そのころ、世に数まへられぬ古教授ありけり。

この翁 行方定めず ふらふらと 右へ左へ 往きつ戻りつ

12月8日(月)

2008年12月08日 | 昔日記
 朝一番の演習は、発表予定者が現れない。あと1人なんだが、知らないよ。メールしたんだけどなあ。ハガキでも出すかな。

 「たかはし」で刺身定食を食べて、教育学研究科の授業に行く。その後、図書館で調べものをしてから、大学本部の建物に入り、教職員食堂?でコーヒーを飲む。食堂では、庭園をスケッチしている熟年の集団が…。大学のカルチャーセンターの授業なのだろう。

 16:30過ぎから、大学本部棟の部屋と上海の事務所とを回線でつないで、中国人の留学志望者のTV面接を行った。こんなことがなされる時代になった、ときたもんだ。大学院教務主任のJ准教授と一緒に、1時間ほど面接を行う。少し画像や音声が乱れたが、大過なく終了した。

 早めに夕食を摂ってしまおうと「AMA」に寄る。子どもを卵で産みたいの名言?で知られる某女優さんが、お客でおいでになっていた。この女優さん、たしか現在わが大学の院生だったはず。院生らしき男性2人を相手に。酒飲んで喋りまくっていらっしゃる。私はマトンカレーを少し辛めにしてもらった。

 夜学の講義は、この前書いたばかりの原稿をネタに話したので、今日はうまく行った。それにしても、細かい話に行っちゃったなあ。とても「概論」とは思えないぞ。「特論」か「特殊研究」とでも称するのが適当かも。まあ、あと数回で、それなりに「概論」っぽくでっちあげることにしよう。