米国の著名な微生物学者ブレイザー博士の好著『失われてゆく、我々の内なる細菌』(山本太郎訳)によると、ヒトの体はおおよそ三十兆個の細胞からなる。では、その体に、どれほどの微生物がすみ着いているか▼何と、百兆個だそうだ。つまり私たちの体は、自前の細胞よりも、はるかに多い微生物で成り立っている。その微生物の多様性は驚くべきもので、遺伝子の総数はヒト遺伝子の百倍以上になるという▼生命のめぐりが幾重にも積み重なり、絡み合う。私たち一人一人の体内には、そういう熱帯雨林のような複雑で豊かな生態系がある、とブレイザー博士は指摘する。しかし、その生態系が危機に瀕(ひん)している、と▼人類が抗生物質を発見して、八十八年。抗生物質は結核なども治す「奇跡の薬」として無数の命を救ってきた。だが今や豚や牛など家畜の成長促進にも使われ、そうした過剰な使用が生態系に異変を起こしている▼抗生物質も効かぬ薬剤耐性菌が次々生まれ、英国で発表された最新の報告書は、このままだと二〇五〇年には強力な耐性菌のため世界で三秒に一人の命が失われるようになると警鐘を鳴らした▼注目は集めなかったが、伊勢志摩サミットでは、抗生物質の使用抑制のための協力強化も確認された。「自分の内なる熱帯雨林」を守るために何ができるか。一人一人が問われる時代が来たのだろう。
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