犬の散歩

見たこと、聞いたこと、感じたこと、思ったこと

有り難うございます

2022-11-17 14:52:22 | 日記

2022年(令和4年)11月17日(木)

 

 この日が来ようとは。

 犬があっちの世に行った。大親分の所に行ったのだ。今朝の10時頃だ。頃というのは長い話になる。マイナンバーカードの交付に関して支所に8時40分の予約していたのだ。出掛ける前に犬は生きていた。息をするような小さな声を出していた。息が苦しいのか、どこか痛いのか。足を使って走っているような泳いでいるような動きだった。頭をさする。首筋を揉む。背中をさする。声をかけながら。ラブちゃん、大丈夫。しっかりね。

 昨未明のことか今未明のことか記憶の内容が曖昧なだけでなく時間的にも的確に摑めない昨今である。

 支所で手続きをしていると、通帳が必要だと分かった。すぐに家に戻る。その時、犬に特に異状はなかったので生きていたのではないかと思う。こんな探偵ごっこのようなことをして何になるというのだろう。頭がそうとしか働かないので仕方がないだろう。支所に行って手続きに入るとスーパーの私名義のカードが必要と言われた。それでスーパーに行き、発行してもらった。それを持って三度支所に。それでマイナの発行は出来た。何と七面倒なことだ。時間も費やした。

 それで10時前に家に帰ると犬は動かなかった。私は真の臆病者なので犬に声をかけるのも怖くて出来なかった。が、犬の姿態はこれまでと全く違っていた。ピクリともしない。雰囲気でこれは拙いと悟った。あっちへ行ったのだと分かった。声をかけたり体を揺すったりしないでも分かるのだ。完全な停止だった。明らかに違う。予想していたからかもしれない。

 もう長くなるのは止めたい。色々な気持ちが交錯して止めどないことは分かっている。簡潔に客観的事実を記述していこう。

 

 11時前に小倉の親戚が来た。玄関の扉を明るい声で開けたが、一目で事実を了解したようだった。最後にした黒っぽい便を処理した。口から延延と出たよだれを黙々と拭いてくれた。私は唯々うなだれていた。

 

 スーパーに買い物に行って家で昼食を取る。ラブちゃんはもう要らない。あれほど食いしん坊だったのに。もう共にすることがないのだ。

 付け加えておかねばならない。スーパーに行く途中、参道から国道に出た時に柴犬のカンナちゃんを連れて乳母車を押している人を見た。何年ぶりだろう。4,5年か。カンナちゃんは背中の黒毛が目立つようになったいる。立派になっている。最初に出会った時は1歳と聞いた。さっぱりした性格の犬だった。その飼い主が我が犬をとても気に入り出会う度に大好きと抱きつき頭にキスをした。我が犬は嫌ではなかったようだが、その強烈さに圧倒されていた。伝えたらどんなにか悲しむだろうか。出会う人をひきつけていたのだ。

 

 2時前、ラブちゃんの遺体を動物愛護管理センターに運ぶ。勿論、小倉の親戚が手伝ってくれた。と言うより一人で運んでくれた。私は車の運転をするだけだ。さようならだ。今未明に犬が落ち着いた時もその言葉をかけた。係の人によろしくお願いしますと頭を下げた。近く荼毘に付されることになる。

 

 家に帰って関係者に主にメールで連絡をした。前の飼い主。横浜の親戚。親戚の親戚。犬に関わってくれた人々。大体ブログを読んでいてこちらを気遣ってくれる人もあった。状況を理解していたのだ。

 

 我が犬ラブちゃんは大親分の所に飛び立っていった。鼻水、咳に続き涙も出続けている。

 

 このブログは犬を飼い始めて1年後位にスタートした。そして途中、私の病気などの止むを得ぬ理由で中断をしながらおよそ9年間続いた。これまで読んでいただいた方に犬に代ってお礼を申し上げたい。有り難うございます。

 


犬中心の生活

2022-11-16 17:01:48 | 日記

2022年(令和4年)11月16日(水)

 

 ラブちゃんの様子に大きな変化はない。寝たままである。眠っているのではない。ちゃんと周囲を聞いている。だが、もうちょっと立てない感じだ。時々、ウウウとうなる。ワンワンはなくなって久しい。息をするようにウウウなのだ。

 

 確かに人声がした。この前は幻聴だったようだが。目覚める。今、何時。何時に寝たのか。今は午後4時近くだった。小倉から親戚が来ていた。頻りに犬に話し掛けていた。散歩で海に行って帰りは日陰を求めて歩いたね。大親分がデイサービスでもらったお菓子をポケットに隠して密かに食べさせたりして、美味しかったかね。何でそんなことを知っているかって、うまくやったつもりかもしれないが、あっはっは、そんなこと先刻ご承知の介。確かに犬中心の生活になっていた。何を置いてもラブさん、ラブちゃん、ラブやんであった。ラブにしても常にこちらを当てにしていた。

 

 私は今日何をしていたのか思い出せずにいたが、次第に状況を理解して犬の口下に敷いたキッチンペーパーの色々がなくなっていることに気がついた。犬は口中から唾液が出るのでペーパーを敷くのだが、犬は反時計回りに或いは時計回りに唸りながら体を移動させるのだ。苦しいのか痛いのか。何かから逃れようとするのか。兎に角、移動した口の下に敷くのだ。それがなくなっている。小倉から来た親戚が片付けたのだ。

 

 私は犬の立てた耳に向けてラブさんや聞こえるかねと囁いた。何度も何度も。脚を漕ぐように動かす。何か引っかかりを求めているように思われ足を貸した。力の入れどころを得たように犬は悲鳴のような声から落ち着いた声に変わった。お手をしているつもりかもしれない。腹がすっかり落ちている。

 よう頑張っとるなと思いつつ、もうそろそろ良いのではないかと深く思った。何もしてやれなかった。私には犬の生死を司る資格はない。なのに司っているような気持ちに何故なるのだろう。許して欲しいと思った。何も悪いことをしていないのになんで死なねばならないのか。犬の側から離れられなかったが、今、これを打つために離れた。その時、2,3m先にいる犬から静かな寝息が聞こえてきた。犬の呼吸の音が変わる度に席を立って反らした頭をさすり首筋を揉んだ。落ち着くとPCの所に戻る。なかなか進まない。犬の方から何も音、声がしなくなった。行ったらいけないとは思いつつそっと犬の側に行く。大丈夫かね、ラブちゃん、聞こえるかね。犬は足を少し動かした。目は開いているが、全く見えていないようだ。ウウウと声を出した。犬をさする。悪い、悪い。

 明日朝早く支所にマイナンバーカードを取りに行かねばならないが行けるだろうか。日付が変わった。もう今日だ。鼻水がかんでもかんでも出る。喘息のような咳が出る。涙が出る。私事だ。

 

 大親分がこの姿を見たらどんなに悲しむだろうかと思うと私は号泣してしまった。嫌だ、嫌だ。


みんなラブちゃんの味方

2022-11-15 15:44:27 | 日記

2022年(令和4年)11月15日(火)

 

 犬は限界を生きているようだ。それが段々、こちらにも伝わってくる。こちらも限界のような気がする。

 

 依然として犬は何も取らない。横寝で鳴く。助けてくださいという声で鳴く。時に早く早くと鳴く。頭を後ろに反らせ鳴く。鳴くというより遠吠えだ。しかし、動作は続いても声は続かない。それでも時々、大きな太い声で叫ぶ。どんな鳴き方でも、その都度、犬の体をさする。首筋を両手でマッサージする。筋しかない。肉や脂肪は削がれている。良々。大丈夫よ、よう頑張った、安心し、賢いね、立派よ、ラブちゃん、ええ子、大丈夫、・・・

 犬は未知の状況にうろたえているのだろう。目は見えない、体は動かせない、食べたくない、飲みたくない、一体、これは何だ。自分が自分でないような感じ。不安でたまらないだろう。

 マッサージをすると吼えるのは収まる。首筋を押さえられているからだ。止めるとまたすぐに吼え始める。もう勘弁してよ、どうしたらええんかね。静かになれば、それはそれで心配が高まる。

 夜、未明と続く。一体、私は眠ったのかどうか。

 私の寝ている所と犬の寝ている所は3mと離れていない。そこからラブちゃんという声が何度も聞こえた。何だ、何だ。

 時計を見ると夜明け前の5時である。誰かいるのか。誰か家の中に入っているのか。

 寝惚け眼で犬の所に行くと犬しかいない。それはそうだろう。ラブちゃんとの声は一体、何だったのだろう。犬が鳴いた声を人の声と間違えたのだろう。もう段々、分からなくなっている。起きている間、手持ち無沙汰なので飲んでしまうのだ。飲み助は何でも飲む理由にする。暑けりゃ飲むし、寒けりゃ飲む。

 

 掃除に来てくれた人が犬の様子を見て、瞬時に異状を察し看病してくれた。月に2,3回しか来ないのに人間関係が出来ているのだ。人間関係で良いと思う。例え人と犬とでも立派に人間関係なのだ。内容次第だ。

 小倉から来た親戚が犬の状態をこのブログなどで知っているので自分のことや私のことはさておいて犬に向かった。高い声で明るく挨拶をする。どうかね、元気かね。

 ラブちゃんにとって強い味方だ。みんなラブちゃんの味方なのだ。

 小倉の親戚と犬を庭に連れ出したのだが、外で写真は撮れなかった。

 犬は黒い便を出した。胃の出血によるか、或いは断食状態による宿便なのだろうか。初めて見る黒い便だった。

 

 

 大相撲の九州場所を見ていると、犬はバタバタして寝たまま体を回転させたり、鳴いたりし始めた。こりゃ堪らん。嫌だよ、嫌だよ。

 一方で私は保健所の動物愛護管理センターと連絡を取りある手続きについて説明を受けた。

 

 一時は危篤かと思えたが、現在、幸い小康を得ている。それにしても依然として食べ物を受け付けない。水を飲ませようとしてもあたかも毒物であるかのように忌避する。

 

 


同じ願い

2022-11-14 15:39:12 | 日記

2022年(令和4年)11月14日(月)

 

 ラブちゃんは時に辛い声を発することがある。横寝の姿勢でかすれたような小さな声を出す。痛いのか苦しいのか。その声に耐えられなくて動かざるを得ない。犬の全身をさする。しばらくは鳴かないが、その場を離れるとすぐに同じ声で鳴く。外に出すしか方法がない。バスタオルで抱えるのだが、痩せたとはいえかなり重い。ヨイショ、ヨイショである。

 犬は外に出ると声をあげない。気分が変わる。外界に興味が行く。外で鳴くのはみっともない。尿の臭いがしない。から?

 

 昨夕、前の飼い主が訪問して見舞ってくれた。ブログのその日分の記事がアップされていないので心配していたが、その後アップされたのを知って安心したそうだ。我がブログの熱心な読者なのだ。そして犬のことを今でも気に掛けてくれているのだ。犬は横になっていたが、呼びかけに耳を傾けていた。全身をさすってくれるので安心したようだ。エッセンシャルオイルを口に含ませてくれた。

 犬のこれからについて私と同じ願いをもっていた。よく頑張った、これから苦しまないように。30分位世話をしてくれた。さようなら。しっかりね。また来るよ。名残は尽きない。

 

 夜中、犬は鳴いた。犬は横向きで左前足をチックのように小刻みに動かした。意思は入っていない、と思う。前足を動かし始めた。走っている夢を見ているのだろうか。そのような動きに見えた。或いは泳いでいるような。4本の足が動いている。一時、収まりそうもない。

 BSPでブラームスの4番を聞く。途中からだったので最初、曲名が分からなかったが、ブラームスだろうと思った。和音の使い方や曲の展開からそう思ったのだ。ベートーベンより新しいなと感じた。ドボルザークに少し似ていると思った。曲が終わってタイトルが出、4番と分かった。オーケストラはウクライナに関係のある交響団だった。最後にウクライナ国歌を演奏したが、観衆は全員起立していたが誰一人、歌は歌っていなかった。

 結局、私は眠れなかった。犬に呼び出されるからだ。何度目かの時、犬は横になったままシャーと小用を足した。そうか、これだったのか、今回は。後始末をしたが、もう外には出さなかった。私が限界だったからだ。

 

 今日もかなり厳しい展開だった。一番懸念しているのは飲まない食べないことだ。おそらく飲めない食べられないということだろう。

 

 


1週間は食べていない

2022-11-13 15:28:02 | 日記

2022年(令和4年)11月13日(日)

 

 一体、犬はいつから食べなくなったのか。このダイアリーを繙くとどうやら11月5,6日の辺りのようだ。尤もそれ以前から食べる量は減っていた。そうするともう確実に1週間は食べていないことになる。その前の1週間もあまり食べていないということになる。だからどんどん痩せていき、その利点といえば唯一軽い体重を支えるだけなので歩きやすくなったということだけ。これを利点というべきか。今日も庭から門の所に立ち止まり外に出してくれと要求しているようなので前の道を歩かせる。2軒先まで歩いただけだが、足取りは意外と軽い。しかし、室内でのことだが伏せてしまったらもう自力では立ち上がれない。

 午前から午後にかけての数時間、私は犬の寝ている玄関に行けなかった。もう反応がなくなっていたらどうしようと不安に駆られたのだ。が、それは杞憂に終わった。一体、杞憂がどこまで続くのか。犬が細く枯れた声で鳴いたので近付いていったのが、足をごそごそさせて外に出たいとの意思を見せた。

 庭に出すと犬は小用さっと済ませた。犬はこの庭の風景を楽しんでいるのだろうか。懐かしんでいるのだろうか。

 

 犬は腹が減らないのだろうか、喉が渇かないのだろうか。何も言わない。目的は分からないが夜吼えたりするが。痛みを訴えているのではないことを祈る。