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「世の中、ちょっとやぶにらみ」

本音とたてまえ使い分け、視点をかえてにらんでみれば、違った世界が見えてくる・・・かな?    yattaro-

「明日を待つ」

2020年12月19日 | 地域活動

               
                   夕暮れの空に、五日の月が・・・・・・。

またまたやっちまった!
知らぬ顔してうつむいていれば1年という歳月など、あっという間に過ぎていくのに。
たまたま輪番制で回ってきた自治会のお役目の中で、以前から気に掛かっていたことをつい口に出してしまった。今年の役員仲間がいち早く賛同のスクラムを組んで、その実現に乗り出すことになった。

75世帯という小さな団地に住んでおり、自治会も存在する。街区公園という小さな公園もある。団地の一画には、団地造成当時からあてがわれた自治会館建設用地も備わっている。ところが、数年前に行われた「自治会館建設に関するアンケート」で、自治会館の建設反対が議決された。入居が始まって四半世紀過ぎた今も、用地は空き地のまま。自治会の事務所すらない。

自治会長さんにでもなれば、会長の自宅が事務所になり、役員会などは会長の自宅の一室を開放しなければならなくなる。今年なんぞコロナ対策で三密は厳禁。それでも用心しながら狭い部屋に集めて役員会開催5回を数えた。こんな不合理な状態を解決しようや、ということで、あらゆる角度から下調べをしてきた。そうして、市の補助制度を活用して「こぢんまりの自治会事務所」建設案をまとめた。

このご時世、臨時総会など大人数の会合は御法度。致し方なし、20人規模の準備委員を任命して明日、隣の自治会館を拝借しての初会合。この時点で何が何でも賛同を得なければ前には進まない。提案理由を蕩々とブチ上げることになる。自分のアホさ加減に呆れながらも、「やっぱりやってよかったね」と後で評価されること間違いなし、との信念という名の自己満足で明日を待つ。

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「規模縮小にて」

2020年11月08日 | 地域活動

                                    

2年3ヶ月待たされた「瀬戸内海環境保全大作戦」と銘打った、瀬戸内海を守る海岸清掃を、地区社会福祉協議会の呼びかけで実施した。
思えば、2018年7月16日海の日に約600人の参加を得て、大々的に実施して以来の実行である。
昨年も当然ながら予定していたが、前日になって当地方を襲った台風により急遽中止を余儀なくされた。さて今年こそと張り切って、例年通り「海の日実施」を目標に準備をしていた。ところが今度は「コロナ騒動」による、集団行動の自粛により中止に追い込まれた。

                                       

特に今年の場合、集中豪雨や台風接近によって大量の漂着物が打ち寄せられた。
線路をまたぐ陸橋から眺める砂浜は、無残にも流木の山やごみによって荒れ放題で、見るに忍びない状態であった。
「何とかしようや」と、協議会内部で検討を進め「流木の再流失を防ぐ意味からも、やろうや!」といことに決まった。

兎に角コロナ対策最優先で、清掃規模の縮小に継ぐ縮小を掲げた。例年の協議より遙かに慎重な審議を繰り返す中で、地区内の中学校と高校にだけ話を持ちかけた。特に中学校は毎年、ほぼ全生徒に近い250人規模で積極的な参加を得ていた。今年の場合多くの参加を期待せず、校長先生の裁量にお任せした。飽くまでも希望者だけの参加であったが、生徒・教職員合わせて50人の参加を得た。
総合高校も、校長・教師と生徒で10人規模。当然我々社協仲間が50人。トータル110人程度の縮小規模となり、これは主催者にとって有り難かった。但し、そのぶんコロナ感染対策にはピリピリ。

これまでとは全く異なる作業手順、作業方法を考え、少人数による最大の効果を求めた。
「仕事は大人数、美味いものは小人数」とのことわざを跳ね返し、大仕事を小人数でこなした。と思っている。
これからは、コロナに負けず、コロナと共に、自分らしく生きる生活様式が求められる。
恐れてばかりはいられない。しかし、なめたら元も子もない。バランス感覚を忘れず、やるべきことはやる。そこには深慮遠謀、最大限の工夫を思い巡らす。そんな目に見えない陰の力が必要なのかも。

                               

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「段取り」

2020年10月09日 | 地域活動

                  
        同じ日の同じ場所から眺める夕焼け。10分という時の流れはこれほどに姿を変える

「秋の夕焼け 鎌を砥げ」。
10月半ば、刈り入れに追われる季節になると、父からも母からも再三聞かされたことわざのひとつである。
これほど見事な夕焼けは、明日は必ず晴れる。稲刈りがはかどるように鎌を砥いで準備をしなさい。という教えでもある。
準備をすることを「段取り」ともいう。

それにしてもこのきれいな秋の夕焼け。ホンのわずかな時間の流れでこれほどに景色を替えるものではある。
そこで思いつくのが「女心と秋の空」。またこの頃では「男心と秋の空」という言葉である。どっちも変わりやすく飽きっぽい。情熱が長続きしないというマイナスイメージに使われることが多いようだ。

所属する地域活動の中で、大きな事業に向かって段取りに取り組んでいる。
「段取り八分仕事が二分」と言われるほど、本チャン前の準備作業、つまり段取りが如何に重要であるかを思い知らされている。
一つは、地域に面した瀬戸内海の環境保全「海岸清掃」という大仕事である。例年は7月の海の日に500人も600人も集めて行う年間一大イベントである。それが、昨年は直前に襲った台風でやむなく中止。そして今年は密集を避けるコロナ禍によって再び中止を余儀なくされた。

当市では最も長くてきれいな砂浜の一つに数えられている我が住む街の海岸。2年続きで放っておくと、砂浜が可哀そうなほどの漂着物で埋まる。今年は何としても海岸清掃をしようや、と決めた。但し、規模は大幅に縮小し、季節も夏ではない11月初め。人数は例年の20%程度。ただ、ボランティア参加に熱心な地元中学校の校長先生が、生徒に自由参加を呼び掛けることにした。トータル人数は如何ほどに?。段取りがさらに複雑多岐にわたりそう。いくらアウトドアの海岸とはいえ、蜜集を避けるための工夫は必要。安心・安全確保の監視の目が多く要る。

考えられることの全てを結集して安全対策、コロナ対策の段取りが欠かせない。ここはひとつ過去の経験とノウハウを生かし、少人数で可能な限り最大の効果を期待したい。そうして漂着物が再び海洋に流れ出る愚を避けなければならない。

いま一つ大きな段取りに取り組んでいるが、これはもう少し先で、少し形が見え始めた時のお話しにしよう。                         

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「需要と供給」

2020年10月02日 | 地域活動

  
                しめ飾り用のわら採集状況の撮影。

所属する地区社協の活動のひとつとして、毎年12月半ばに地区内の二つの小学校高学年を対象に、お正月用「しめ飾り教室」を開いている。
「なんで正月には玄関にしめ縄を付けるの?」「しめ縄ってどんな意味があるの?」。そんな「知りたい需要」に対して、我々地域の大大先輩が「知恵や経験則をひとまとめにして伝統文化を供給する」。言うなれば需要と供給のバランスをとるための、地域住民に課せられた一つの役割でもあろう。

昨年までは、わらはどうして出来るのか。縄を綯うとはどういう作業なのか。しめ縄の意味は、しめ飾りの由来は?。加えて、実際の作り方までの一切を、講堂に集まった児童の前で、実演を交えて口頭で説明していた。その点では需要と供給のバランスはある程度保たれていた。但し、小難しい内容だったり説明が長くなったりすると、聞いている側も疲れてくるし、初体験のしめ飾り作りの興味が薄れてしまうのではないか、心配していた。

そこで、現代っ子相手なのだから「百聞は一見に如かず」と一念発起。ナレーション入りのビデオ映像を作ろうということに話は決まった。「その作業だれがやるの??」「そりゃ言い出しっぺのあんたでしょ」と話は簡単である。ヤブを突っついて大蛇が出て来たような災難。
でもねー、需要と供給だし、子ども達がビデオを見るときの目の輝きを想像するとね~。やっぱりやるっきゃないよね~。ということで、早速田んぼ持ちの同級生に「稲刈りはいつやるの?動画を撮影したい」と甘えてみた。

快く引き受けてくれた稲刈りが今日であった。「出来たらゆっくり手で刈り取るところの映像が欲しい」と注文を出しながら完璧に撮影できた。
といってもこれはホンのイントロに過ぎない。ここから「トントントントンわらを打つ」「そぐる」「縄を綯う」といった、彼たちの目の届かない部分も合わせて映像で見せて説明を加える。さてそんな技が技が素人にどこまでできるのか。言い出しっぺながら出来上がりにと不安が渦巻く。

単なる地域活動。力さえ出してりゃなんとかなると思って来たが、今回は少しリキの入る作業を引き受けたものだ。それでなくともあれこれいっぱい忙しいのに。
そこは「仕上げを御覧じろ」の秘めた気概と絶妙の「チームワーク」がエネルギーになる。
夢はデカイ方がいい、が、完璧を求めずほどほどのところで!!ベストを尽くしてみようか。

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「自主防災」

2020年09月28日 | 地域活動

                                                        
                      白い小粒のニラの花

         ″ 老いの手を ひらけばありし 木の実かな ”     後藤夜半

散歩の途中で孫が手をつなごうとする。固く握っているジジのこぶしをなんとかこじ開けようとする。
意地悪くちょっとがんばって握っていると、両方の手で先ず小指から起こす。次いで薬指中指へ、そして手の中に小さなドングリを見つけると「じいちゃんどこでひろったの?」「あそこだよ」「お願い、も一回行こ」と来た道を戻ろうとする。

そんな散歩も汗が流れない心地いい季節になった。畑のそばの草むらでは、あっちこっちでひと固まりになったニラが、小粒ながら清楚な白い花を咲かせ存在をアピールしている。
そんな秋がだんだん深まるにつれて話題になるのが、いつ襲われるかわからない自然災害から身を護る「自主防災」の話である。

台風による大雨。台風の進路とは関係ない地域の集中豪雨などなど。近年の一極集中豪雨による土砂災害は「もうたくさん」というほど目に、耳にしてきた。それでも不意を襲う自然の猛威の前には無力に近く、生命や財産の喪失は後を絶たない。
行政の呼びかけも必死ではあるが、そんな必死さが住民全てに行きわたらなかったり、行きわたっても「我が家は大丈夫」「この家と共に」という意識はなかなか変えられないのが現実である。

そこで、行政の指導が守られないことや個人の尊厳を重視して、「今や災害から身を守るのは自分自身ですよ」と繰り返し叫ぶ。言い換えれば、行政を宛てにしない代わりに、自分のことは自分が守ることに徹底しましょう。そのためには、隣近所が徒党を組んで気象予報を正しく判断しましょう。いち早い避難を自分たちで考え実行して行きましょう。そのためには「小地域単位の自主防災組織の立ち上げ」「防災訓練・避難訓練による自己防衛意識の高揚」といったことが、行政指導として地域に卸されてくる。兎に角やってみるしかない。

80世帯そこそこの小さな団地ながら、自治会長・防災委員・班長さんなど8人で自治会内の防災まち歩きを実行。自治会内のハザードマップ作製に取り組む。さていかほどの効果が出るか、これからの対応と説得力にかかるのかな。「命あってのものだね」「かけがえのない命を守る」。どこまで浸透するか。われながら見ものではある。

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「非常勤国家公務員」

2020年09月06日 | 地域活動

           
「私を誰だとお思いか」。「今は単なる田舎の爺やに身をやつしているが、かく申すわたくしこそ、人知れぬ非常勤の国家公務員なるぞ!」。
なんのこっちゃ?とお思いでしょうが、実はわたくし、ここだけの話だけど非常勤の国家公務員なのだ。「常に公務員としての自覚を持って行動しなければならない」という注意書きがついている。そんじょそこらで出会っても、気安く声など掛けないでたもれ。

ちゃんちゃらおかしな話であるが、実は、9月14日から始まる国勢調査の調査員に任命されたのだ。
任命されたと言えばかっこいいが、順番で回ってきた自治会長さんの許に「貴自治会から国勢調査員を推薦してください」という、連合自治会長発信のお願い文が届いた。何をどうするのかよく分からないまま取り敢えず近くの二人に声を掛けてはみた。
「そんな難しいことは出来ん」と断られた。じゃあどうする。「まだ一度も手がけたことのない体験。やってみっか~」ということで我が身を推薦した次第。高市早苗総務大臣の「委嘱状」を受けたからには、吾輩は目下非常勤国家公務員なのだ(笑)

引き受けたはいいが、さっすが公務員さんのお仕事。説明会に参加しなさいと言われて行ってみれば、ダラダラ参考書を読み上げるだけ。
小生以外はみんな頭良さそうな人ばかり。初めての作業の上に、固くなったこの脳みそには馴染まない内容。1時間15分の読み上げに耐えて、「質問」と手を上げれば「コロナの関係でこれ以上時間が使えない。質問者は残って直接担当者に訊きなさい」と。
一旦引き受けたのだからしゃーない。「調査員のしごと」「調査の手引き」などという分厚い参考書をひもとき予習に専念。説明用DVDが最も解りやすくて、内容を自分なりに分析しながら作業手順を整理した。

『調査員は調査の内容を十分に理解していただき、決められた方法で調査を行うことが最も重要なことであり、その事務の良否が調査結果に大きな影響を及ぼすことになります』。と大書してある。それほどの重大な仕事をなんで素人の、非常勤国家公務員に依頼するんじゃろう。
ありあまっている感じのするホンモノの公務員さんに駆け回って頂くのが一番じゃない?と思う。

まいいか、生涯一回こっきり。こんな目に遭ってみるのも何かの縁。せめて柔和な作り笑顔で、与えられた100世帯近くを巡回してみよう。
5年に1度行われる国勢調査。今回が100回目に当たるという。
調査員も頑張るから、肝心な調査を提出する国民の一人一人に、積極的に協力しなさいと呼びかけて欲しいものだ。
そこのあなた、大切な国勢調査、面倒がらないでね。

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「防災の日」

2020年09月01日 | 地域活動

                                                             
ようやく「長月・9月」の声を聞いた。暑かった上に、コロナ蔓延の「葉月・8月」がやっと終わった。
9月はあと1週間もすれば「白露」の季節という。つまり秋の気配がただよい始めるころ、と辞書にある。
今年のこの暑さが、あと1週間で秋を感じさせるとはちょっと信じがたいが、兎に角一日も早い秋風の訪れを待ちたい。

そんな秋風の前に、とんでもない大型台風9号がまたまた沖縄方面を襲っている。進路予報通りに進んでくれると、九州や中国地方をかすめる程度で北上するようだ。そして朝鮮半島を縦断、果ては大陸へ、といったコースのようだ。余り荒れ狂わないことを祈りたい。
9月1日の今日は、立春から数えて210日目。台風が襲う厄日に当たっていて、昔から恐れられた日であることは、先刻ご承知のとおり。

そんな色々な経験則から、今日は防災の日と定められている。
自然災害から人間の命を守るために「早めの避難を」「命を守る行動を」「危険箇所に近寄らないで」と、行政や地方自治体が声高に叫んでいる。それでも実際には、我が家を離れて指定された避難場所に移動するのはなかなか難しい。
「自分のところだけは大丈夫!」「どこへ行くよりもここがイチバン」などと、根拠のない安全神話を語る人も少なくない。

そんな意識を変えさせようというのか、このところ急激な勢いで「小単位の自主防災組織」の必要性が叫ばれるようになった。
つまり、自治会など小さな団体生活の中で、自分たちの手で「自主防災組織」を作りなさい。そして危険箇所の発見や、避難方法の周知徹底などを通して、周囲の高齢者や独り暮らしなど、みんなで束になって「安全な避難方法の模索」「防災意識の高揚」など『安全第一』を改めて考えましょう。と尻を叩かれている。
ただその向こうには「行政ばかり当てにせず、自らの生命財産は自ら守る方策を考えてね」と呼びかけられているような気がする。

こんな話は、自治会長さんは大変である。順番で回ってきて、1年こっきりで交代する自治会長さんにいったいどこまで責任が持てるやら。
どこまで実効性のある自主防災組織が作れるのだろうか。でも間違いなく、必要なことではあることも解っちゃいるんよね~。

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「夏休み最後の日」

2020年08月23日 | 地域活動

          
          学校環境整備の開会式。二密防止でバラバラに集合

市内の小中学校の夏休みは今日で終わり。
明日からは、まだまだ熱い陽射しの中を重いランドセル背負って通学することになる。
当然、孫君もやっとこさ小5の二学期始まりで、じいちゃん学校を終えた。

地域にある小学校では、夏休み最後の日曜日を「学校環境整備の日」と決めて、保護者や地域の人たちに広く呼びかけて、草刈りを中心に樹木剪定や運動場の草むしりなどが行われた。孫君とは関係ない学校ではあるが、地域活動の一環で動員が掛かるし、地域の広報活動を預かる立場として写真撮影やわずかながらの取材活動も含めて、朝から大汗をかくことになる。

          
        こちらは草刈り機などの使用で、危険防止から自ずとディスタンス

さて、児童や生徒の授業は明日から始まる。義務教育の授業時間数などの教育行政からみれば、ここらで学校再開が必要という理論はよく理解出来る。
しかし、4月に新学期が始まって間もなく「緊急事態宣言」などで臨時休校に至った時期に比べると、実際のコロナ感染リスクは、現時点の方が遙かに大きく、感染拡大の第二波真っ只中と言っても過言ではない。

そんな中を学校再開で登校させるのは、保護者の一人としては不安な思い大である。
一方で、これ以上授業時間数を減らすことは、もう限界なのだろうというのが素人目にも解る。しかも、孫君を見ていると、ゲーム機片手に、全く目に見えない遠くのお友だちとしゃべりながら、大声で喜んだり悲鳴を上げたりして遊ぶ方法が完全に板についている。家の中にいることがなんのストレスにもならない、という恐ろしい時代であることも事実。

どちらも「なんとかしなけりゃ」と思うことばかり。ならば、ちゃんと決められたとおり学校に行って、規則正しい生活の中で、コロナ対策に万全を期して、義務教育課程を全うさせることがベストなのだろう。それには、学校の先生はもとよりだが、保護者のコロナ対策教育もおろそかにしてはならない。どっちにしても厄介な世の中ではある。

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「こんなこともⅡ」

2020年07月15日 | 地域活動

             
      通学路の国道横断歩道に立って、児童生徒の安全見守り。

7月13日に始まった「夏の交通安全運動」。
スローガンは「交さ点 命のきけんが かくれんぼ」。重点目標は4つ上げられている。
その1,子どもと高齢者の交通事故防止。
その2,自転車の安全利用の推進。
その3,後部座席を含めた全ての座席のシートベルトとチャイルドシートの正しい着用の徹底。
その4,飲酒運転の根絶。 となっている。

交通安全運動が始まると、地域住民にも安全の立哨指導が呼びかけられる。
ご丁寧に、黄色い帽子・交通安全タスキ・横断中という文字の入った旗などが自宅に届けられる。立哨指導のやり方文書と一緒にやってくる。が、立哨指導者を一堂に集めての講習会とか指導などは行われない。

子どもと高齢者の交通事故防止を、高齢者の我々が午前7時前から道路に立って、三々五々やってくる自転車通学の中学生や、集団登校の小学生の国道横断の安全を確保する、という仕組み。
ある意味では民間丸投げで合理的と言えるのかもしれない。見知らぬ子ども達に「おはよう」と声を掛けるのは気持ちいいものだとも思う。そのかたわらで、これって本当に我々地域の高齢者がやるべきことなの?という小さな疑問を感じることもある。保護者が主役じゃないの?保護者は忙しいから?

少子高齢化とひとくくりで片付ける考え方には疑問タラタラではあるが、少なくなった子どもは地域の宝、世界の宝ものである。高齢とは数値上の話で、年令にかかわらず元気な人は多い。そういったシニアパワーを活用することは大いに賛成なのだが、有り余るお年寄りを都合よく使い捨ててはバチが当たるよ。
などという理屈は置いといて、これまでの人生で、どれほど多くの人から恩恵を受けてきたとお思いか。その恩送り、恩返しと思えば、何のこれしきとばかりに、ついがんばってみたくなる。

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「夏草の・・・」

2020年06月23日 | 地域活動

                                         

       夏草の しげみに蛇の 目の光り       北村 透谷

抜いても取っても次々に生い茂る夏草。この季節の畑は、まさに草との闘いであり、滴るほどの汗を流す。そんな折々、湿った光沢を放つ長い生き物と予期せぬ遭遇をすることがある。向こうは逃げるのに必死。こちらは何の害もないと分かっていながら、その瞬間身も心も固まって動けなくなる。大抵の場合アオダイショウで、事なきを得る。

たまには、「隣の空き家の草むらからマムシが出てきて怖かったですよ。目をつぶって殺しましたがね。」などという話もある。暗に、市役所かどこかに相談して、対策を取ってもらえないか、というお願いである。安請け合いは出来ないが、「それは大変でしたね。何はともあれ自己防衛をなさいませ。」などという話に、先ずは落ち着かせる。

市役所のしかるべき部署に相談すると、基本的にはこうこうしかじか。個人の財産に絡む話は、行政も介入が困難で、解決出来ないケースが多い。という建前論。「こと人の命に関わる問題ですよね~」と食い下がると、「プライバシー侵害にならない範囲で、空き家の持ち主を調査しましょう。その上で改めてご相談しましょう」という継続審議となった。

自己防衛を迫られる隣家は大変ではあるが、マムシの出没は放ってはおけない。「隣接約1mの草刈りをしました。ネットでヘビの嫌がる薬剤も当たってみます」と、こちらのアドバイスを全て受け入れてはもらったが、全面解決には至ったわけではない。
隣家とのお付き合いの難しさは、現実として住んでいてもいなくても、大なり小なり関わりを持ち続けることになる。ということか。出来ることなら隣人に迷惑を掛けたくないと思ってはいるのだが。

他人事ではない。我が家だって家主亡き後、長男夫婦がしっかり管理してくれないと、こういったトラブルは起き得る現実問題である。早いとこ、孫の一人を我が家の跡取り、後見人として育て上げておくべきかな。笑うに笑えない、夏草のしげみに蛇の目の光り ではある。

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