すべての頂の上に安らぎあり

今日はぼくに残された人生の最初の一日。ぼくは、そしてぼくたちは、この困難と混乱の社会の中で、残りの人生をどう生きるか?

ゴンドラ

2022-02-15 21:34:02 | 夢の記

 ゴンゴン鳴る機械音で目を覚ました。狭い箱の中だ。ガラスと鉄枠でできている。いつの間にか一人乗りのゴンドラリフトに乗っていて、しかも眠ってしまっていたらしい。外は猛烈な霧だ。前後のゴンドラとそれを吊るケーブルの一部しか見えない。どんなところを登っているのか全く分からない。前後のゴンドラには人がいない。つまりぼくはたった一人だ。
 ゴンドラはほとんど停まった状態でゴンゴン鳴りながら振動し、それから数メートルか数十メートルか斜めに一気に急上昇し、また停まって振動するのを繰り返す。振動している時は上昇するための力を溜めているのだろうか?
 ぼくはなぜここにいるのだろうか? 足元にザックが置いてある。してみるとぼくは山登りに来たのらしい。それならば、一緒に来ているはずの友人はどこにいるのだろうか? 一緒に来たのなら、前か後ろのゴンドラに坐っているはずだ。もういちど霧に目を凝らして見てみるが、やはり誰もいない。
 外に岩壁でも雪でも何でもよいから見えれば少しは安心するのだが、完全にホワイト・アウトだ。ぼくはなぜここにいるのだろうか? どうやってここに来たのだろう? このゴンドラはどこに行こうとしているのだろう? 目が覚めてからすでに長い時間が経ったような気がする。これは何時まで続くのだろう?
 ああ、ぼくはずっと昔に、同じような夢を見たことがある。これは不吉な夢だ。この夢は寂しすぎる。 寒い。

 …このあと、本当に目が覚めた。
 夢の中で、「これは夢だ」と思っていることはよくあることだ(多くの人に経験があるだろう)。そのまま夢の中でその夢を方向転換することができる人もいるらしいが、ぼくにはそういう能力は無い。
 ところで、これはぼくがしょっちゅう見る「行き先のわからない夢」のひとつではあるが、今回の場合、重点は、行き先のわからないこと(たぶん老いてゆくことに対する不安)、ではなく、「友がいなくなることの不安」にあるだろう。覚めてからしばらくの間、動悸が収まらなかった。でも大丈夫。夢は予知ではありえない。心の状態の反映に過ぎない。ここのところぼくはだいぶ煮詰まっている。
 今月4日に3回目のワクチン接種を受けたから、効果が表れるまであと2日の辛抱だ。やっと山歩きに出かけられる。気分を変えなければ。

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