東南アジア・ヴァーチャル・トラヴェル

空想旅行、つまり、旅行記や探検記、フィールド・ワーカーの本、歴史本、その他いろいろの感想・紹介・書評です。

可児弘明,『近代中国の苦力と「豬花」』,岩波書店,1979

2007-03-24 10:39:08 | 移動するモノ・ヒト・アイディア
史料は求める人の前に発現する。
香港・広東省の人身売買・奴隷的労働力の移動をあつかった研究である。
書名は「キンダイ チュウゴク ノ クーリー ト チョカ」 とよむ。
豬花は日本語にない単語であるが、音読みでチョカと読む。

中国史研究者は、みんなこの程度の知識を持っているのだろうか。仰天の事実が満載である。

まず、時代はアヘン戦争後。
マクロな視点でみると列強、というより、大英帝国による輸入超過の決済として、労働力の輸出が苦力貿易ということなのだ。

最初は北アメリカ西海岸やキューバ、ペルーへの苦力が主流である。
これは、単純にまとめると、奴隷制廃止後の労働力補充である。
というより、実態は奴隷制そのものである。
アメリカ大陸までの航海の間、積荷である苦力の損耗率(つまり死亡率)が20%から30%というすさまじさ。
アフリカから新大陸への奴隷貿易航海を中間航路というが、その消耗率(つまり死亡率)とたいしてかわらないのでは?

大陸横断鉄道の完成によって、東海岸から西海岸へ労働力の移動が可能になる。
それとともに、華人苦力は、ヨーロッパ人労働力からじゃまもの扱いされる。
華人移民の規制、制限がもうけられる。

1870年代からは、苦力の輸出先は東南アジアの開発地域、つまりマレー半島・ボルネオが主流になる。
シンガポールが最大の受け入れ先、それから再輸出されるものも多い。
それとともに、苦力の性欲を処理する売春業も移動する。
中国からの移民として、最初の女性移民が売春労働力としての「豬花」である。
こうした背景をもつ、19世紀後半から20世紀初頭にかけての、東南アジア向け女性労働力の移動が本書の主題である。

と、ながながと要点を得ないまとめかたになったが、

香港から海峡植民地への女性奴隷の交易

が、本書のテーマである。
もちろん、奴隷という言葉は使われていない。交易という言葉も使われていない。
犯罪行為としての誘拐・略取、合法的な女婢使役制度や売春制度、半ば合法的な侍妾制度、それらが複雑にからみあった交易・商売・慣習・犯罪の分析である。

史料は、著者みずから探しあてた、保良局(民間の福祉施設、孤児・犯罪被害児を保護、善導する組織)の記録文書である。
つまり、犯罪被害者として救済された子女と、直接の加害者である誘拐・強略者の記録である。
であるから、遠方に送られてしまった者(ほんとうに被害者)の記録ではない。
また、売春宿を利用した客や、背後で儲けた者たちの記録は、表面に現れない。
それにもかかわらず、生々しい一次記録、現場の証言である。

二、三注意したいこと。

まず、これは、ブリティシュ・ヘゲモニーの時代における、言い方をかえれば、近代化の課程で出現したできごとである。ということ。

そうではあるが、この交易・制度をささえた背景に、中国の家族制度、女性観が強力な基盤として存在したこと。

さらに、人口過密な中国から、四方八方にあふれでた華人は、人口過密地帯でうまれた伝統を、一部は引き継ぎ、一部は廃棄していったことである。
(当時の過密人口の移動先として、四川地方、台湾、東北地方、そして南海があった。)
現在、東南アジア、東北アジア、アメリカ大陸にちらばった華人、元の家族制度・女性観を引き継いでいる面がある一方、正反対に変化した面もある、と思われる。

そして、本書の主題からまったく離れてしまうが、同じく人口過密なところからはみでた存在として、華人と衝突することになるのが日本からの移民である、ということ。


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