夢発電所

21世紀の新型燃料では、夢や想像力、開発・企画力、抱腹絶倒力、人間関係力などは新たなエネルギー資源として無尽蔵です。

ねじまき鳥クロニクル第1部 泥棒かささぎ編 村上春樹著

2008-07-03 07:24:20 | 私の本棚
 「ねじまき鳥クロニクル」を読みました。このところ村上春樹の本だけが私の傍にあります。
 彼の代表的な小説を読み進むと共通性に気付くのですが、それは人々の絆のようなものが根底に流れていることです。この表現力はすごいなと思います。どんな人間の内面にも存在する暗さや奥深さも、なんだか空恐ろしさとして心に迫ります。
 さすがに外国生活が長い方だけに、舞台は日本なのですが世界の様子が目に浮かぶような気がします。間宮中尉の思い出話はかなりショッキングな出来事として、記憶に残る場面でした。山本という男の全身の皮を拷問ではぎ取るシーンがありますが、これはフィクションといいながらも、かなり強烈なショックでした。そして間宮中尉が井戸の中に飛び込むシーン、生死を分ける場面です。頭を撃たれて死ぬか、それともカラカラに乾いた井戸の中に飛び込んで数パーセントの生に賭けるか・・・。全体を通じてこの小説の中で貫いているのは、妥協的な生き方ではなく「こだわり」のような執拗さではなかったでしょうか。僕だったらもう少し安易な生き方を選択しそうだなと思う場面に何度も出くわしますが、主人公は自分の生き方を簡単に変えられずに生きています。そして夫婦関係を通じて表す人間の弱さも、私自身の共通性として読みました。生きているという内面性の問題。生きながら死んでいるという事実。失い続ける何か。生と死の持つ意味は?
 ところで本のタイトル「ねじまき鳥・・・」これがどんな意味をもつのか、何故こういうタイトルを付けたのでしょうか?場面の予言としての暗号なのかな?ミヒャエルエンデを読んでいる見たいに思ったりする場面がたくさんあって、混乱しました。もう一度読まないとわかり得ない小説のような気がしています。

 

梅雨入りしたはずなのに

2008-07-03 06:31:59 | つれづれなるままに
 6月中旬に関西旅行した際には、しっかりとした梅雨を肌で感じました。梅雨だなっていうのは、あの湿度ですね。それになんていっても雨が続くこと。青森に帰って空港に足を踏み入れたとたん、「あれ?」とまず思いました。それはまずからっとした空気と、そして何より肌寒さでした。それからきょうまで青森県には雨が降ったのは2日間くらいでしょうか?まったく5月の天候のようなさっぱりとした天候で、快晴が続いています。この2,3日はようやく25℃を超える暑さが戻ってきていますが、何としても雨が降ってくれません。暑いといっても建物の中にいると、湿度が低いせいか涼しいのです。先日も畑で暑い日だなと思って、キャンディ屋さんに、アイスを買いに行ってきましたが、スタッフは「きょうは涼しいのに・・・」と言われてしまいました。
 そんな中でもブルーベリーを初め、野菜たちは順調に成育中です。キャベツやサツマイモ、ツルムラサキ、オクラ、モロヘイヤ、ネギなどは心配なく大きく育ってきました。今は種から栽培し始めているのが、ラディッシュ(二十日大根)とハーブ類です。ラディッシュの育ちは早いですね。昨日はプランターの中に蒔いた種が発芽し、混み合ってきたので間引きました。バジルも追いかけるかのように芽を出し始めました。そこに行くとローズマリーが出遅れていて心配です。いずれにしても、毎日朝夕の水やりが欠かせません。
 弘前は城下町であり、そして寺町でもあります。梅雨入りと同時に宵宮があちこちで開かれています。でも例年と違うのはやっぱり湿度が低いことです。過ごしやすいのは俄然今年ですが・・・。これからの天候が心配されます。もうすぐ弘前はねぷたが始まります。暑くないと夏の楽しみが無くなりそうです。暑さよ戻れ!