夢発電所

21世紀の新型燃料では、夢や想像力、開発・企画力、抱腹絶倒力、人間関係力などは新たなエネルギー資源として無尽蔵です。

原点

2011-07-16 06:36:10 | チームオール弘前
 震災が起きてから4ヶ月が経ち、我々の「チームオール弘前」の活動分岐点が今そこに見えてきた。野田村の復興は大きく前進し、ボランティアニーズも変わろうとしている。
 青森県社協も8月でその役割が終了したと判断して、引き上げるという。野田村の災害ボランティアセンターも、7月後半から土日を休日とし、お盆休みなども含めて通常の生活に戻ってきたと判断しているのだろうか。弘前市社協から弘前市のボランティアに対するクレームが突きつけられているようだ。それは社協を通さずに、独断で活動していることによる風評被害。ボランティアが野田村の人々から受ける昼食等接待への批判。今回のボランティア派遣は災害に対する派遣なのだから、農作業などを支援するのは約束違反・・・。何か事故があっても、災害保険では対応できない。何よりも社協を通さずに個人住宅との支援の約束をすることは、社協の活動に悪影響を及ぼすという。具体的には社協の行う予定が乱されるということだろうか。ボランティア活動は、相手を主体にするべきであり、こちらから提案しすぎると押し付けになる危険がある。
 自分が良かれと思ってやったことが本当に相手が望んでいたことなのか、自己満足になっていないか・・・。

 これらの課題を踏まえて弘大の李先生から、21日(木)AM9:00からの弘前市役所での話し合いに参加して欲しいという要請が来た。

 被災地野田村の復興とは、そもそもどういう状態を指していたのだろうか?災害ボランティアの為すべきミッション(使命)とは、どこまでだったのだろうか?弘前市がこれまでに実施してきたこと総てを見れば、災害ボランティアの派遣の条件である、定期便を毎週出すこと。野田村の人々を弘前市に招き、桜祭りや花火大会などを通じて心を慰めてもらうことなどを行って来た。野田村の人々との交流を大切にしようとしたのは弘前市も同じなのではないか。
 親切の押し売りのように市社協が言うのは、そもそも実情を知らなすぎる気がする。野田村の人々を勇気づけ、やる気を起こさせる活動をすること。そのためには弘前市と野田村の人的な交流によって「顔の見える信頼関係」構築を目指したのではなかったか。
 阪神淡路大震災ではそのニーズが消えて行く中で、自然とボランティアは去っていったと聞いている。しかし弘大の李先生をはじめとするメンバーは、野田村が元の生活に戻り、そこで弘前市と野田村の住民同士の交流がまだ続いている姿をイメージしていたように思う。課題が消えた中で対等な関係で、より強い絆が結べることを夢見たのだ。野田村の伝統行事や文化、そして砂祭りなどを共に楽しみ、理解する。弘前の地を理解していただき、また弘前市をより身近な存在としていつでも訪ねて欲しい。そういう関係構築が私たちのボランティア活動のエネルギーとして共有したことではなかったか。弘前市の観光も、まさにそこにおもてなしの思いがつながってくるのではないだろうか。
 何とか元の生活ができるようになるためには、ガレキ撤去だけでは足りないのではないだろうか。そのために人間関係がそこに生まれ、被災者から継続しての依頼がなされたのだ。普通であれば頼めない作業を、弘前のボランティアだからこそ依頼してくれたのではないかと思う。ガレキ撤去だけが災害支援ではなく、津波の汚泥がその土地の奥深くに塩害などをもたらしている。その回復をさせるための作業が、はたして農業の範疇に入るのだろうか。
 弘前市のバスに乗る以上は、市社協の言う事を聞けと言わんばかりに聞こえるのは私だけだろうか。
 環境ボランティアを含め、ボランティア活動は必ずしも社協を介さない形で存在している。「迷惑ボランティア」がそこに紛れ込んでいることも事実かもしれないが、だからといって総てを管理し制限しようという発想自体がボランティアの自己責任、自己完結を日頃から言っていることを考えればおかしい気がする。
 そもそも現地でのコーディネートをする力そのものの社協の弱さが、今日の様々な状況を招いてきたのではないだろうか。弘大を中心とするボランティア事務局が、その不足しているコーディネーター役を買ってくれたのだと思う。
 青森県社協や弘前市をはじめとする社協の派遣職員がこれまでご苦労されていることは理解できるが、ボランティアとの意思疎通が必ずしもうまく図られてこなかったのではないだろうか。
 ボランティアの側にも、自らを高めたいという自発性や向上心がある。ボランティアという人や団体を育てるべき役割を持つ社協は、どこに行ってしまったのだろうか?
 やる気を起こさせるという雰囲気に欠けているのが、現状の社協の姿に見えてくる。災い転じて福となすということわざのように、こういう機会にこそ話し合いの大切さがあると思う。一方通行の宣告では、物事は改善しないばかりか悪化するのが目に見えている。この課題はいつか弘前市に戻ってくるのだから、潰すというだけでは今後の弘前市の市民活動の主体性にも悪影響を及ぼす気がしている。
 そしてもう一つの課題は、野田村の人々の善意を、どのようにお受けすれば良いのかということである。私は昼食をおもてなししていただくのは、あまり好まない。むしろ李先生が前から言われているように、野田村の経済的効果の方に重点を置くべきと思う。食事を作っていただけるのであれば、その対価を支払うようにしたらどうだろうか。
 そうすることで、少しでも野田村が活性化すればいいと思う。私の知る範囲では、おもてなしを受けたのは2度だ。そろそろその辺も対応を考えるべきだと思う。
 それにしてももう一つの課題はボランティアの思いとは別に、来月からの土日休止では水曜日の参加者が激減するのを心配する。結果的にバスの定期便利用者が少なければ、バスも休止になる可能性が高まってくるのではないだろうか。
 自力で行けるほどの脚力を持つボランティアが、果たしてどれほどいるのだろうか・・・。野田村の平日のボランティア入込数をみれば歴然としている。

病床の君に捧ぐ

2011-07-16 05:00:35 | 創作(etude)

野の花のように
清らかな
ほほ笑みを
保ち続ける君よ

そのほほ笑みは
哀しみも
苦しみも
混ぜて咲くか

もう一度
地中の毛根を 
訪ねてご覧
土が粗すぎる

硬くなった土を
掘り起こそう
毛根の一条ずつが
栄養を取り戻せるよう

今は待つしかない
蹂躙する汚泥も
源流は変りなく
清らかな一滴を保つ

花は自分で
咲いてこそ花
今はただ
咲く時を待て