「世の中、ちょっとやぶにらみ」

本音とたてまえ使い分け、視点をかえてにらんでみれば、違った世界が見えてくる・・・かな?    yattaro-

「檜が枯れた」

2010年10月18日 | つれづれ噺
東側に隣接する300坪もあろうかという雑種地。
7・8年前までは、たまに地主さん夫婦がやって来て耕耘機を転がし、雑草がはびこらないよう気を付けていた。
その後ご主人が急に亡くなったという話しを聞いた。
そのうち奥さんの方も全く顔を出されなくなった。ついに認知症も発症したらしく、どなたかの肝煎りで高齢者擁護施設に入られたということだった。
子供さんもいないひとりぼっちのお年寄り。いい具合に施設に入られたからよかったと喜んでいる。

まだ二人ともお元気な10年くらい前、3本の檜の苗を植えられた。
順調にに育ち、高さは6メートルに達し、幹の大きさも直径10センチは優にある。
そのうちの2本がこの夏の暑さと雨不足に負けたのか、枯れてきている。
いっとき、水遣りもしたが間に合わなかった。
それほど今年の異常気象は有形無形大きな被害をもたらした。

この雑種地は厚い岩盤で出来ており、如何に木の根っこといえども地中深くに根を張ることもならず、浅い地表を横に這うことで樹形を保っている。
水不足は致命傷と言うことなのだろう。それにしても、地主に見放され、灼熱地獄と水不足、枯れて当然と言ってしまえばそれまでだが、何としても惜しい気がする。
その昔「大きくなったら一本物の檜の縁下駄を通す家を建てる」という夢を描いたこの身には、目の前で枯れ行く檜を見るのは忍びない。でもこれが自然淘汰のなせる業なのか。それにしても10年の成長が、一夏にして帳消しになってしまう自然の無常さ。
せめて人間の世界ではこんな無駄なことをしないよう心したい。
コメント (16)
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