座間コミニティー

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◆斧の頭を浮かばせた。

2016年01月13日 17時15分08秒 | 聖書
(Ⅱ列王六・六)
 
斧の頭は水中に没し、拾い上げる見込みは全くないように思われた。斧は借り物だったので、借りた預言者たちの信用は地に落ち、神の御名さえ汚されようとした。だが意外にも、斧の頭は川底から浮かばせられた。人には不可能なことでも、神には可能なのである。
私は、主にある一人の人を知っている。彼は数年前、自分の力をはるかに超える任務を与えられた。それは非常に困難なことに見えた。しかし彼はその任務に召され、信仰をもって決然と立ち上がった。神はその信仰をよしとし、予期しなかった援助が与えられ、斧の頭は浮かび上がった。
また、主を信じる家庭に育ったある人が、非常な経済的窮乏に陥った。もし彼が目に見えない資産について知っていたら、すべての支払い請求に対処することができ、さらにそれ以上のことができたであろう。しかし彼は突然襲ってきた苦難に圧倒された。助けを友人に求めたがむだであった。しかしついに、彼の信仰は、決して期待を裏切ることのない助け主のもとに彼を導いた。そして、困難は回避され、彼は自由に歩くことができる身になり、斧の頭は浮かび上がった。
もう一人の人はあわれな堕落者を扱うことになった。彼は教え、叱責し、警告し、食事に招き、とりなしをしたが、すべてはむだであった。若いメランヒトンにとっては、古いアダムがあまりにも強力であり、その頑固なたましいは和らぐことがなかった。そして、苦悶の祈りがささげられ、やがて天からの答えが来た。かたくなな心は砕かれ、斧の頭は浮かんだのである。
愛する友よ。今夜、あなたはどのような問題に悩んでいるか。それをここにもち出せ。預言者を助けた神は今もなお生きて、聖徒たちを助けてくださる。主はあなたがよいものに欠乏するままにはなさらない。
万軍の主を信じよ。イエスの御名によって嘆願せよ。そうすれば斧の頭は浮かぶであろう。あなたもまた、神の指がその民のために奇蹟をなされるのを見るであろう。信仰により、それをあなたのものとせよ。そうすれば斧の頭は浮かび上がるであろう。
 
 

「やめよ。

2016年01月13日 17時14分11秒 | 聖書

わたしこそ神であることを知れ」(詩篇46:10)

ある一家が、仕事の関係で遠方へ転居する事になった。
一家にとって全く新しい計画がバタバタと決まって行った。
祈っていた事が導かれて行ったので、感謝な喜ばしい事であった。
それに伴い、持ち家を売却する事になった。
すぐに売れるだろうと楽天的に考えていたが、これがなかなか思い通りに行かなかった。
半年たっても売れない。
決まりかけるが、途中でキャンセルになる。
そんな事も幾度も。
そんな中で、信仰が試された。
すべてに「神の時」がある事を思い知らされた。
厳粛な定められた神の時があり、それ以前に、幾ら人間が焦っても、急いても、どう動いても、どうにもならない事を思い知らされた。
主権者は神であられ、ご計画を、神が進められている事を学ばされた。
雲の柱、火の柱の導きの主を覚えた。
「雲が上らないと、上る日まで、旅立たなかった」雲が上らない限り、事態は動かない事を学ばされた。
やがて「時」が満ちて、物件は良い人に、思いを越えた価格で売れた。
良い人に、家が渡った事が何より嬉しかった。
厳しい信仰の試練であったが、神がまことに崇められるべき神であられる事を、学ばされた良き訓練であった。
今、あなたも、このような試みにあるなら、主の主権を認めよう。
御前にひれ伏そう。
そうする時、主が事を行われ、栄光を見る事になる。
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いら立つ時、落胆する時、主権者である神様を忘れている時ではないだろうか。
わが主、わが神は私の力、その神様がすべてを導かれている。
今日も信仰の目でしっかり見つめて歩もう。


今日の聖人の記念日

2016年01月13日 07時17分35秒 | キリスト教

聖ヒラリオ司教教会博士

315年ごろ-367年

 ヒラリオは、フランスのポアティエの貴族の家に生まれた。哲学と修辞学を学んでいたが、あるとき聖書を読んだことから回心し、キリスト教徒となった。359年にポアティエの司教が亡くなると、後継者としてヒラリオが任命された。

 当時は、アリウス派の異端が広まり、ローマ皇帝コンスタンチヌス2世の支持を得ていた。正当信仰の擁護を主張したヒラリオは、そのために小アジアに追放された。そこで東方の神学を学び、アリウス派の不合理を研究・分析し、明確にした。360年、フランスに戻ってからもアリウス派の異端と闘い、その生涯をささげた。ヒラリオは、説教や著書だけでなく、自らの生活をもって人々を信仰に導いた。

 ヒラリオはギリシャ神学を西方に取り入れ体系化した人として、後の神学の模範とされている。彼は、アリウス派の異端と闘ったアタナシウスと並び、「西方のアタナシウス」とも呼ばれている。


◆正しい者の盾

2016年01月13日 07時15分36秒 | 聖書

彼は正しい者のために、すぐれた知性をたくわえ、
正しく歩む者の盾となり、……        (箴言二7)
 
「神が私の盾になってくださる」とは、何というすばらしさでしょうか。私の友人で、胸ポケットに入れていた定期入れの中の家族の写真に敵の弾丸が当たり、危機一髪そこで玉が止まって助かった男がいます。ところが、神が盾になってくださるなら、四方八方完全防備です。
私たちの人生は、実に四方八方から飛んでくる矢・鉄砲玉・ミサイルの集中砲火の中を行くようなものではないでしょうか。
私の家庭は今、ほんとうに平和で楽しい家庭です。みんな健康で、子どもたちも素直に神に従っています。私たち夫婦もまあまあ仲がいいほうです。八十二歳のおばあちゃんまで元気で、野菜づくりばかりか、ご近所のお年寄りたちを慰めたり助けたりしています。しかし私は、こう思うのです。きょうにも子どもの一人が病気になるか、あすおばあちゃんが寝たきりになるか、またいつ私が収入源を失うようなことがあるかは分かりません。罪深い弱い私たちですから、夫婦の仲にひびが入ることも考えられます。そんなことの一つでもあったら、たちまち私の家庭は大きく変わるでしょう。平和も愛もぐらつくでしょう。人間とは弱いものです。ですから、毎朝夫婦で祈る時、毎晩家族と祈る時、ひしひしと感じるのです。今あるのは、けっして私がりっぱだからとか、みんなががんばっているからでもなく、神のあわれみ・恵み・お守りだということを!
神は「正しく歩む者のために盾となってくださる」と書いてあります。この正しいとは、けっして、自分で正しい行いをしているとか、りっぱに自分ががんばっているとかいうことではありません。「正しく歩む」とは、神を知り、神を恐れ、神に信頼し、神にたよって歩むことです(ヤコブ四7810参照)。
 
 

◆船団をつくり……

2016年01月13日 07時14分42秒 | 聖書
行こうとしたが、行けなかった。船団がエツヨン・ゲベルで難破したからである。(Ⅰ列王二二・四八)
 
ソロモンの船は無事に帰ったが、ヨシャパテの船は黄金の国へは着かなかった。用件も同じ、場所も同じであるが、摂理によって、ソロモンは栄え、ヨシャパテの望みは水泡に帰した。しかし偉大な支配者であられる神は、双方に対して善であられ、賢明であられる。
今朝、私たちはこの聖句を考え、エツヨン・ゲべルで難破した船と、この世の祝福をもたらしたソロモンの船のために、主の恵みをたたえたい。私たちは、自分だけが激しい試練に会っているように考えて、自分の損失をつぶやいたり、他人の成功をねたんだりすることのないように注意したい。ヨシャパテのように私たちの計画が失望に終わったとしても、主の目には尊いものであることがあり得る。
ヨシャパテの失敗の原因は、神の民の多くが経験する苦悩の根源となっているものであるから、よく注意しなければならない。それは、彼が罪ある一族と同盟を結んで罪人の仲間になったということである。歴代誌第二、二〇章三七節において、主は一人の預言者を送って「あなたがアハズヤと同盟を結んだので、主はあなたの造ったものを打ちこわされました」と言わせておられる。これは彼を祝福してきた父なる神の懲らしめであった。このことは、私たちの今朝の聖句のすぐ後、ヨシャパテが、自分の家来に、悪い王の家来とともに船に乗ることを禁じていることでもわかる。
ヨシャパテの経験が、多くの民に、不信者と事を共にするなという警告となることができるように。多くの悲惨な生涯は、この世の人々と結婚したり、またその他の事を共にすることから生じている。
ああ、私たちが主を愛し、主のように聖潔で、悪も汚れもなく、罪人から聖別されていることができるように。もしそうでなければ、私たちは、「主はあなたの造ったものを打ちこわされました」という声をしばしば聞くことになるだろう。
 
 

第2歴代誌14章9-15節

2016年01月13日 07時13分15秒 | 聖書


14:11 アサはその神、主に叫び求めて言った。「主よ。力の強い者を助けるのも、力のない者を助けるのも、あなたにあっては変わりはありません。私たちの神、主よ。私たちを助けてください。私たちはあなたに拠り頼み、御名によってこの大軍に当たります。主よ。あなたは私たちの神です。人間にすぎない者に、あなたに並ぶようなことはできないようにしてください。」



 ここには、アサの祈りがでています。

彼は大変な戦いに直面しました。

クシュ人のゼラフが、100万の軍隊と300台の戦車をと率いて、彼に戦いを挑んできたのです。

 クシュ人というのは、元々エチオピアの方に住んでいた人々のことです。

しかし、アラビヤ半島にも住んでいました。

そのクシュ人が攻めてきたのです。

彼らは大変、戦いに長けていた人でした。

ですから、アサにとっては苦しみでした。

この時、アサは戦いの準備をしました。

しかし、彼が即座に行ったことは、主に助けを求めて祈ったということです。

人の力よりも強く、すべてのことを支配し、導いておられる主に、彼はまず頼ったのです。


創世記23章13節24章1,2節

2016年01月13日 07時10分43秒 | 聖書


★ その土地の人々の聞いているところで、エフロンに告げて言った。「もしあなたが許してくださるなら、私の言うことを聞き入れてください。私は畑地の代価をお払いします。どうか私から受け取ってください。そうすれば、死んだ者をそこに葬ることができます。」

★アブラハムは歳を重ねて、老人なっていた。主は、あらゆる面でアブラハムを祝福しておられた。そのころ、アブラハムは、自分の全財産を管理している家の最年長のしもべに、こう言った。「あなたの手を私のももの下に入れてくれ。

■O:今日のコラム
しゃろーむ!1月12日の朝です。今日1日も、主の前に、忠実な者となっていきましょう。主が僕らに任せてくださっている一つ一つを管理していきましょう。主は、僕らに、大切なことを任せたいと、やってもらいたいと、願っているからです。

アブラハムさんは、愛する妻サラさんの墓地を、しっかりと買いました。そこの土地を所有していた人々は無料でプレゼントしますと優しく言ってくれましたが、アブラハムさんは代価を支払い畑地を買いました。

僕らは、イエス様のいのちによって、完全に買い戻されました。元々は主の所有でしたが、罪の奴隷となっていた僕らを、天のお父さんは、イエス様の十字架の血潮によって、買ってくださいました。だから、僕らは再び、天のお父さんのモノとなりました。イエス様の十字架と復活の勝利によって、僕らは天のお父さんの所有へと完全に買い戻されたのです。僕らは、主と親密な関係をもつことができる者となりました。

しかし、僕らは、罪から解放されたにもかかわらず、今までの経験によって、天の御国の相続を正しく扱うことができないことがあります。昔の支払い方をしてしまうのです。なるべく代価を払わないように、手軽に、安く済ませようとしてしまうのです。

しかし、僕らは、すでに主のモノです。主と共に歩む者として、すべてを受け取ることができる者となりました。だから、主の御手の中で生きていることを感謝していきましょう。自分が、主の御手の中で生きていることを意識しているか、いないか、とても大切なことです。

僕らは、天のお父さんの子供として、イエス様の花嫁として、共同相続人です。そして、主のしもべです。

アブラハムさんのしもべは、アブラハムさんの全財産を管理していました。天のお父さんがあらゆる面で祝福してくださっていたアブラハムさんの全財産を管理していたのです。そして、このしもべは、とても大切な働きを任されます。息子イサクの花嫁探しでした。アブラハムさんに与えられた天のお父さんからの約束を担う大切な働きでした。これから先のアブラハムさんの子孫を任されたのと同じです。それを、ももの下に入れて、アブラハムさんに誓うのです。とんでもない働きです。

しかし、アブラハムさんは、このしもべには任せられると信じて送り出しました。しもべは、一つ一つの選択を主に求めていきました。アブラハムさんの信仰を受け継いでいました。だから、一つ一つを正しい判断をしていくことができました。

イエス様は、僕らに、大切な働きを任されます。花嫁として整えられていくこともあるでしょう。花嫁を探すこともあるでしょう。他にも様々な働きが一人一人に用意されています。イエス様は、僕らと一緒に事を成し遂げたいと願っているからです。
その時に、一つ一つを正しい判断をしていくためには、信仰の創始者であり完成者であるイエス様から目を離さないようにしていくことが大切です。イエス様の信仰を受け継いでいきましょう。そのために、助け主なる聖霊様が僕らの内側におられます。ますます、聖霊様が働きやすい環境を僕らが整えていきたいです。そのために、僕らは、自分の弱さや悩みや苦しみを、すべて告白していきましょう。聖霊様が一つ一つ正しい判断を与えてくださいます。

ばらまいても、なお富む人があり、正当な支払いを惜しんでも、かえって乏しくなる者がある。(箴言11章24節)

主の前にささげる時、どんなモノでも、主は余計に富ませてくださいます。恵みです。何かをやる前の時間を、主の声を聴く時間とすることは、正当な支払いとなります。正当な支払いを惜しんでも、かえって乏しくなる者になる場合があります。ならば、まず、最初に、主の前に、正当な支払いをしていきましょう。主は、必ず力を与えてくださいます。僕らは、天のお父さんの相続人として、財産を任されている者として、正しいしもべとなっていきましょう。

■A:考えてみよう
主に買い戻された者として、何ができるだろうか?
主の全財産を任されているしもべとして、今日1日、何ができるだろうか?何ができても、できなくても、何を得ても、失っても、主に買い戻された、主に愛されている、天のお父さんの子供として、主の御手の中で生きていることを意識して生きていきましょう。


■P:祈り



イエス・キリストのお名前によってお祈りします。アーメン。


1月12日(火)のつぶやき

2016年01月13日 01時44分10秒 | キリスト教