より一層の知識と光を求めて・・・・

時に末日聖徒/モルモン教への私見含むメモ帳にて御座候 ほな毎度どんもにて 御きげんよろしゅうで御座候

ジョン・テイラー管長の夢・示現・予言  その2

2014-09-30 19:16:52 | ジョセフ // 語録・予言・示現・夢等

前回: 2012-06-26 10:33:18 | ジョセフ他の予言・示現・夢等

【ありがとうございます。 (教会員)2014-09-28 02:55:04  ブログ見ています。 学ばせていただき、感謝しています。

その地を奉献していた…’の続きを翻訳してください。 お忙しいでしょうが、よろしくお願いいたします。


I understood it represented the Twelve gates of the New Jerusalem, and they were with hands uplifted Consecrating the ground and laying the Corner Stones.

I saw myriads of Angels hovering over them and around about them and also an immens pillar of a Cloud over them and I heard the singing of the most beautif[ul] music the words 'Now is established the Kingdom of our God and His Christ, and He shall reign forever and Ever, and the Kingdom shall never the Thrown down for the Saints have overcome.'

And I saw people Coming from the River and different places along way off to help build the Temple, and it seemed that the Hosts of the angels also helped to get the material to build the Temple.

And I saw some Come who wore their Temple...robs to help build the Temple and the City and all the time I saw the great pillar of Cloud hovering over the place.

Instantly I found I was in the Tabernacle at Ogden yet I Could see the building going on and got quite animated in Calling to the people in the Tabernacle to listen to the beautiful music that the Angels were Making.

I Called to them to look at the Angels as the House seemed to be full of them and they were saying the same words that I heard Before 'Now is the Kingdom of our God Esstablished forever & Ever.' 
And then a voice said 'Now shall Come to pass that which was spoken by Isaiah the Prophet 'that seven women shall take hold of one man, saying &c (Isaiah 4:1).

['And in that day seven women shall take hold of one man, saying, We will eat our own bread, and wear our own apparel: only let us be called by they name, to take away our reproach.']

At this time I seemed to Stagger back from the pulpit & FD Richards and some one els Caught me and prevented me from falling when I requested Brother Richards to apologize to the audience for me because I stoped so adruptly and tell them I had not feinted but was exhausted.


"""その神殿衣を着た十二人の男性は、新エルサレムの12の門を表していると理解した。彼らは両手を上げて、地を奉献し、隅石を据え付ける定礎式を行っていた。

無数の天使が彼らの上の周りの空中にとどまっているようだった。非常に大きな雲の柱が彼らの上にあった。最も美しい調べが聞こえた。その歌詞は、”今や神とキリストの王国は確立された。彼は永遠から永遠に渡って統べたもう。王国は決して倒壊することはない、何故なら聖徒たちが打ち勝ったからである。”

人々が川を越えて、遠くの様々な地域から、神殿建設を助けるためにやって来るのが見えた。また天使の一群もまた建設に必要な資材を得られるよう助けているふうだった。

神殿衣を着ている人たちも見えた。神殿やシオンの町の建設を助けていた。それらの地の上に大きな雲の柱が空中に浮かんでいた。

一瞬にしてオグデン市のタバナクルに戻っていた。しかし、まだ、そのシオンの町を建設している様子が見えていた。天使たちが歌っているその美しい歌を、タバナクルの中の聴衆に聞きなさいと声高に注意を向けさせた。タバナクルの中でいっぱいになっている天使たちを見なさいと言った。天使たちは同じ歌を歌っていた、”今や神の王国は確立された。”

その時、声が聞こえた。’かくして予言者イザヤの語った七人の女が一人の男に取りすがって・・・が成就する’と。(イザヤ4:1)

(その日、七人の女がひとりの男にすがって、「わたしたちは自分のパンをたべ、自分の着物を着ます。ただ、あなたの名によって呼ばれることを許して、わたしたちの恥を取り除いてください」と言う。)

この時、説教壇で、よろめいて倒れそうになった。F・D・リチャーズや他数人に支えられ倒れずに済んだ。リチャーズ兄弟に聴衆に対し、説教が突然終わってしまったことをお詫びするように、また、気を失ってはおらず、疲れきったのだと伝えるように頼んだ。
"""

ちょうど今頃でしょうか、日曜学校でイザヤ書に入ったあたりでは?? で、この“七人の女が一人の男に取りすがって”という意味がどんなのか気になるところではありますが、こちらの英語のスレッドにそのテーマで何かコメントが出てるようですので、見ておきます。何か面白情報あれば、ちょいとばかり訳して・・・・

こちら: 
”Seven women and one man Isaiah 4:1 Postby WaitingOnTheLord » Fri Jun 27, 2014  ・Fulness of the Gospel Forum › Gospel Discussions”
http://www.ldsfreedomforum.com/viewtopic.php?f=14&t=34123

”: a test, a Test, a TEST! Postby Bgood » Fri Mar 08, 2013 1:04 pm  ・ LDS Freedom Forum › Last Days / Signs of the Times”
http://www.ldsfreedomforum.com/viewtopic.php?f=2&p=361693


40日間断食リレー

2014-09-27 22:13:48 | 福音と教会

たまWEBの行ってるワードでは、先月くらいだったか、40日間断食リレーというのがあったんでした。宣教師さんたちと会員の有志の皆さん、計約40人くらいが、伝道し福音を伝えましょうということで、一人が一日2食分の食事を抜いて断食と祈りをして40日間誰かが断食の祈りをしているというのを続けていくわけです。

んで、結果、バプテスマあったんですよぉぉ。今月、20代くらいの男性3人で、二人は外国籍かな(中国、インド)、もう一人は奥さんが英語圏の白人のモルモン。

いやぁぁ、すごいなぁと思ってぇぇ・・・・

で、今度はね、モルモン書を今年中に全部読みましょうということなんだわさぁぁ、ということは、だいたい一日8ページくらいだんすな・・・・


カラスの恩返し   その2

2014-09-26 22:28:47 | 動植物愛護

前の記事で引用した話は、先週読み知ったんでした。んで、23日は昼過ぎ、町・繁華街に向かって歩いてましてね、ブログ・ネタ無いなぁぁなんて、思いながら。したらば、カーと鳴いたんでしょうね、鳴き声の記憶は定かでないんですが、左上方の木のてっぺんあたりに、太陽光を浴びて照り返しの羽毛がけっこう濃い群青色のような真っ黒じゃないように見えた カラスがとまってたんでした。まぁ、その時、お祈りしてね、で、そこから、500mくらい(後で地図見まして)歩いて行ってから、前方やや右上くらいから、別の?かどうか、カーと鳴いて、カラスが、自分のほう目がけて飛んできたんでしたっけ、で、頭上を通り抜けていったんでした。その間5秒くらい??片道2車線脇の、幅4mくらいの自転車用兼歩道で立ち止まってたかな。びっくりはしたけれど、怖いとは思わなかったですね。出くわした動物さんたちのため、祈るってことがほとんど習慣付いちゃって、動物さんたちは、祈りをありがたく聞いてる、心が通じてるみたいな、そんなふうに思えてきてたからでしょうね。緊張気味でしたけど、むしろ、少々余裕の気持ちもあったかな、かっこいいなぁ、とかって、カラスさんがね。ま、あっけに取られて祈ってはいなかったけどね。んで、その時、はたと気づいたんです。先週読んだ恩返しの話をしっかと思い出してね、ブログ・ネタだぁ、決まりぃ、はい、書きます、書きます、書きますってね、後ろは振り返らなかったけれど、歩きながら、そのカラスさんに、心の中で言ってるんでしたっけ。で、その時、右前方上の方から、別のカラスのカーと鳴く声聞こえたんでした。これはしっかり覚えているんだわ、姿を見ようとしなかったけど。・・・・たまWEBは、嬉しかったですよ、いやぁぁ、カラスちゃんから催促されたんだなって、スゴイって思ってました。ほんと、そう思えていたんでした・・・・向かってくるカラスを見た時、その後ろに対向の自転車が来てて、で、すれ違いざまにその人の目はやや左後上方のカラスに目をやってるふうでした。その様子ばっちり見えてたんでしょうね。

カラスくんたちが、たまWEBの、その記事を読んでるのどういう仕組みか、兎に角、わかってね、それを思い起こさせて、書かかせて(先週読んだ時、ブログ記事にしようとは思ってたんだけど、メモってないので、まぁ忘れてたんでしたね)、で、このブログ記事読む人にも、わかってもらおうみたいな・・・・カラスくんたち、エライな・・・・


『ヘブライ人キリスト』

2014-09-25 21:11:06 | モルモン書、アメリカ先住民

”ヘブライ人キリスト―福音書はいかにして成立したか – 2013/10/1  クロード・ トレスモンタン(1925-1997) (著),  水声社,  Claude Tresmontant (原著), 訳者 道躰章弘”

「福音書はヘブライ語で書かれた!      数世紀来、ギリシャ語で書かれた文書であるとの説が自明視されてきた新約聖書。しかし、福音書のテクストを厳密に読みほどくうちに、ヘブライ語文書にしか見られないはずの表現が散見されはじめた……。   フランス語、ギリシャ語、ヘブライ語を往還しながら、新約聖書の内奥に隠された真の姿「ヘブライ語文書」へと肉迫する、キリスト教研究の新たな境地を切り拓く画期的論考。
 水声社」

共観福音書は、最初ギリシア語で書かれたという定説は、誤りとする学究書っすな。やはり改宗ユダヤ人が、まずヘブル語で書いてて、それをギリシア語に訳し書いてたんだと。その逆なんかじゃないと。

「共観福音書の問題       現代の聖書学者たちが広く認めているのは、四つの福音書が最初から(当時の東方世界の共通語だった)ギリシア語で書かれたということである。古代のマタイ福音書注解書のあるものが、「マタイ福音書にはアラム語原版があり、そこからギリシア語に訳された」という記述をしたことから、古代の教父たちはマタイ福音書をヘブライ人のための福音書と呼び、マルコ福音書を参照しながらギリシア語に翻訳されたため、二つの福音書には並行箇所が現れたという説を示した。しかし、アラム語のマタイ福音書は(後代にギリシア語から訳されたもの以外は)いまだに発見されていない。 」
    http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%B1%E8%A6%B3%E7%A6%8F%E9%9F%B3%E6%9B%B8%E3%81%AE%E5%95%8F%E9%A1%8C


これはモルモン書の一節にも通じるもので・・・・しかし、この初版(仏語)1983ということだ、約30年を経て初日本語訳ということだっす。いかに欧米学者世界では、ギリシア文化優越思想みたいなので、30年どころか300年以上も牛耳ってきたと、それが世界ということですかぁぁ・・・・“ブラック・アテナ”というの思い出したずらな・・・・上の方は、クリスチャンもフリーメイソンでさぁ、しっかとコントロールされちゃってなぁ・・・・

   ブラック・アテナ
   http://blog.goo.ne.jp/yoriissouno/s/%A5%D6%A5%E9%A5%C3%A5%AF%A1%A6%A5%A2%A5%C6%A5%CA

「03 そして、わたしの言葉が響き渡るので、多くの異邦人は、『聖書か、聖書か。我々はすでに聖書を持っている。これ以外に聖書があるはずがない』と言う。」
04 しかし、主なる神はこう言われる。「愚かな者よ、彼らは聖書を持つが、それは昔わたしが聖約を交わした民、ユダヤ人から出るものである。彼らはユダヤ人から得る聖書について、ユダヤ人にどのように感謝しているか。まことに、異邦人はどういうつもりか。彼らはユダヤ人が負った労苦と労力、骨折り、また自分たちに救いを得させることになったユダヤ人の、わたしに対する努力を思い起こしているか。
 05 おお、異邦人よ、あなたがたは、昔わたしが聖約を交わした民、ユダヤ人を覚えていたか。いや、逆にあなたがたは彼らをのろい、憎み、彼らを元の状態に戻そうとはしなかった。しかし見よ、主なるわたしはわたしの民を忘れたことはないので、これらすべてのことの責めをあなたがた自身の頭に求める。
 06 『聖書か。我々はすでに聖書を持っている。だから、ほかに聖書は必要ない』と言う者よ、あなたがたは愚か者である。

(ニーファイ第2書)

やっぱ、異邦人クリスチャン社会は、杭を立ててしまうということでしょうか??


「エピローグ     

ドイツ語版、英語版、フランス語版等の新約聖書の序文では、今日一般に以下の如き見解が開陳される。福音書の成立はおそく、一世紀末である。福音書の内容は文書化される前に説教の中で詳細に述べられ、口伝が先行して、文書化は遅れた、最古の福音書は最も簡略なマルコであり、マタイの成立は85-90年頃で、ヨハネ福音書は2世紀もしくは1世紀末である、等々。

読者は上記の説をすべて鵜呑みにし、何の疑念も抱かなかった。学者の記述を信じた。が、ことを仔細に検証し、様々な難問に逢着した。まったく辻褄の合わぬ話に気づいた。遂に上記の仮説の建造物は崩壊した。・・・・最古の福音書はマタイとヨハネである。ルカとマルコは後発の福音書である。四福音書並びに新約諸書中の数書は、ヘブライ語からのギリシア語訳である。・・・・

訳者後記   

本書はクロード・トレスモンタン著『ヘブライ人キリスト―福音書の言語と時代』(Le Christ Hébreu : la langue et l'âge des Evangiles)の全訳である。同書の初版は1983年であるが、底本には1994年の第3版を用いた。各版の間に本文の異同はない。・・・・

トレスモンタンは何故に本書を著したのか。何故に四福音書の成立年代に関する通説と対決したのか。無論、通説が謬説だからである。・・・・福音書は一次資料である。ルポルタージュである。文学的潤色を交えた後世の創作ではない。神話ではない。キリストは多数の観察者に取り巻かれていた。敢えて己を人目に晒した。公然と生き、公然と死に、公然と復活した。・・・・すなわち「キリスト」は客観的事実を構成する。トレスモンタンは福音書の早期成立説を立て、これを科学的に証明し、根拠無き諸前提を盾に取る晩期成立説と創作説を破砕したのである・・・・

 (同著  p339、p349~)


「【ヘブライ人キリスト(クロード・トレスモンタン/道躰章弘訳)】の勧め 」2014年1月29日水曜日 

現代の新約聖書学の圧倒的な通説によれば、福音書の各文書は紀元65年~120年に成立したものとされています。特にマタイ福音書は、先行するマルコ福音書(65~70年に成立)とQ資料(文書資料としては発見されていない仮説上の資料)を元にして85年~100年ごろにギリシャ語で書かれたとされています。
しかし、古代の教会教父たちの一致した証言によれば、それ以前にヘブライ語によって書かれたマタイ福音書が存在していました。
本書は、ヘブライ語旧約聖書とその古代ギリシャ語訳である七十人訳聖書を比較対照して七十人が用いたヘブライ語=ギリシャ語辞書を再構成し、さらにそれを用いて現存のギリシャ語福音書がヘブライ語から翻訳されたものであることを極めて高い説得力をもって示した、画期的な著作です。
著者トレスモンタンはソルボンヌの中世哲学教授ですが、学生時代にパリ高等研究所でヘブライ語と聖書釈義を学んでおり、素人の適当な思いつきを書き並べているわけではありません。

読者は主がヘブライ語で語られ、まさか弟子達がそれをギリシャ語で書き留めて、それが新約聖書の原典になったとでも本気で思いますか?

以上極めて疑いのない、全く当り前のことなのですが、この本書の中で著者も何度か触れている様に、キリスト教会には本能的にヘブル語を嫌う風潮があります。

      http://yahshua-no-deshi.blogspot.jp/2014/01/blog-post.html

      "ヘブライ人キリスト"
      http://search.yahoo.co.jp/search?p=%22%E3%83%98%E3%83%96%E3%83%A9%E3%82%A4%E4%BA%BA%E3%82%AD%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%83%88%22&aq=-1&oq=&ei=UTF-8&fr=top_lt3_sa&x=wrt


新月の願い

2014-09-24 21:09:20 | 占星、巨人、予知夢/予言、オカルト

今日は、天秤座で新月ですかぁぁ・・・・

誰か、新月の願いとかってやって来た人いたら、是非、コメントで経験談をば・・・・

たまWEBは、前回は乙女座ででしたけど、一つの願いとして、整理整頓できるようにというの書いたんですが、少し出来たかな、押入れの中・・・・

このような自己改善法って、もう何世紀にも渡って人類から消し去られようとしてるものだったりしてな・・・・モルモンの人の書いた、何でしたっけ、7つの慣習とかって、あれはどうなのかなぁ、ビジネス・マインドで、お金儲けと関係してるんかなぁぁ、だとすれば、それとは全く別物ですかぁぁ、見方によっては何万倍もベター?! 万人に共通に与えれられてる自然の力・・・・

      新月の願い  天秤座
      http://search.yahoo.co.jp/search?p=%E6%96%B0%E6%9C%88%E3%81%AE%E9%A1%98%E3%81%84++%E5%A4%A9%E7%A7%A4%E5%BA%A7&aq=-1&oq=&ei=UTF-8&fr=top_ga1_sa&x=wrt


カラスの恩返し

2014-09-23 19:06:06 | 動植物愛護

“動物愛護”って、いいですよねぇぇ・・・・「動物さんたち、愛してるよぉ~って」・・・・動物とつながれるとしたら、愛以外にないのでは・・・・

「2014年09月19日17:34    傷ついたカラスをいじめっ子から守った!後日、俺がイジメられてたらカラスが30羽ほど飛来して・・

816: おさかなくわえた名無しさん 2013/02/10(日) 03:13:05

昔懐かしい出来事を夢で見たので…。
嘘のような本当の話。

小学校の頃、いじめられっ子でした。
友人は居なくて、友人のかわりだったのは
本と動物たちでした。その動物たちの武勇伝。

ある時、怪我していたカラスが
俺をいじめていた奴らに石を投げられていたり、
枝でつつかれたりしていました。

自分が普段されていることと重なり、
どうしても許せなくてその怪我をしたカラスを
守る形で俺が蹴られたりしました。

そのうち飽きたのか帰っていったのですが、
カラスの調子がおかしかったので良く行く動物病院に連れて行くと
かなりの重症らしく即入院。
しかし奇跡的に2週間位で無事に退院しました。

ここまでが前置きです。 長いので分けます。

817: おさかなくわえた名無しさん 2013/02/10(日) 03:14:47

5年生のちょうど今頃、
校庭の隅っこで殴る蹴るをされていました。

そんな時いじめの主犯格の頭上にコツンと何か落ちてきました。
蹴られながらも上を見ると、
校舎の上の方にカラスが30匹前後とまっていました。

珍しいこともあるもんだなと思った次の瞬間
クゥワークゥワーと鳴きながら
一羽のカラスが主犯格に飛びかかってきました。
それにつられて他のカラスたちも
俺をいじめていた奴らに襲いかかってきました。

校舎から黒い塊が襲ってくるわけです。

暫くして満足したのか散り散りに飛んで行きました。
残ったのは突かれたり引っかかれて怪我をしたいじめっ子たち。
最後まで襲っていたカラスが、
俺のところに来てから飛んで行きました。

カラスは頭が良いと獣医さんがよく言っていました。
だから君にはカラスの恩返しがあるかもねと笑っていましたが、
まさかのまさかな恩返しでした。

それからもカラスが学校の上を飛ぶことがあり、
カラスに襲われたトラウマ(鳴き声を聞くと泣き出す位)から
休みがちになったいじめっ子たちは転校して行きました。

その後いじめられることはなくなりましたが、
カラス使いと恐れられてしまい
相変わらず友人は出来ませんでした。

それからも何かとカラスたちとは縁があり、
30overになった今でもカラスが良くベランダで寛いでいます。

そんな俺も今は獣医をしています。
皆さんカラスは大事にしましょうね。

818: おさかなくわえた名無しさん 2013/02/10(日) 04:28:03

>>817
素敵な話をありがとう

819: おさかなくわえた名無しさん 2013/02/10(日) 04:43:11

カラスはその知能と社会性から「空飛ぶ犬」とも呼ばれてますからねえ。

「651: 可愛い奥様 2013/07/05(金) 16:55:08

田舎な我が家。
数年前何にやられたのか分からないけど、
子カラスが怪我をして我が家の敷地内に落ちてた。

見殺しにするのも嫌なのでゴム手して捕まえて
段ボールに入れて人間用の消毒液を吹き掛けてから
水と餌をあげたら程無くして元気になってちゃんと飛べるようになった。

良かった良かったと放したのだけど、
どういう訳か朝旦那が出勤する時間と帰宅する時間になると
我が家の屋根に戻ってきて「くゎー。」と鳴くようになった。

都会のカラスの様にゴミを食い荒らすような事も無いし、
「カラスは頭が良いから恩義を忘れないのかね。」と思って
旦那も私も子供達もカラスと挨拶してから出掛けるようになった。

先般の大地震で我が家は倒壊。
空き家になっていたけれど
被害の比較的少なかった地域の祖母宅に引っ越した。

とにかく忙しくてカラスの事なんてすっかり忘れていたのだけど
ある日外に出た子供に
「お母さん!お母さん!」と呼ばれたので外に出ると、
屋根にはいつもの様にカラスがいて「くゎー。」と鳴いた。

地震で色々とあって泣いた事は一度や二度じゃないんだけど、
悲しみじゃない涙を流すのは久々だった。

今も相変わらずカラスは出勤と帰宅の挨拶をしてくれている。

     傷ついたカラスをいじめっ子から守った
     http://search.yahoo.co.jp/search?p=%E5%82%B7%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%9F%E3%82%AB%E3%83%A9%E3%82%B9%E3%82%92%E3%81%84%E3%81%98%E3%82%81%E3%81%A3%E5%AD%90%E3%81%8B%E3%82%89%E5%AE%88%E3%81%A3%E3%81%9F&aq=-1&oq=&ei=UTF-8&fr=top_ga1_sa&x=wrt

     カラスの恩返し
     http://search.yahoo.co.jp/search?p=%E3%82%AB%E3%83%A9%E3%82%B9%E3%81%AE%E6%81%A9%E8%BF%94%E3%81%97&aq=-1&oq=&ei=UTF-8&fr=top_ga1_sa&x=wrt


また、同記事にコメです。

2014-09-22 21:24:17 | その他
ヤレドの民 黒人 (たまWEB)
2014-09-22 21:21:52
ヤレドの民は黒人種、ハムの子孫という説があるわけですが、たいへん興味深いと思うので御座候・・・・

オルメカ 黒人
http://search.yahoo.co.jp/search?p=%E3%82%AA%E3%83%AB%E3%83%A1%E3%82%AB%E3%80%80%E3%80%80%E9%BB%92%E4%BA%BA&search.x=1&fr=top_ga1_sa&tid=top_ga1_sa&ei=UTF-8&aq=&oq

http://search.yahoo.co.jp/search?p=jaredite++black&aq=-1&oq=&ei=UTF-8&fr=top_ga1_sa&x=wrt
http://image.search.yahoo.co.jp/search?p=jaredite++ham&aq=-1&oq=&ei=UTF-8
    

コメントで御座候

2014-09-21 20:37:53 | その他

NJさんとこへのコメです。【】内は訂正付加・・・・「批判的な読み方 (critical reading) の簡単な手がかり」  語学 / 2014-09-17 23:30:05

モルモンにとって教義とは?? 雑感 (たまWEB)
2014-09-21 20:30:39
「過去や現在の教会指導者が語ったことが必ずしもすべて教義となるわけではないことを覚えておく必要があります。教会では一般に,一人の指導者がある特定のときに語ったことは,熟慮されたものではあっても個人的な意見であることが多く,教会の公式な見解あるいは教会全体に対して拘束力を持つ言葉ではないと理解されます。預言者ジョセフ・スミスは「預言者は預言者として行動するときにのみ預言者である」と教えています。

(2012・4月 【『リアホナ』】5月総大会号、p88 D・トッド・クリストファーソン長老)

黒人に関してのブリガムが語ったことは、彼なりの理解の声明であって(ジョセフが語ったことを基に、付加、変更した??)、はたして彼が啓示を受けてその啓示を説明していたのかどうか?? 彼が黒人に関して、教会の長、管長の立場にあって啓示を受け、【語り説明して】いたとしたら教義と呼べる範疇なのでしょうが。

ジョセフ・F・スミス管長の時代あたりまでは、予言者といえば、誰もがジョセフ・スミスのことを指していたといわれます。(『歴代管長の教え ジョセフ・F・スミス』第25章 “「予言者」「聖見者」あるいは「啓示者」という高尚な・・・・称号で管長を呼ぶことも適切ではありません。” p223)

“生ける予言者”という言葉は、20世紀【中葉以降】の産物なりと。今日に至るまでも、管長で、自分がジョセフに代わる“生ける予言者”であると自ら語った人はいないんだと。“生ける予言者”と言う言葉が最初に総大会説教で使ったのは、管長ではなかった。“生ける予言者”という言葉自体、啓示ではなかったんでは??

何故、そう自ら語ってないのか?? それは、おそらくそう語れるとしたら、ジョセフのように、神とイエスに直接まみえて、何か受けたメッセージを発表するとか、聖見者【・啓示者】としていにしえの予言者が記した記録を【訳したり注釈を加える】とか、そういった働きを伴っていないことにはなぁ、ということなのかも。

教義と聖約68章に、「何であろうと聖霊に感じて語ることは、聖文となり・・・・わたしの僕たちよ、これはあなたがたへの主の約束である」とありますが、たとえば、その僕の一人であった、オーソン・ハイドが聖霊に感じて語ってたとしたら、その聞き手の誰かも聖霊に感じて、何らかの益となるものを得ていたんでしょうね。(「11 すべての人があらゆる賜物を与えられるわけではない。賜物は多くあり、各人に神の御霊によって一つの賜物が与えられるのである。12 ある人にはある賜物、またある人には別の賜物が与えられて、すべての人がそれによって益を得られるようになっている。 」46章)

話し手の信仰のみならず、聞き手の信仰にも、賜物の程度が左右されるのかも。

今回の発表もまた、啓示ではないんでは?? 説明文。ゴースト・ライター、学者さんへのインタビュー/フィードバック等をたたき台にして、そういったプロセスを経て、評議会を通って出来あがった??

教義であれば、末日聖典に加えられるってことに。教義は、啓示という賜物がベース。『モルモンの教義』『救いの教義』といった書籍も著者の理解/説明がベースに・・・・
    

日本は戦争をする国となるよう舵取りされてる??

2014-09-20 22:05:25 | 日本/世界の将来は??

どうやら現自公政権の目指す特定秘密保護法、国家安全保障基本法の狙いは、日本が戦争できる国になるということのようだな。世界戦争を画策する新世界秩序派の英米支配下にあって、来るべき日中戦争というのは、避けられない???

      「秘密保護法」を考える市民の会 宮崎 2013年12月11日   「特定秘密保護法」の成立後に安倍自公ファシズム政権が狙う「国家安全保障基本法」とは
安倍政権の日本を戦争できる国にする3点セット
①特定秘密保護法
②国家安全保障会議(日本版NSC)
③「国家安全保障基本法案

       https://www.facebook.com/himituhoumiyazaki/posts/1402971459943782

       特定秘密保護法  日中戦争
       http://search.yahoo.co.jp/search?p=%E7%89%B9%E5%AE%9A%E7%A7%98%E5%AF%86%E4%BF%9D%E8%AD%B7%E6%B3%95++%E6%97%A5%E4%B8%AD%E6%88%A6%E4%BA%89&aq=-1&oq=&ei=UTF-8&fr=sb-kingbrw1&x=wrt

んで、騒がれている朝日新聞へのバッシングって、何なんでしょう??? 

“「廃刊」せよ、と居丈だけに叫ぶジャーナリスト。私には、彼らは民主主義を醸成するのではなく民主主義の破壊者に映る。なぜなら、民主主義は国民が権力を監視し、批判し、改善を要求することができるから進歩すると考えるからだ。    その50)朝日バッシングで問題の本質を見失うな

      http://www.magazine9.jp/article/biboroku/14607/

まぁ、このバッシングと朝日の対応も、筋書き通りなのかもだが、朝日には中国と仲良くしようといった勢力が昔からあったんでは??だからこの統一教会下の?現政権下で、ここで完全に息の根をとめようと叩かれているんでは??

      朝日 バッシング 統一教会
      http://search.yahoo.co.jp/search?p=%E6%9C%9D%E6%97%A5+%E3%83%90%E3%83%83%E3%82%B7%E3%83%B3%E3%82%B0+%E7%B5%B1%E4%B8%80%E6%95%99%E4%BC%9A&aq=-1&oq=&ei=UTF-8&fr=top_ga1_sa&x=wrt


      「投稿者:副島隆彦 投稿日:2014-09-14    今の安倍晋三の内閣(政権)は、「第二次”統一教会”内閣」だと考える。   おそろしい宗教団体かつ、戦争開始勢力である 統一教会(とういつきょうかい。 かつての=原理研究会、=国際勝共(しょうきょう)連合 )が、日本の政治を乗っ取っているのである。 皆、怖がって、日本の リベラル勢力も、優れた言論人たちも、この大きな真実を口にしない。    ヒラリーたちは、アメリカ帝国が今のまま生き残るためには、世界戦争を始めるしかないと、今も、頑張っている。 オバマたちは、世界が、大きな戦争になることを食い止めようとして、動いている。

       http://www.snsi.jp/bbs/page/1/
       http://ameblo.jp/don1110/entry-11927491114.html

      「副島先生の参戦が、世の中を変えます。  我々RK独立党は10年も前から「黒幕は統一教会」だと主張してきました。統一教会がCIAと北朝鮮の両方と癒着した関係だとも指摘してきた。「敵は統一教会にあり」と。

       http://richardkoshimizu.at.webry.info/201409/article_153.html


昔、朝日の支局襲撃事件/赤報隊事件というのがありましたが、一説では統一教会がからんでるテロであったというのも。

       「赤報隊事件(せきほうたいじけん)とは1987年から1990年にかけて「赤報隊」を名乗る犯人が起こしたテロ事件である。    宗教団体も捜査対象となった。朝日新聞社の発行する『朝日ジャーナル』などが統一教会(世界基督教統一神霊協会)の「霊感商法」批判を展開していたことに対し統一教会側からの反発が強かったことや、上記の統一教会の名を使った脅迫状(事件直後に「とういつきょうかいの わるくちをいうやつは みなごろしだ」という脅迫状が事件で使われた銃弾と同一の薬莢2個と同封されて届いた・・・・」
       http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B5%A4%E5%A0%B1%E9%9A%8A%E4%BA%8B%E4%BB%B6

うぅぅんん、またしても神奈川県警が??!!神奈川県警の部署はCIA直轄??

      「・・・・「赤報隊」の犯人に神奈川県警の警察官が容疑者として浮かんでいたが闇に葬られたという記事が、「噂の真相」誌2000年5月号に載っている。」
       http://www.asyura2.com/0306/nihon5/msg/653.html

       統一教会 朝日 赤報
       http://search.yahoo.co.jp/search?p=%E7%B5%B1%E4%B8%80%E6%95%99%E4%BC%9A+%E6%9C%9D%E6%97%A5+%E8%B5%A4%E5%A0%B1&aq=-1&oq=&ei=UTF-8&fr=top_ga1_sa&x=wrt


さて、ここで、モルモンはどうなのか??オピニオン・リーダー的ケント・ギルバートさんは、ブログで朝日について触れてますかぁぁ・・・・まぁ、特段、ふつうの内容ではあるな・・・・

     「2014-09-01 朝日の大罪(二カ国語)

      http://ameblo.jp/workingkent/entry-11918294297.html

     「2014-08-22 20:18:29  朝日新聞へのアドバイス

      http://ameblo.jp/workingkent/entry-11913718096.html


      「統一教会/統一協会とモルモン   2014-04-07 22:19:50 」
    


コメたで御座候

2014-09-19 21:54:25 | その他

NJさんとこの記事に再度、コメントしたとです。   「末日聖徒に「系統的な神学」があるのか?」   モルモン教関連 / 2014-09-13 07:52:22

理神論 vs 啓示 (たまWEB)
2014-09-19 10:34:37
「神学 vs 絶えざる啓示」という対立の枠組みがあるとすれば、これって、たまWEBのブログに書いてた「フリーメーソンの理神論 vs 啓示」に、通じているんでは??と連想しちゃったよ。学者さんたちの世界も、上の方にはフリーメーソンという例の一つかも?!

""フリーメイソンのブリガム vs 予言者ジョセフ""みたいなことになるのかなぁぁ・・・・ブリガム・ヤング大学というのもあることだし、大学機関もさぁぁ、究極、秘密結社メーソンへと・・・・

    理神論
    http://blog.goo.ne.jp/yoriissouno/s/%CD%FD%BF%C0%CF%C0

ジョセフによる神学云々だったら、"Lectures on Faith"というの、ちゃんと訳してさぁぁ、勉強してみるというのも・・・・
  
 
"Lectures on Faith"は、昔、『信証講義』なる訳本あったのかも??

一日一食が体にいいらしい

2014-09-18 21:40:41 | 知恵の言葉、健康生活の向上

一日一食の芸能人の方、けっこういるんですねぇぇ・・・・

「芸能人の1日1食   以前、船瀬俊介氏の『3日食べなきゃ、7割治る』(三五館)を取り上げたことがありましたが、その第2弾が出ました。
  『やってみました! 1日1食』(船瀬俊介著、三五館)  です。
  早速買って読んでみたのですが、これまた面白くて、かつ新たな発見もあったので紹介したいと思います。

1日1食で若返ったビートたけし   「オイラは一日一食しか食べないよ。朝は野菜ジュースだけ」
  ビートたけしさんが、さらっと語っています(「週刊ポスト」2013年7月12日号)。
  1947年生まれ。67歳。テレビで相変わらず「バカヤロ」とギャグを飛ばして舌好調!
  見出しは「『ビートたけし流ダイエット』コッソリ教えちゃうぜっての」。
  それは「朝起きたらまず、野菜ジュースをタップリ飲んで、その後は晩飯まで何も食わない」「軍団のヤツラやら、付き人を連れて焼き肉を食いにいくこともあるけど、オイラは肉をサンチュに巻いてちょこちょこ食って終わりだよ」「まァオイラは自分のリズムに合うからってことで1日1食にしている……」。たけしさんの知人の話も面白い。「60代になってまるでぜい肉がついてないオイラの知り合いは、いつも『腹3分』にしてるっていってた。常に、食いたい量の4分の1しか腹に入れないんだって」(同誌)。
  一時期、急に老けたので驚いたのですが、最近は血色もよく、逆に若返ったようです。
  若返りの秘訣は1日1食にしたことでしょう。
  カロリー制限すると長寿遺伝子がオンになって、若さを保てる。それはもはやだれもが知っている医学の常識です。

もう一人の有名な1日1食主義者が、タモリさんです。
  「オレ、1日1食しか食べない」
  ギネスブックにも登録された長寿番組「笑っていいとも!」内でのコメント。ちなみに「どうして肌がきれいなんすか?」と若手タレントに振られて、「風呂に入って、身体、洗ったことはない!」とも言い切っている。いわく「10分間お湯につかっていれば、汚れの80%は落ちていく」。
  じつに具体的で科学的。1945年生まれ。69歳。そんな歳とは思えぬほど、髪も黒々と若々しい。2014年3月31日、惜しまれつつ幕を閉じた「笑っていいとも!」。32年間、病気もせず、生番組の司会を務め続けたことも驚異的です。
  身近な関係者の話によれば、「タモリさんはイグアナ芸でデビューしたときから1日1食」といいます。そして、「夜8時を過ぎると一切、食べない」。その節制ぶりに脱帽です。「その少食主義のライフスタイルを見習って、芸能界にファスティング(断食)が広がっていった」とのことです。

  〇日曜日は24時間の完全断食

  「笑っていいとも!」通算8054回のうち欠席したのは、わずか12日。休んだ理由も船舶試験、ゴルフ中の事故など。「風邪などの体調不良で休んだことは一度もない」(テレビ局関係者)。これはスゴイ。「いいとも!」生放送でも「1日3食は食べすぎ」と断言。
  「いいとも!」の後は、スタッフと食事に行くのが常だったが「行きつけの蕎麦屋で、ここの蕎麦はウマいんだと言いながら、蕎麦は頼まず、アジの骨せんべいをッマミにして、ひたすら飲んでました」(業界関係者)(「週刊大衆」2014年4月28日号)。
  さらに、2014年3月27日放映の「とんねるずのみなさんのおかげでしたSP」で、中居正広さんが衝撃証言。
  「タモリさんは、27時間テレビで1回も食べなかったですよ。僕らなんか、昼食べて、間の時間におにぎり食べてとかですけど、(タモリさんは)なにも食べなかったんですよ」。これに対して、タモリは平然と答える。「食べるとね、絶対バテると思ったの」。
  さらに中居さんが尋ねます。「1週間に1回、断食してるんですって?」。これにも、さらっと「完全に24時間食べない!」と涼しい顔で答えている。「日曜日は食べないんですって」と語ると、他の出演者はいっせいに「エーッ!」・・・・

〇水谷豊も千葉真一も1日1食

〇芸能界は少食・断食ブーム!?

〇活躍の源はファスティングパワー

 女子プロゴルファーの横峯さくらさん。「活躍を支えたのは食事」とさくらパパこと横峯良郎氏は証言します。
  「スタミナ・持久力となると、これは肉食じゃダメなんだよ。なぜかというと、脂っこいものは消化エネルギーをたくさん使ってしまうから、それだけスタミナをとられてしまうわけ。だから、トーナメントウィークにさくらは一切、肉類は口にしない。代わりにタンパク源は納豆、豆腐、魚から摂るようにしている。それだけじゃないぞ。主食の米は発芽玄米だ。これはね、腹持ちもいいし、ビタミンBとマグネシウムが豊富だから、筋肉を動かすためには必要な栄養が豊富に入っている」(「スポルティーバ」2006年9月号)
  大リーガー、レンジャーズのダルビッシュ・・・・

〇1日おきに断食した老人たち

 それを証明するデータもあります。
  「スペインの養老院で、1800キロカロリーの食事を毎日与えたグループと、1日おきに断食させたグループを比べたら、1日おきに断食した老人たちが、圧倒的に長生きした」(『ファルマシア』1988年 No.24)
  ここでも、「満足→空腹」の刺激の繰り返しリズムが、生命力を活性化しているのです。1日1食の場合も、朝昼抜いた空腹感と夕食の満足感のリズムで、同じことがいえそうです。
  言い換えると「空腹感」(飢餓刺激)が、いかに生命を活かす重要な剌激であるかがわかります。空腹刺激こそ、全身60兆の細胞を活性化させ、器官・臓器を躍動させるのです。
  長寿遺伝子がスイッチ・オンになるのも、その生命賦活の一環です。3食漫然と食べ続けて、空腹刺激がなくなる。すると、生命力のスイッチも錆びついてしまうのです。
  それは、断食すると生殖能力が旺盛になることからもわかります。ファスティングすると、中高年男性でも、いわゆる”朝立ち”が蘇ることに驚きます。飢餓感が性能力と性欲を昂進するのです。夫婦で断食すれば、子宝に恵まれやすくなるのも当然です。
  それにしても、日本の病院や老人ホームの給食は、まるで逆のことをやっています。
  「3食キチンと食べなさい」と、介護士は食欲のない老人の口に押し込みます。「食べたくない」のは身体が生き残るために拒絶しているのです。そこに、無理やり詰め込むことは「早く死ね!」と言っているに等しい。彼らは「食べさせない」のは老人虐待だといいますが、「無理に食べさせる」ことこそ老人虐待なのです。


      http://homepage2.nifty.com/motoyama/


「一日一食で本来の健康を取り戻そう     「夜の接待が続き、血糖値がドカンと500に跳ね上がり、糖尿病ということに。
   それが1年前くらいのことで、即入院したら、「三食しっかり食べろ!」とか、「キッチリ食べなきゃダメだ」とか、「炭水化物は何対何で食べろ」とか食事指導を受けた。これでは死んでしまう、これは違うなと思ったところで、本屋で『3食食べなきゃ、7割治る!』が目についた。「アッ、これだ!」と思った。最初はインスリンを打ちながら1日1食を始め、結果的にインスリンは1ヶ月で離脱した。それまで合併症がきてて、手足がしびれた。でもこれが2ヶ月くらいで消えていった。

   医者に「1食にしたい」と言ったら、「3食食べないとだめです!」と怒られた。
   私は糖尿病患者なのに・・・。しかも「ご飯抜いちゃだめです!」、「炭水化物はしっかりとりましょう」と言う。いやもう、本当に死んじゃうところでした。あの本で「断食」と「食べない」ことの大切さを知り、さらに甲田光雄さんの本も読みました。厚労省が「30品目食べろ」とか、栄養学会が「何カロリーとれ」とか言っているけど、これは本当に怖ろしい犯罪だと思います。糖尿病になった真面目な人が、病院の栄養指導のままやっていたらエライことですよ。

   完全にインスリン依存になって、クスリが増えて最後は透析ですから。
   経費は1人、年間500万円でこれは全部税金です。つまりこれは、病院の金づるのベルトコンベアに乗っかるようなものです。糖尿病は合併症が怖いんです。まず腎臓、肝臓、そして目にもきて、それぞれにクスリが打たれる。壊疽(えそ)で足を切断したりして、苦しんで苦しんで、最後は死んじゃう。

   医者は優秀な人の集団のはずなのに、よくそんなことを疑わずに平然とやっているなと、ちょっと人間不信になりました。医者はこれで患者を助けられると、本当に信じているんでしょうか? 医者だってばかじゃないから、頭がいいわけだから、たとえば書店にあれだけ並んでいる本を1冊でも読めば、気づかないわけがない。本のおかげでインスリンから抜けて、今は1日1食ですが、体重はまったく変化なし。3回食べると血糖値は上がるけれど、1日1食だとまったく問題ない。

   インスリン打って、栄養入れて、しかもカロリー計算。あのカロリー主義は絶対におかしいと思う。こんな歳でこんなことになったおかげで、多分死ぬまで元気でいられる。これがなければ、おそらく医者の言いなりになっていたと思う。」
                      成田儀則  会社社長 52歳 身長164 体重56キロ

      http://ameblo.jp/eva-omega/entry-11915043327.html

      一日一食 タモリ
      http://search.yahoo.co.jp/search?p=%E4%B8%80%E6%97%A5%E4%B8%80%E9%A3%9F+%E3%82%BF%E3%83%A2%E3%83%AA&aq=-1&oq=&ei=UTF-8&fr=top_ga1_sa&x=wrt

      アカゲザル 長寿遺伝子
      http://image.search.yahoo.co.jp/search?ei=UTF-8&fr=top_ga1_sa&p=%E3%82%A2%E3%82%AB%E3%82%B2%E3%82%B6%E3%83%AB+%E9%95%B7%E5%AF%BF%E9%81%BA%E4%BC%9D%E5%AD%90


女神/女王、見てきたなずら

2014-09-17 21:30:53 | その他

東京は上野にある東京都美術館で、「メトロポリタン美術館 古代エジプト展 女神と女王」行ってきたで御座候。

このハトシェプスト女王は、10代の時、モーセ(Moses)をナイル川で拾って養母となった、ファラオの娘であったと推測されてるらしい。女王の父母の名は、Thutmoses I, Queen Amoses で、‘MOSES’ という音、つづりが入ってるということだ・・・・この意味は何なんでしょう??  アブラハムによって伝えられた福音の教えを信ずる人たちだった??‘永遠の生命’(永遠の命)といった言葉の由来も??

     「ファラオになった女王 ハトシェプスト」
      http://met-egypt2014.jp/midokoro/pharaoh.html

      ハトシェプスト
      http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%83%88%E3%82%B7%E3%82%A7%E3%83%97%E3%82%B9%E3%83%88

      http://image.search.yahoo.co.jp/search?ei=UTF-8&fr=top_ga1_sa&p=Hatshepsut++moses


「1:22 そこでパロはそのすべての民に命じて言った、「ヘブルびとに男の子が生れたならば、みなナイル川に投げこめ。しかし女の子はみな生かしておけ」。

2:1 さて、レビの家のひとりの人が行ってレビの娘をめとった。

2:2 女はみごもって、男の子を産んだが、その麗しいのを見て、三月のあいだ隠していた。

2:3 しかし、もう隠しきれなくなったので、パピルスで編んだかごを取り、それにアスファルトと樹脂とを塗って、子をその中に入れ、これをナイル川の岸の葦の中においた。

2:4 その姉は、彼がどうされるかを知ろうと、遠く離れて立っていた。

2:5 ときにパロの娘が身を洗おうと、川に降りてきた。侍女たちは川べを歩いていたが、彼女は、葦の中にかごのあるのを見て、つかえめをやり、それを取ってこさせ、

2:6 あけて見ると子供がいた。見よ、幼な子は泣いていた。彼女はかわいそうに思って言った、「これはヘブルびとの子供です」。

2:7 そのとき幼な子の姉はパロの娘に言った、「わたしが行ってヘブルの女のうちから、あなたのために、この子に乳を飲ませるうばを呼んでまいりましょうか」。

2:8 パロの娘が「行ってきてください」と言うと、少女は行ってその子の母を呼んできた。

2:9 パロの娘は彼女に言った、「この子を連れて行って、わたしに代り、乳を飲ませてください。わたしはその報酬をさしあげます」。女はその子を引き取って、これに乳を与えた。

2:10 その子が成長したので、彼女はこれをパロの娘のところに連れて行った。そして彼はその子となった。彼女はその名をモーセと名づけて言った、「水の中からわたしが引き出したからです」。
」  (出エジプト記)


      ハトシェプスト   モーゼ
      http://search.yahoo.co.jp/search?p=%E3%83%8F%E3%83%88%E3%82%B7%E3%82%A7%E3%83%97%E3%82%B9%E3%83%88+++%E3%83%A2%E3%83%BC%E3%82%BC&aq=-1&oq=&ei=UTF-8&fr=top_ga1_sa&x=wrt

      http://search.yahoo.co.jp/search?p=Hatshepsut++moses&aq=-1&oq=&ei=UTF-8&fr=top_ga1_sa&x=wrt


‘聖なる森’  その2

2014-09-16 22:15:13 | 教会の歴史 

ジョセフ・スミス・シニア家が、1818年パルマイラに引っ越して、約60エーカーの森林地を所有していた。丸太小屋の住む家を立て、畑作のためには冬から早春にかけて伐採、開墾し4月半ば以降、種を植えるみたいな農業生活ということですね。早春の短い期間にはメープル・シロップを年1000ポンド、生産したとシニアの妻ルーシー・マックは記している。そのためには推測で家族総出で約500本の楓の木から約6万ポンドの樹液を集めたということになるらしい。そんな農家生活だったと。

インスティチュート教科書『時満ちる時代の教会歴史』p38には、100エーカーってありますけど、徐々に購入していったんでしょう。60エーカーは、1224坪×60=73440坪。東京ドームは、約14,152.8坪で約11.5エーカーなので、東京ドーム約5.18個分という広さだな。

んで、『高価な真珠/ジョセフ・スミス歴史』1:15に「わたしは前もって決めておいた場所に人目を避けて行き」とあるわけですが、

1843年、予言者ジョセフは、ある新聞記者のインタビューに応じてまして、そのインタビュー記事から‘決めておいた場所’に関し、もう少し・・・・

「1843年8月29日デビッド・ナイ・ホワイト記者によるジョセフ・スミスへのインタビュー、ピッツバーグ・ウィークリー・ガゼット1843・9・15発行

・・・・ヤコブの手紙1:5を読んで、私は兎に角、神に尋ね求めると決心したんです。そしてすぐに森の中に入ったわけなんだ。そこは前から父が伐採をしていたんだが、(私も手伝いをしていたわけで。前日、)私がその仕事を終えた時に目印として斧を切り株に打ち込んでおいてて、その切り株のところへ行って、そしてひざまずいて、どの教会に加わったらいいでしょうか?と声を上げて祈ったわけなんだ。するとじかに光を見たんだよ。そして、その光の中に栄光に満ちた一人のお方を、そしてそれから、もう一人のお方を見たんだ。最初のお方が、次の方を指して、‘見なさい、私の愛する子です。彼に聞きなさい’と言ったんだ。それで私はその質問をしたわけで。‘主よ、どの教会に加入したらいいですか’と。そしたら彼は、‘どの教会にも加わってならない。どれも誤りに陥っている。’と答えられたんだ。・・・・

ということで、そのあたりは、伐採、開墾され畑にでもなった可能性ありということに・・・・まぁ、ついでに、たまWEBの証というか、深く信じてることは、ジョセフは予言者であった、つまり、ジョセフの祈りに父なる神さまとその御子イエスが訪れ答えられ、この末日に天が再び人類に開かれるようになったということなんだわさ。

      http://search.yahoo.co.jp/search?p=%22went+to+the+stump+where+I+had+stuck+my+axe+when+I+had+quit+work%22&aq=-1&oq=&ei=UTF-8&fr=top_ga1_sa&x=wrt


‘聖なる森’

2014-09-15 22:19:06 | 教会の歴史 

「聖なる森」は、モルモンでは、予言者ジョセフが、どの教会に加わったらよいか祈り尋ねた時に、神と主イエスにまみえ、答えを受けた所なわけですが、この「聖なる森」という言葉使いに(その語を持ってきたことに)なんでやねん??とばかりに、たまWEB風いちゃもん、異議ありみたいな・・・・

単に、‘林’(woods, woodland)だけでよかったのにぃ、ジョセフの時代にだぁぁれも“聖なる森”/“sacred grove”なんていう言葉、その雑木林を指して、使ってなかったんだと。・・・・その林、スミス・シニア家がパルマイラに住んでた間、所有してた土地で、開墾されて畑になってた可能性も。まぁ、後に記念のためそれら土地を教会が購入していったことは、良い事ですが、この呼び名だよね、それには別の意味が昔からあったわけで・・・・

“聖なる森”は、英語で“sacred grove”で、この“grove”は、goo辞書では

(1 ((文))木立ち,林,小さな森. ▼forestより小さい  a picnic grove/ピクニック向きの木立ち、a bamboo grove [=a grove of bamboo]/竹やぶ.  2 小さな果樹園,果樹の木立ち  an orange grove/ミカン畑.  3 ((G-))…通り. ▼並木のある通りの名.)

となりますかぁぁ。

んぎゃ、旧約聖書欽定訳で、“grove”といえば(新約には、なし)、日本語聖書での‘アシラ像’(新共同訳では‘アシェラ像’)になってるんだわさぁぁ。複数形を含め、47箇所の節に出てきて、創世記21:33(‘ぎょりゅうの木’とある)を除き、あとはみんなアシラ/アシラ像。

出エジプト記・34:13 むしろあなたがたは、彼らの祭壇を倒し、石の柱を砕き、アシラ像(groves)を切り倒さなければならない。

士師記 3:7 こうしてイスラエルの人々は主の前に悪を行い、自分たちの神、主を忘れて、バアルおよびアシラ(groves)に仕えた。

士師記・6:25 その夜、主はギデオンに言われた、・・・・バアルの祭壇を打ちこわし、そのかたわらにあるアシラ像(grove)を切り倒し

列王紀下・23:7 また主の宮にあった神殿男娼の家をこわした。そこは女たちがアシラ像(grove)のために掛け幕を織る所であった。

イザヤ書・17:8 おのれの手のわざである祭壇を仰ぎのぞまず、おのれの指が造ったアシラ像(groves)
と香の祭壇とに目をとめない。

ミカ書・5:14 またあなたのうちからアシラ像(groves)を抜き倒し、あなたの町々を滅ぼす。


「アシラ(Asherah)    アシラは、西セム系太女神アシェラトのヘブル読みである。古代イラン語asha(宇宙の法則)に由来するものと思われる。この法則は家母長の法則であって、古代ローマの自然法と同じようなものである。  旧約聖書の欽定英訳ではアシラは「木立」groveとなっている。しかし聖なる木立が女神の生殖器の中心、つまり万物生誕の場であるという説明はなされていない。母権制時代、ヘブライ人は木立の下で女神を崇拝した(『列王紀上』第14章 23節)。しかし父権制時代になると、改革者たちは女神像を切り倒し、アシラに仕える聖職者たちの骨を彼らの祭壇の上で焼いた(『歴代志下』第34章 4-5節)。女神の木立-女陰は「聖なる場所」Athra qaddisa(文字どおりの意味では「聖娼」)であった。アシラは、ときには、単に「神聖」と呼ばれた。・・・・

   http://web.kyoto-inet.or.jp/people/tiakio/antiGM/asherah.html

「Grove, Sacred(聖なる森)    森は、古代の宗教では、洞穴の次に一般的によく知られていた子宮のシンボルだった。聖書に登場する古代セム族の場合も例外ではなく、彼らにとってアシュラは「森の母神」だった。森の中の巨木、柱、オベリスクなどは、多くの場合、この母神の胎内に宿っている男神(女神の子どもであると同時に愛人でもあった)を表していた。

「聖なる森」をさす共通の印欧語は、ネミNemi(ラテン語ではnemus)だった。このことは、「聖なる森」がネメシス、ディアーナ・ネモレンシス、ディアーナ・ネメトナといった「森の女神」に捧げられていたことを示している。ドルイド教のオークの森は、ネメトンといった。ストラボンStrabon〔64/3B.C.-21以後A.D.〕によると、小アジアにあったガラテヤ人(ゴール人)の最高の聖所は、ドルネメトン(ドルイドの森)だったという。スコットランド南部には、メディオネメトンという名の聖所があった。  フランス北西部のブルターニュ地方には、11世紀になっても、ネメトと呼ばれるドルイド教の聖なる森が残っていた。

   http://web.kyoto-inet.or.jp/people/tiakio/antiGM/grove.html

    
   娼婦  アシラ
    http://search.yahoo.co.jp/search?p=%E5%A8%BC%E5%A9%A6++%E3%82%A2%E3%82%B7%E3%83%A9&aq=-1&oq=&ei=UTF-8&fr=top_ga1_sa&x=wrt

   「カナン人が行っていた多産信仰とは多産の女神であるアシラとその相手であるバアル神を崇拝する信仰のことである。バアル神とアシラ女神の性交によって肥沃、豊饒、多産をもたらす力が与えられるというもので、多産の活動は神殿における売春という一つの儀式によっていっそう刺激されるものと信じられていた。申命記23/17,18をみると神殿娼婦、男娼たちは売春を行ってお金を稼ぐことにより、神々への献身ぶりを示した。エジプトで出土した飾り板に両手に蛇を持っているアシラ女神が描かれているものがあり、蛇とアシラ女神とは深い関連がある。

    http://www.ijournal.org/IsraelTimes/history/katsurei.htm

   「愚者の侃々諤々 (´▽`)ノ  ◆ バアルと偶像崇拝 2008年11月27日   
バアルは天候を司り、植物を育てる神として祭られ、アシェラという女神を妻として伴い、「平原の豊穣神」として一緒に拝まれることが多かったようです。これらの乾燥地域では嵐は豊饒の兆しですから、バアルは乾期・雨期の自然のサイクルに従い恵みの雨をもたらす豊饒の神だったのです。バアル神は雨や風や雲を支配する力を有しており、バアルだけが人間や家畜や作物を不妊や不作から,さらには死からさえ救い出せると考えられていました。そして、バアル神による保護がなければ、カナン人の執念深い神であるモトが必ず災いをもたらすとされていました。バアルを崇拝する人々は,安息日や様々な道徳上の制限といった律法の規定を守る必要は無く、イスラエル人に与えられた律法生活とは違い、自分たちにほとんど何も要求しない宗教でした。アシェラ神は元々フェニキア・カナン系宗教の豊穣女神で至高神エルの妻ですが、パレスチナに入って、土地の豊穣神バアルの妻として、一緒に祭られるようになったものです。このバアル(男神)とアシェラ(女神)が交わることによって、子供や家畜、作物の高収穫がもたらされると信じられていました。

また、カナンではアシュタロテという神も拝まれていました。これはバビロニアのイシュタルに相当する西セム人の豊穣女神ですが、イシュタルの戦争女神的な面は後退して、豊穣女神としての性格が強くなっています。旧約聖書では「天の女王」とか「天后」とも呼ばれています(エレミヤ:44章17節以下)。アシュタロテは、多くの異なった名前を持つ神でもあり、アスタルテ、アシェラー、アタルガティスとも呼ばれます。バビロニアでは「イシュタル」、ギリシアでは「アフロディテ(ビーナス)」と同一視されています。この女神は士師の時代にイスラエルに持ち込まれており(士師記:2章13節、サムエル第一:7章4節)、ソロモン王自身がこれを賞賛して背教に走り(列王記第一:11章5節)、ようやくヨシヤ王によって退けられました(列王記第二:23章13節)。この女神は、しばしば「バアル」と並んで対等の位置を占める女神として挙げられています(士師記:2章13節)。また、列王記第二23章4節には、「・・・バアルとアシラと天の万象とのために・・・」の、「天の万象」という言葉がアシュタロテを指しているとされることから、この女神が彗星やその他の天体の1つであったとも考えられています。

カナン、シリヤ地方の祭祀では、男性神のそばに一女性神を置くのが慣習でした。バアルのそばに「女性の主(Herrin)、バアラト(Baalath)」が置かれます。これは命を授ける自然の力を宿した偉大な女神「アシタルテ」ですが、この祭祀形態自体はローカルなものです。ただ、別の女神が特に有名になったり、男性神がより広い地域で崇拝されるようになっても、バアラトとしての女神は、ローカルの崇拝者の意識の中に特別な意味を持っています。この女神を祭って豊穣を祈る祭儀は性的なもので、その祭儀が行われる場所は「聖なる高台」と呼ばれ、神殿娼婦が置かれていました。また、彼等(カナン人)は神殿男娼や娼婦を「神聖な男女」として考えていました。生殖と豊穣が結びついて、豊穣を祈る祭儀に性的な象徴が用いられるのは、現在でも世界共通の現象のようです。これらの事からも、礼拝で売春や魔術が行われていたと容易に考えることが出来るでしょう。その他、モアブ人の神ケモシ、アンモン人の神ミルコムなどの神々のために聖なる高台が築かれ、祭儀が行われました(列王記第二:23章13節)。このような土地の神々は一括して「バアル」の名で呼ばれることもあったようです。このバアルの聖なる高台で、イスラエルの人々は豊穣繁栄を求めて、神話が語る神々の像を造り、その前で香を焚き、酒を注ぎ、犠牲の動物を焼き、性的放逸に耽り、神殿売春をし、時には息子や娘を火で焼いて捧げることさえ行ったのです(エレミヤ:19章5節)。

    http://blog.goo.ne.jp/watapi_1968/e/ecba7c27c5360012599fc4f921a6b2d9

      娼婦  アシュラ
    http://search.yahoo.co.jp/search?p=%E5%A8%BC%E5%A9%A6++%E3%82%A2%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%83%A9&aq=-1&oq=&ei=UTF-8&fr=top_ga1_sa&x=wrt

   「Prostitution(売春)    ヒンズー教のデヴァダシスdevadasis(寺院娼婦)のように、古代の中東の神殿では、娼婦-巫女が女神の恵みを分け与えた。彼女たちは美と善意の比類ない結びつき( カリス charis、ラテン語のcaritas)に関わっていたため、しばしばカリスたち、あるいは美の女神たちとして知られていた。charisはのちに「慈善」charityと訳されるようになる。実際にはカリスは、母の愛、優しさ、慰め、神秘的啓示、そして性交、がすべて一体となったヒンズー教の慈悲karunaと同様のものであった。

 ヘシオドスは聖なる娼婦たち、すなわちホーラたちの官能的な魔術は「男性の行動を熟させる」と言っている[1]。バビロンの偉大なる娼婦イシュタルは告げた。「思いやり深き娼婦、それが私である」[2]。マグダラのマリアは、売春をしている彼女の姉妹について言った。「私たちは姉妹たちに思いやり深いばかりでなく、全人類に対して思いやり深いのです」[3]。

 「娼婦たちの母」として、イシュタルは「太母神ハルHAR」と呼ばれた。彼女に仕える女大祭司ハリーヌHarineは、「イシュタルの都市」の霊的支配者であった[4]。HARはペルシア語のhouriとギリシア語のHoraと同語源である。また以前は「女性の神殿」あるいは聖所を意味したharemの語源でもある[5]。聖所の意味は、かつてはseraglio(後宮)にも付せられていた。seraglioはセム語のserai(王妃の神殿)から派生した語である。

 古代の娼婦はしばしば高い社会的地位を占め、彼女たちの持つ学識は尊敬を受けていた[6]。パレスティナにおいてカデシェト(偉大なる娼婦)と呼ばれた天界の女王の化身のように、娼婦はギリシアと小アジアのミノア島の学問の中心地において、女王のように崇敬された[7]。実際に女王になった者さえあった。ユスティニアヌス帝の妻であるテオドラ皇后は、最初は神殿娼婦であり[8]、コンスタンティヌス帝の母である聖ヘレナは、皇后-聖人になる前は娼婦であった[9]。

 アモリ人の聖なる法律によると、「結婚しようとする女性は、情交を行うために、(神殿の)門のそばに7日間座っていなければならなかった」[19]。このような法律は女神を宥めるためのものと考えられた。正式の結婚が行われず、子どもが自分の父親を知らなかった時代には、女神は一夫一妻制を喜ばなかったからである[20]。ギリシア神話では、太女神は、天界の父ゼウスに一夫一妻制を禁じ、自らが行った古代の集団婚が唯一正しい方法であるとした[21]。

 踊る娼婦たちは「時間」Hoursと呼ばれるようになった。ペルシア語ではhouri(天女)、ギリシア語ではhorai(ホーラたち)である。エジプトの神殿娼婦もまた「時間を司る女性たち」であった。それぞれが夜の一定の時間を支配し、ラーが冥界で彼女たちの支配する時間内を通過する間、ラーの乗る太陽の舟を保護した[24]。「時間の踊り」は、ホーラたち(聖なる「娼婦」たち)の異教の儀式として始まった。ホーラたちは、キリスト教の修道士が後に昼間の時刻を祈祷によって保持したように、夜の時刻を踊りによって保持した。ヘブライ人の最も古い伝統的なフォーク・ダンスは、今でもなお、神殿娼婦の輪踊りに由来してhoraと呼ばれている。ホーラたちはまた天界の門を守護し、祝福された者の霊魂の世話をし、天界の球層を回転させた[25]。

 セム族の1氏族である『創世記』第36章の「ホリびと」は、その家系をたどれば「ホーラ」としての太女神から出ていた[32]。ユダヤの民にはヨシュア王(紀元前640?-609?)の時代に祭祀娼婦がいて、彼女たちは神殿の隣に住み、聖なる木立のために掛け幕を織った(『列王紀下』第23章 7節)。聖書の現代訳は「神殿男娼」sodomitesと呼んでいるが、本来の言い回しは神殿娼婦を意味していた[33]。このような神殿娼婦はしばしば、「神の息子」すなわち予言者や、時には生贄の犠牲として捧げられる者を生むために、隔離されていた[34]。

 中世にしばしば語られた話によると、修道女が修道院から抜け出して、数日間売春婦として生活しようと決心したとき、聖母マリアは迷える修道女の姿となって修道院で代わりを勤め、そのために彼女は失踪を発見されず、追跡されなかったという[57]。この話のドイツ版では、修道女のベアトリクスは修道院を出て、異教徒の恋人と15年間暮らした。再び修道院にもどったときに、彼女は、聖母マリアがその間じゅう彼女の代役としてお勤めを行っていたのを知ったという[58]。

 中世の売春宿は、必ずしも女子修道院と明確に区別されてはいなかった。異教の巫女たちの集団であるcollegiaの痕跡が両方の組織にまつわりついていた。ひとつの共同体の中で男性と女性がともに住む初期の「共同修道院」は、ときには神聖な売春婦の宿となった。数人の教皇はローマに「聖なる売春宿」を持っていた。ナポリ王妃ジョアンナは、ローマ教皇庁があった(1307-99)アヴィニヨンの町に、「大修道院長」という名の娼婦たちの宗教的な家を建てた。ヴィクトリア朝時代には、歴史的な先例は忘れ去られたが、娼婦の女主人を、「尼僧院長」と呼ぶ習慣は、一般的なものとしてまだ残っていた[59]。

     http://web.kyoto-inet.or.jp/people/tiakio/antiGM/prostitution.html#11

   ドルイド  いけにえ
   http://search.yahoo.co.jp/search?p=%E3%83%89%E3%83%AB%E3%82%A4%E3%83%89++%E3%81%84%E3%81%91%E3%81%AB%E3%81%88&aq=-1&oq=&ei=UTF-8&fr=top_ga1_sa&x=wrt


   聖なる森 ジョセフ
   http://search.yahoo.co.jp/search?p=%E8%81%96%E3%81%AA%E3%82%8B%E6%A3%AE+%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%82%BB%E3%83%95&aq=-1&oq=&ei=UTF-8&fr=top_ga1_sa&x=wrt


コメしたで御座候

2014-09-14 20:02:25 | その他

  NJさんとこ・・・・「末日聖徒に「系統的な神学」があるのか?   モルモン教関連 / 2014-09-13 07:52:22 」

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信条、杭、啓示、救い (たまWEB)
2014-09-14 16:38:14
“ジョセフ・スミスは次のように述べたと伝えられている。「末日聖徒は信条を持たない。常に真実の原則を受け入れる姿勢で、明らかにされる毎に加えられていく」(「手書きによる教会史」Manuscript History of the Church, 1843年1月1日)。

のところですが、、これは、『歴代管長の教え ジョセフ・スミス』(2007)の第22章「永遠の真理についての知識を得る」のp264にありますな。

「わたしは,末日聖徒と諸教派の最も顕著な違いは,後者は皆,何らかの特有の信条によって制限を受けており,そのために会員はその中に含まれていない事柄を信じる特権を奪われていることであると述べました。一方,末日聖徒は,……存在するすべての真実の原則を,それが明らかにされる度に,いつでも信じる用意ができているのです。」
‘……’のところは、‘信条を持ちませんが、’になるかな。

(英語だと“In reply to Mr. Butterfield, I stated that the most prominent difference in sentiment between the Latter-day Saints and sectarians was, that the latter were all circumscribed by some peculiar creed, which deprived its members the privilege of believing anything not contained therein, whereas the Latter-day Saints have no creed, but are ready to believe all true principles that exist, as they are made manifest from time to time.

http://www.boap.org/LDS/History/History_of_the_Church/Vol_V  )

同章には他に、ジョセフからの引用として、例えば、こんなのが・・・・

「わたしには別の宗派のどのような信条も信じることはできません。どれも幾らかの真理が含まれていますが,同時にそれらすべての信条の中にわたしには受け入れられないものが含まれているからです。わたしは神の御前に行ってすべてのことを学びたいと思います。ところがそれらの信条は,杭(くい)を立てて〔制限を設けて〕,『ここまで来てもよい,越えてはならぬ』と言うのです〔ヨブ38:11〕。わたしにはそれを受け入れることはできません。」

「全能者に対して杭を立てる性癖があるすべての人々に申し上げます。皆さんは神の栄光を得ることができないでしょう。御子の受け継ぎの共同の相続人となるためには,あらゆる偽りの言い伝えを捨てなければなりません。」

「わたしたちが知るべき偉大なことは,創世の前に神が定められたことを理解することです。それが分かるのはだれでしょうか。人類には生まれながらに,全能者の業と道に杭を立て,制限を設ける性癖があります。……創世の前から隠されてきたことが,終わりの時には,みどりごや乳飲み子に示されます〔教義と聖約128:18参照〕。」

「人々が〔真理に〕反対して口を開くとき,彼らはわたしではなく,自分自身を傷つけることになります。……理解力の弱い人々が最も重要な事柄を一考すらせずに無視する一方で,わたしはあらゆる角度から真理を見,胸のうちにしっかりしまっておきたいと思います。わたしは神がこれまでに明らかにされたすべてのことを信じています。信じすぎたために罰の定めを受けた人について聞いたことがありません。人は不信仰のゆえに罰の定めを受けるのです。」

      http://ldschurch.jp/bc/content/Japan/gospel-library/manuals/teaching-of-prophets/of-the-church/36481_300_josephsmith.pdf


神学を構築しようとする場合、ジョセフの言う“杭を立てる”ことに矛盾しなければ、OKということになるんかな・・・・神学が継続する啓示や個々人の霊感等を排除してしまうとなれば、それは、“杭を立てる”になるんでしょうね。神学には継続する啓示とは相容れないんでしょうかね??ジョセフのこういった言説からは乖離してしまう??

      神学 啓示
      http://search.yahoo.co.jp/search;_ylt=A2RACGzHNRVUojUAvFmJBtF7?p=%E7%A5%9E%E5%AD%A6%E3%80%80%E3%80%80%E5%95%93%E7%A4%BA&search.x=1&fr=top_ga1_sa&tid=top_ga1_sa&ei=UTF-8&aq=&oq=&afs=


インスティチュート・テキストに代わる、教会を代表するテキスト。おおいにけっこうでは、常に改善され進歩発展していくみたいな・・・・

教会では、総大会での説教が霊感されたもの、啓示に次ぐものみたいに捕らえられてたりして・・・・どの程度、主がよしとして、霊感・啓示を与えてるものなのかぁぁ???

想像するに、個人の受ける最大・最高の啓示とは、その人自身が永遠の生命を受けるというものなんでしょうか??
  

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その人自身が永遠の生命(永遠の命)

末日聖徒の信条、ゼロというわけではないんでしょうね、信仰箇条というのがあるわけで。