「世の中、ちょっとやぶにらみ」

本音とたてまえ使い分け、視点をかえてにらんでみれば、違った世界が見えてくる・・・かな?    yattaro-

「6月は・・・」

2014年06月03日 | 季節の移ろい・出来事

                          

6月の声を聞いたとたんに梅雨入り宣言の山口県。
これから梅雨の湿っぽさを乗り越え、真夏の暑さを迎え討ち・・・。
まさに雨にも負けず風にも負けず、夏の暑さにも負けないで、丈夫な体を保ちながら11月までの半年間、色々時間に追われる日々となりそうな予感。

苦しいこともあろう。しかし逃げ出せはしない。逃げ出そうとも思わない。
それは、自分で乗っかった船であり、楽しみという裏打ちがあるのだから。それにやると決めたからには、思いっきり楽しめる方向で、楽しめるネタを探しながら進む方が、疲れも少なくてすむというもの。

・・・ ・・・などと考えること自体、プレッシャーを感じているではないか、というご意見もあろう。
もちろん、プレッシャーを感じている。感じていればこそ、ワクワク感もついて回る。そこにこそ本物の楽しさがついて回るということ。
なんのプレッシャーも抵抗も不安も感じない楽しみなど、ホントウの楽しみと言えるのかどうか。

いつもながら思う。頭が下がる友の存在を。
時には頭を下げて、というか実際に頭を下げないまでも、気持ちの上で頭を下げて相談を持ちかける。
こちらの意向を半分伝える程度で、おおよそを飲み込んでもらえる。
時には意見の衝突も対立もある。そりゃ人間同士だもの。

それでも、議論を通り越してしまえば、やることなすこと全てに頭の下がる結果を残して目の前に出される。見せられた方は舌を巻く。
そこで「頭を下げる」と、「頭が下がる」について今一度考えてみる。同じようであってまさしく大きく違うことを。

ともすれば頭を下げることはよくあるが、頭が下がる・・・とはなかなか言ってもらえないこの身。
ガンガン照りの太陽に脳みそをやられる前に、梅雨空の雨に多少の涼しさを感じながら「・・・を下げる」と「・・・が下がる」について、しっかり考えてみよう。
何故かしら、個人的にはすでに今年の後半に入って行くような錯覚をもっている6月ではある。

コメント (8)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

横幅を広げる

一行の文字数を増やしたい