そのころ、世に数まへられぬ古教授ありけり。

この翁 行方定めず ふらふらと 右へ左へ 往きつ戻りつ

9月24日(木)

2009年09月24日 | 昔日記
 連休が終わった途端に、スズメバチの来襲という感じである。頭の周りを何かがワンワン言い出した。予定表はびっしりで、何が何だか分からない。

 14:00から教授会。席に座ると、社会学のM教授に今日は長くなるぞと嚇かされた。主任会がモメたのだそうだ。あんたが長くするんだろとお返事する。最重要議題は最初のほうにあって、これはまことに結構至極な結末だったが、後もずるずる続いて、終わったのは18:00(それでも早く終わったと言ふべし)。私めの交換研究員派遣の件は、異議なく承認されました!(人事委員長殿に、反対してやろうと思ったと嫌味を言われたが…) M教授がモメると言っていた話は、私もその一員であったカリキュラム委員会に矛先が向いてきたのだが、Y委員長のご答弁まことに要領を得て水際立っていた。いや~Y教授、ホントに冴えている。将来の学部長、間違いなしだろう。

 18:00から教組の執行委員会なので、急いで移動したが、30分遅刻した。まだ定足数に達せず、報告事項から始まる。「八幡寿司」のにぎりをパクついた(昼飯抜きだったのだ!)。夏休み明け最初の執行委なので、議題も多い。春闘もまだ終わっていないからね。春闘団交については、方針の転換が付議されたが、何のことはない、私の思っていた通りの方向性…(だったらスト権確立投票など、面倒をしなければよかったのに)。職組と平仄を合わせる必要があるというが、ひどく強硬な意見も出た。人間関係というのは難しいですわね。今日の執行委では、声を荒げる御仁もいて、一瞬険悪な雰囲気となる。年取って、こういうシーンに出くわすとしんどい。喧嘩するのには、相当のエネルギーが要る。ああ、でも、執行委員の任期もあと1ヵ月ほどだ。ちなみに、それまでの組合関係スケジュールを以下にご紹介してみようか。

  9月30日 職場討議
 10月 1日 執行委員会
 10月 6日 拡大中央委員会
 10月 8日 団交
 10月 9日 団交
 10月13日 執行委員会
 10月20日 団交
 10月27日 執行委員会
 10月29日 定期総会

 10月は校務関係の会議も目白押しだし、もちろん授業もやって、この間、札幌と新潟へ学会出張せにゃならん。ど~なるんだろ? よく、「教授はお忙しいのですね」と言われるが、これが現実なのだよ、へへへ。スケジュール表を全部公開したいくらいですわ。そうしたら誰も、ウチの大学の専任教員になんぞ、なりたいなどとは思わぬことだろうて。多くの先生方が、ご定年前後にお亡くなりになるのも、道理というものだ(いや、不謹慎な発言でした)。私は定年まであと7年ほどだが、果たして持つかなあ。年金貰わずにあの世へ行くのが、御国のため、大学のためではありまするが…

 21:30に終わったので、お前渡りなし難く「太郎月」に1時間だけ寄る。先客は1人あったが、私の後からどばっと団体さんが入ってきた。まずハートランドで喉を潤し、サンマの刺身と、「越乃景虎」を1杯。やはり飲み屋はBGM。「太郎月」に流れる有線は最高だなあ。