( この写真は、東京都新宿区中落合にある聖母病院《いつもお世話になっております》前の
通りです。長くゆるやかな坂道が西武新宿線下落合駅の方へとつづいています。この近く
にリョウさんの最初のアパートがありました。《 2008年11月、撮影 》 )
【 はじめての方は、どうぞ 「第1章 改訂版」 よりご覧ください。 】
その2
「 36歳までに独立出来なかったらあきらめる・・・ 」
1988年、33歳の私は徹夜明けのドロンとした目をして、そう言いました。
この時、私の左隣りにいたリョウさん( 仮名:内海遼一、岡山県出身、33歳 )
が、カーテンのすき間からもれる朝日をバックに・・・
リョウさん「 なんで36歳で区切らにゃならんの? 」
私 「 それは・・・俺がJプロに入った時( 11年前の78年春 )の
J先生の年齢なんですよ・・・ その頃からあの時の先生の
年齢になってもウダツが上がらなかったらあきらめよう・・
・・・って・・・ 」
すると、少し眉を寄せ不快そうにリョウさんは言います・・・
リョウさん「 年齢なんて関係ないでしょ、大体、何ンで年なんて気に
するの? 」
私 「 じゃあ・・・リョウさんは、幾つになってもあきらめない? 」
リョウさん「 あきらめんなぁ・・・! 」
リョウさんは胸を張る様に言い切りました。
確かにリョウさんの言っている事は「 正しい 」かもしれません。 でも・・・
私は、そのあまりにも「 キッパリ 」とした態度に不安を感じたのです。
とても固い・・・しかし・・・堅牢に見えて実は、ガラスの様にもろいので
は・・・そんな漠然とした印象を持ちました。
この後で起こる「 事件 」を思い出す時・・・私はいつもこの時の目のすわっ
た( まるで古の武士の目をした )リョウさんの姿を思い浮かべてしまうので
す・・・・。
人の人生は色々です。一直線の生き方も清々しいですが・・・その「 チャレ
ンジ 」や「 ファイト 」と同じ位「 あきらめる 」事も大切な事です。それを
否定的に切り捨てる事が正しいとは限りません。
人は「 いい加減さ 」や「 ズルさ 」があって、当然なわけで、ただ一つの
「 積極的 」な観念だけで全てを割りきる事は出来ません。人の道とは右へ
行く事も、左へ行く事も、上へも、下へも、たゆまず動き続けるもの・・・
こんな世の中です、生きてるだけでも大変です。 リッチになったり、金メ
ダルを取ったりする事が大変なのは勿論ですが、ただ生きているだけでも小
さな金メダルもの・・・なんだと私は思います。
落ち込んでも、迷っても、泣いても・・・全て生きてるから起こる事。生き
てるからこそ感じられる事です。
もし・・・もし、その当たり前の事に歪みが生じたら・・・・・
リョウさんがJプロに入って来たのは1974年( 昭和49年 )。19歳の時でし
た・・・・・
とりあえず、リョウさんの青年時代の話から・・・・
東京へ出てくるまでのリョウさんは、郷里の岡山を出て大阪で定時制工芸高
校で絵を勉強しながら酒屋さんの二階で住み込みの仕事をしていたのです。
どうしても、絵の仕事がしたい・・・漫画を描いてみたい! そこで、大好
きなCてつや先生に師事しようかと考えますが・・・・・
「 ○は鉄平 」「 ○たり松太郎 」「 あした天気に・・・ 」・・・等、その絵
柄のレベル的な高さに腰が引けてしまい・・・・仕方なく(?)Jプロの門
を叩くわけです。
J先生の当時の作品は「 ○ミムシくん 」「 ○・ムーン 」「 ○のよたろう 」な
ど・・・
『 この程度なら俺の画力でも・・・! 』
しかし、J先生に見せるスケッチブックに「 ○したのジョー 」のイラストが
( うっかりミス )描かれていました・・・・!
J先生「 うちは、アシスタントはいっぱいだからよォ・・・・おめィ~
・・・Cてつやの所へ行った方がいいんじゃねィ~か? 」
Cてつや先生の所へ行きたいのは山々なれど・・・・技術的に問題があり・・
・・・・・。
やっぱり、仕事が楽そう(?)な・・・J先生の下へ・・・・この数ヶ月後
に押しかけ弟子としてやって来るのです。
その時の逸話に段ボール箱事件(?)があります・・・・
まだ、リョウさんがJプロに入って来るのを知らない先輩アシスタントが、
毎日、仕事場の玄関に段ボール箱が一つ二つと増えていくのを不思議がって
いるうちに、玄関を塞ぐほどの量に・・・
「 いったい、何ンだァこりゃ~~ッ? 」
これが、リョウさんが大阪から上京する時にJプロに郵送して来た私物だった
のです。
アパートに入るのではなく、仕事場に住み込むつもりで荷物だけ先に郵送し
て来たわけです。
「 漫画家アシスタント 第6章 その3 」 へつづく・・・
★前の記事へ→ 「漫画家アシスタント第6章 その1」へ戻る 】
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ お知らせ ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
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【 各章案内 】 「第1章 改訂版」 「第2章 改訂版」 「第3章 改訂版」
「第4章 その1」 「第5章 その1」 「第6章 その1」
「第7章 その1」 「第8章 その1」 「第9章 その1」
「諦めま章 その1」 「古い話で章 その1」
「もう終わりで章 その1」 「移住物語 こりゃタイ編 その1」
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「 36歳までに独立出来なかったらあきらめる・・・ 」
1988年、33歳の私は徹夜明けのドロンとした目をして、そう言いました。
この時、私の左隣りにいたリョウさん( 仮名:内海遼一、岡山県出身、33歳 )
が、カーテンのすき間からもれる朝日をバックに・・・
リョウさん「 なんで36歳で区切らにゃならんの? 」
私 「 それは・・・俺がJプロに入った時( 11年前の78年春 )の
J先生の年齢なんですよ・・・ その頃からあの時の先生の
年齢になってもウダツが上がらなかったらあきらめよう・・
・・・って・・・ 」
すると、少し眉を寄せ不快そうにリョウさんは言います・・・
リョウさん「 年齢なんて関係ないでしょ、大体、何ンで年なんて気に
するの? 」
私 「 じゃあ・・・リョウさんは、幾つになってもあきらめない? 」
リョウさん「 あきらめんなぁ・・・! 」
リョウさんは胸を張る様に言い切りました。
確かにリョウさんの言っている事は「 正しい 」かもしれません。 でも・・・
私は、そのあまりにも「 キッパリ 」とした態度に不安を感じたのです。
とても固い・・・しかし・・・堅牢に見えて実は、ガラスの様にもろいので
は・・・そんな漠然とした印象を持ちました。
この後で起こる「 事件 」を思い出す時・・・私はいつもこの時の目のすわっ
た( まるで古の武士の目をした )リョウさんの姿を思い浮かべてしまうので
す・・・・。
人の人生は色々です。一直線の生き方も清々しいですが・・・その「 チャレ
ンジ 」や「 ファイト 」と同じ位「 あきらめる 」事も大切な事です。それを
否定的に切り捨てる事が正しいとは限りません。
人は「 いい加減さ 」や「 ズルさ 」があって、当然なわけで、ただ一つの
「 積極的 」な観念だけで全てを割りきる事は出来ません。人の道とは右へ
行く事も、左へ行く事も、上へも、下へも、たゆまず動き続けるもの・・・
こんな世の中です、生きてるだけでも大変です。 リッチになったり、金メ
ダルを取ったりする事が大変なのは勿論ですが、ただ生きているだけでも小
さな金メダルもの・・・なんだと私は思います。
落ち込んでも、迷っても、泣いても・・・全て生きてるから起こる事。生き
てるからこそ感じられる事です。
もし・・・もし、その当たり前の事に歪みが生じたら・・・・・
リョウさんがJプロに入って来たのは1974年( 昭和49年 )。19歳の時でし
た・・・・・
とりあえず、リョウさんの青年時代の話から・・・・
東京へ出てくるまでのリョウさんは、郷里の岡山を出て大阪で定時制工芸高
校で絵を勉強しながら酒屋さんの二階で住み込みの仕事をしていたのです。
どうしても、絵の仕事がしたい・・・漫画を描いてみたい! そこで、大好
きなCてつや先生に師事しようかと考えますが・・・・・
「 ○は鉄平 」「 ○たり松太郎 」「 あした天気に・・・ 」・・・等、その絵
柄のレベル的な高さに腰が引けてしまい・・・・仕方なく(?)Jプロの門
を叩くわけです。
J先生の当時の作品は「 ○ミムシくん 」「 ○・ムーン 」「 ○のよたろう 」な
ど・・・
『 この程度なら俺の画力でも・・・! 』
しかし、J先生に見せるスケッチブックに「 ○したのジョー 」のイラストが
( うっかりミス )描かれていました・・・・!
J先生「 うちは、アシスタントはいっぱいだからよォ・・・・おめィ~
・・・Cてつやの所へ行った方がいいんじゃねィ~か? 」
Cてつや先生の所へ行きたいのは山々なれど・・・・技術的に問題があり・・
・・・・・。
やっぱり、仕事が楽そう(?)な・・・J先生の下へ・・・・この数ヶ月後
に押しかけ弟子としてやって来るのです。
その時の逸話に段ボール箱事件(?)があります・・・・
まだ、リョウさんがJプロに入って来るのを知らない先輩アシスタントが、
毎日、仕事場の玄関に段ボール箱が一つ二つと増えていくのを不思議がって
いるうちに、玄関を塞ぐほどの量に・・・
「 いったい、何ンだァこりゃ~~ッ? 」
これが、リョウさんが大阪から上京する時にJプロに郵送して来た私物だった
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