米国の南北戦争で北軍を勝利に導いたグラント将軍が劇場に招待された。その日は娘と会う予定があり、欠席した▼その劇場で事件が起きる。芝居を見ていたリンカーン大統領が南部を支持する男に撃たれ、死亡。1865年のリンカーン暗殺事件である。男はグラントも標的にしていたとされ、欠席が幸いし、難を逃れた▼危うさでいえばグラントの比ではなかろう。昨日のトランプ前大統領の暗殺未遂事件である。銃弾が耳をかすり、血を流している姿が痛々しい。命に別条はないが、弾があと数センチでもずれていたら。考えただけでおぞけ立つ▼銃撃現場となった選挙集会に参加していた1人が亡くなっている。この事件でやはり撃たれ、傷ついているものがあるとすれば、それは米国の民主主義そのものだろう▼撃った人物の狙いは分からない。どんな理由であれ、意見が異なるからといって大統領選に出馬するトランプ氏を暴力で排除しようとするのであれば、それは民主主義と選挙を「狙撃」したのと同じである。主張の違いで憎悪を深め合う米国の分断はついにここにまで至ったのか。それをあおっているのがトランプ政治でもあるが、暴力や銃弾ではなに一つ、解決できまい▼11月の大統領選まで約4カ月。事件に刺激され、別の暴力や騒動などが起きなければよいが。撃たれた米国の民主主義の傷の具合が心配である。
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