そのころ、世に数まへられぬ古教授ありけり。

この翁 行方定めず ふらふらと 右へ左へ 往きつ戻りつ

9月11日(金)その2

2009年09月11日 | 昔日記
 パスポートの更新申請はパートナーに頼んで、大学へ行く。昼食にその辺のお店に入ったら、ちょうどC教授がいらっしゃった。お隣に座り、来年度は交換研究員に採用されたので、私の担当科目に代講を立てたい旨をお話ししておく。

 それから切手を買い、印刷室でいろいろコピーして、事務所へ書類を提出、ついでに学会出張の申請用紙も貰ってきた。図書館の選書も処理する。仕事が結構溜まっていた。貸与PCの交換は16日以降になったとのこと。

 J准教授にもお会いしたが、苺白書大学からやって来る予定のR君について、打ち合わせができてよかった。ロビーでは演劇のU先生ともお話する。本年度でご退職だが、これまでの劇評をまとめたご本を出版されるよし。荷物を置きに研究室に上がると、K助手が仕事をしていた。学会発表の資料は既に提出したそうだ。

 もう用もないので、帰途につく。研究棟を出たところで、O副学部長とばったり。「おかえり」と声をかけられたので、集中講義に行ったことを何でご存じなのだろう?といぶかしみながら、「岡山からですわ」と返事をしたら、変な顔をされた。「もうお帰りになるのか?」という意味だったらしい。生協でメモリを買い、本も2~3冊注文しておいた。

 家に着くと、試験の答案が届いていた。集中講義先で、介護実習のため試験が受けられないという学生のため、別途試験問題を渡して、郵送するよう指示しておいたのである。いろいろ都合が錯綜してくるね。

 W文学会例会の発表者が決まらない件で、メールが飛び交っている。委員長が悲鳴をあげるので、関西方面そのほか、片っ端からメールしてみたところ、1件だけ前向きな返事が来た。そうしたら1人は確保できたと委員長からのメール。やれやれ。何とか目途がつきそうだ。

岡山で閲覧した版本の情報も、メーリングリストに流しておく。いろいろやらなければならんことが多い。何か忘れているかも知れない。2つ3つ、頼まれ原稿があったような… 今は雑誌入稿の仕事に掛かりきりだが、詰めがしゃっきりできませぬ。

 今しがたは、パートナーが仕事場にお見えあそばした。源氏の古注の論文を書いておいでになる。「おとこ」の論の後は、光源氏らしい。河内本を持っていかれてしまいましたわ。

9月11日(金)

2009年09月11日 | 昔日記
 大学に行かなければならない用があるが、面倒である。昨日は結局、ぐずぐずしているうちに夕方になってしまった。岡山の疲れか。ついつい昼寝してしまった。そして、パスポートの更新とビザ申請用の写真を、最寄り駅まで撮りに行っただけ。スグレモノの証明写真撮影機が設置されているのだ。しかし、私の顔にはカンパンがはっきり出ているなあ。「乾パン」ではありませんぞ。「甲板」ならばミズーリ号か。いえいえ、「肝斑」というそうだ。不健康の証しならむ。

 交換研究員の採用通知を、事務所に提出して、今月の教授会で承認してもらわなければならないというのだが、仕方ないから今日行くかな。ついでに鰻重食いたいが、もう金がない。

 来年度は交換研究員として、シアトルに行かせてもらいますけんね。K助手を連れていけたらいいんだけど… なにしろ彼は、イチローそっくりだからね(プロ野球好きのK教授は、「イチロー助手」とのたまふ)。イチローといえば、奥さんは松江出身の人である。福島造船のお嬢さんだ(松江駅の北口に出ると、本社屋が見えまする)。

 集中講義の折、しかるべき理由があって試験が受けられないと欠席届を出してきた学生さんのために、問題をメールで送信した。日曜くらいまでに答案を送ること、そして答案は60分で作り、ノートやテキストは見てはいけないと指示しておいたが、案外不正などしないものである。答案を見れば、そのあたりは一目瞭然だからね。