音楽は語るなかれ

音楽に関する戯れ言です。

サウンド・アフェクツ (ザ・ジャム/1980年)

2012-05-06 | ロック (イギリス)


前回のポリス同様、ジャムも(既に「ザ・ギフト」のプレビューは書いているので・・・)これで最後になってしまう。ジャムに関しても少々勘違いしていたのは、このバンドは同時期のパンク~ニューウェーヴというムーブメントと同軸で語っていたが、実はこのバンドはそんな枠に収まる様な器でなかったことが判明した。ジャムは最初から最後まで「モッズ」を通したのだ。パンクの祖が「ザ・フー」であるという定義が最初にあって、当時のバンドで一番フーに似ていたからパンク、ニューウェーヴという扱いをされたが、フー自体が「モッズ」であり、その部分を継承したのであるから、そのオリジナル性は強く、言わば「ニュー・モッズ」(モッズ・リバイバルなんて言い方もされるが、ジャムは全く新しい試みを行ったから、リバイバルではない)なのであり、それは当代無比な音楽である。

ジャムもポリス同様に、そのデビューから解散までをリアルタイムで付き合った。ただ随分印象が違うのは、ポリスはアルバム制作・発表を中心に、早々に全米にも上陸し、じっくりと腰を据えてサウンドを追求していたのに対して、ジャムはデビューから常に駆け足だった。アルバムをじっくりというより、シングル単独発表も多かったし、正式に全米上陸はしなかった。それよりもロンドンっ子の要望に応えていたというのが正しい。なので、ロンドンで話題騒然という取り上げ方を全米でもしばしされたから、広いアメリカでは、東西南北でそのヒット時期にタイムラグが派生したために、チャート的には最後まで奮わなかったし、やはりアメリカは伝統的に「ライヴツアー」がセットになっていないと売れないのが常道だからポリスやクラッシュの様には売れなかったのも事実。でも、逆にそんなことはポール・ウェラーに取っては大して重要なことではなかったのだ。というか、最初はそうではなかったかも知れないが、セカンドアルバム「ザ・モダン・ワールド」の不評と、それを一掃したサードアルバム「オール・モッド・コンズ」の高評価がその後の彼らのアイデンティティーを確立したといえよう。ここに「ニュー・モッズ」が確立したのである。この作品ではアルバムの前に発表されたシングル(アルバム未収録の両A面)にも兆候がみられたが、かなりサイケデリックなオトが入って来ている。それは、4作目となる前作「セッティング・サンズ」で、最早、完成してしまった彼らのサウンドを、さて今度はどうやってこのロンドンっ子を引っ張って行こうかという段階に入っていったようだ。例えば、"Start!"などは、ビートルズの"Taxman"(「リボルバー」に収録)を意識した曲だったり、"That's Entertainment"はファンの間でも高い支持をうけた曲となったように、この時期のジャムはファンに提言する時期から一歩進んで、ファンを新しいサウンドに先導する時代に入っていたのである。それは次の最終作を聞けばもっと顕著で、そこには「ニュー・モッズ」から発展した新たなジャム・サウンド、いや正確に言えば、ポール・ウェラー・サウンドを垣間見せており、その流れは必然的にスタイル・カウンシルに繋がっていくのである。

思えば、ポール・ウェラーはジャムのデビュー時には若干18歳。そんな彼が一気に躍動するロンドンっ子の受け皿になった訳で、だから初期は「ピストルズにインスパイアされた」と言っていたが、結果、古くからのモッズ・サウンドと、新しいムーブメントを両肩の背負ってしまったのは事実である。だから全速力で駆け抜けていったのだし、そしてその結果は後世、彼をニューウェーヴ時代に最も活躍したアーティストとして認定し、現在でも彼の活動は世界中の音楽ファンが注目しているのである。


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