考えるための道具箱

Thinking tool box

◎Magic/Bruce Springsteen

2007-11-23 13:35:40 | ◎聴
数日前、ちょっとした戯言として、ずっと聞いておきたい50曲というのを選んでみたけれど、ことブルース・スプリングスティーンの項目に関しては、新しいアルバムがでるたびにまったく無効になる。いまTUTAYAなんかに行くと、堂々と「ボス復活」といった、Point Of Purchaseの広告が飾ってあって、これが日本における一般的なブルース・スプリングスティーンの認識、つまりは『Born in the USA』以来のヒットの予感といったことなのだろうけれど、ブルースは『USA』以降も、比較的コンスタントに、しかもさまざまなスタイルで楽曲を提供し続けてきて、その多くがそれまでの曲を超えている、という点では「復活」といわれてもかなり違和感がある。

ブルースの場合、なにかよくわからないタイミングでレコーディングだけはされていて発表されていないような曲や、ライブで先行して演奏される曲、ライブだけで演奏される曲といったものもたっぷりあるわけだが、そういったものは少し横に置き、新しくスタジオでレコーディングされアルバムという形で発表されたものだけに絞ってみたとしても、リズムとメロディと詞は、いつも新しく、よくここまで、それまでなかった新しさのバリエーションを引き出してくるものだ、と感心する。

身びいきであることは否定できない。しかし、ぼくが昔からかなり聞き込んでいてオール・タイム・ベストにあたるようなアーティストと比べてみてもその差はあきらかに思える。たとえば、ジャクソン・ブラウンなんかは、新譜のペースが格段に落ちてきているし、もちろん最近も(といっても90年代)、『Sky Blue And Black』とか『Barricades of Heaven』といった珠玉を打ち出しているとはいえ、そういった曲は、1枚のアルバムに1、2曲あるかいないに過ぎない。だから、彼の3曲を選ぶときはさほど悩むことなく昔の引き出しからひっぱりだしてくることになる。また最近ライブをみて、そのパフォーマンスとエンターテインメント性について確信を深めながらもあらためて見直した浜田省吾にしても、曲はまだしも、詞については、ダメぶりを発揮していて、あの『愛の世代の前に』や『パーキングメーターに気をつけろ』の頃の含意の才能は、そのタイトリングも含め完全に枯渇している。これらをみたとき58歳にしてなお、それまで自分がつくったことのなかったサウンド、思索の深い言葉を提供し続けているブルース・ブルーススプリングスティーンのRock & Rollマインド&スキルはすばらしいといわざるをえない。

つまり、新譜『Magic』は、そういったことを、より端的に表現したアルバムだということだ。確かに、今どき、11曲(+1曲)という収録曲の少なさは、数だけみると物足りなさはある。しかし、きっとブルースのことだから、この倍以上の曲がレコーディングされていて、ファンからみれば、それは収録曲とは寸分違わぬ完成度の高いものに違いないのだろうけれど、まるで陶芸家がほんのわずかな瑕疵により焼きあがった作品を破壊してしまうように、数々の名作をこのアルバムから外したのだろう。だから、残った11曲(+1曲)は、すべて、いっさいの隙もない。ぼくたちとしては、外れた曲が今後『Tracks Ⅱ』として日の目を見る日を待ち望むわけだが、まずは『Magic』のコンセプトとして厳選された曲をとことんまで愉しみたい。というか、愉しむ以外になにすればいい?

もっとも、全世界のファンがすべからくこの新しいインシデントを喜んでいるわけではなく、まあ、俺こそがボス党党首といわんばかりの人のなかには、まったくダメなんて言っている人もいるようだけれど、そういう人も、もう少し聞き込んでみれば、にじみ出る良さを感じることができるかもしれない。だいたい前作『The Rising』にしてもそうだったじゃないか。

01. Radio Nowhere
02. You'll Be Comin' Down
03. Livin' in the Future
04. Your Own Worst Enemy
05. Gypsy Biker
06. Girls in Their Summer Clothes
07. I'll Work for Your Love
08. Magic
09. Last to Die
10. Long Walk Home
11. Devil's Arcade
(12.Terry's Song)

「Radio Nowhere」はきわめてキャッチーだ。これぞ、ブルース・スプリングスティーンらしい曲、と思えてしまうのだが、じつは過去の曲のどれを繰ってもみても、これに似た曲はない。「My Love Will Not Let You Down」か?

This is radio nowhere, is there anybody alive out there?
This is radio nowhere, is there anybody alive out there?
Is there anybody alive out there?
I just want to feel some rhythm
I just want to feel some rhythm

まあもうこれ以上ないというくらいかっこいい詞だ。ライブのオープニングで、いつものように"Is there anybody alive out there?"なんてシャウトしたあと、この曲が始まったら、恥ずかしいけれどもらしてしてしまうかもしれない。言うまでもなくマックスのタイトなドラムの真骨頂だ。そういう意味では、ブルースらしい曲というより、Eストリート・バンドらしい曲ということになるかもしれない。ただ、この「ブルースらしい、誰かに似た、らしくなさ(ややこしい言い方でごめん)」は、きっと賛否がわかれることだろうし、そのキャッチーさゆえ、最終的には『Born in the USA』における「Born in the USA」になっていく可能性もある。実際にぼくも、続く「You'll Be Comin' Down」からスタートすることが多くなってきた。でも、どうしようもなく、聴きたくなるときがあるんだよなあ。

「You'll Be Comin' Down」は、一転してライトな印象をもつ曲だが、このビッグサウンドをぼくはかなり好意的に迎えたい。語られているのは「あんたもいつか落ちぶれるよ」ないしは「もと自分がいたところに落ちてくる」みたいな話だから、あまり手放しには喜んでいられないのだが、それでも何か力をつけたいときにテーマを繰り返し口ずさみたい気分になる。ところで、『Magic』には、ほかにもそういった、重く深い含意があって、けっしてストレートではない詞が多い。いろいろと推測を立てて、あれこれ考えてみなければ本意がわかりにくいというのは確かなのだが、具体的な事象から、普遍的で生きていくうえで重要な概念を想起させ、オーディエンスの胸にしっかりやきつける詩人としての手腕にいっそうの磨きがかかったといえる。このあたりは、最近のブルースらしいし、テーマといい選び抜かれたワードといい、たとえ言語圏の違う人間でも立ち止まらせてしまう。

ほんとうは一曲ごとに、ていねいに考えを費やし感想を書いていきたいのだけれど、どうにも言葉が追いつかない。以下、特筆すべき点を、キーワード、つぶやき風に。

「Livin' in the Future」:きっとライブを重ねるごとに、「Darlington」や「Sunny Day」、場合によっては「Tenth Avenue Freeze Out」みたいに成長していくことになるんだろうなあ。
「Your Own Worst Enemy」:このアルバムのなかでベストだと思っている。サウンドはストリングスが効いていて、ブルースのなかでも新しいジャンルに属する。エンディングの「Your flag it flew so high It drifted into the sky」の部分への流れ方は、詞も含めて感動的ですらある。
「Girls in Their Summer Clothes」:厚みのある、フィル・スペクター風な音作りが濃厚に「復活」というか「出現」してきたイメージ。流れるような若い歌声が効いている。これも選びたい良い曲。
「I'll Work for Your Love」:もし、3曲選ぶとすれば最後の1曲はこれ。なんの惑いもないシンプルで元気のでる曲(詞には多少、宗教的な含みがあるようだが)。
「Magic」:不気味で地味なフォーク風だけれど、じつはシャープなかっこいい曲。シーガー・セッションズ・バンドの音も起用しているようで、この数年間の活動がうまい具合に、ブルースの新しい血肉となった。
「Last to Die」:十八番のマイナーロック。もし、これがなければ、アルバムがかなり物足りなくなる。「Further On (Up the Road)」とか「Gloria's Eyes」もっというと「Atlantic City」なんかが、ぼくがブルースから離れられない大きな理由でもある。
「Devil's Arcade」最近のブルースのバラードの新しいジャンルのひとつであり、迫るような音作りは見事。逆に、最近あまりみかけないのが、「Racing In The Street」「Streets Of Philadelphia」「Back In Your Arms」のような、「ブルース」ならではのバラードで、欲をいえば、こちらの方向も久しぶりに聴きたいところではある。

ワールドツアーの第2期の日程も発表されたようだけれど、残念ながらまだ日本には至らない。FM802の来日嘆願署名の伸びもいまいちだ。11月23日現在、1317人。もし城ホールなんかでライブやったら、確実にアリーナじゃないか。あ、「大阪でライブしてほしい」署名か。しかし、それでもボスファンはこんなに少なかったのだろうか。

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