題名も作者も忘れてしまったが、こんな話だった。中学生の男の子が若い女の先生を好きになる。年齢差にも二人はひかれ合うが、やがて先生の方から別れを切り出す。少年は諦めがたく、先生のことを絶対に忘れないための方法を考えると言い残し、町を去る▼十数年後、大人になった少年が町を再び訪れる。先生は亡くなっていた。驚くことに少年は別の女性と結婚していた。先生にそっくりな女性。それが先生を絶対に忘れない方法だったらしいのだが、それは果たして、先生を忘れないことになるのか▼東日本大震災から九年が経過した。被災地に対し、われわれはどこか奇妙な「忘れない方法」を使っていないかと、その小説のことが頭に浮かんだ▼なるほど、被災地のことを忘れまいと大勢の人が考えているだろう。されど今、頭に浮かんでいるのは果たして被災地の実像なのか。そう疑う▼国の復興・創生期間が二〇二〇年度末で終了する。近づく区切りに落ち着きを取り戻した被災地を想像したくもなるが、実像ではあるまい。岩手、宮城、福島三県の計四十二市町村のうち同年度中に復興が完了すると考えている首長はわずか三割と河北新報がアンケート結果を伝えていた。復興は遠い▼「もう大丈夫だろう」と現実とは異なる被災地を思い描いてみたところで、それは被災地をやはり忘れているのに等しかろう。
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