東南アジア・ヴァーチャル・トラヴェル

空想旅行、つまり、旅行記や探検記、フィールド・ワーカーの本、歴史本、その他いろいろの感想・紹介・書評です。

羽田正,『東インド会社とアジアの海』,講談社,2007

2008-05-02 21:52:42 | 移動するモノ・ヒト・アイディア
大推薦!必読!
よくぞ書いてくださった。

歴史研究者ばかりではないが、プロの学者はなかなか他人の領域に足をふみこまない。縄張りを荒らさない、という掟があるし、不案内な領域に首をつっこんで叩かれたら、専門分野でも評価がさがってしまうというわけだ。
そこで本書が扱うような広い地域・長い期間の歴史は、文学者やノン・フィクション作家が扱うことがあるが、やはりシロウトは基本的な点でポカをする。(本ブログで過去に紹介したサイモン・ウィンチェスター,『クラカトアの大噴火』など、読み物としても歴史としてもおもしろいが、やはり重大な欠陥があるんだよな。)
専門の歴史家にこそ書いてもらいたいのだよ。

それでこの「興亡の世界史」シリーズ第15巻。
17・18世紀の歴史を、オランダ東インド会社・イギリス東インド会社・フランス東インド会社の三つを均等に扱い、インド洋海域とと東アジア海域を均等に扱い、商品と人物と政治を描く。
この世界、この時期は、日本をはじめ世界中で研究がすすんだ地域であって、東アジア側からも、イスラム側からも、ヨーロッパ側からも、膨大な研究蓄積がある。
その最新の成果をシロウトにわかりように、これでもかというぐらいに平易に紹介する。

しつこく何度もくりかえされるのは、この時期の〈イングランド〉〈オランダ〉〈フランス〉などが、こんにちの国民国家ではないこと、領域国家ではないことである。
同様に、いやまったく違った基盤で、ペルシャもインドもシナも国民国家ではないし、領域国家ではない。
困ったことに、唯一の例外が、日本列島らしく、この時期に現在の領域に近い統一政体が形成されてしまった。もちろん、北海道も沖縄も南鳥島も、そして日本海や東シナ海も現代日本の境界とは異なるのだが、統一された支配と流通・税制・コミュニケーションが形成されたという点で、例外中の例外である。

その例外をほかの地域にかぶせて誤解しないように、著者は何度もくりかえし警告している。

〈海の帝国〉と〈陸の帝国〉、インド洋海域と東アジア海域の違い、キリスト教布教、船舶と航海、流通した商品の質と量、華人・アルメニア人・インド系ムスリム・ポルトガル人・日本人などの多彩なプレイヤーが描かれる。
基本中の基本であり、誰かが書いてくれなければならない本だが、膨大な専門分野の蓄積を前にして、誰もが躊躇した分野だと思う。
このテーマ、この時代をこれだけ広い視野で一冊にしたのは、ほんとうに蛮勇かもしれないが、まず、出発点が決められた。

本書から出発できる若い読者はほんとうにラッキーだ。きみたちにはわからんだろうが、本書に書かれている内容がわからないから、いろいろな本を読むのに苦労したんだぞー!うーん!
本書を読まずして、あるいは、これだけわかりやすく書かれた本が読めない者は、日本史やヨーロッパ史や中国史の細かい事項をおぼえても無駄である。
また、この時期以前を理解するにも、後の時代を理解するにも、最適の位置を示してくれた。
この本から出発すべし!

東南アジアの記述が比較的少ないことは、わたしにとって個人的にありがたい。(本書を出発点とする読者を混乱させない配慮だろうが)
本書の内容に、マニラ=アカプルコの貿易や、雲南やタイ山地の事情や、稲作や漁撈のことを加えたら、ページ数が増えて収拾がつかなくなったと思う。
少ないページ数で簡潔にまとめた努力も評価したい。
きっと、もっともっと盛りこみたい話題があったであろうが、とにかく、この厚さに収めたのはみごと。


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