考えるための道具箱

Thinking tool box

◎『ジグソーパズル専門店(仮)』  <2>

2008-02-21 00:52:09 | ◎創
「ちょっとは遠慮してくださいよ。もー」

みるからに、もさいおんなじようなおっちゃん1&2が、まるでQBBの中学生日記のように、もしくは加藤と志村のように、リクライニング縄張り争いを展開しているさまをみて、呆れが思わず口をついてでた。ふだんの藤森響子なら、いくらこれはだめやなあと思う意見があったとしても、まったくの他人に対してこんなふうに進言することなんてない。言えたとしても、「すみません。ふにゃふにゃ……」ていどのものなので、だから、予期に反して意識をつきやぶって、自動的にしっかりと意志のこめられた台詞が出始めたのには自分としてもおどろいたけど、そんなことだから「さいよ。もー」にいたっては、声が戦慄いていたし、頭の中がどっちかという白ではなく真っ赤になっていた。いやオレンジだったかも。

動物的な衝動を呼び出した原因は、もちろん現前に屹立する2つの背もたれにより、最後尾席の後ろの空きスペースにぜひ置いておきたいと予定していたキャリーバッグのための空間が矮小化してしまっていたことと、そしてもうひとつは、おっちゃん1の奥の席、つまり、せっかく20日以上も前からエクスプレス予約の席番リクエストで確保していた20番のE席への行く手を阻まれたことなのだが、どう考えてもそんなしょうもない理由で、意志ある無意識が作動するわけはないので、きっと真因ないしは心因は、やっぱあのことなんだろうなあ、と藤森響子は、いまや直立したリクライニングの間をすりぬけ、荷物と自分の居場所を確保したひとときに考えてみた。

「ちょっとよいかなあ」と気軽に呼ばれていった会議室で、そんなことまったく考えてもみなかった叱責。「考え方がおかしいんじゃないかな」なんて急に言われたら、誰だって総毛たつ。「昨日さあ、会議でさあ、得意先からの申し入れを説明したあと、おれがさあ、厳しい状況だけれどなんとか乗り切っていこう、みたいなことを言っただろ」と、厭なことを「あっ」と思い出させる緒言。「そしたら、君なんていった?」って詰問するけど、わたしが答えることを期待してないんだろうなあ、案の定「おれはそれ聞いた瞬間、ものすごく腹がたったよ。『もう、ウチの部署はダメですね』って。いったいどういうことなんだ?君何年目だ?あの場にいたほかのメンバーのことぜんぜん考えてないじゃないか。若いやつらもいるのに、チームでやってるってことなんてぜんぜん考えてないんじゃないのか。」と一気にきた。「それだけじゃない」って、まだ、あった?ああ、「この間だって、そうじゃないか。今回のチーム編成。」のことか。「なんてった?」ってもうヤなとこ突いてくるなあ、しかもヤな言い方で「『私は、上に村下さんなんていなくったって、ちゃんとやっていけます』って言ったよなあ。まるで小学生の子どもとおんなじじゃないか。そもそも、村下くんのことなんて思っているんだ。藤森さんなんかがいっさい気づきもしないようなところで、組織を支えて、いつもメンバーのキャリア設計とモチベーションを考えている優秀な男だよ。藤森さんが学ばなければならないのはそういう、子供じゃない村下のような心根じゃないか」と、仕事ぶりじゃなく「性格」の問題を、それも「比較」案で提示してきた。さすがに、まいった。これまで30年積み上げてきた自分というものを、性格のことなんか何ひとつわかっていない男にすっぱり斬られると、こたえる。へこむ。親や娘に申し訳がたたない。「なんかさあ、去年までうまい具合にヤマダ電機の受注がとれたからって、自分のことをデキる人間って思ってんのかもしれないけれど……」と、まだまだ続くな、と思ったとたんに、肉体的に気分が悪くなってきた。「それだけの人間は、おれの組織じゃ絶対に……」だんだん聞こえなくなってきた。そのあと、自分もなにか喋ったような気がするけれど、あんまり覚えていない。すみません出張の時間、といって切り上げさせてもらった、と思う。たぶん。

もちろん言い訳はある。正直なところ、苦境を乗り切っていこうったって、その具体的な乗り切り策のいっさいを精神的な鍛錬に委ねた無策をダメだと思ったし、ビジョンのない繁忙対策の一貫としての人事異動なんて、いくら立派な理由を並べたって、対処的な療法にしかすぎないってこと、それこそ小学生でもわかる。しかし、確かに言葉は足りなかったのもまた事実。「もう、ウチの部署は “いまのままこれまでと同じことをやっていては” ダメで “きっと、具体的な提案の手法とか、総合的な見地からプライシングなんかを変えていく必要がありま” すね」って言えればよかたんだし、「私は “ほんとのところは一人の上司に師事したいと思っているんです。もう、こんなふうに2、3ヶ月ごとに組織が変わって、上の人間と同時に方針も微妙に変わる状態には耐えられません。だから、そのことへの抗議もこめて、別に固有名詞である必要はまったくなかったのですが” 、上に村下さんなんていなくったって、ちゃんとやっていけます。 “と、いったまでです。そのあたりのことを、わかってください” 。」って言えれば事態は変わったかな。いや、たいして変わんなかっただろうな。「うーっ」なにも、出張直前のバタバタなところをわざわざつかまえていわなくったっていいじゃん、それこそあんたがメンバーのこと考えてないじゃん「ああっ」って思わず声が出た。親や娘に申し訳がたたない、と思い返したとたんに涙もにじんできた。おい、おっちゃん1、なんで、リッツなんかぽりぽり食ってんだよ、しかも水も飲まずに、と左傾したところに、なんともはやタイミングの悪い命令がくだった。
「えー、お取り込み中のところ、たいへん申し訳ありませんが、乗車券を拝見させていただきます」

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