快晴の朝
日差しが
老人ホームを
差している
きょうも
老人T氏が
廊下から
岩木山に向かって
手を合わせている
八十歳を超えて
入所してきたT氏は
かつて
樺太へ出稼ぎに行き
それきり
家族を捨て
現地妻と家庭を持った
子を成し
平穏な日々が
続こうとしていた矢先
ソビエト軍が
終戦後の数日後
樺太は
銃弾の雨に
さらされ
彼一人だけが
いのちだけは
長らえることになった
真冬の
弘前市の
路上で
倒れていた彼は
警察に保護され
その後
精神病院に入院し
そして
老人ホームへと
入所して来たのだった
彼の家族は
妻も子も
健在だったが
当然のごとく
遺棄されたことが
仇となって
ついぞ
面会や
交流も
期待できないまま
3年が経過した
自暴自棄となった
彼は
様々な問題行動の中
退所騒動寸前となった
彼と一緒に
その朝
岩木山に合唱し
彼と対話した
余命幾ばくもなく
自分は
捨ててしまった家族に
合わせる顔もない
しかし
一度でも
子供の顔を拝み
謝りたい
そう語ったT氏
数度の
家族への連絡で
ようやく
長女だけが
面会に来てくれた
すでに長女も60歳
涙を流しての
数分間の沈黙は
50数年間の
この家族の
血の出るような
嘆きの乾くような
時間としても
流れた気がした
よく来てくれたと
T氏は涙で濡れた顔を
娘に向けた
娘も
母の悔み、恨みを
告げた後
会いたかったことを
T氏に告げてくれた
もう二度と会えないが
今こうして
父親の
元気な顔を
見ることができたと
告げていた
娘が歸った後
T氏は
最期の目的を
果たしたかのように
平安な表情で
骸となった
人間の
血を分けたことの
切っても切れない絆
恨みも
憎しみも
哀しみも
すべてを
肯定して
なお
親愛の片鱗が
つながりとして
結んでいる
説明も
意味のない
現実の
人間の
心の動き
それは
記憶として
消えずに
残るのだ
日差しが
老人ホームを
差している
きょうも
老人T氏が
廊下から
岩木山に向かって
手を合わせている
八十歳を超えて
入所してきたT氏は
かつて
樺太へ出稼ぎに行き
それきり
家族を捨て
現地妻と家庭を持った
子を成し
平穏な日々が
続こうとしていた矢先
ソビエト軍が
終戦後の数日後
樺太は
銃弾の雨に
さらされ
彼一人だけが
いのちだけは
長らえることになった
真冬の
弘前市の
路上で
倒れていた彼は
警察に保護され
その後
精神病院に入院し
そして
老人ホームへと
入所して来たのだった
彼の家族は
妻も子も
健在だったが
当然のごとく
遺棄されたことが
仇となって
ついぞ
面会や
交流も
期待できないまま
3年が経過した
自暴自棄となった
彼は
様々な問題行動の中
退所騒動寸前となった
彼と一緒に
その朝
岩木山に合唱し
彼と対話した
余命幾ばくもなく
自分は
捨ててしまった家族に
合わせる顔もない
しかし
一度でも
子供の顔を拝み
謝りたい
そう語ったT氏
数度の
家族への連絡で
ようやく
長女だけが
面会に来てくれた
すでに長女も60歳
涙を流しての
数分間の沈黙は
50数年間の
この家族の
血の出るような
嘆きの乾くような
時間としても
流れた気がした
よく来てくれたと
T氏は涙で濡れた顔を
娘に向けた
娘も
母の悔み、恨みを
告げた後
会いたかったことを
T氏に告げてくれた
もう二度と会えないが
今こうして
父親の
元気な顔を
見ることができたと
告げていた
娘が歸った後
T氏は
最期の目的を
果たしたかのように
平安な表情で
骸となった
人間の
血を分けたことの
切っても切れない絆
恨みも
憎しみも
哀しみも
すべてを
肯定して
なお
親愛の片鱗が
つながりとして
結んでいる
説明も
意味のない
現実の
人間の
心の動き
それは
記憶として
消えずに
残るのだ