犬の散歩

見たこと、聞いたこと、感じたこと、思ったこと

ああ、しんど'

2022-02-28 16:10:15 | 日記

2022年(令和4年)2月28日(月)

 

 犬は朝の散歩が近いことを感じると途端に騒ぎ出す。はしゃいでいる。自分の尻尾を噛もうと回転し始める。歳を取っているのでもうはしゃぐことはないのかもしれないと思っていただけに懐かしくもありラブちゃんの若き頃のお馬鹿さんが復活したことにヤレヤレと思いながらも微笑むことが出来た。

 しかし、朝の散歩は楽ではない。朝から疲れてしまう。「ああ、しんど。」と口を衝いて出た。これまでは「ああ、えら。」だった。しんどとはしんどいの短縮形、英語のスペルだったら行の上に付くカンマみたいな記号で表記されるものだ。正式には何と言うんだっけ。ピリオッド、カンマ、コロン、セミコロン、・・・やっと思い出した。アポストロフィーsで思い出した。アポストロフィーである。

 しかし、どうして関西弁が出たのだろうか。一つが解決すれば2番目の疑問が表に出てくる。

 朝は犬にせかされるように散歩に出掛けるのだが、夕方は逆だ。犬は疲れているのか、小さな敷き布団の上で丸くなって寝ている。そばに行って頭をさすりながらラブさん、散歩に行かんかねと呼び掛ける。犬はしばらくは動かない。頭をさすってそれを背中に延長させる。背骨の凹凸が伝わってくる。犬が起きるまで丁寧にマッサージをする。ようやく起きて散歩に出掛ける。夕方の散歩も強引で自己主張のままの散歩であることには変わりはないが、朝ほどの勢いはない。ひょっとしてもう行かんでも良いのかな。それなら実は嬉しいのだが、色々用があるので行かないわけにはいかない。行かなければ夜が大変になることは目に見えているからだ。

 

 


エフの効用

2022-02-27 15:46:26 | 日記

2022年(令和4年)2月27日(日)

 

 犬は心臓があまりよくないのではないかと疑うようになった。時々、ハアハア言うようになった。

 私が心不全になった時、午前中、ずっと咳をしていた。喉が痛くなるほどだった。

 私は知っている人が病気になると、屹度私もその病気に冒されると信じる人間なのだ。この場合、私の病気が犬にうつったのだろうと考えたのだ。

 また、息も苦しくなった。ふうと息をするわけだが、その内、エフ(f)と発音して息をすると大分楽になることを発見した。そのことを看護師に話したことがあるが、気分の問題でしょう、大丈夫ですと分けの分からない解釈をされたばかりであった。

 

 暖かくなった。それであちこちからハエも出てくる。困ったものだが、この世界は私のものではないし人類のものでもない。嫌なもの、自分の不利益になるものといかに付き合うか、どうやり過ごすか、どう我慢するか、どう無視するか。見ないふり、いないふりをして良い世の中だと笑顔になるしかなかろう。最終的にはこちらの生命を冒すようでなければ認める外なかろう。不快感や嫌悪感などの差し迫って緊急の対処が必要でない上等な感覚はしばらく放っておきましょう。その内、慣れてどうと言うことはなくなります。

 とは言いつつ、犬は玄関の扉を開けてもさっと中に入るのではなく、哲学者よろしく瞑想するかのようにしばし佇んでいる間にハエがさっと中に入ると舌打ちが出てしまう。もう手遅れだ。2階にでも上がってこちらと関係なく日干しになってくれるだろうと願うしかない。

 


しっこ行こう

2022-02-26 15:08:25 | 日記

2022年(令和4年)2月26日(土)

 

 真夜中に自分の用で起きた。犬はすやすやと寝息を立てて眠っている。折角よく眠っているのに起こすのは悪いような気がした。しかし、小用で庭に連れ出したのはもう4時間も前のことだ。そろそろ溜まってきているはずだ。照明を点けたり、ラブさん、寝とるかねと声を掛けたり、犬の全身を撫でたりした。横になっている犬の姿を見ると頭部はかなり小さい。それで鼻ずらから頭にかけてゆっくりさする。目覚めさせるに十分な刺激を与えねばならない、だといって犬をびっくりさせてはならない。しばらく続けると犬は何か異変を感じてか首を持ち上げた。

 ラブさん、起きたかね、しっこ行こう、ええかね。犬の首輪にリードを付けてタイミングを取って犬を起こす。犬は寝ぼけ眼なのだろう、足元が覚束なく、まるで歩くのが苦痛であるかのように私に引っ張られてようやく玄関に行った。

 犬は無事、庭で用を足した。糞までした。餌を変えてから犬はよく食べよく糞をするようになった。

 午前4時頃、犬を庭に連れ出す。これで夜の仕事は終わり。

 

 夕方の散歩は犬任せにして肩の力を抜いてどこまでも付き合うぞと思ったが、犬は更に暢気に自分の思うがままに歩く。そんなに寒くもなくゆっくり行くかと犬と一緒に歩いていたが、そのあまりのマイペースぶりに呆れ果て段々、嫌になってきた。が、どうすることも出来ない。自分を諦めることが早くなってきた。

 

 


ショッキングなこと

2022-02-25 16:00:09 | 日記

2022年(令和4年)2月25日(金)

 

 朝7時過ぎに家を出ると小学生それから中学生と出会う。今朝は7時半過ぎで高校生と出会った。彼らが未来なのだ。かつて我々がそうであったように。彼らもいずれ。大人の出勤は仕事に応じて様々のようだ。

 この投稿が私の負担にならないようにまた出来るだけ長く続けられるようにお気楽な薄い軽い内容で行きたいと思う。面白おかしくもなく。えっ、とっくの昔からそうなっているって?平板で欠伸が出るほど退屈で。でもそれでも続けるのは犬と私が生きているからだ。

 

 ショッキングなことが起こる。

 夜、犬を庭に出して所用を足してもらって家に戻ると、点々と鮮血が玄関、廊下と続いている。全体の量としてはたいしたことはない。キッチンペーバーで拭う。これはどこからの出血だろう。ああ、大変だ。が、どう対処して良いか分からない。これが人間なら119番だろう。が、私はたまたまのことだろうと対応を先延ばしにするだけだった。無責任もよい所。はっきり言って飼い主の名に値しない。値しなくたって生きていくしかなかろう。こういう飼い主に当たった犬の不運だろう。申し訳ない。

 寝ている犬が敷き布団から起き上がった。何と犬の下には大きな染みがあった。犬は寝たまま小用を足したようだ。私は60年前以上に卒業した寝小便だ。今でも思い出すが、出始めはすっとして温かくて良いものなのだ。終わって更に満足感が広がる。が、すぐに冷めてくると悲劇が到来するのだ。実際的な問題解決に加え、言い訳を考え出さないといけない。そんなにまあよく具体的に覚えているのは最近、それが復活したのではないのかだって?いえいえ、まだ大丈夫です。復活するのはもっと後年のことでしょう。死の前にその復活が来ないことを祈るばかりだ。

 夜、寝ている犬を起こして庭に出す行為を怠った為にこうなった。これも対処法が思い浮かず、ただ自分の眠りを浅くするしかないのかと思う。段々、歳をとって横着になってなすがままが一番と例の放置策を信奉するのだ。

 そんなことが起こりえるのかと驚天動地(?)の決定がなされ実行され、今も続いている。ロシア軍のウクライナ侵攻である。侵攻は自ら作った自作自演のプログラムに沿って行われた。ドイツのポーランド侵攻、日本の満州事変と全く同じ手口である。やられたからやり返した。悪いのは相手だ。他に口実はないものなのか。世界は、そんなことにいつまでもだまされると思っているのだろうか。いや、そんなことはなかろう。兎に角、武力で押せ押せなのだろう。恐竜には悪いが、勝ったもの勝ちなのだ。恐竜時代以前、以後から、特にカンブリア時代以降の生理、論理が今も尚、通用するのだ。恐ろしや、恐ロシアである。起源は意外に深い。

 プーチン政権はこんな一か八の賭に出るほど追い詰められているのだろうか。外国の内情は分からないものだ。

 一つ思うのはバイデン米大統領がかなり前からロシアのウクライナ侵攻を言い当てていたことで、そのまま現実となった。ロシアのサイバーテロは広く知られているが、アメリカもクレムリンやプーチンの超豪華私邸に電話盗聴などを仕掛けているのかと思った。あるいは高級な背広の繊維に埋め込んでいるのかもしれない。

 


春の寒さ

2022-02-24 15:16:46 | 日記

2022年(令和4年)2月24日(木)

 

 2月も下旬となったが、「早春賦」の歌詞そのままの世界である。春の寒さやである。物事はすんなりとは行かない。行ったり戻ったりである。この気まぐれさが季節の真骨頂であろう。

 夕方の散歩は私の体調が優れないので小倉から来た親戚が連れて行ってくれた。犬はお利口さんをしていたようだ。