そのころ、世に数まへられぬ古教授ありけり。

この翁 行方定めず ふらふらと 右へ左へ 往きつ戻りつ

12月16日(水)

2008年12月16日 | 昔日記
 休みたいなあ。でも午後に会議が2つある。重装備で大学へ。

 14:00からは中央図書館で評議員会、連日の呼び出しだ。始まる前に、会議室の隣にあるデータベースの部屋に、M前調査役を訪ねる。中御門家旧蔵資料をいじくっておいでで、「坊城」とかの印が押されている記録が広げてあった。おお。坊城俊周様のご先祖さまだな。

 会議は例によって出席者が少ない。図書館長の要領のよい進行で、30分ほどで終わった。システム担当副館長は寝ていた。

 自学部のキャンパスへ移動し、学部図書館で来週月曜に配布するプリントの準備をする。そうこうしているうちに16:00になった。会議室に行くと誰もいない。確認したところ次の会議は16:30からなのであった。教員ロビーで待っている間、いろいろな先生から「風邪ですか?」と声を掛けられた。次の会議も30分で終わり、もう神楽坂には寄らずに直帰した。30分の会議2つに出るために、午後が潰れたという顛末である。

 Iさんから鴨長明周辺に関するご著書が送られてきた。皆さん続々と研究成果を刊行される。振り返ってわが身はというと、まことにお恥ずかしいかぎりである。