フィクションのチカラ(中央大学教授・宇佐美毅のブログ)
テレビドラマ・映画・演劇など、フィクション世界への感想や、その他日々考えたことなどを掲載しています。
 



 先日のテレビドラマ評には書きませんでしたが、NHKの朝ドラ『カーネーション』を楽しみに見ています。自身もデザイナーで、世界的なファッションデザイナー3姉妹を育てた小篠綾子さんをモデルにした、小原糸子役を演じているのが尾野真千子さんです。
 ドラマの面白さは小原糸子のたくましさです。ときにはあまりのガラの悪さに爆笑しながら、私はドラマを見ています。しかし「朝からガラが悪すぎる」という不評もあるとか。テレビドラマに好評・不評はつきものですが、あまりの「ガラの悪さ」が私にはむしろすがすがしいくらいです。
             
 ただし、今日書きたいのは『カーネーション』自体というよりも、女優としての尾野真千子の持っている天賦の才能についてです。それは演技力とともに容姿だと思っています。ただし、尾野真千子の才能である容姿というのは、美人女優だということではありません。むしろ容姿だけを見ればそれほど目立たない、印象の薄い容姿だとも言えます。もちろん尾野真千子はたいへん綺麗な女優さんですが、柴崎コウや黒木メイサのような強烈な個性を持った顔立ちではありませんし、藤原紀香のような華やかな顔立ちでもありません。『カーネーション』の小原糸子のキャラクターが強烈なので個性が目立ちますが、顔立ちはむしろ地味で印象の薄い顔立ちです。それが尾野真千子がどんな役でもできることにつながっていると思われます。
            
 その証拠に、「尾野真千子、30歳で大ブレーク」のようにマスコミで言われますが、実際にはかなり多くの役を演じてきています。私が見ている中でも、『火の魚』(NHK、2009年)のヒロイン・折見とち子役、『Mother』(日本テレビ、2010年)の道木仁美役、『名前をなくした女神』(フジテレビ、2011年)の安野ちひろ役などなど。多くの重要な役を演じていますが、多くの人は『カーネーション』を見て初めて尾野真千子という女優を意識したか、あるいは今までのあの役を演じていたのはこの人だったのかと気づくことになったようです。今まではどちらかと言えば、『カーネーション』の糸子とは正反対の根暗な役を多く演じています。そのせいもありますが、『カーネーション』の糸子を見ても、これまで見てきた女優さんと同じ人とは思いませんでした。
             
 一度見たら忘れないような印象の強い顔というのも女優さんとしての財産ですが、一方でさまざまな異なる役を演じて別人に見えるというのも大きな財産です。
 先に触れた『火の魚』は室生犀星の原作を現代に置き換えて描いたテレビドラマで、尾野真千子演じる女性編集者は、ある理由があって演じるのになかなか難しい役です。ただし、原田芳雄演じる気難しい小説家が前面に目立つ分、女性編集者役はたいへん重要ながら脇役に徹するといった存在です。その重要な脇役を演じていながら、『カーネーション』の主人公と同じ女優さんとは私が気づかなかったのですから、尾野真千子という女優の「化け方」は見事というほかありません。
 『火の魚』は第64回文化庁芸術祭大賞(テレビ部門・ドラマの部)、放送文化基金賞優秀賞、モンテカルロ・テレビ祭・ゴールドニンフ賞(テレビ映画部門)などを受賞しています。賞を受けたから良い作品というわけではありませんが、私にとっても印象深い作品でした。私が楽しみに見ている朝ドラ『カーネーション』の方は、ちょうど今日で尾野真千子の出演部分は終了してしまいました(今後は夏木マリが演じます)。
 尾野真千子という異なる役柄をこなせる女優さんの才能が、これからもさまざまな作品に活かされていくことを願っています。
             



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