で、""ソルトレーク神殿の完成した姿の示現を見た、それを見たのは、5年前の7月だった、神殿には六つの塔がある。""等と語った・・・・

ソルトレーク神殿
    1847.7.28  神殿敷地を決定。しるしが付けられた。
    1853.2.14  敷地奉献
    1853.4.6   鍬入れ式/定礎式
    1893.4.6   奉献式

トルーマン・O・エンジェルは、1850年に教会建築家に任命、ブリガムによって。56年4月、ヨーロッパに派遣、建築学をさらに研鑽するようにとブリガムによって。


さぁぁあて、たまWEBの妄想が当たってたとしたら、どうなるのかぁあ・・・・つまり、示現じゃなくて、そのようなデザイン・建築設計計画の青写真が出来ていたんだとしたらぁあ・・・・最初の妻ミリアムは肺結核で亡くなったと・・・・毒殺??・・・・奇妙奇天烈、世界広しと言えども・・・・それが陰謀というもの???

塔・尖塔は、何か意味ありなんだろうか??ゴシック・スタイル??  その後のたいていの神殿は、尖塔があって(複数の場合も)、その(一つ)の上に、モロナイ像が、あるわけなんですよねぇぇ・・・・

     ”Brigham Young's Vision of the Salt Lake Temple”
     http://search.yahoo.co.jp/search?p=%22brigham+young%22++-university++%22six+towers%22&aq=-1&oq=&ei=UTF-8&fr=top_ga1_sa&x=wrt
     http://en.wikipedia.org/wiki/Truman_O._Angell    


女性と教会 

2013-03-20 19:43:14 | ニュース??!!

今度の、4月の総大会で、初めて、女性が開会または閉会のお祈りをするかもしれないという話です。

総大会で、女性がお話・説教するようになったのは20年くらい前からということです。聖餐会では、開会または閉会で女性教会員がお祈りするようになったのは1978年からって。(スペンサー・W・キンボール管長時(1895 – 1985 43使徒 73管長))

       http://www.sltrib.com/sltrib/news/56026380-78/women-general-conference-pray.html.csp
約300人くらいの教会員が、女性がお祈りすることが許可されるようにというリクエストの手紙を幾人かの教会幹部に、書き送ったと言う話だ。そういった女性グループがあるらしい。この一月くらいには、日曜日の集会にスカートではなく、ズボンをはいて行こうと呼びかけたって。


性愛とは???  その13

2013-03-19 20:46:25 | その他

「教会は、夫婦の間での交わりについて特段、規則を設けてはいない。結婚生活での振舞いで、特に、性交に関してはすべて、当事者に任せられている。」(1906年 管長会声明 ジョセフ・F・スミス管長)
       http://mormonmatters.org/2008/03/17/prophetic-counsel-about-sex-within-marriage-a-brief-history/
       1970年代以降、いろいろ、変わって来ましたかぁぁ・・・・

       http://search.yahoo.co.jp/search?p=sexual+intimacy++%22spencer+w+kimball%22&search.x=1&fr=top_ga1_sa&tid=top_ga1_sa&ei=UTF-8&aq=&oq=

「離婚の理由となるものは、セックス、金銭、子供の教育での、相性の悪さということが多いんです。私たちが、これまで取り組んできて一般的に言えることは、離婚理由の第一位が、セックスに関係しているということです。彼ら(離婚経験者)は、性関係で、うまくやっていけなかった(協調していけなかった)んですね。当事者は、法廷でそのことに触れないこともあるでしょうし、また、担当弁護士に直接話さないかもしれないですが、セックスに関係したことがその理由なんです。(スペンサー・W・キンボールの教え)」

Divorces often occur over sex, money, and child discipline. If you study the divorces, as we have had to do in these past years, you will find there are one, two, three, four reasons. Generally sex is the first. They did not get along sexually. They may not say that in the court. They may not even tell that to their attorneys, but that is the reason. (The Teachings of Spencer W. Kimball, p.312-314)

性的相性の悪さ(性的な関係に取り組むことでの夫婦間の不一致)で、欲求不満が高じ、不貞に走らずとも離婚を切り出すということなのか・・・・

ローラ・ブラザーソン女史は。性的相性(が、良いこと)は、獲得・学習されるべきものということですかぁぁ・・・・
     http://strengtheningmarriage.com/blog/marriage/sexual-incompatibility
     コメントから、いろいろ性的相性の点で悩んでるんですねぇぇ・・・・


「2位:異性関係     浮気や相手の異性関係で悩み、そこから心が離れてしまった結果、離婚に踏み切るケースが多いようです。離婚した場合に「浮気」とはいいづらいので「性格の不一致」で通している人も多いようですので、実際は最も多くの夫婦が異性関係を原因として離婚しているのかもしれません。」
       http://www.infactcanada.com/colunm/colunm01_6.php

       離婚理由 ランキング
       http://search.yahoo.co.jp/search?p=%E9%9B%A2%E5%A9%9A%E7%90%86%E7%94%B1+%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%AD%E3%83%B3%E3%82%B0&aq=0&oq=%E9%9B%A2%E5%A9%9A%E7%90%86%E7%94%B1&lq=0&ei=UTF-8&fr=top_ga1_sa&x=wrt


J・ゴールデン・キンボール(1853 –1938 七十人1892)は、ソルトレークシティに、約500人の娼婦がいて、そのうちの幾人かは末日聖徒の娘たちだと語ったということだ。(1896年9月20日)

使徒ブリガム・ヤング・ジュニア( 1836 – 1903 使徒64)は、ブリガム・ヤング・信託会社の副社長を辞めた。理由は、ジョージ・Q・キャノン副管長がその会社の建物を高級娼婦の館にすることを許可したため。教会所有の不動産会社が、売春婦の建物として物件をリースするのは、1891年に始まり、その後約50年続いた。(1897年1月15日)

     http://search.yahoo.co.jp/search?p=%22LDS+Mormon+Sex+Marriage+History%22&aq=-1&oq=&ei=UTF-8&fr=top_ga1_sa&x=wrt

ユタ州で、最初に現れた日本人女性は、娼婦たちだった(移民者としてオグデン市に住む)。鉄道人夫の集団に属していた。(1890年頃  1890年のユタ州人口統計では、日系は5人)
     http://search.yahoo.co.jp/search?p=%22first+japanese%22+++prostitute++utah&search.x=1&fr=top_ga1_sa&tid=top_ga1_sa&ei=UTF-8&aq=&oq= 


『夜這いと近代買春 』(栗森茂一)

”日本の都市化は、男を 夜這いから買春へとはしらせた”
明治・大正期、資本主義社会化、貨幣・商品経済浸透で、村が崩壊へ(銭の風・・・村の掟は風化)

”2011.04.20    大正時代まで日本には「夜這い」の文化があった。夜這いは、男が仕掛けるパターンだけではなく、女性が行なうこともあった。民俗学者の竹田旦氏は『兄弟分の民俗』で、愛知県知多半島にこんな俗謡が存在していたことを紹介している。「半田・亀崎、女のよばい、男極楽、寝て待ちる」同様のパターンは相模や信州、丹後でもみられる。森栗茂一氏は『夜這いと近代買春』で、熊本県水俣近辺の実態を書いた。ちなみに当地は、「佐敷、水俣、女の夜這い」といわれるほどだった。森栗氏は水俣での女の夜這いを肯定する証言を、『聞書水俣民衆史』(岡本達明、松崎次夫編)から抜粋している。要約してみよう。
 
「村には四つの男宿と三つの女宿があり、年頃の若者が男女別に寝泊まりしていた。しかし、約束すれば男が女宿へ行くばかりか、女子も男のところへ泊まりに行く。朝起きてみれば、あっちの女宿から青年共が起きて来る、こっちの男宿から女子共が起きてくる、という按配だった」また、水俣では女性が拒否権を発動していた。「男宿の面々は勇んで女宿へ夜這いに行くが、ときには『あんた共戻れ。何しに来たっか』と、泊まらせたくない者は怒られた」夜這いは「婚前交渉」に他ならない。それは、戦前まで処女性にさほど重きが置かれていなかった証左でもある。それどころか、嫁にするなら生娘よりもセックス経験豊富な娘の方が重宝されたのだ。
※週刊ポスト2011年4月29日号

"""日清・日露戦争の頃から、官製青年団運動がはじまり、風俗の矯正がおこなわれ、大正初期、「前代の多くの民俗を良風美俗に反するとして矯正しようとして・・・盆踊りも・・・駐在所や本署の警官が臨席し、十二時になると中止させ、解散・・・・壱岐の盆綱引きも、警官が一晩中見張りに・・・・日本の都市化とは、近代化産業化の問題であり、村社会の崩壊の結果であった。・・・人々の「金狂い」への経過を聞書きによって検討・・・金さえ儲かれば何をしても良いという買春を成り立たせ・・・・『聞書水俣の民衆史』には、水俣近郊の町村の経済と性や夜這い・淫売屋に関する記述が少なからずある。"""(p17~)

夜這いといった慣習が、かくも日本中そこここにあったということもあって、教会は戦前、改宗者が増えず伝道が難しく、閉鎖になったのかな??・・・・


女性に神権が賦与されてた

2013-03-18 20:53:47 | 教会の歴史 

うぅぅんんん、女性に神権が与えられてたんですねぇぇ・・・。ジョセフ・スミスによって・・・・
病人へ癒しの儀式とか、神権を通して、行っていたんですねぇぇ・・・・

1900年くらいから、女性への神権のことが、否定されてしまったんでしょうか???

     http://ordainwomen.org/news/
     http://search.yahoo.co.jp/search?p=%E2%80%9CKingdom+of+Priests%E2%80%9D+++%22joseph+smith%22++priestess&aq=-1&oq=&ei=UTF-8&fr=top_ga1_sa&x=wrt 

一般的に、女性はそのやさしさや親切心で病人の世話、看護とかに従事してきたんでしょうか、にゃらば、癒しとか出来ることは、たいへん望ましいことですよねぇぇ・・・・


動物の気持ちがわかる人に その4(書きかけ・・・

2013-03-16 11:59:43 | 動植物愛護

前回 動物の気持ちがわかる人に その3    2013-03-15 20:52:25 

以下の引用は、『動物と話せる女性 ハイジ』(ハイジ 著  ワニブックス 2009 (別タイトル Animal communicator Heidi ))からです。
       http://search.yahoo.co.jp/search?p=Animal+communicator+Heidi&search.x=1&fr=top_ga1_sa&tid=top_ga1_sa&ei=UTF-8&aq=&oq=

"""
自分の羽を引き抜くオウム

飼っている動物が、急に不可解な行動をとるようになったとしたら・・・。そこには、その動物の周りにいる人間の行動が強く影響しているかもしれません。

鳥を診るようになった初期のころ、美しいエメラルド・グリーン色のオウム、ジオヴァーナに出会いました。ジオヴァーナは13歳で、飼い主の元で12年暮らしていました。オウムはとても長生きする鳥で、人間にもとてもなつきます。ジオヴァーナの飼い主、ここではデイナとしておきますが、彼女は、ジオヴァーナが自分の羽を引き抜くことを心配し、なぜそんなことをするのかと相談してきました。

私は、このオウムとしばらく時間を過ごし、仲良くなったところで、意識を集中させました。すると、ジオヴァーナが、ハサミや先のとがったペンなどを恐がったり、帽子姿やメガネをかけているときのデイナを怖れているようなイメージが心の目で見えたのです。羽を抜いている原因と何か関連があるのかと、さらに”会話”を続けると、ジオヴァーナは、こんなイメージを見せてくれました。

場所は、いくつものカゴがあるペットショップの店内のようなところ。そこに50歳代と思われる、短く刈ったグレーの髪の毛の、きちんとヒゲが剃られ、卵形の顔にメガネをかけている白人男性がいました。そして、次の瞬間、私の心の目が、この男性の信じられない様子をビデオのように見たのです。彼は、鳥が遠くに飛べないようにするために、羽を切ろうと話していました。このとき、ジオヴァーナは、心の中が恐怖でいっぱいになったと”言い”ました。その男性に心当たりがあるか聞いたところ、デイナは、以前、ジオヴァーナが羽などを整えてもらっていたペットショップの男性店員の特徴に会っていると言いました。

ジオヴァーナを怖がらせていた人物は、この男性店員だけではありませんでした。さらに、ジオヴァーナに、なぜ帽子が嫌なのかを”訊いて”みた際、私の心の目には、ビデオのように動く次のような画像が見えました。ペットショップに男性がやってきました。大柄な白人男性で、滑稽なほど大きな帽子をかぶっていました。この男性、年齢は30歳代と見られますが、その彼がカゴの中に手を差し入れて、オウムをつかみ、とても大きな声で話しているので、ジオヴァーナはすっかり怯えてしまっていました。デイナはこの男性について、ジオヴァーナがまだペットショップにいたころ、大きな声で話し、オウムをつかみたがっていた人がいたと言っていました。この恐ろしい経験は、ジオヴァーナの中で、長くトラウマになっているようでした。しかし、よくよく”話”をしてみると、それらは、羽を抜く原因ではないことがわかりました。

ジオヴァーナが、自らの羽を抜くようになった原因。それは、飼い主であるデイナの病気でした。このとき、デイナはガンだと診断され、化学療法を受け始めていました。飼い主のことが大好きなジオヴァーナは、デイナのいつもとは違う不安げな様子を見て、彼女が病に侵されていることを察知し、彼女の病気を自分のものとして受け止め、それを一部引き受けようとしたのです。それほどまでに、ジオヴァーナはデイナのことを愛していました。

ジオヴァーナは、私に、デイナと一緒にしていて楽しかったときのイメージをたくさん見せてくれました。デイナが夕食の支度をしているとき、お皿を洗っているとき、もしくは他の家事をしているとき、ジオヴァーナがデイナの肩の上に載っているのです。また、デイナがどれだけ優しく彼女を抱いてくれるか、手で支えてくれるかも見せてくれました。

この美しいオウムとの会話は、私にとって特別なものとなりました。と言うのは、人間が放つエネルギーは、想像以上に強く、時として、動物が人間の病気などの影響を受けてしまうことがあるということ、そして動物は自然の癒し人だと、私に思い起こさせてくれたからです。また、この件で、鳥の脳はとても小さいにもかかわらず、鳥がいかに良く周りの状況を観察していて、豊かな感情をもっているかということを知りました。
"""
(p30~)


動物の気持ちがわかる人に その3

2013-03-15 20:52:25 | 動植物愛護

動物の気持ちがわかる人に その2   2013-03-02 21:21:04 

以下の引用は、『動物はすべてを知っている 』(J・アレン・ブーン (著)、上野 圭一 (翻訳) ソフトバンククリエイティブ 2005 /”Kinship with All Life”, by J. Allen Boone(1882 – 1965) Harper & Row 1976  原題は、”すべての生命体と同族”の意)からです。

     "動物はすべてを"
     http://search.yahoo.co.jp/search?p=%22%E5%8B%95%E7%89%A9%E3%81%AF%E3%81%99%E3%81%B9%E3%81%A6%E3%82%92%22++&aq=-1&oq=&ei=UTF-8&fr=top_ga1_sa&x=wrt
     http://www.library.georgetown.edu/dept/speccoll/i/63/barn18.jpg

"""
ガラガラヘビのほんとうの気持ち

異種の生き物とコンタクトする場合、自分の「想念」と「動機」を注意深く見守るという技術が大いに役立つ。とくに相手がガラガラヘビのような動物のときにはそれがいえる。その猛毒と必殺の護衛術とがわざわいして、知能が高いわりには実体が知られていないこの友人は、「想念」の放射、とりわけ人間が発するそれを正確に感知することにかけては第一級の名手である。

白人や先住民が、よくガラガラヘビと鉢合わせする西部の一帯を初めて訪れ、自分でも実際にそれに出くわしたときは、本当に身もすくむ思いだった。とぐろを巻き催眠術にかかったような目つきで鎌首をもたげ、電光石火の早わざでいまにも毒牙をふるいそうな気配のヘビは、文字通り恐怖の殺し屋に見えた。ところがある日、生まれたときからガラガラヘビと隣人関係にあるという、探鉱業者の老人から意外な話を聞いた。

ガラガラヘビは白人の肌に牙を沈めることに格別な喜びを感じ、先住民にはまず害を及ぼさないというのである。理由を聞いてみた。知らないし、知ろうとしたこともないというのが、彼の返事だった。旅を続けていくうちに、その老人の話が本当であることがわかってきた。確かにガラガラヘビは襲う相手を選んでいた。調べてみると白人には噛み付くが先住民を襲うことは皆無といっていいくらいなかったのである。様々な「ヘビ博士」たちにその理由を尋ねてみたが、残念ながら満足すべき答えは得られなかった。誰ひとりとして、あの獰猛なヒシモンガラガラヘビの選り好みの謎について知っている人はいなかったのだ。

その一帯では、どこに行っても白人とガラガラヘビとの悪意に満ちた非情な戦争が起こっていた。ヒトが死ぬかヘビが死ぬかの全面戦争だった。しかし、先住民とガラガラヘビとの間には、そんな戦争の話は絶えて聞かれなかった。彼らの間には、どうやら紳士協定のようなものがあるらしいのだ。砂漠、草原、山岳と、色々な風土の土地を歩いてみたが、防衛のためであれ攻撃のためであれ、いきなり出くわした先住民に対してガラガラヘビが鎌首をもたげる姿は一度も見たことがなかった。

「イヌがヒトを訓練する」授業でストロングハートから学んだのは、動物との接触時にはまず最初に、目に見えない心の力が働くということだった。それを考えれば、ガラガラヘビと白人との間にある戦争が、先住民との間では事実上無に等しいことの理由は容易に理解できる。ヒトとヘビの間で起こっているその奇妙な関係のずれは、ストロングハートが辛抱強く私に教えようとしていたことの正しさを裏付けている。

すなわち、人間の「想念」は動物から見れば丸裸であり、心の中で思ったことは常に言葉や行動の先を行き、その人の正体や本音を、そのまま周囲に映し出しているということである。こうして私は、イヌの教えによってヒトとガラガラヘビとの間の謎を解くことができた。答えはその人の心の状態に、周囲に拡散されている気配に、「想念」という物質、または力の投射にあったのである。

ガラガラヘビは自分に向けられた特定の想念をすばやく検知し、正当に評価する。そして、その想念の発信源である人間の体に向かって、すぐさま敵か味方かの意思表示をするのだ。

平均的な白人とガラガラヘビがいきなり出くわすとき、そこに何が起こるのだろうか? ヘビはすべて忌まわしい敵であり、地上に生きる価値はないと教えこまれている白人は、ヘビを見たらまず殺そうと考える。野蛮で暴力的な感情がこみあげ、嫌悪と恐怖と警戒心でいっぱいになる。同時に、彼の内部に眠っていた、ありとあらゆる悪意が目覚め、めらめらと燃えあがって、こころを毒素で充満させる。殺意をもった人間が、その見えない武器である破壊的な想念物質をガラガラヘビに向けるのである。

想念による攻撃を敏感に察知し、その発信源をつきとめたガラガラヘビは、自らの心も毒素で満たしながら、同等の悪意をもってその白人のほうに鎌首をもたげる。その時点までは、ヒトとヘビの衝突も精神的、感情的なものにとどまっている。一種の想念による血の復讐、隙あらば殺してやろうと言うにらみあいの状態である。その白人がたまたま本物の武器を持っていて、首尾よく使うことができたら、ヘビを殺すことになる。だが、ヘビが白人の一撃を避け、うまく射程距離内に入ることができたなら、相手の体のどこかに猛毒の牙を繰り出し、その白人は永久に死とのランデブーを続けることになる。

ヘビは確かに白人の体に毒牙のジャブを見舞いはしたが、本当に攻撃したのは、ヘビの体に火をつけた反社会的で破壊的な人間の想念なのだ。白人に汚染されていない先住民とガラガラヘビとの遭遇場面に立ち会った人は、まったく別の光景を目撃することになる。人間の側にもヘビの側にも、恐れとか憎しみといった感情のきざしがまったく見られないのだ。一人と一匹とが至近距離で出くわすと、彼らはそこで動きを止め、数分間、互いにごく親しい者同士のように静かに見つめあい、やがてそれぞれの目的の方向に動き始める。自分には自分の仕事があり、相手も同じであることを互いに認め合っているようなのである。静かに見つめ合っている間、海上を行きかう大型客船と小舟が友好の合図を交わすように、彼らは相手と交信し相手を理解するらしい。

もし先住民の心の中を窺い知ることができたら、そこに単純な秘密が隠されていることがわかるはずだ。というのも、彼は自分の意識のリズムを、彼らが敬虔な気持ちで「大霊」と呼んでいるものと合わせることに集中しているからだ。「大霊」とは万物を創造し万物に息を吹き込み、常に万物を通じて知恵の言葉を語っている、あらゆる命の根源的な原理のことである。万物に働きかけているその原理に意識のリズムを合わせた先住民は、凶悪な「ヘビ」としてではなく、ほめ讃えるべき可愛い「弟」として、自分とまったく同じように命と自由と幸福を味わい、尊敬と思いやりの気持ちを持っている「弟」として相手に接し、無言のうちに友好的な想念を送り続ける。「弟」も同じように反応するというわけだ。
"""
(p134~)

"""
・・・・映画のロケでフェアバンクス一行とアフリカのジャングルに踏み入ったとき、アレンが護身用の銃を持つのを拒否したことがあった。たとえ猛獣であっても、ジャングルに住むすべての動物は、こちらが友好的な心をもっていれば決して襲われないと固く信じていたのだった。アレンはアメリカ先住民を愛し、生き物と仲良くする彼らの能力に敬意をはらっていた。彼は先住民が発散する精神の波動は異種生物との目に見えない友好的な握手と同じであると信じていた。

アフリカでは、オランダの輸出会社の社長にこういわれたこともある。「あなたが書いた『動物はすべてを知っている』を読むまでは、なぜ猛獣が現地人を襲わずに白人ばかりを襲うのかがわかりませんでしたよ」アレンはこう答えた。「先住民は動物たちと心を通わせるコツを知っているんです。そのコツをつかんでしまえばヒトと動物との間の垣根がなくなって、ひとつになれるんですよ。そこまでいくには、こちらの心を研ぎ澄ませておかなければなりませんがね」

アレンが書いた動物に関する著作は変わっている。ほとんどの動物本は客観的な立場で書かれ、訓練の話を始め、人間が一方的に動物に働きかけるという態度に終始している。ところがアレンは、「ヒトが放射する想念はブーメランのように返ってくる」という「往復運動の法則」について書く。動物は人間がその動物に対してどう思っているかを感じとることができると彼は信じていた。より良い社会にしたいのなら、ヒトはまずその往復運動の法則を理解すべきだと信じて疑わなかった。その超感覚的な法則は文明人には理解しがたいが、野性的な文化では容易に受け入れられる。

・・・・映画界での豊かな経験の持ち主らしく、ある時、彼は聴衆の前でこう語ったことがあった。 「ごく少数の例外を除けば、カメラや観客の前で演技するイヌに勝てる人間の俳優や女優はまずいません。最高の名優たちを配役しても、舞台に一頭のイヌが出てくると、名優たちの演技がかすんでしまう。なぜでしょう? それは、太陽に顔を向ける花のように、私達の内部の何かが、本物のほうにひきつけられるからです。イヌは自分がもっているものを百パーセント他者に与えます。人間に同じことができると思いますか? もしできるならば、世界が変わっているはずです。だからこそ、イヌは世界中で人気があるのです。イヌは自分自身を他者に惜しまず与え、心で正しい関係をつくりあげるのです」 「・・・・わたしが学んだのは、あらゆる生き物、すべてのいのちには同じ一つの無限の知性が流れているということでした。四本足の哲学者、六本足の哲学者、足のない哲学者たちみんな、その知性を私に分け与え、私と共有することができます。どんな姿をした生き物でも、人と出会う生き物はすべて宇宙の大いなる『全一性』のなかで、そうした意思の疎通が可能なのです。」

"""
(p6~  巻頭 著者J・アレン・ブーン より)

 

ヒトは、動物から癒される存在なんでしょう・・・・アメリカ白人社会が、先住民のように近づいていったら、価値観などが、そうなったとしたら、それはすごくいいことなんでは・・・・

ふぅぅんん、聖フランシスコ(1182-1226)は動物と話せたというのがあるんですかぁぁぁ・・・・
       聖フランシスコ  動物と会話
       http://search.yahoo.co.jp/search?p=%E8%81%96%E3%83%95%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%B7%E3%82%B9%E3%82%B3++%E5%8B%95%E7%89%A9%E3%81%A8%E4%BC%9A%E8%A9%B1&aq=-1&oq=&ei=UTF-8&fr=top_ga1_sa&x=wrt


性愛とは???  その12 

2013-03-14 09:06:42 | その他

「記紀万葉の時代、山や磯に大勢の人が集まって、豊穣を祈る行事があった。そこでは性の交わりもあった。

「……お互いに見知った同士が、時には見知らぬ同士でも歌を交換するうちに気分が高揚してくれば、その場から離れて二人だけで関係するというもので、これが歌垣である」

 花見や潮干狩りはその名残りらしい。

 生産と生殖が結びついた、性そのものを表現している民俗行事が各地にある。歌垣から和歌が発達していったし、若者組によって「風流(ふりゅう)」といわれる各種芸能が広がった。

http://d.hatena.ne.jp/kaibundo/20110822


「もはや日本は婚活時代ではない その4 2010/7/20    近代的自我の確立という問題    共同体の維持が近代までの最大の関心事であったとするならば、その必然的な結論は、共同体維持に反する個人の要求や権利は認めない「掟(オキテ)」の存在である。つまり、下記にあるような「若者宿」や「夜這い」と言われた日本の農村で昭和初期まで生き残った風習は、フランスから発達した民主主義と基本的人権、個々人の平等の概念と全く異なり、お互いに相容れないものである。   これらは、共同体つまり「群」、の維持を最優先とした、古代的原理の残存物である。その中では、最も立場の弱い存在、女性の個人的権利が最もしわ寄せを受ける。   『赤松啓介は、農村のおおらかな一面を記録する一方、その裏側も詳述しています。「外から夜這いに来た奴を見張りの若衆が見つけると、捕まえて裸にして、集団リンチで半殺しにする」という記録もその一つ。人間の一面として否定しえない縄張り争い、性をめぐる争い、蔑視、差別等のドロドロとした実態にむしろ目を向けているのです。』上記の例は、個人的な人間の一面ではなく、徹頭徹尾共同体の維持が最優先となっている「若衆宿」の「掟」の世界である。このような「掟」が、明治時代以降犯罪行為として取り締まられ、次第に消滅するのもまた、歴史的な必然であった。    一見女性をほめ称えつつ、『共認』と言う言葉の中に、『充足存在である女性』という「個人の権利と要求を巧妙に否定する」宗教的集団結婚制度のような、危険な反動の萌芽が見られる。行き着くところは、「共同体の維持のためには女性は集団で共有されるべき」とする、「若者宿と娘宿」の世界への回帰に他ならない。    基本的人権の尊重、個人の尊厳という最低限の権利を踏みにじるような、高等教育を受けた女性には、およそ受け入れがたい要求が、学問的な研究成果の外皮を纏って、こっそり蔓延している。    下記のサイトに集う人達は、近代的自我の確立は、無用で有害なものと写るようだ。

   http://blogs.yahoo.co.jp/phon_bb/31734929.html

「漢字の『祖』という文字のつくり且の甲骨文字は、図2-2に示すように男根形である。元中国科学院長で中国古代史研究家の郭沫若氏(1892-1978)は、『且は男根の象徴で家系の由るところを示す』と言っている。偏の示は、供え物を載せた祭壇の形を示し、『神を祭る』ことを意味している。漢民族にとって祖先を祭ることは父系祖先を祭ることであった。    
古代日本人は女性性器に対し敬意と愛着を抱いていた。古墳時代の横穴式石室がそれを示しているが、さらに記紀に現れる性器呼称にもそれが窺える。記紀では男女性器共に『ト』と呼んでいる。だが、女性器には特に『ミ』とか『ホ』を冠して『ミホト』あるいは『ホト』と記述している。この時代のミは神や天皇の所有物や行為につける尊敬の接頭語である。ホは火(ほ)、燃ゆる火の『ほなか』の『ほ』であり、また、秀(ほ)や穂(ほ)で、ともに抜きん出たもの、秀でたものの意である。

  (『日本人は性をどう考えてきたか』市川 茂孝 農山漁村文化協会 1997)
   
「クロノ・ダイヴァー 2012年5月31日 (木)  原初における母系制-『性愛の中国史』より   ◆漢字から見る「母系制」 『説文解字』は、後漢代に編まれた最古の漢字辞書です。その所収9400字のうち、「男/女」を部首に持つ字は、以下のようであるという。
【男】部首-男・舅・甥。この3字だけ。
【女】部首-238字ある! 属性で三種に分けられる。
  ①親族呼称-妻・姑・婆・姐(あね)・媳(むすこ)・姓…。
    ②美の形容-好・妙・妓・婉・妍…。
    ③侮蔑語-奴・妖・妄・妬…。
なんと「男:女」の比は「3:238」。圧倒的に女が多い。①親族呼称もほとんとが女によって表されます。これはまさしく母系社会の名残です。母権段階では女は偉大なものであるから、その魅力をいう②類も多い。いっぽう蔑称の③類は、母権が凋落し、男性権力が台頭した段階で生まれたものらしい。また甲骨文から見ると、「也」の原字はまさに女陰。いっぽう「且」は男根です。そして「祖」とはこれを祀ったものという。

    http://yumiki.cocolog-nifty.com/chrono/2012/05/post-d471.html

  ほと
  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%BB%E3%81%A8
  「日本各地に「ホト」「ホド」の音を持つ様々な表記の地名が残っているが、民俗学者の柳田國男の主張する説によれば、これらは女性器に似た形の地形だったり、女性器に似た特質(湿地帯)を持っていたり、陰ができる土地(「陰」部から)などの特徴から名付けられたとされる。」とあるわけですが、学者さんがウソをついちゃなぁぁ・・・・女尊男卑の風のある地、そういった部族の所といった意味なのではと・・・・まぁ、明治の欧風化という時代の要請の下、近代西洋社会の中心にあるキリスト教の価値観からみてそぐわないものに対処するため、まずは百年の計で民族の記憶を消し去るべく教育からと、学者を総動員したとうことなのかなぁぁ・・・・