すべての頂の上に安らぎあり

今日はぼくに残された人生の最初の一日。ぼくは、そしてぼくたちは、この困難と混乱の社会の中で、残りの人生をどう生きるか?

「暗闇の中で一人枕をぬらす夜は」

2020-08-01 09:31:20 | 
 ブッシュ孝子という名は、7月15日付の朝日新聞の夕刊の記事を読むまで知らなかった。すぐにネットで詩集を取り寄せて読んだ。感銘の溜め息をついた。これはぼくがこれから地上を離れるまでの間に繰り返し繰り返し読むことになる本だ、と思った。

 暗やみの中で一人枕をぬらす夜は
 息をひそめて
 私をよぶ無数の声に耳をすまそう
 地の果てから 空の彼方から
 遠い過去から ほのかな未来から
 夜の闇にこだまする無言のさけび
 あれはみんなお前の仲間たち
 暗やみを一人さまよう者達の声
 沈黙に一人耐える者達の声
 声も出さずに涙する者達の声

 ブッシュ孝子は、乳がんで28歳の若さで世を去っている。この詩集は彼女が亡くなる前の4か月半の間に切迫する死の予感のもとにノートに書き記したものだ。そこには恐れや悲しみや苦悩だけではなく、いのちの喜びや愛や温かな思い出もまた綴られている。
 彼女は自分が遠からず死ぬということを知っていたはずだが、生まれ変わりや魂の永遠や神にすがることで安らぎを得ようとはしていない。
 彼女が信仰を持っていたかどうか、ぼくは知らない。彼女はドイツ留学中に婚約していたヨハネス・ブッシュと、最初の入院・手術後、四谷の教会で結婚している。また、彼女の詩には何度か、神様、という言葉が現れる。「もう私を試みにはあわせないでください」とも、「私をお守りください」とも書いている。それでも、詩集全体として、ぼくは彼女が神による救済を確信・前提として最後の日々を生きていたとは思わない。そういう観念にすがることなく、苦痛と苦悩に直接相対している。
 このことは、明日少し書きたい(今日はこれから、この春に購入したテントの試し張りに昭和記念公園に行きたいので)。
 ここではさらに3つの詩を紹介するにとどめる


    夢の中の少年(夢の木馬 5)

 少年は海辺で私を待っていた
 波のしぶきの荒々しい岩だらけの海辺で

 少年のぬれた小さな手が私の手をしっかりにぎり
 二人ははだしで岩棚を走った

 ああ 金色の髪をした小さなお前は誰
 あの血のように赤い水平線の彼方まで
 お前は私と共に行こうというのか


 かわいそうな私の身体
 お前をみていると涙がこぼれてくる

 やわらかい乳房と若さに輝いた肌はどこにいったのか
 切りさかれ ぬわれ やかれた お前の無残な傷跡

 ああ でも どうか 私を許してほしい
 お前の奥深く 今も痛みにふるえ赤い血潮をふき出しながら
 それでも もえようとしている私の心がひそんでいるのだから


    私に

 お前は一体何者なのか
 お前の中に何がおこった
 お前の中に何がやどった

 何がお前をそのようにいらだたせ
 夜中に寝床から叩きおこし
 部屋の中を歩きまわらせ
 ノートになぐり書きなどさせるのか

 ああ このおののき このときめき
 私は一体どうなるのだろう

 誰か私をよくみてほしい
 私はどこか変わっていますか
     

 彼女は先に書いたように、愛や日々の幸福についての詩も書いているが、ここでは病苦と闘っているものを紹介した。
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