ふぇみにすとの雑感

日々の雑感、テレビ、社会、フェミニズムについてなど。モンタナ発信。

大学での対面授業の再開

2020-08-16 00:45:00 | 大学関係
新型コロナウィルスのため、ずっとモンタナに篭ることになった夏。ずいぶん時間があるなあと思っていたものだが、すぎてみればあっという間。コロナのため秋学期の開始が2週間繰り上がり、Thanksigivingの前に終わることになったので、尚更である。来週から授業開始ということになってしまった。

私は秋学期の担当授業は、両方ともblendedで教えることになった。つまり、オンラインと対面を組み合わせた方式。登録学生を3つのグループにわけて、グループAは月曜の対面に出席、Bは水曜、Cは金曜、、ということになる。私の場合は、対面をオンライン中継をするのではなく、オンライン部分はLMSを使ってオンデマンド的にすでに準備した内容と、学生による掲示板でのディスカッション、あとは課題やテストの提出となり、対面部分は大教室授業はレクチャーとちょっとした個人で行う課題みたいなもの、小さい授業は全体でのディスカッションになるかと思う。

とはいえ始まってみないとわからない面が多く、そもそもいつ何時、感染が蔓延してきたため授業を全面オンラインに移行、となるかもしれない。

昨日、自分が使う教室がどんな感じなのか、チェックしに大学に行ってきた。
大教室は、ソーシャルディスタンス確保のため、学生が座ってはいけない席に黄色のステッカーが貼られていた。これを見て、ペアワークも、スモールグループによるワークもできないとはっきりわかった。



小さな教室も、椅子が離れ離れに置かれており、椅子は動かしてはいけないルール。


学生の溜まり場になるはずの場所も、ほとんど座ってはいけないという黄色ステッカーが貼られている。


キャンパスのあちらこちらには、サニタイザー(手の消毒と、机やモノの消毒用)のレフィルステーションがある。



学生や教員に配布された、サニタイザーや拭くための布などのセット。布マスクももらった。希望する教員にはフェイスシールドも。



室内のあちらこちらに、ソーシャルディスサンスを示すステッカーが貼られている。



他、使い捨てのマスクを、マスクを持ってくるのを忘れたという学生用に何枚かもらったので、それを授業に持って行かなくてはいけない。マスク着用は教室では必須になったため、マスクをしない学生は、なんらかの健康上の理由により許可を得ている場合以外は、出席できないルール。

2、3日前には「マスクをどうしてもしたくないとごねる学生がいたらどうするか」というオンラインのセッションが、1時間にわたって行われるなど大変である。

来週からどうなることやら。

広瀬浩二郎さんモンタナご来訪と、障害学生サービスのオフィス訪問

2014-05-05 14:53:00 | 大学関係
もう2ヶ月以上前のことになってしまったが、2月に、国立民族学博物館の広瀬浩二郎さんがボーズマンを訪れた。広瀬さんは5年ほど前にも一度、ボーズマンにいらしたことがあり、何と2度目のご訪問である。
そのときのことを、広瀬さんが民博のサイトに書いていらっしゃった。
ミドルライフブルース<Vカゴの響き(15) 点字の嬉々と危機

上記記事で広瀬さんが触れている、障害者サービスのオフィスには私も同行したので、担当者の点字に関する発言はよく覚えている。視覚障害がある最近の学生たちは点字を使わず、学内情報はサイト情報を音声できくし、リーディングも音声で対応している、と。このオフィスについての点字パンフとかはないのですか?と広瀬さんがきくと、ウェブサイトで音声でわかるようにしてあるし...とのこと。業者に頼むと数千ドルとかかかって高いからつくっていないし(でも広瀬さんによれば、点字プリンターを一つ買えば簡単に解決する問題とのこと)、点字使う学生がほとんどいないからねえ、と。にもかかわらず、建物には点字の案内をつけるように大学はこだわっているのだ、という矛盾した答えでもあった。

記事の中で広瀬さんも書かれているように、もしかしたらなくなっていくのかもしれない点字の運命とともに、視覚障害がある人で、実は英語を母語としないとか、聴覚障害も抱えているなどして、聴き取りが難しいケースがある、ということは念頭から抜けているのではないか?と考えてしまった。そしてこうした状況のために、視覚障害をもつ学生が私の大学に留学しようとも思えない可能性もあるだろう。アメリカ人の学生にとっても、この大学に来たいとは思えない状況になってしまっているのでは、などといろいろ考えさせられた。

とはいえ、私の大学の障害者サービスのオフィスはユニークでもある。退役軍人オフィスと、障害者サービスのオフィスが一緒になっており、現実的に様々な障害を抱える退役軍人の学生も多い状況で、横断的なサービスが可能となっている。でも同時に、担当者によれば、実際は同じオフィスでも、障害者サービス用、退役軍人サービス用、と違う部屋を使っているのだそうだ。「一緒にされたくない、障害者あつかいされたくない」という退役軍人学生もいるからだ、ということだった。

この「一緒にされたくない」というのは、退役軍人学生側からの、障害者差別の視点の表れでもある。だが同時に、退役軍人学生側も、様々な差別を受けたり、スティグマを付与されたりしている。退役軍人ということで、何らかの障害をもっていると勝手に推測されるといったことも多いという。こういう経験を毎日のように積み重ねている学生たちが、「自分たちは別のオフィスが必要なのだ」と考えてしまうのもわからないではない。だが、現実には全員ではなくとも、何らかの障害を抱える退役軍人学生も多くいる。全く別のサービスを供給しているようにふるまいながら、実際には多くの場合、横断的なサービスを提供せねばならないというこのオフィスの難しさも垣間みた気がした。

ボーズマンご滞在中、広瀬さんには、パブリックトークに、私の2つの授業、別の日本文学の教員の授業とフル回転でトークをしていただいた。パブリックトークのプレスリリースも出してもらい、チラシサイズのカラーャXタ―も50枚ほど刷り、地元紙の記者にも連絡をとってイベント宣伝コーナーに情報を書いてもらうなど、短い準備期間だったができる限り宣伝も頑張った。とはいえ、私の授業のスケジュール上、このトークは夕方の5時という、私の大学的にはちょっと遅めの人が集まりづらい時間に組んだので、いったい何人くるか不安だった。部屋は50人くらいのところを押さえておいた。

で、蓋をあけたらびっくり!あっという間に部屋は満員になり、立ち見や床に座っている人もいるし、ドアの外で入れない人が待っているという状態。もっと大きい部屋を押さえるべきだった、、と後悔しまくったが時既に遅し、人があふれている状態の中で、広瀬さんのトークということになった。

「誰もがアクセスできる博物館」というテーマで、とくに広瀬さんが関わった「触る」展示の必要性についてのトーク。学生、教員に加え、地域の博物館のスタッフの人たちも数人来てくれたのは嬉しかった。

おそらく、この日、広瀬さんのお話を聞きにきた人たちの大多数は、日本への興味はとくにない人たちだったと思う。むしろ、「誰もがアクセスできる博物館」というテーマできれくれた人たちと、あとは人類学の授業のエクストラクレジットのためにきた学生たちもいたが、大部分が日本研究以外の人たちだった。広瀬さんが今までトークにいかれていたアメリカの大学は、トップレベルのリサーチ大学で日本研究が強い大学が多く、オーディエンスもかなりの人たちが日本語もわかる環境だったらしい。でも、モンタナではそうはいかない。そうした中でのトーク、臨機応変に内容も説明の仕方なども工夫する必要があるなど、いろいろ広瀬さんには大変だったかと思う。でも結果、大成功に終わった。

しかし、こんなに人がくるのだったら、誰か同僚に、会場設営やイントロダクションをするなどの助けを頼めばよかった、と、後悔したが後の祭り。通訳もつとめたため、それでかなり頭がいっぱい状態になり、イントロダクションの際にスャ塔Tーを紹介するのを忘れるという失敗。イベント関係の裏方はわりと慣れているし、小規模のイベントだから1人ですべてできるかと思っていたが、やっぱりこういうときは何でも1人でやろうとしちゃダメだ、と反省したのだった。


大学でのオンライン授業

2012-01-02 18:49:00 | 大学関係
私の今の大学では、今まで大学院(とくに修士レベル)はオンラインの学位を出し始めていたようだが、学部はまだまだ。だが、どうやら昨今のアメリカの大学では、オンラインのコースを増やすと儲かるということになっているらしい。とくにペンシルバニア州立大学は、オンラインで学位を出すことに積極的で相当儲けているという噂。そんなこんなで、私の大学でももっとオンラインのコースを増やすようにという方向になってきている。

儲け主義はどうかとも思うのだが、オンラインで授業を教えるということ自体には興味がある。せっかく大学が奨励してサメ[トもしてくれるようなので、来年あたり挑戦しようかと思い始め、この冬休みからオンラインティーチングのサメ[ト担当者に会い、情報収集を始めたところ。

オンラインで授業を教えると、モンタナ州のように面積が広くしかも田舎が大部分という州においては、高等教育にアクセスをもちづらかった地域に住む人たち、家族を抱え仕事をもっている人たちで、週に2≠R度大学に通うのが難しい状況の人たち、そして身体に障害があるなどで、移動が困難な人たちでも大学のコースをとれるという利点がある。サメ[ト担当者によれば、おそらくオンラインでコースをとる人たちの平均年齢は3≠S0代くらいだと思われ、何らかの事情で大学を中退せざるをえなかったり、大学に行かれなかったりしたが、仕事上でもステップアップを目指すなどの理由で大学での学位をとりたい層が多いという。キャンパスで授業をとる学生よりも真面目に勉強することが多いと思う、とのこと。

最初のオンラインでのコースは、人数を15-20人くらいにおさえたほうがいいといわれた。LMS(Learning Management System: Moodle, Desire 2 Learn, Blackboardなど)上での掲示板機能などを使ってのディスカッショんがかなり重要でもあり、さらにはオンラインの場合はキャンパスでの授業にもまして、頻繁なフィードバックが必要だという。そのためには、人数が多過ぎると難しいからだということだった。これを聞いて正直ほっとした。オンライン=人数が多い、という印象を私はもっていたからだ。

さらに、オンラインの授業という言葉でイメージする、ビデオ授業的なものは、とくに行う必要はないという。逆にインターネットのストリーミングを使うと、学生のネット環境に著しくアクセスが影響されてしまうので、それはむいていない。何らかのビデオやオーディオでのレクチャー的なものが必要な場合でも、せいぜい10?5分程度のもので十分(それすらとくにしなくてもかまわない)。50分のレクチャーなどは全く必要ないし、逆にやらないほうがいいということだった。これも英語のネイティブスピーカーではない私にとっては安心材料。

結局、いかにLMSのインタラクティブな機能をうまく使い、オンラインですでにある情報ソースをうまくひっぱり、授業をつくっていかれるかなのかなという印象を今のところもっている。LMSについては私は今までも授業で使っては来たので、機能などについてはほぼわかっているし使える状態。ネットでのやりとりや発信にもそれなりに慣れてもいるし、思ったよりは大変ではないのかもしれないと思った。逆にLMSを使う授業をした事がない人、個人としてもネット上での発信をしたことがない人などにとってはハードルが高いのだろうとも思う。

教科書については、学生が登録をする際にかかるコストがわかるように、掲示する必要があるとのこと。学生はAmazonなど好きなところからそれらのテキストを購入するそうだ。映画については、近隣ビデオ屋やNetflixで手に入れられるものについては、requiredということでその情報をやはり掲示すればいいとのこと。ただ、近隣で手にはいらないようなマイナーな作品などを、著作権問題をクリアして使う方法があるのかについては、現在問い合わせ中。
ラボがあるオンラインのクラスなどでは、実験道具などの郵送貸し出しを行ったりはしているらしい。

ぼちぼちオンラインのティーチングについて情報収集をして、ブログにも書いていこうかと思っている。目標は来年秋学期に1クラスオンラインにすること。それが難しそうだったら春学期。さてどうなるか。

ミシガン大学の大学院生講師の給料

2009-05-03 16:12:00 | 大学関係
トラバをいただいた、理系脳毒之助さんのブログで、院生のアシスタントシップについて書いた前回エントリにて、院生の給料を書いていないとご指摘をうけた。毒之助さん、ありがとうございました。

私が院生していたのは数年前のことになるので、どうせなら今現在の数字をお知らせしたほうがよいかと思い、ミシガン大学の場合の給料を紹介しておく。

http://www.umgeo.org/member-resources/geo-dues-and-service-fee/

上記のミシガン大学Graduate Employees Organization サイトに詳しく書いてあるが、2008≠X年度は、多くのャWションがあてはまる25%のアャCントメントの場合、一学期$4,036のstipendということだ。(そこから組合費だの引かれるものがあるので、まるまるくる訳ではないが。)そして、アャCントメントが25%より多ければ、給料もふえるし、それより少なければ減るということだ。

税金は、留学して最初のうちはtreatyが使えるので、額が大きい国への税金はすべて返ってくることになる。毎月の給与の段階でたくさんひかれてがっくり、、かもしれないが、後で申告さえすれば返ってくるのでご心配なく。

でも、これはあくまでもミシガンの場合。シカゴ大学はTA給与の具体的な額はわからないが、これよりかなり少ないものだと聞いた。そして、なんといっても健康保険がないのが大きい。

取り急ぎ、給料情報の追加エントリでした。




アメリカの文系大学院での奨学金やアシスタントシップ

2009-05-02 21:22:00 | 大学関係
Ockham’s Razor for Engineersというブログの「アメリカの理工系大学院のリサーチアシスタント」というエントリで、アメリカの理系大学院の院生のリサーチアシスタントシップについて紹介されていた。私は文系大学院にずるずる何年もいっていたので、文系の院生が大学からもらえるファンディングについてメモっておく。

ほとんどの理系の院生が使う、「リサーチアシスタントシップ(RA-ship)」というのは、文系の場合はほとんど存在しない、と考えた方がよい。理系の大学教員がとれるような、何人も大学院生のRAを雇えるようなグラントがとれることが滅多にないからだ。こういう機会がゼロ、とは言わないが、ひじょうに少ないとは考えておいたほうがいいだろう。

では、どうするか。最近、いわゆるトップレベルといわれる大学院(アイビーリーグとか、それに類するような私立、州立大学)は、院生に入学許可を与える際、「5年のパッケージ」などとよばれるやり方で、5年間は何らかのファンディングを与える、というのを条件にしている場合が多くなっている。そうしないと、よい院生をとるために競合できないからだ。というわけで、こういったパッケージをもらえれば、とりあえず5年(あるいは何年でも、大学が保障する年数)は安泰だ。たいていの場合、授業料全額免除と、生活できる程度のstipend(給料)をもらえ、大学によってはそれに健康保険がついてくることもある。その間にそのお金の条件として何らかのティーチングをさせられる場合もあるかもしれないが、経済的にとりあえず5年は路頭に迷うことはない。(ただ、人文系の場合、5年でPh.D.がとれる、というのは数字多用系分野でない限り、ひじょうに稀だ。)

ただ、この「パッケージ制度」、時と場合によって、外国人はその枠から除外されることもありうる、という現実もある。たとえば私が院にいったミシガン大学の場合、アメリカ人が通常もらえる、とされている制度なのに、なぜか外国人は別枠扱い、ということが時々あった。アメリカ人にとってパッケージ制度があるからといって、必ずしも同じものを外国人がもらえるとも限らないかもしれない、ということはおさえておこう。

では、この「5年パッケージ」的なものがもらえない場合、あるいはその5年間が終ってしまって、まだ学位が終らない場合、または、そもそもパッケージなどない大学院の場合はどうすればいいのか。

一番大きなファンディングのチャンスは、大学院生講師(大学によっては、ティーチングアシスタントともよばれる)をすることだ。ミシガン大学の場合、ティーチングアシスタントを25%以上(週の労働時間40時間の1/4=10時間を費やすという意味)のアャCントメントでとれると、授業料全額免除、大学教員と同じ健康保険(1年以上TAをやれば歯科保険もつく)、リッチではないながらも、生活できるレベルの給料がもらえた。そのほか、ティーチングのトレーニングを受けさせられるときは少しながらも給料(そのぶんの時給、あるいは生活費に相当する額)がもらえたりもした。これがとれれば、生活はとりあえずは安泰だということだ。(25%に満たないアャCントメントでも、授業料部分免除があったりする。)ただ、毎学期毎学期応募するというプロセスを経なければならず、安定的に常に職が得られるというわけでもない。

このミシガン大学の大学院生講師がもらえる給料にしろ、保険などにしろ、おそらく全米の大学院のなかでトップレベルのものだと思う。なぜか?ミシガンには、1970年につくられた、全米でも最長レベルの歴史をもつ大学院生講師組合があるからだ。これより長い歴史をもつ院生の組合はウィスコンシン大学マディソン校にしかないが、最近、かなり組合をもつ大学もふえてきた。

組合があると何が違うか。大学院生をティーチングのために雇うときに、オープンにアプリケーションをつのって、選考しなくてはならないこと(ひそかに誰も知らないうちに応募も募らずコネ選考ができない)、同じ仕事量なのになぜか給与が学部によって違うなどの事態がおきないこと、そして、授業料もたとえ院生講師として働いても部分免除にしかならないような院もあったりする中、労働時間に応じてしっかりスタンダードが決まっていること、健康保険などのベネフィットが保障されること(健康保険、というのはアメリカにおいて本当に大きなものなので、これがあることの重要性ははかりしれない。)そして、謎の理由で雇われない、給料が支払われない、決められた時間数より多く働かされている、解雇されたなど、問題が生じたら、組合を通じて交渉してもらえることなどだ。組合があることの利点は大きいと思うので、大学院生として教えることでなんとか生計をたてたいと思うなら、「組合がある大学/しっかりしている大学」というのを基準に選ぶ、というのもアリだと思う。(組合がどこの大学にあるかについては、CGEU -Coalition of Graduate Employee Unionsのサイトを参照のこと。)同じ仕事をしても、組合も何もないシカゴ大学はティーチングアシスタントとして働いても院生に保険はくれないし、給料もとんでもなく安かった。いづれにせよ、組合の有無をおいておいても、院生講師/TAの給与もベネフィットも、大学によって雲泥の差があるので、文系の院に行きたいと思う人はきちんと調べた方がよいと思う。

ミシガンの場合は、"10-term rule"という制度があり、10学期間をこえて(春夏学期のぞく)院生として教えることはできない。(少なくとも私がいた時代はそうだった。)だから、5年以上院生として在籍する場合、永遠にティーチングをやり続けるというのも不可能だ。

英語ネイティブではない外国人の場合、ティーチングのャWションをとるにも壁がある。ミシガンの場合、英語の試験を受けさせられ、それに落ちると何度も繰り返し受けさせられ、受かるまでティーチングのャWションがもらえなかった。この試験が純粋に「客観的」に英語力をはかる試験であればいいのだが、試験官の主観で「ジェスチャーがヘン」とかわけのわからない理由をつけられて落とされたりする場合もありえ、英語もそんなに問題ないのに何度も落とされて苦労していた人たちもけっこういた。そんな背景もあり、アメリカ人よりはティーチングのャWションをとるにも大変な面がある。

もうひとつの手は、日本語ネイティブという強みを生かし、日本語のティーチングアシスタントをすることだ。言語学や日本文学専攻なら、この手でいくのがベストなのだろう。ただ、同じ大学内に強い言語学や日本語、日本文学の学部があったりする場合、その院生たちが優先されるわけで、別の分野の人たちの場合は選考はされづらくなるかもしれない。

ただ、どの大学でもティーチングの機会がたくさんあるわけではない。ミシガンのような、巨大な学部を抱えている大学の場合は、学部生を教えるという仕事の大部分を大学院生が実は担っていることもあり、ティーチングのャWションじたいはたくさんあった。多くの大規模州立大学、大規模私立大学(学部生がたくさんいるところ)などは、似たような状況だと思う。ただ、私がャXドク時代にいたシカゴ大学の場合、院が大きく、学部は少数精鋭型の大学だった。こうなると、学部生の絶対数が少な過ぎるので、当然ながらティーチングのャWションもすくなく、常にティーチングができるという状況ではなかった。

ティーチングではなく、フェローシップのようなものをもらうという手もいちおうはある。アメリカの機関からでる外部フェローシップ、グラントの大部分は(すべてではないが)、外国人は応募もできないので、その場合大学内からでるものを狙う。たまに外国人にしぼった対象のフェローシップがあったりするかもしれず、そういうのは通常のものよりもらいやすいと思う。それと、ミシガン大学の場合、デトロイト近郊にある日本人補修校で、大学からのフェローシップという扱いで土曜日に働くことで給料がもらえた。生活費のたしには十分なるくらいの給料だった。(ミシガン州立大学でもやっていたと思う。)これがミシガンだけなのか、ほかの地域の補修校でやっているところがあるのかわからないが、、

外国人はビザの関係上、キャンパス内でしか働けないので、すべての上記の手段がダメとなると、図書館だとかカフェテリアで地道に働くということにならざるをえないのだが、これではバカ高い授業料など捻出できず辛いだろう。アドバイザーなどの教員に、遠慮せず常に自分の貧乏状況をアピールしておくことが重要だろう。とくに日本人の場合は、勝手に「金持ちに違いない」と思い込まれているケースも多いからだ。そして、なんだかんだいって、院生のファンディングは教員たちのさじ加減で決まってしまう面もあるからだ。

最後にもう一点。ミシガン大学の場合は、Ph.D. Candidateになると支払う必要なる授業料額がかなり減り、授業料を払わなくても書類を提出すれば在籍できるDetached Studyというシステムもあった。私も博論執筆時には盛大に利用したものだ。ただ、Detached Studyについてはいろいろうるさくなっていたようだから(とくに外国人に関しては、9≠P1以降いろいろうるさくなった)、今も同じかどうかはわからない。

以上は私の院生時代の体験に基づいた話だが、今働いている大学(基本的に理系大学)の文系大学院生たちは、ファンディングなんかあるんだろうか状態だ。いわゆるその分野のトップ大学院ではない場合、必死に院生をリクルートする必要もない、というか、してもたぶんこないし、結局地元民でこの地域を何らかの事情で離れたくない院生たちが文系の院にははいってくる感じだ。学費がリーズナブルだから、それでも学生は来るという面もある。教育学系をやっている院生は、毎学期のように教えさせられるが、給料は低いしベネフィットもない、とぼやいていた。そして、前回エントリでも書いたけれど、修士だけのプログラムの場合はどの大学院でもファンディングをもらえる機会はがくっと減ってしまうだろう。


(追記:院生講師がもらえる給与について、別エントリで書きました。)