投稿字数制限にひっかかったので、前のエントリの続きとして書いたものを新しいエントリとして載せます。やはり、斉藤正美さんのブログでの議論に刺激されてのものです。
伊田氏のブログのほうもちょっと覗いてみた。そして、ちょっと待て!という感じを受けたので、それについても記しておきたい。
王道に戻すって、、行政の施策を高く評価しすぎでは?行政がある程度の成果を挙げたことは否定はしないし、それがここ数年後退してきたことは事実だとしても、でもただ戻せばいいってものじゃないと思うのですが。『男女共同参画』という腰がひけた概念、少子化対策としての『男女共同参画』という意味あいが含まれてしまっている基本法の前文などを見ても、「王道」ではないでしょう。行政が啓蒙に偏った政策をしてきた歴史も問い直されるべきでしょう。。
行政はそれまで「王道」に基づいた素晴らしいことをやってきたのに、バックラッシュによってすべてが壊れたというような歴史観なのでしょうか。
上記で書いた「王道」歴史観と今度は違って、フェミニズムは議論を深めて来なかったので限界があった、けしからん、という歴史観がでてきています。行政の「男女共同参画」は「王道」だけど、フェミニズムは違うのだろうか?
どうも、今までのフェミニズムというのはリベラルフェミニズムで、社会の根本的な改革に手をつけてこなかった・・といいたいようです。リベラリズムの最たるものであると思われる『男女共同参画』は王道だというのに、はて?
そして、最大の問題点。1970年代のウーマンリブ運動による、社会の根本変革につながる性差別の告発、性についての問い返しといったものは、まるでなかったことになっているのでしょうか。75年以降、行動する女たちの会などの女性運動が、具体的にマスコミや教育における性差別撤廃にむけて闘い、男女特性論の最たるものであった家庭科男女別修を共修に変え、労働を見直して「男なみを求めるのではなく、男も女も」という平等法運動をやってきたことは、あれは何だったということになるのでしょうか。
女性運動の歴史を無視し、「自分のやっていることだけが、ラディカルで素晴らしいのだ」といったような歴史認識は、とても受け入れられません。
伊田氏のブログのほうもちょっと覗いてみた。そして、ちょっと待て!という感じを受けたので、それについても記しておきたい。
堂々と男女共同参画社会への道を進んでほしい。この数年後退してきたジェンダー平等政策へのスタンス(性教育やジェンダーフリーへのしり込み、不使用、本質主義への妥協)をふたたび、王道に戻していただきたいなと思う。
王道に戻すって、、行政の施策を高く評価しすぎでは?行政がある程度の成果を挙げたことは否定はしないし、それがここ数年後退してきたことは事実だとしても、でもただ戻せばいいってものじゃないと思うのですが。『男女共同参画』という腰がひけた概念、少子化対策としての『男女共同参画』という意味あいが含まれてしまっている基本法の前文などを見ても、「王道」ではないでしょう。行政が啓蒙に偏った政策をしてきた歴史も問い直されるべきでしょう。。
行政はそれまで「王道」に基づいた素晴らしいことをやってきたのに、バックラッシュによってすべてが壊れたというような歴史観なのでしょうか。
私の考えでは、バックラッシュの背景にはいろいろなものがありますが、一つの側面として、フェミニズム側がこうした諸論点で十分深めてこなかったがゆえに、上記の点での「常識的な、保守的な意識」が根強く出てきているのだという面があると思っています。まさにこれからジェンダーフリー、ジェンダー平等、男女共同参画が本格的にすすむかどうかが問われているのだと思います。
上記で書いた「王道」歴史観と今度は違って、フェミニズムは議論を深めて来なかったので限界があった、けしからん、という歴史観がでてきています。行政の「男女共同参画」は「王道」だけど、フェミニズムは違うのだろうか?
今までのフェミが一定程度進展してきたのは、まだまだ今までの社会の根本的な改革に手をつけず、イメージや部分的改良(一般理念)にとどまって、リベラルフェミニズムの枠内であったという側面がある(シングル単位的な具体的制度改革や男女二元制に手をつけてこなかったから容認されてきた)とおもっています。
私のシングル単位社会化は、それをより本格的に実質的なジェンダー平等をすすめるものなので、そうなると、労働システム・結婚制度・異性愛男女2分法主義といった根幹への変革を求めるがゆえに、抵抗勢力は反逆に出ます。それがバックラッシュの一面です。
どうも、今までのフェミニズムというのはリベラルフェミニズムで、社会の根本的な改革に手をつけてこなかった・・といいたいようです。リベラリズムの最たるものであると思われる『男女共同参画』は王道だというのに、はて?
そして、最大の問題点。1970年代のウーマンリブ運動による、社会の根本変革につながる性差別の告発、性についての問い返しといったものは、まるでなかったことになっているのでしょうか。75年以降、行動する女たちの会などの女性運動が、具体的にマスコミや教育における性差別撤廃にむけて闘い、男女特性論の最たるものであった家庭科男女別修を共修に変え、労働を見直して「男なみを求めるのではなく、男も女も」という平等法運動をやってきたことは、あれは何だったということになるのでしょうか。
女性運動の歴史を無視し、「自分のやっていることだけが、ラディカルで素晴らしいのだ」といったような歴史認識は、とても受け入れられません。
の歴史を無視しつつフェミニズムを名乗るのは言語道断です。
伊田氏には確か、関西のリブ運動に関する論考があったはず。現在も
なにかと女性運動に関わっておられようなのに(私が伊田氏のお顔を
拝顔したのも、フェミ議連でのことだったし)、論考になると運動の
歴史を捨象されるのを認めることはできません。
最初の引用文なんですけど,この引用の前に書かれている部分も含めて解釈すると「堂々と男女共同参画社会への道を進んでほしい」っていう言葉は,「政府関係者」と「行政関係者」への言葉なんじゃないかなと思います.で,その次の文は「句点」で区切った後に書かれた別の文で,独立した文と考えれば,それ以外の人へも含めて,ずれてた部分を王道(ずれてない状態)に戻して欲しいと言っているように私には読めました.なので「王道」=「男女共同参画社会」ではないように私には読めたのですが….
それから,次の部分も,この引用の前の段落では,マル1~マル8までの8個の項目を示してあって,そのあとに「こうした諸論点で十分深めてこなかった」と書いてあるので,ここであげた8つの論点について議論してこなかったという趣獅ニ私は解釈しました(私は女性学については詳しくないでので「この8点についてホントに議論してたかどうか?」ってことは私には判断できませんけど).
ここから後の伊田さんの文には私も若干の違和感を感じるんですが,上の2つの引用の部分に限っていえば,私は山口さんが誤読して批判してしまっているかのように見えてしまいました.さしでがましい提案ですが,もう一度再考してみてはどうでしょうか?
左にある「最近のコメント」からたどって記事見つけて,日付を確認せずにコメントしたんですが,スパムで「最近のコメント」に項目があがってたんですね….
えと….古い話題ですけどたぶん指摘は妥当なんじゃないかなと思ってるんで,できたら再考してみていただければと….すいません(_ _;
まっていてすみません。
>「堂々と男女共同参画社会への道を進んでほしい」っていう言葉
は,「政府関係者」と「行政関係者」への言葉なんじゃないかなと思
います.で,その次の文は「句点」で区切った後に書かれた別の文
で,独立した文と考えれば,それ以外の人へも含めて,ずれてた部分
を王道(ずれてない状態)に戻して欲しいと言っているように私には
読めました.
については私もそう思いますが、「男女共同参画社会」というもの事
態(イダさんのいわれる「ずれていない状態」の)は、批判的ではあ
にですよね。私はやはり「男女共同参画」というもの自体が、今考え
ても変だった、、という思いをぬぐいきれないのです。とくに前文に
「少子化対策」なんてものがはいてしまっている基本法に基づいた社
会が「男女共同参画」だと考えると、、行政や国の動きに関する、イ
ダさんと私のスタンスの違いだと思います。
>ここであげた8つの論点について議論してこなかったという趣獅ニ
私は解釈しました
という解釈も、私も同じです。ここでイダさんが、「8つの論点につ
いて議論してこなかった」と、歴史も振り返らずに言い切るというの
はどうなのか、という疑問をもっています。
伊田さんが男女共同参画をかなり肯定的にとらえていて,その点に疑問があるというのはわかりますし,山口さんの話の趣獅ノも個人的にはおおむね賛同してます(僕の立場から言うと「男女」になってる点にも疑問があったりしますし).
なので,山口さんの伊田さんへの疑問も理解できるんだけど,でもやっぱり,先の文の引用や指摘の仕方にはちょっとまずいところがあったと思うんです(例えば最初の引用部分のように,文の解釈に重要な部分が除かれた形で,文の途中から引用してしまってるところとか).もしかしたら,僕自身が山口さんの話の趣獅ノ賛同してるからこそ,よけいに,そういう部分が気になってしまったのかもしれませんけど.
女性学については素人なので偉そうなこと言える立場じゃないですし,あるいみ表面的な問題なのかもしれませんけど,そのへんを頭の片隅にでもおいていただければ…と…….さしでがましい意見でホントすいません.
貴ブログへの突然の書き込みの非礼をお許しください。「運動型新党・革命21」準備会の事務局です。
このこの度、私たちは「運動型新党・革命21」の準備会をスタートさせました。
この目的は、アメリカを中心とする世界の戦争と経済崩壊、そして日本の自公政権による軍事強化政策と福祉・労働者切り捨て・人権抑圧政策などに抗し、新しい政治潮流・集団を創りだしたいと願ってのことです。私たちは、この数十年の左翼間対立の原因を検証し「運動型新党」を多様な意見・異論が共存し、さまざまなグループ・政治集団が協同できるネットワーク型の「運動型の党」として推進していきたく思っています。
(既存の中央集権主義に替わる民主自治制を組織原理とする運動型党[構成員主権・民主自治制・ラジカル民主主義・公開制]の4原則の組織原理。)
この呼びかけは、日本の労働運動の再興・再建を願う、関西生コン・関西管理職ユニオンなどの労働者有志が軸に担っています。ぜひともこの歴史的試みにご賛同・ご参加いただきたく、お願いする次第です。なお「運動型新党準備会・呼びかけ」全文は、当サイトでご覧になれます。rev@com21.jp