犬の散歩

見たこと、聞いたこと、感じたこと、思ったこと

ソメイヨシノの蕾が膨らんできた

2014-03-23 07:30:35 | 日記


 6時35分に犬の散歩に出掛ける。今日は日曜日。

 海岸道路を通って崖下の礫岩広場へのコースを歩く。天気は良く風はない。用心のため薄手のジャンパーを着用したが前は開けたままである。

 北の玄関を出て家の横を通り南の門から表に出る。中道を通り公園の前の道を通る。正面に神社の鳥居がある。これが以前は国道への出入り口にあったのだ。それがバスの通行に支障があるとかでこちらに移築されたのだ。
 さっき釣り道具を載せた自転車で我々を追い抜いた人がその鳥居の前で拝んでいた。また、犬を連れた人が拝んだ。願いがあってもなくても拝むのだろう。習慣になっているのかもしれない。
 現実的な願いがあるのはそれだけで生きがいにつながるかもしれない。どんな絶望的な願いであってもだ。
 人間社会に自然のものや只のものはない。みな必要に応じて人間が作り出したものだ。作り出さねば何も始まらない。

 海辺のカフェの駐車場の横から浜に下りる。南に歩き階段の出入り口から出て海岸道路を南下する。すぐに住宅地に入る。右側のブロック塀の隙間から岩の上で釣りをしている人が見えた。

 礫岩広場に至る。この下でも釣りをしている人がいた。ここは釣りのポイントなのだろう。広場の奥まで行く。その先にも細い道があるのだが行ったことがない。崖の方からウグイスの囀りが聞こえる。

 戻って広場から出て崖下の道を歩く。高い電線の上でホオジロが鳴いていた。「イッピツケイジョウツチチ」とかに聞こえる。何度も何度も鳴いていた。
 川の方へは行かずに帰る。川への夕方行こう。

 7時20分に帰着。


 昨夕の散歩について

 5時10分前に犬の散歩に出掛ける。

 また、出発前の恒例の行事である。犬が散歩の準備をしている私に向かって吠える。それで気分を害したので無視して2階に上がり読書の続きをする。しばらくして階段を下りて行くと吠える。途中から引き返し読書の続きをする。
 それを何度やったことか。
 だいぶ落ち着いてきたので、今度は階下でジャンパーを着る、軍手をはめる、帽子をかぶるの順で準備をするのだが、それぞれの行為で何度もやり直す。ジャンパーを着る、脱ぐ。軍手をはめる、外す。帽子をかぶる、脱ぐ。犬が吠えたら脱ぐ、外す、脱ぐである。お座りをしたら着る、はめる、かぶるである。
 態度、行動で教えるしかないと決心している。犬は不思議に思っているだろう。どうして、どうしてと。
 私としては抑制を身に付けてもらいたいのだ。それが犬の行動規範になると良いと思っている。それが犬の生活のレヴェルを上げることにつながるからだ。
 こちらも辛抱これまでという所まで来て、ようやく犬はじっと待つことを学んだ。

 参道を通って公園からグラウンドへ行く。向こうから15歳の犬を連れた人がやって来た。
 「どうも、こんにちは。」
 「ラブちゃん、覚えておいてくれたのね。」と喜んでくれた。
 犬同士も仲良しになったようだ。お互いを嗅ぎ合っていた。
 私は相手の犬に向かって
 「よしよし。」と言ったら我が犬が私の方を向いて寄って来て嬉しそうな顔をした。そうなのだ、あれほどつれなくされて見捨てられたように感じていたのだろう。それが優しい声をかけられ自分が対象ととったのである。いつもなら散歩中はこちらに顧慮を払わないのだが。嬉しそうな目を見たら頭を撫でずにはおれなかった。
 「まだ、風が冷たいですね。」
 「ええ、でも明日から暖かくなりそうです。」

 グラウンドのソメイヨシノはどの木も蕾を大きく膨らませていた。

 海岸に行き引き返す。

 5時15分に帰着。

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